抗体薬物複合体(ADC)は、癌治療を目的としたバイオ医薬品の中でも急速に成長しています。ADCは、合成医薬品のように潜在的に細胞障害活性を持つ物質を、抗体を利用して選択的に作用させることができます。ADCの設計に関しては、ADC製品が安全で有効であることを保証する重要品質特性(CQA)を評価する際の測定基準として使用できる特徴の再現を容易にしながらも、抗体の結合活性を維持するという、結合化学に依存している側面があります。このようなADC医薬品を上市することに対して、強い関心を持つ製薬関連企業が増えています。
このような背景で、新しいバイオ医薬品に対しても適用可能な重要品質特性(CQA)を評価するために、効果的で順応性のある特性解析メソッドが求められています。
Empower3ソフトウェアは、ADC分析の課題に対するウォーターズのソリューションの一つです。このソフトウェアは、データ取り込み、解析および実験結果のレポートの一連の分析の流れを統合するために用いられます。統合されたインフォマティクスツールの一つである、Empowerのカスタムフィールド計算は、薬物結合分布を理解するための薬物抗体比(DAR)を決定するためのADC分析ワークフローの中に、シームレスに組み込まれています。ADCの特性解析を自動化することで生産性を向上する、ウォーターズのソリューションについてもご確認ください。
癌治療を目的としたバイオ医薬品の中で、抗体薬物複合体(ADC)は急成長を遂げています1。 ADC は、合成医薬品のように潜在的に細胞障害活性を持つ物質を、抗体を利用して選択的に作用させることができます2。 ADC の設計に関しては、ADC 製品が安全で有効であることを保証する重要品質特性(CQA)を評価する際の測定基準として使用可能な特徴の再現を容易にしながらも、抗体の結合活性を維持するという、結合化学(図 1A)に依存している側面があります3。
図 1. 効果的なドラッグデザインとしてのバイオ医薬品 ADC の模式図。
A) ADC は抗体医薬品の特異性を利用して腫瘍のごく近くに薬物を運び、腫瘍部分に的を絞った治療を促します。
B) システイン結合 ADC の例。S-S 結合を介し抗体に薬物を結合した図。予測される薬物結合数は 2、4、6、8
システイン結合 ADC はよく知られた結合化学を利用して作成されるバイオ医薬品のサブクラスであり、薬物ペイロードはモノクローナル抗体(mAb)のチオール基に、リンカーを介して結合されます。チオールは S-S 結合の還元により生じ、予測される薬物結合数は、ジスルフィドが 2 つのチオールから構成されるため図 1B に示したように 2、4、6、8 です。
Protein-Pak Hi Res HIC カラム(4.6 × 100 mm、2.5 µm、製品番号 186007583)については使用前に取り扱い説明書に従いコンディショニングを実施しました。試薬は Sigma-Aldrich 社より購入し、システイン結合 ADC は濃度 10 mg/mL に調製した試料を共同研究者より入手しました。サンプルは 1M 硫酸アンモニウム((NH4)2 SO4)にて 2 mg/mL に調製し分析に供しました。
LC システム: |
ACQUITY UPLC H-Class |
検出器: |
ACQUITY UPLC TUV |
検出波長: |
280 nm |
バイアル: |
トータルリカバリーバイアル:12x32 mm glass、スクリューネック、キャップ、スリットなし |
カラム: |
Protein-Pak Hi Res HIC、4.6 × 100 mm、2.5 µm |
カラム温度: |
25 ℃ |
サンプル温度: |
4 ℃ |
注入量: |
10 µL |
移動相 A: |
125 mM リン酸バッファー、pH 6.7/ 2.5 M 硫酸アンモニウム |
移動相 B: |
125 mM リン酸バッファー、pH 6.7 |
移動相 C: |
イソプロパノール |
移動相 D: |
水 |
データ管理: |
Empower 3 ソフトウェア、SR1、FR2 |
時間(分) |
流量(mL/分) |
%A |
%B |
%C |
%D |
---|---|---|---|---|---|
初期 |
0.7 |
50.0 |
0.0 |
5.0 |
45.0 |
10.0 |
0.7 |
0.0 |
50.0 |
5.0 |
45.0 |
15.0 |
0.7 |
0.0 |
50.0 |
5.0 |
45.0 |
15.01 |
0.7 |
50.0 |
0.0 |
5.0 |
45.0 |
30.0 |
0.7 |
50.0 |
0.0 |
5.0 |
45.0 |
結合工程は反応物質の濃度に依存し、薬物抗体比(DAR)は様々な値となります(図 2)。DAR の変動は ADC の薬効、安全性に影響を及ぼすため、製薬企業にとって製造工程における ADC の薬物分布および薬物結合数のモニタリングは極めて重要です。
専用のワークフローがない場合、分析者は疎水性相互作用クロマトグラフィー(HIC)によるピーク面積値からマニュアルで薬物結合数に基づく DAR を算出します。ウォーターズのクロマトグラフィーデータシステム(CDS)である Empower 3 ソフトウェアではデータ取り込み、解析、実験結果レポート機能を統合することにより ADC 解析の効率化が可能です。分析から DAR 算出、レポートまでの工程を完全に自動化する Empower は ADC の特性解析の生産性向上において理想的な CDS であると言えます。
本アプリケーションノートでは Empower 3 ソフトウェアを使用し、システイン結合 ADC の薬物結合数分布に相当する DAR 値を自動的に決定する能力を実証します。システイン結合 ADC は、アプリケーションを確認するためのモデル複合体として使用しました。
HIC を用いたシステイン結合 ADC のクロマトグラムでは、しばしば複合抗体の位置異性体による複数のピークからなるピークグループが見られます(図 3A)3。
ACQUITY UPLC H-Class システムの導入により、その高い分離能力による再現性に優れた分析が実現し、指定時間内のピークをグループピークとする薬物分布に基づく DAR 値の算出に役立つ機能など Empower 3 ソフトウェアのツールによる利点も同時に得られます。これらの結果は、特性解析の分析法開発においても非常に有効なアプローチとなります。
図 3A に示した DAR0 から DAR8 の薬物結合数に応じて生じるそれぞれの複合体は、解析メソッドの時間グループタブ(図 3B)で指定された保持時間により同定されます。ADC のように複雑で解析が困難なバイオ医薬品の特性解析には、このような成分同定の管理能力を持つ Empower 3 が有効なツールとなります。
図 3.解析メソッドによる成分管理。
A) Empower によるそれぞれの薬物結合数に応じた成分(ピーク)グループの管理。
B) 解析メソッドの時間グループ機能の使用。保持時間ウィンドウにより複数成分をグループ化し、効率的なピーク同定、分析結果の管理を実施。
Empower 3 ソフトウェアは多種多様なインフォマティクスツールを備えています。データ解析の生産性を増大させるよう設計され、DAR 値のようなシステイン結合 ADC の CQA に関連した計算の自動化の実施が可能です。計算の自動化には、Empower の「システム管理」の「プロジェクトのプロパティ」で設定するカスタムフィールドを利用します(図 4A)。
カスタムフィールドの計算に対して判定基準を設けることができることも、Empower で効率的な解析を実現する一助となっています。また、図 4A に示したように「ピークの種類」でグループピークのみを選択すると、「フィールドの計算式」に入力した計算式は図 3B で定義したグループピークのみに適用されます。さらに解析メソッドの「成分」タブ(図 4B)では成分ごとに定数の使用も可能であるなど、柔軟性の高い Empower ではシステイン結合 ADC の DAR 値のようなカスタム計算を容易に実施できます。
図 4.柔軟なカスタムフィールドを用いた計算の自動化
A)Empower 3 ソフトウェアのカスタムフィールド画面 柔軟性が高くカスタム計算に対応。
B) 計算式の定数入力画面。この例では、システイン結合 ADC の HIC 分離に関わる CConst2(予測 DAR)がフィールドの計算式(DAR = % 面積 / 100 × 予測 DAR)に使用されています。
カスタムフィールドは、初めに設定しておくことで分析ワークフローに組み込むことが可能です。これを示すために、1M 硫酸アンモニウムにて 2 mg/mL に調製したシステイン結合 ADC サンプル 20 µg を、Protein-Pak Hi Res HIC カラム(4.6 × 100 mm、2.5 µm)を使用して 10 分間のグラジエントで分析しました(図 5A)。図 5B に示したように、図 3B で定義したグループピークと同様に個々のピークの保持時間、面積値も Empower により自動的に表示されます。
解析メソッドの一環として、Empower ではシステイン結合 ADC サンプルの薬物分布に基づく DAR 値を図 4A で定義したカスタムフィールド計算を用いて自動計算し、表示します(DAR 0 = 0.00、DAR 2 = 0.07、DAR 4 =1.23、DAR 6 = 1.66、DAR 8 = 3.04)。この CQA の計算の自動化過程は、Empower 3 ソフトウェアが抗体薬物複合体の特性解析の生産性向上に最適であることを明確に示しています。
Empower 3 ソフトウェアにはさらに研究者にとって重要な分析データと監査に適したサマリーの両方を提供する強力なレポート機能が搭載されています。レポートテンプレートは結果を評価しやすいように容易に作成、カスタマイズすることができます。
システイン結合 ADC の DAR、薬物分布の結果を示すレポートテンプレートの一例を図 6 に示しました。図 5B の分析結果を使用して、相対面積比と合計および個別の DAR 値を統計計算結果(例えば、平均値 および % RSD)とともに表示したサマリーレポートが、データ取り込み、自動解析に続いて作成されます。
この分析に関しては、レポートにこの項目を加えたいなど、分析ごとに生じるニーズに合うよう設計された柔軟性の高いレポートテンプレート機能を持つ Empower 3 ソフトウェアが、ACQUITY UPLC H-Class システムの力強いパートナーです。この両者を合わせて使用することにより、システイン結合 ADC の特性解析においてデータ取り込みから結果のレポートまでの統合された分析法開発が実現します。
癌治療を再定義する可能性もある技術ということから、製薬メーカーによる ADC バイオ医薬品上市の動きが高まっています。この状況に対応するため、この新しいバイオ医薬品に関する新規 CQA の評価にふさわしく、効率的な特性解析方法が求められます。
このような難問に対応するウォーターズのソリューションの一つ が Empower 3 ソフトウェアです。本 CDS のデータ取り込みから、解析、実験結果のレポートまでの作業の統合機能により、分析ワークフローの効率化が実現します。ADC データ解析ワークフローに統合されたインフォマティクスツールの一つであるカスタムフィールド計算が効率的に組み込まれることにより、分析者が直面している解析上の難題が解決されます。
最初から最後まで徹底して自動化可能なワークフローは、ウォーターズの統合分析ソリューションが、抗体薬物複合体の特性解析における効果的なメソッド使用を通じ、生産性の向上を実現する理想的なツールであることを物語っています。
720005192JA、2014 年 9 月