このアプリケーションノートでは、比較的複雑なグリコシル化によって特性解析が難しいと認識されている分子である、遺伝子組み換えヒトエポエチン(rhEPO)の N および O 結合型グリコシル化両方について詳細を確認する 2 種類の容易なストラテジーの使用について実証しました。トータルで、これらのツールは新規バイオシミラーの開発を加速するために用いることができます。
免疫グロブリン G(IgG)の療法は、多くの有効なタンパク質ベースの治療を可能にしました1。同時に、遺伝子組み換えヒトホルモンや酵素の製造により、数多くの効果の高い治療の実施が可能となりました。例えば、エポエチン(EPO)アルファなどの赤血球造血剤による治療は、貧血の治療に長く使用されてきました。このような患者の赤血球数を増やす治療は、FDA により 1989 年に承認されてから US 市場で市販される Epogen® の発売により初めて可能になりました2。 そして今、バイオ医薬品産業の情勢は発展を続け、Epogen の特許は 2013 年に失効3したため、EPO 医薬品製品は国内外市場両方に向けたバイオシミラーとして開発のターゲットとなっています。
エポエチンアルファは比較的小さい一次構造ですが、N グリコシル化が 3 部位と O グリコシル化が 1 部位あります(図 1)4。 エポエチンアルファはタンパク質部分の質量が 18 kDa にすぎないにも関わらず、そのグリコシル化により、30~40 kDa の分子量を示します。興味深いことに、エポエチンのグリコシル化は、その薬効および血清での半減期と非常に関連しています。In vivo の活性と正の相関を示すことが知られているその糖鎖プロファイルの 2 つの特性は、分岐性とシアリル化です5-7。 結果として、エポエチン治療薬のグリコシル化を十分に特性解析することは重要です。さらに、エポエチングリコシル化の重要性は、詳細な糖鎖プロファイリングが実現可能なエポエチンバイオシミラー確立への道となることを示唆しています。
CHO 細胞から発現した組み換えヒトエポエチンアルファ(PeproTech、Rochy Hill、NJ)は 50 mM HEPES NaOH pH7.9 緩衝液に溶かして濃度 2 mg/mL に調製しました。
N 結合型糖鎖は、GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan キットを用いて Care & Use マニュアル(715004793)記載のガイドラインに従って rhEPO から切り出し、RapiFluor-MS 標識しました。RapiFluor-MS 標識 N 結合型糖鎖は SPE の溶離液 90 µL、ジメチルホルムアルデヒド 100 µL、アセトニトリル 210 µL の混液として分析に供しました。
O 結合型糖鎖の分析を容易にするため、GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan キットの Care & Use マニュアル(715004793)に記載された迅速脱グリコシル化の方法に従って rhEPO は N 結合型糖鎖を脱グリコシル化しました。
未使用の場合、ACQUITY UPLC Glycoprotein BEH Amide、300Å、1.7 µm カラムは、一貫したプロファイルが得られるまで 2 回以上の連続注入・分離によりコンディショニングを実施します。より詳細な情報はカラムの Care & Use マニュアル(720005408EN)をご参照ください。
LC システム: |
ACQUITY UPLC H-Class Bio システム |
サンプル温度: |
10 ℃ |
分析カラム温度: |
60 ℃ |
流速: |
0.4 mL/分 |
注入量: |
10 µL |
カラム: |
ACQUITY UPLC Glycoprotein BEH Amide、300Å、1.7 µm、2.1×150 mm(Glycoprotein Performance Test Standard 添付して出荷) |
蛍光検出: |
Ex 265 nm / Em 425 nm、2 Hz |
サンプル回収 / バイアル: |
サンプルコレクションモジュール ポリプロピレン 12 × 32 mm スクリューネックバイアル、300 µL |
移動相 A: |
50 mM ギ酸アンモニウム、pH4.4(100 倍濃縮液から LC-MS グレードの水を用いて調製) |
移動相 B: |
アセトニトリル(LC-MS グレード) |
時間 |
流速(mL/分) |
%A |
%B |
Curve |
---|---|---|---|---|
0.0 |
0.4 |
25.0 |
75.0 |
6.0 |
35.0 |
0.4 |
46.0 |
54.0 |
6.0 |
36.5 |
0.2 |
100.0 |
0.0 |
6.0 |
39.5 |
0.2 |
100.0 |
0.0 |
6.0 |
43.1 |
0.2 |
25.0 |
75.0 |
6.0 |
47.6 |
0.4 |
25.0 |
75.0 |
6.0 |
55.0 |
0.4 |
25.0 |
75.0 |
6.0 |
MS システム: |
Xevo G2-XS QTof |
イオン化モード: |
ESI+ |
測定モード: |
Resolution(~ 40 K) |
キャピラリー電圧: |
2.2 kV |
コーン電圧: |
75 V |
ソース温度: |
120 ℃ |
脱溶媒温度: |
500 ℃ |
ソースオフセット: |
50 V |
脱溶媒ガス流速: |
600 L/時間 |
キャリブレーション試薬: |
NaI(1 µg/µL、m/z 100-2000) |
データ取り込み: |
m/z 700-2000、スキャン時間 0.5 秒 |
ロックスプレー: |
300 fmol/µL Human Glufibrinopeptide B、0.1% (v/v) ギ酸含有 70:30 水/アセトニトリル溶液、1 秒間隔 |
データ管理: |
MassLynx ソフトウェア v4.1 |
LC システム: |
ACQUITY UPLC H-Class Bio システム |
サンプル温度: |
10 ℃ |
分析カラム温度: |
45 ℃ |
流速: |
0.2 mL/分 |
蛍光検出: |
Ex 280 nm / Em 320 nm(内部蛍光)、10 Hz |
移動相 A: |
0.1% (v/v) TFA 水溶液 |
移動相 B: |
0.1% (v/v) TFA アセトニトリル溶液 |
HILIC 注入量: |
1.3 µL(2.1 mm 内径 HILIC カラムではクロマトグラフィー性能に悪影響を及ぼさずに水系溶媒希釈液を 1 µL 注入まで可能) |
カラム: |
ACQUITY UPLC Glycoprotein BEH Amide、300Å、1.7 µm、2.1×150 mm(Glycoprotein Performance Test Standard 添付して出荷) |
バイアル: |
ポリプロピレン 12 × 32 mm スクリューネック、300 µL |
時間 |
%A |
%B |
Curve |
0.0 |
15.0 |
85.0 |
6.0 |
0.5 |
15.0 |
85.0 |
6.0 |
1.0 |
25.0 |
75.0 |
6.0 |
21.0 |
35.0 |
65.0 |
6.0 |
22.0 |
100.0 |
0.0 |
6.0 |
24.0 |
100.0 |
0.0 |
6.0 |
25.0 |
15.0 |
85.0 |
6.0 |
35.0 |
15.0 |
85.0 |
6.0 |
MS システム: |
SYNAPT G2-S HDMS |
イオン化モード: |
ESI+ |
アナライザーモード: |
Resolution(~ 20 K) |
キャピラリー電圧: |
3.0 kV |
コーン電圧: |
45 V |
ソースオフセット: |
50 V |
ソース温度: |
150 ℃ |
脱溶媒温度: |
500 ℃ |
脱溶媒ガス流速: |
800 L/時間 |
キャリブレーション: |
NaI(1 µg/µL、m/z 500-5000) |
データ取り込み: |
m/z 700-4800、スキャン時間 1 秒 |
データ管理: |
MassLynx ソフトウェア v4.1 |
本アプリケーションノートでは、遺伝子組み換えヒトエポエチン(rhEPO)の N および O 結合型グリコシル化の詳細について確認するための 2 つの容易なストラテジーについて実証します。本研究では、rhEPO N 型糖鎖を迅速に切り出し、GlycoWorks RapiFluor-MS で標識し、感度の高い蛍光および質量検出を用いた疎水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)により分析しました。その後、すぐに、並行分析として、O グリコシル化に関する情報を解析するためにインタクトタンパク質の HILIC 分析により脱 N グリコシル化した rhEPO について確認しました。
遺伝子組み換えヒトエポエチン(rhEPO)のグリコシル化は、過去に多数研究されています4-5, 8-13。 これまでの研究の多くは、比較的複雑な技術を必要としていました。本研究では、EPO 分析に 2 つの容易かつ相補的な LC ベースのアプローチを確立することを目的としています。1 つは N グリコシル化についての情報を、もう 1 つは O グリコシル化についての情報を提供することができるものです。
rhEPO の N 結合型糖鎖のプロファイルは、新規糖鎖標識試薬 RapiFluor-MS を含む新しいサンプル前処理ストラテジーにより迅速に得ることができます。GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan キットに基づくこのサンプル前処理により、N 結合型糖鎖を迅速に切り出し、蛍光およびエレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI-MS)検出の感度を向上するタグを標識します 14。既存のアプリケーションでは、RapiFluor-MS は主に様々な IgG サンプルの分析に用いられていました14-16。 加えて、GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan キットのプロトコールを用いて、rhEPO のような高度にグリコシル化されたタンパク質からも十分にサンプルを調製することができます。
RapiFluor-MS 標識 N 結合型糖鎖は、親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)に適していることが証明されています。従って、RapiFluor-MS の HILIC-蛍光-MS は、タンパク質の N グリコシル化の詳細を確認する非常に強力なツールとして登場しました14。
この目的のために、rhEPO から得られた RapiFluor-MS N 結合型糖鎖のサンプルは HILIC を用いてプロファイリングしました。N 結合型糖鎖の高分離を得るために、最近発表したワイドポアアミドカラム、ACQUITY UPLC Glycoprotein BEH Amide、300Å、1.7 µm カラムを本研究には選択しました。このカラムは、糖ペプチドや糖タンパク質などの高分子の HILIC 分離を促進するために設計されました。また一方で、ワイドポアパーティクルの構造は、高度に分岐した三分岐もしくは四分岐 N 結合型糖鎖分離におけるピークキャパシティを 10~20% 向上することも示されており、17 一般的に高度な分岐性を示す EPO N-結合型糖鎖の HILIC プロファイリングに最適な選択となります。図 2A には、0.4 µg の rhEPO から得られた
RapiFluor-MS N 結合型糖鎖の HILIC 蛍光および base peak intensity (BPI) MS クロマトグラムを示しました。この比較的限られた量のサンプルから、高い S/N のクロマトグラムが得られました。蛍光分析の感度により、全プロファイルに渡って正確な相対定量が可能になります。MS クロマトグラムの S/N も特筆すべき点で、N 結合型糖鎖の構造が大きくなるにつれて MS 感度は低下することにも注目してください。それにも関わらず、RapiFluor-MS 試薬をイオン輸送効率と感度が向上した新世代の MS である Xevo G2-XS QTof と組み合わせることで、このデータの品質が可能となりました。この QTof テクノロジーにより、様々な N 結合型糖鎖種の帰属に使用した図 2B に示す一連の MS スペクトルに見られるような、かつてない感度と高い MS 分解能が実現します。
この分析で得られるクロマトグラフィーおよび MS レベルでの選択性により、N 結合型糖鎖の帰属が簡単になり、図 3 に示した rhEPO N 結合型糖鎖プロファイルにおける種類を容易に同定できました。
本研究で分析した rhEPO は、主に四分岐で 4 箇所シアリル化した N 結合型糖鎖(FA4G4S4)で、様々な度合いで N-アセチルラクトサミンが付加したものにより構成される N 結合型糖鎖のプロファイルを示しました。一方で、プロファイルは、2 箇所シアリル化した二分岐の N 結合型糖鎖(FA2G2S2)に相当するピークも大きく見られました。二分岐に対する四分岐の N 結合型糖鎖の比率が EPO の in vivo 活性と正の相関を有する6 ことを考えると、この分析によって有益な情報が得られていることは明らかです。その他、この N 結合型糖鎖分析により、シアリル化の程度や構造がラクトシルアミンにより修飾されている程度などについても、容易に情報が得られます。全体として、これらの結果は、比較的容易な RapiFluor-MS N 結合型糖鎖調製およびそれに続く HILIC-蛍光-MS 分析により、非常に情報豊富な N 結合型糖鎖のプロファイルが実際に得られることを示しています。
O 結合型糖鎖は、結合するタンパク質から切り出す忠実性の高いメカニズムが不足しているため、特性解析が困難です。遊離糖鎖分析は、N 結合型糖鎖の特性解析においては PNGase F の脱グリコシル化の容易性と効率性により魅力的なアプローチです。同様のユニバーサルなグリコシダーゼを使用する代わりに、O 結合型糖鎖の切り出しはアルカリβ脱離 18 やヒドラジン分解 19 などの化学的な手法に頼ってきました。この切り出しメカニズムは実施が難しく、多くの場合剥離生成物として知られる副生成物が生じます。
rhEPO の遊離 O 結合型糖鎖分析を試してみるのではなく、異なる特性解析ストラテジーの開発を試みました。まず GlycoWorks Rapid PNGase F と 1% の RapiGest SF を用いて rhEPO を迅速に脱グリコシル化するところから考案しました。10 分の処理で、ACQUITY UPLC Glycoprotein BEH Amide カラムを用いて HILIC 分離によりプロファイルを実施できるインタクト rhEPO の脱 N グリコシル化したサンプルを得ることができました。図 4 には、以前の研究に記載した内部蛍光検出とインタクトタンパク質 HILIC 分離を用いて本分析で得られたクロマトグラムを示しています20。 本研究で分析した脱 N グリコシル化した rhEPO は一連のおよそ 10 のピークに分離しました。オンライン ESI-MS により非常に詳細な情報が得られ、rhEPO のプロテオフォームがそれぞれのクロマトグラフィーピークに帰属されました。最も大きい 2 つの LC ピークは、デコンボリューションした質量の 18893.8 および 19185.3 Da により表され、これは C 末端のアルギニンが欠落し、かつ 3 糖もしくは 4 糖の O 結合型糖鎖修飾をもつ脱 N グリコシル化した rhEPO と一致しました。さらに具体的には、より分子量の小さい方の種で見られた質量シフトから、この糖鎖修飾はヘキソース×1、N-アセチルヘキソサミン×1、N-アセチルノイラミン酸×1 で構成されることが示されました。一方、より分子量の大きい方の種で見られた質量シフトからは、同じ構造にさらにもう 1 つ N-アセチルノイラミン酸が付加していることが示唆されました。
LC-MS データをさらに検証すると、O 結合型糖鎖に関してグリコシル化されていない rhEPO のプロテオフォームが約 8.2 分の保持時間に溶出しました。さらに、これら LC-MS データは、少なくともあと 2 種類の O 結合型グライコフォームと、さらにより多くの C 末端が欠失したプロテオフォームが存在することを示唆しています(図 5)。このように、このワークフローは実際に rhEPO の O 結合型グリコシル化の迅速なプロファイルに使用でき、占有率と不均一性両方に関して情報が得られます。
LC-MS に適合する親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)に基づく糖鎖の分析に向けたいくつかの強力なツールが最近登場しました。 この新規糖鎖分析ワークフローの中心は、高分子分離のために設計された HILIC カラムです。この ACQUITY UPLC Glylcoprotein BEH Amide カラムを用いることで、大きい遊離 N 結合型糖鎖の高分離を達成できます。またこの分析を RapiFluor-MS 標識と組み合わせることで、高分離だけでなく今までにない高感度も得られる技術が確立できます。このアプローチを、遺伝子組み換えヒトエポエチンアルファ(rhEPO)の N-グリコシル化について非常に詳細な情報を得るために効果的に用いました。N-グリコシル化は EPO の半減期および薬効と相関することを考えると、このような情報は、その比類ない品質から、新規 EPO 治療薬を開発する上で非常に有益です。EPO は O グリコシル化もされています。その占有率と不均一性も、異なる原薬の比較可能性を示すのに重要です。ACQUITY UPLC Glylcoprotein BEH Amide カラムを用いて、インタクト rhEPO の O 結合型糖鎖の特性についてプロファイリング可能なシンプルなサンプル前処理とそれに続く HILIC 分離について概説しました。まとめると、比較的複雑なグリコシル化によって特性解析が難しいと認識されている分子である、遺伝子組み換えヒトエポエチン(rhEPO)の N および O 結合型グリコシル化両方について詳細を確認する 2 種類の容易なストラテジーの使用について実証しました。トータルで、これらのツールは新規バイオシミラーの開発を加速するために用いることができます。
720005462JA、2015 年 8 月