• アプリケーションノート

HILIC 分析のための新しい蛍光・MS 検出標識試薬による遊離 N 型糖鎖の迅速前処理法

HILIC 分析のための新しい蛍光・MS 検出標識試薬による遊離 N 型糖鎖の迅速前処理法
  • Matthew A. Lauber
  • Darryl W. Brousmiche
  • Zhengmao Hua
  • Stephan M. Koza
  • Ellen Guthrie
  • Paula Magnelli
  • Christopher H. Taron
  • Kenneth J. Fountain

  • Waters Corporation
  • New England BioLabs

要約

従来、HILIC-FLR-MS 分析のための N 型糖鎖サンプル調製には、多くの時間と労力を要し、感度も妥協せざるを得ませんでした。ウォーターズは、GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan Kit キットの開発において、いまだかつてない糖鎖検出感度を実現し、N 型糖鎖のサンプル調製のスループットを向上させることでこれらの課題を解決しました。

本手法により

糖タンパク質からわずか 10 分で糖鎖を切り出し、N-グリコシルアミンを生成します。

糖鎖は速やかに新規 RapiFluor-MS により 5 分以内に標識されます。RapiFluor-MS は、効果的な蛍光、高塩基性の三級アミンから成る試薬で、蛍光、MS の両方の検出感度を高めます。

標識された糖鎖を反応副生成物から HILIC µElution プレートを用いて分離精製する最後の段階も 15 分以内で完了します。HILIC µElution プレートは糖鎖(中性糖鎖から 4 シアル酸結合糖鎖まで)の定量性のある回収と抽出試料の速やかな分析への移行を目的に開発されています。

以上のように各段階の課題を解決し、わずか 30 分で糖タンパク質から分析に供する試料調製までの完全な N 型糖鎖のサンプル調製が可能になり、同時に検出感度の大幅な向上も実現しました。

利点

  • 30 分以内で標識 N 型糖鎖を調製(糖タンパク質の状態から分析用試料まで)
  • 偏りのないデータ取得のための完全な糖鎖切り出し
  • GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan キットによるシンプルで効率的なプロトコール
  • いまだかつてない感度 - 標識 N 型糖鎖の感度は蛍光検出で 2 倍以上、MS 検出では 100 倍以上
  • 中性からシアル酸が四個付加したものまで、幅広い N 型糖鎖に適用可能な頑健性の高い固相抽出による正確なプロファイリング

はじめに

薬効や安全性、製造状態を反映するため、バイオ医薬品における N 型糖鎖のプロファイルは、一般的に重要な品質特性として定義されています1-2。 このため、臨床で使用される、また市販のバイオ医薬品の糖鎖分析において、高感度で詳細な特性解析を容易にする手法が重要となります。加えて、一連の作業時間が短く、ハイスループットな分析が実現されると、製品開発の促進において極めて有用となることが予想されます。糖タンパク質の N 型糖鎖を評価するほとんどの分析法には、PNGase F による糖鎖切り出しと検出を可能にするための還元、および N 型糖鎖を標識する工程が含まれます。効果的な手法の一つは、標識された糖鎖を親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)により分離し、蛍光(FLR)で、また目的によっては質量分析計(MS)で検出する方法です3-10

しかしながら、HILIC-FLR-MS 用に開発された従来のサンプル調製法では、多くの時間と労力を要した上に、感度については妥協せざるを得ませんでした11 。一例を挙げると、従来の糖鎖切り出し法では糖タンパク質試料を約 1 時間インキュベートする必要があり、更に一般的には一晩(16 時間)の反応が行われています。これに続く標識工程でも、グリコシルアミンの加水分解後、N 型糖鎖に生成する還元末端のアルデヒド基の還元アミノ化に 2 ~ 3 時間という非常に長い時間を要します。また、最も広く用いられる 2-アミノベンズアミド(2-AB)を標識試薬とした場合、容易に蛍光で検出されますが、エレクトロスプレーイオン化質量分析計(ESI-MS)での検出は困難でした。

N 型糖鎖のサンプル調製については、様々な手法が開発されてきましたが、これまで、要求に見合う簡便さ、MS での高感度、ハイスループットのすべてを満足させるソリューションは存在しませんでした。標識試薬の利用に代わる方法としてエレクトロスプレーイオン化の効率を促進する官能基をもつプロカインアミド等を利用する手法もありますが12、こちらも還元アミノ化の段階があるため面倒で時間がかかる点は解決されていません。そのため、ほんの数分で標識糖鎖を得られる迅速な標識法が研究され続けてきました。近年、実際にアミノベンズアミド(AB)のアナログを含む 2 種類の迅速な糖鎖標識法が紹介されています13。迅速な反応では、還元アルデヒド末端を持つ糖鎖の前駆体であるグリコシルアミンが、尿素を結合したアミノベンズアミドにより修飾されます。このような迅速標識試薬は標識の工程は加速しますが、近年の N 型糖鎖分析に要求される MS イオン化効率の促進については効果がありません。

私たちは、前述のような問題点を解決するため、糖鎖検出においてかつてない蛍光と MS 感度を実現させる一方、N 型糖鎖のサンプル調製スループットをも向上させる手法を開発しました。糖タンパク質から遊離したグリコシルアミンと迅速に反応する新規標識試薬を合成しました。迅速な標識が可能な N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)カルバメート、効率的なキノリン蛍光発色団、イオン化を促進する強い塩基性を示す三級アミンを構造に含む試薬である RapiFluor-MS の使用により 5 分以内の反応で N 型糖鎖が標識されます。さらに N 型糖鎖のサンプル調製を加速するため、この迅速な標識反応は、RapiGest SF 界面活性剤を利用した迅速な PNGase F 糖鎖切り出し法、標識遊離糖鎖の高い回収率を実現し、HILIC µElution 固相抽出プレートによる精製ステップによりエバポレートと再溶解することなしに LC-FLR-MS に供する試料を提供します。

実験

LC 条件

LC システム:

ACQUITY UPLC H-Class Bio システム

サンプル温度:

5 ℃

分析カラム温度:

60 ℃

流速:

0.4 mL/分

蛍光検出:

Ex 265、Em 425 nm(RapiFluor-MS)

Ex 278 nm、Em 344 nm(Instant AB)

Ex 330 nm、Em 420 nm(2-AB) [スキャンレート:2 Hz(150 mm カラム)、5 Hz(50 mm カラム)、ゲイン:1]

注入量:

≦ 1 µL(水系溶媒希釈液、2.1 mm 内径カラム使用時)

≦ 30 µL(DMF/ACN 希釈試料、2.1 mm 内径カラム使用時)

カラム:

ACQUITY UPLC Glycan BEH Amide 130Å、1.7 µm、2.1 × 50 mm

ACQUITY UPLC Glycan BEH Amide 130Å、1.7 µm、2.1 × 150 mm

サンプルコレクション / バイアル:

サンプルコレクションモジュール

ポリプロピレン 12 × 32 mm スクリューネックバイアル、300 µL

移動相 A:

50 mM ギ酸アンモニウム、pH 4.4(LC-MS グレード、100 倍濃縮液より調製)

移動相 B:

アセトニトリル(LC-MS グレード)

2.1× 50 mm カラムのグラジエント条件

時間(分)

流速(mL/分)

%A

%B

曲線

0.0

0.4

25.0

75.0

6.0

11.7

0.4

46.0

54.0

6.0

12.2

0.2

100.0

0.0

6.0

13.2

0.2

100.0

0.0

6.0

14.4

0.2

25.0

75.0

6.0

15.9

0.4

25.0

75.0

6.0

18.3

0.4

25.0

75.0

6.0

2.1× 150 mm カラムのグラジエント条件

時間(分)

流速(mL/分)

%A

%B

曲線

0.0

0.4

25.0

75.0

6.0

35.0

0.4

46.0

54.0

6.0

36.5

0.2

100.0

0.0

6.0

39.5

0.2

100.0

0.0

6.0

43.1

0.2

25.0

75.0

6.0

47.6

0.4

25.0

75.0

6.0

55.0

0.4

25.0

75.0

6.0

MS 条件

MS システム:

SYNAPT G2-S HDMS

イオン化モード:

ESI+

アナライザーモード:

TOF MS レゾリューションモード(約 20 K)

キャピラリー電圧:

3.0 kV

コーン電圧:

80 V

ソース温度:

120 ℃

脱溶媒ガス温度:

350 ℃

脱溶媒ガス流量:

800 L/時間

キャリブレーション:

NaI、1 µg/µL、m/z 500-2500

ロックスプレー(ASM B-side):

100 fmol/µL ヒト Glufibrinopeptide B(0.1% (v/v) ギ酸、水/アセトニトリル=70:30)、90 秒ごと

データ取り込み:

m/z 500-2500、スキャンレート 1Hz

データ管理:

MassLynx ソフトウェア(v4.1)

サンプルの説明

GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan キットの取り扱い説明書(715004793)に従って、Intact mAb Mass Check Standard(p/n 186006552)、ウシ フェチュイン(Sigma I4506)およびヒト プール IgG より N 型糖鎖を調製しました。 

アミノベンズアミド(AB)のアナログを使用する Instant AB と RapiFluor-MS による標識糖鎖のレスポンスを比較するため、等モルの試薬を使用して標識を行い、固相抽出の過程でバイアスがかかる可能性を排除するよう、精製なしの反応混合液を直接 HILIC-FLR-MS で分析しました。レスポンスファクターとして FA2 N 型糖鎖(オックスフォード表記)のピーク面積と糖鎖を切り出した元となる糖タンパク質全体との比を算出しました。 

2-AB 標識糖鎖と RapiFluor-MS 標識糖鎖とのレスポンスファクターの比較は、ヒトプール IgG を試料とし、標識した糖鎖を等量ずつ HILIC-FLR-MS により測定して行いました。試料の注入量は、それぞれ 2-AB 標識したトリアセチルキトトリオース、RapiFluor-MS で標識したプロピルアミンを外部標準品として用いて調整し(HPLC および 1H NMR にて高純度であることを確認)、レスポンスファクターとして糖鎖のモル量に対する FA2 のピーク面積比を用いました。

RapiFluor-MS 標識糖鎖の固相抽出法については、ヒト プール IgG、ウシ フェチュイン、1:1(重量比)から切り出し、標識した N 型糖鎖を含む混合試料を用いて評価しました。。調製した混合試料は、GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan キットのプロトコール通り、分析に供する溶媒で再溶解しました。このほかのサンプル調製法については、GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan キットの取り扱い説明書(715004793)に記載しています。

結果および考察

新規 N 型糖鎖標識試薬の合理的なデザイン

N 型糖鎖分析を容易にする新規標識試薬は、図 1 に示したように、迅速な標識が可能で、強い蛍光を発し、MS 検出を顕著に促進するという合理的な設計考察に基づいて合成されています。従来のN 型糖鎖のサンプル調製では、糖鎖のアルデヒド末端の還元アミノ化や糖鎖に何度も化学変換を強いる工程、高温で長時間に渡るインキュベーションの工程が必須となっています11。さらに、シアル酸の脱離を最小限に抑えるため、糖鎖が無水状態で還元的にアミノ化されることが求められます。このためサンプル調製では、サンプル溶解溶媒を水溶液から無水状態に転溶する必要も生じます。これらの理由から、新たに設計された標識試薬は還元アミノ化の工程をなくしており、水溶液のまま標識反応を実施できるメリットもあります。このような現代の N 型糖鎖分析への要求に合致した新規試薬の開発にあたり、ウォーターズはこれまで培ってきたアミノ酸の迅速な蛍光標識に関する経験を役立てています。ウォーターズは 20 年以上前に AccQ•Fluor として知られている迅速標識蛍光試薬を開発しており、現在ではタンパク質試料のアミノ酸組成の正確なプロファイルに幅広く利用されています14-15

図 1.RapiFluor-MS 分子構造。迅速な標識、効果的な蛍光、イオン化効率を促進する化学構造を円で囲んで示しています。
図 2.RapiFluor-MS による N-グリコシルアミン誘導体化反応の概略図。左に示した経路はグリコシルアミンの誘導体化を示し、尿素(NH-CO-NH)を介し RapiFluor-MS を結合した N 型糖鎖が生成されます。RapiFluor-MS の加水分解は右の経路に示されています。

AccQ•Fluor は、迅速な標識を可能にする NHS-カルバメート反応基と、強い蛍光を発するキノリニル蛍光発色団による 2 つの重要な化学特性を備えており、これらの特性が新規糖鎖標識試薬の基盤となっています。本試薬の NHS-カルバメート反応基が、酵素により糖タンパク質から遊離したグリコシルアミンを迅速に標識します。わずか 5 分以内の反応で、水性条件下で非常に安定な尿素結合を介した N 型糖鎖の標識が可能となります(図 2)。この新規試薬は、迅速な標識能力に加え、蛍光、MS のどちらにおいても高感度検出を実現します。本試薬の中心的な機能を果たすキノリニル蛍光発色団は、AccQ•Fluor での機能と同様に、蛍光検出において高感度を発揮します。また、本試薬は AccQ•Fluor に加え、三級アミンの側鎖を伴って合成されるため、ポジティブモードでのエレクトロスプレーイオン化(ESI+)における MS シグナルをも増強します。要約するならば、この N 型糖鎖標識試薬は、ウォーターズの化学試薬に関する技術と迅速な標識を可能にする反応基、効果的な蛍光発色団、高塩基性の MS 活性基の 3 つの重要な化学特性の上に成り立っています。これらの特筆すべき特性を表現して、本新規標識試薬を RapiFluor-MS と名付けています。

RapiFluor-MS が可能にする高感度検出

RapiFluor-MS N 型糖鎖標識について様々な角度から研究してきましたが、特に RapiFluor-MS 標識糖鎖のレスポンスファクターを他の試薬で標識された糖鎖のレスポンスファクターと比較して評価しました。RapiFluor-MS と最も関連性が高く、市販されている試薬として、Instant AB として知られるアミノベンズアミドの NHS-カルバメート類縁体が挙げられます。13 図 3A、3B は、マウスモノクローナル抗体(Intact mAb Mass Check Standard, p/n 186006552)より切り出した等量の糖鎖を RapiFluor-MS、Instant AB でそれぞれ標識し、HILIC により分析したクロマトグラムで、蛍光強度とベースピーク強度(BPI)を示しています。IgG 由来の糖鎖のうち最も強度の高いフコシル化バイアンテナリー FA2 糖鎖(図 3C)について、ピーク面積に基づいて蛍光検出、MS 検出によるレスポンスを算出しました。この結果、RapiFluor-MS 標識糖鎖では、Instant AB 標識糖鎖と比較して、蛍光シグナルで 2 倍、MS では驚異的な 780 倍のレスポンスファクターが得られました。 

図 3.(A)RapiFluor-MS(B)Instant AB により標識した Intact mAb Mass Check Standard 由来 N 型糖鎖の HILIC-FLR-MS データ。蛍光(FLR)検出によるクロマトグラムはオレンジ、BPI MS クロマトグラムは青で表示。標識糖鎖(0.4 µg の糖タンパク質由来、1 µL 注入)は ACQUITY UPLC BEH Amide 130Å、1.7 µm、2.1×50 mm カラムにて分離。(C)RapiFluor-MS およびInstant AB 標識糖鎖のレスポンスファクター(Intact mAb Mass Check Standard 1 µg より得られる N 型糖鎖中の FA2 ピーク面積値を算出)。蛍光(FLR)、MS(BPI)のレスポンスファクターをそれぞれオレンジ、青で表示。分析は各 2 回実施。

同様の方法で、RapiFluor-MS 標識と 2-AB 標識についても比較しました。ヒトプール IgG から切り出し、RapiFluor-MS または 2-AB で標識した等量の糖鎖を HILIC-FLR-MS にて分析しました(図 4A、4B)。標識や還元アミノ化が大きく異なる方法で行われることを考慮し、定量性のある標準品を用いて外部較正を行い HILIC カラムへの FA2 糖鎖の注入量を決定しました。この FA2 糖鎖データから得られたレスポンスファクターを図 4C に示しました。繰り返しになりますが、RapiFluor-MS 標識糖鎖は極めて高感度に検出されました(2-AB 標識糖鎖と比較し、蛍光で 14 倍、MS で 160 倍強いシグナルを検出)。

図 4.(A)RapiFluor-MS(B)2-AB により標識したヒトプール IgG 由来 N 型糖鎖の HILIC-FLR-MS データ。蛍光(FLR)検出によるクロマトグラムはオレンジ、BPI MS クロマトグラムは青で表示。標識糖鎖(~ 14 pmol 全糖鎖、1 µL 注入)は ACQUITY UPLC Glycan BEH Amide 130Å、1.7 µm、2.1× 50 mm カラムにて分離。FA2 糖鎖量は標準品の 2 点外部標準検量線により較正。(C)RapiFluor-MS、2-AB 標識糖鎖のレスポンスファクター(外部較正により決定された FA2 1 pmol あたりの FA2 ピーク面積値を算出)。蛍光(FLR)、MS(BPI)のレスポンスファクターをそれぞれオレンジ、青で表示。分析は各 2 回実施。

以上の結果をまとめて、Instant AB、2-AB のレスポンスファクターを RapiFluor-MS のレスポンスファクターで除しパーセンテージで示しました(図 5)。このグラフでは Instant AB、2-AB のレスポンスファクターが RapiFluor-MS のレスポンスファクターにより標準化されるため、RapiFluor-MS による蛍光および MS 感度の増大が明確に表れます。また、代替的な MS 標識試薬であるプロカインアミドによる標識の相対的な性能も同時に示しています。プロカインアミドはアミノベンズアミドの類縁体であり、HILIC-ESI(+)-MS を用いて分析する際に、還元アミノ化された糖鎖のイオン化を促進する目的で使用されています。プロカインアミド標識は 2-AB 標識と比較して、蛍光では同等、MS シグナルについては 50 倍高いシグナルをもたらすと報告されています12,16。 このプロカインアミドと比較しても RapiFluor-MS は MS 感度を著しく増大させます。すなわち、この新規 RapiFluor-MS 標識試薬は、糖鎖を迅速に標識するのみならず、蛍光、MS 両方の検出において比類のない感度をもたらします。

図 5.相対的な糖鎖標識性能。RapiFluor-MS 標識 N 型糖鎖の蛍光および MS のレスポンスファクターで標準化した各試薬によるレスポンスファクター。(*)プロカインアミド標識により、2-AB と比較し、蛍光で同等、ESI-MS で最大 50 倍の感度が得られるとの報告(Klapoetke et al. 2010)から推定される比較結果を記載。

Rapid PNGase F と RapiGest SF 界面活性剤との新規設計による迅速な糖鎖切り出し

N 型糖鎖のサンプル調製は RapiFluor-MS 標識により大きく変わり、RapiFluor-MS N-Glycan キットとして容易に導入することができます。このウォーターズとニューイングランドバイオラボ(New England Biolabs、NEB)社が開発した必要なものが全て含まれたキットは、N 型糖鎖のサンプル調製におけるすべての面での律速段階を取り除く目的で設計されました。最適化された N 型糖鎖のサンプル調製の手順は、糖鎖切り出し(糖タンパク質から糖鎖を遊離する工程)、標識(糖鎖を検出に適した状態にする工程)、クリーンアップ(サンプルから分析を妨害する可能性のある物質を除去する工程)という最小限の 3 段階から成ります(図 6)。従来の N 型糖鎖のサンプル調製は、手間のかかる標識工程のみならず、1 ~ 16 時間という長時間を要す糖鎖切り出しを伴う非常に時間のかかる作業でした。迅速な標識を可能にする RapiFluor-MS の使用に際しては、長時間の糖鎖切り出し工程は不要です。ウォーターズは NEB と共に、迅速標識試薬と組み合わせる Rapid PNGase F を独自に共同開発しました。 

図 6.RapiFluor-MS N-Glycan キットを使用した迅速 N 型糖鎖サンプル調製手順。

RapiFluor-MS N-Glycan キットには、Rapid PNGase F と RapiGest SF 界面活性剤が含まれており、約 10 分で多様な糖タンパク質の完全な糖鎖切り出しが可能です。陰イオン界面活性剤である RapiGest SF を使用することにより糖鎖切り出し工程を迅速に進めます。RapiGest SF は N 型糖鎖と Rapid PNGase F との接触を昂進し、熱変性下においても糖タンパク質が溶解性を保つよう作用します。最も重要な点は、RapiGest SF が酵素に適した性質を持つため、Rapid PNGase F の活性を損なうことなく高濃度で使用できる点です。迅速糖鎖切り出し法では、糖タンパク質を高濃度(1%)の RapiGest SF に加え、80℃以上で 2 分加熱します。続いて、他の処理は一切なしに Rapid PNGase F を添加し 50℃で 5 分加熱すれば完全で偏りのない糖鎖切り出しが完了します。 

迅速糖鎖切り出し工程の有効性については、SDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)により評価しました。SDS-PAGE は溶液中でのサイズを基にタンパク質を分離する有用な技術で、しばしば糖タンパク質と糖鎖切り出ししたタンパク質との分離にも用いられます17-18。 迅速糖鎖切り出し法により様々な糖タンパク質の糖鎖切り出しを行い、SDS-PAGE により分析しました。PNGase F を加えないネガティブコントロール、ポジティブコントロールとして SDS で変性させ PNGase F を加え 37℃で 30 分加熱した従来の複数段階により糖鎖切り出しした試料を用いました。図 7 に示したように、検討した各種タンパク質について迅速糖鎖切り出し法により得られた試料で、顕著な分子量の減少が見られます。さらに分子量の減少は、従来法によるポジティブコントロールの結果とも一致を見せています。これらの結果は Rapid PNGase F と RapiGest SF との独自の組み合わせによる迅速糖鎖切り出し法が従来法と同等に、しかし何分の一かのわずかな時間で糖鎖切り出しを実現させることを示しています。

図 7.糖鎖切り出しした糖タンパク質のゲル電気泳動アッセイ。ネガティブコントロール(-)はネイティブの糖タンパク質の移動度、見かけの分子量を示し、ポジティブコントロール(+)は SDS で変性させ PNGase F を加え 37℃で 30 分加熱した従来の 2 段階での糖鎖切り出し法による糖鎖切り出しタンパク質の移動度、見かけの分子量を示します。(R)は、迅速法による完全な糖鎖切り出し結果を示します。迅速法として、RapiGest SF による熱変性、続く GlycoWorks Rapid PNGase F 添加後 50 ℃、5 分加熱の 2 段階の糖鎖切り出し法を採用しました。バンドの視覚化にはクマシーブルーを使用しました。

頑健で定量性のある HILIC 固相抽出

前述のように、N 型糖鎖のサンプル調製の最終段階は、分析に備え標識した糖鎖を抽出するものです。反応副生成物からの標識糖鎖抽出には固相抽出(SPE)を利用した効果的な手法を採っています。特にこの SPE は、標識糖鎖を HILIC により分析する際に障害となる糖鎖が切り出されたタンパク質、PNGase F、バッファー、試薬中成分、RapiGest 界面活性剤、標識反応の副生成物などを含む混合物から RapiFluor-MS 標識 N 型糖鎖を選択的に抽出するよう設計されています(図 8)。GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan キットには、このアプリケーションに特化して選択されたアミノプロピル基を持つシリカベースの充塡剤を使用した GlycoWorks µElution プレートが含まれています19-22。GlycoWorks SPE は高い極性を持つ充塡剤であるため、糖鎖のような極性化合物を容易かつ選択的に保持します。加えて、表面に弱い塩基性を帯びているため、イオン交換や静電的相互作用による選択性も生じます。GlycoWorks µElution プレートは最小のボリュームで溶出できるよう設計されているので、エバポレート作業なしにすぐに分析可能であることも注目すべき点です。さらなる利点として、GlycoWorks µElution プレートは 96 ウェルタイプなのでハイスループットな多検体向けの分析に最適で、検体が少ない場合には必要なウェルのみ順次使用することも可能です(保管条件は取り扱い説明書を参照してください)。 

HILIC 固相抽出工程では、まず水で充塡剤のコンディショニングを行い、続いてサンプルロードに用いる高濃度のアセトニトリル条件で平衡化します。その後アセトニトリルで希釈されたサンプルをロードし、90% アセトニトリルに 1% ギ酸を添加した酸性の洗浄溶媒でマトリックスを洗い流します。この洗浄条件により、アミノプロピル HILIC 充塡剤と反応副生成物との間に静電反発力が発生し、マトリックス成分の溶解性が高まるため、固相抽出の選択性が最適なものとなります。洗浄後、標識された遊離糖鎖が HILIC 充塡剤から溶出されます。GlycoWorks 固相抽出充塡剤の表面は弱い塩基性を帯びているため、陽イオンとの反発を生じ、陰イオン交換の性質も有します。私達はこの点を考慮して 5% アセトニトリルに溶解した pH7 の 200 mM 酢酸アンモニウムで構成される溶出バッファーを開発しました(p/n 186007991)。RapiFluor-MS 標識糖鎖は、溶出後、有機溶媒混液(アセトニトリル、ジメチルホルムアミド)による希釈が可能で、直接、UPLC または HPLC HILIC カラムで分離し、蛍光、ESI-MS 検出を実施できます。

図 8. クロマトグラフィーへの障害を取り除く HILIC 固相抽出。(A)ヒトプール IgG、ウシフェチュイン由来の RapiFluor-MS 標識糖鎖混合試料の蛍光検出によるクロマトグラム(0.4 µg の糖タンパク質由来、1 µL 注入)。ACQUITY UPLC BEH Amide 130Å、1.7 µm、2.1 × 50 mm カラムにて分離。(B)HILIC 固相抽出により抽出した混合試料(0.4 µg の糖タンパク質由来、アセトニトリル / ジメチルホルムアミドで希釈した抽出試料を 10 µL 注入)。

GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan キットの他のステップと同様に、この GlycoWorks 固相抽出ステップについて広範囲に評価しました。試験試料は、様々な RapiFluor-MS 標識 N 型糖鎖の回収率を評価するため、低分子の中性糖鎖からシアル酸を 4 つ結合した糖鎖までを含むものとし、ヒトプール IgG とウシフェチュインの両方から遊離、標識しました。この混合試料の HILIC カラム、蛍光検出による分析例を図 9A に示しました。図中のアシアロ FA2、4 つのシアル酸を結合した 3 本鎖糖鎖(A3S1G3S3)など、特徴的な糖鎖にマークをつけました。固相抽出の効果を評価するため、一度固相抽出した試料を再度 GlycoWorks 固相抽出にかけ、HILIC カラム、蛍光検出により分析しました(図 9B)。2 度固相抽出を実施した試料のクロマトグラムから、1 回の固相抽出で得られた試料と同等な標識糖鎖のプロファイルが得られています。実際に、全ての精製糖鎖で約 70 ~ 80% と確かな回収率を示し、さらに重要なことに極めて正確な相対収率が得られています。図 9C に、4 種類の糖鎖(FA2、FA2G2S1、A3G3S3、A3S1G3S3)について、1 回固相抽出処理を行った試料と 2 回の処理を行った試料の各糖鎖の相対存在比を示しました。相対存在比の偏差が、最も大きかったのは A3S1G3S3 が示した値で、それでも固相抽出 1 回、2 回の値がそれぞれ 5.7%、6.1% でした。これらの結果は、GlycoWorks 固相抽出が、抽出した標識糖鎖を直ちに分析できるメカニズムを持ち、幅広い N 型糖鎖を対象に相対存在比を変化させることなく使用できることを示しています。

図 9.GlycoWorks HILIC µElution プレートを用いた固相抽出による RapiFluor-MS 標識 N 型糖鎖抽出結果。(A)HILIC 固相抽出により抽出した(1 回)ヒトプール IgG、ウシフェチュイン由来の RapiFluor-MS 標識糖鎖混合試料。ACQUITY UPLC Glycan BEH Amide 130Å、1.7 µm、2.1 × 50 mm カラムにて分離。蛍光検出(0.4 µg の糖タンパク質由来、アセトニトリル / ジメチルホルムアミドで希釈した抽出試料を 10 µL 注入)。(B)HILIC 固相抽出により 2 回抽出した RapiFluor-MS 標識糖鎖混合試料。(C)HILIC 固相抽出処理 1 回、2 回における各種 RapiFluor-MS 標識 N 型糖鎖の相対存在比。

結論

従来、HILIC-FLR-MS 分析のための N 型糖鎖サンプル調製には、多くの時間と労力を要し、感度も妥協せざるを得ませんでした。ウォーターズは、GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan キットの開発において、いまだかつてない糖鎖検出感度を実現し、N 型糖鎖のサンプル調製のスループットを向上させることでこれらの課題を解決しました。本手法により、糖タンパク質からわずか 10 分で糖鎖を切り出し、N-グリコシルアミンを生成します。糖鎖は速やかに新規 RapiFluor-MS により 5 分以内に標識されます。RapiFluor-MS は、効果的な蛍光、高塩基性の三級アミンから成る試薬で、蛍光、MS の両方の検出感度を高めます。標識された糖鎖を反応副生成物から HILIC µElution プレートを用いて分離精製する最後の段階も 15 分以内で完了します。HILIC µElution プレートは糖鎖(中性糖鎖から 4 シアル酸結合糖鎖まで)の定量性のある回収と抽出試料の速やかな分析への移行を目的に開発されています。以上のように各段階の課題を解決し、わずか 30 分で糖タンパク質から分析に供する試料調製までの完全な N 型糖鎖のサンプル調製が可能になり、同時に検出感度の大幅な向上も実現しました。

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