このアプリケーションノートでは、ベンゼンスルホン酸のメチ ルエステル、エチルエステル、およびイソプロピルエステルの 分析のための頑健かつ迅速な UPLC 分析法をご紹介します。
ACQUITY UPLC PDA と ACQUITY QDa の両検出器を使用した ACQUITY UPLC H-Classシステムは遺伝毒性が疑われる不純物のモニタリングにおいて正確な確認と定量を実現する優れたソリューションを提供します。
ACQUITY QDa 検出器は頑健かつ使い易い検出器であり、相補的な検出手法として UV 検出に追加可能です。この技術による正確かつ信頼性の高い結果は、QC ラボにおける医薬品のルーチン試験に最適です。
遺伝毒性不純物(GTI)は原薬の合成過程で生じる可能性がある中間体または反応生成物です。また、工程不純物に加えて、処方時や保存中に分解して GTI が生成するおそれもあります1。遺伝毒性化合物は DNA と反応する可能性があり、その結果、発がん反応や腫瘍発生を引き起こすおそれがあります。そのため、医薬品開発プロセスの早期に遺伝毒性不純物の有無を特定することや、原薬と製剤の両方でこれらを正確に定量するためには、信頼性が高く、高感度な分析方法が不可欠です。
欧州医薬品審査庁(EMEA)、米国 FDA、および医薬品規制調和国際会議(ICH M7)などの規制当局は、医薬品の安全性を保証するために医薬品成分中の遺伝毒性不純物の許容限界に関するガイドラインを発表しています2-4。 ガイドラインでは、一生涯を通した医薬品化合物の 1 日最大曝露量に基づき、原薬や製剤中のいずれの遺伝毒性が疑われる不純物(PGI)も、毒性学的懸念の閾値(TTC)である 1.5 µg/日未満でなければならないとしています。短い曝露期間であれば、1 日摂取量が 1.5 µg/日を超えることは許容されています。ICH M7 ガイドラインに明記された、一生涯よりも短い期間(LTL)から一生涯を通した曝露までの“曝露期間による”TTC の許容限界を表 1 に示します4。
医薬品業界では、遺伝毒性不純物は一般的に、原薬(API)の規格で用量が報告されています。例えば、定量限界が 10 ng/mL であることは API 1 mg を含有する製剤では API に対して 10 ppm に相当します。API 用量別に算出した定量限界(ppm)の例を表 2 に示します。
メタンスルホン酸(メシラート)、ベンゼンスルホン酸(ベシル酸)および p-トルエンスルホン酸(トシラート)などのスルホン酸は、API と塩を形成する対イオンとして広く使用されています。これらのスルホン酸は残留アルコールと相互作用してアルキルスルホン酸エステルを生成することがあり、これが PGI とみなされます1。 現状では、アルキルスルホン酸エステルを分析する方法として LC-MS 法および GC-MS 法が文献で報告されています1。 両分析手法は有効であるものの、分析種の検出感度を向上するために、プレカラム誘導体化の手順が必要なため、時間がかかってしまいルーチン試験には適しません。質量検出を UPLC と組み合わせることで、プレカラム誘導体化の手順が不要なアルキルスルホン酸エステルの直接的かつ正確な分析が可能です。UPLC-MS は医薬品中の微量な遺伝毒性が疑われる不純物の迅速な分析に求められる選択性と感度を備えています。
このアプリケーションノートでは、ベンゼンスルホン酸のメチルエステル、エチルエステル、およびイソプロピルエステルの分析のための頑健かつ迅速な UPLC 分析法をご紹介します。UPLC 分析法では、UV 検出および ACQUITY QDa 検出器による質量検出を使用することで、迅速かつ正確な遺伝毒性不純物のモニタリングを実現しています。UV 検出および質量検出の両検出器を使用しても直線性、感度および特異度が達成可能であるかについて実証しました。さらに、この分析手法をアムロジピンベシル酸の原薬分析に適用しました。質量検出を使用することで、医薬品サンプル中の微量な不純物の分析に不可欠な、感度および選択性を向上することができました。
この実験で使用した試薬は以下のとおりです。
ベンゼンスルホン酸のメチルエステル、エチルエステル、およびイソプロピルエステルの分析用ストック溶液 1.0 mg/mL をメタノールにて調製しました。それぞれのストック溶液等量を 1 つのバイアルに移し、標準希釈溶媒(20:80 メタノール/5 mM 酢酸アンモニウム)で希釈し、各分析種 50 µg/mL を含有する混合溶液を作製しました。混合溶液は標準希釈溶媒(20:80 メタノール/5 mM 酢酸アンモニウム)で段階希釈し、直線性標準溶液としました。
UV 検出用の直線性標準溶液:50、100、500、1,000、2,500、5,000、7,500、および 10,000 ng/mLMS 検出用の直線性標準溶液:1.5、7.5、15、25、50、75、100、250、および 500 ng/mL
アムロジピンベシル酸 API を 2 mg/mL になるようメタノールに溶解した後、希釈溶媒(20:80 メタノール/5 mM 酢酸アンモニウム)で 1 mg/mL に希釈しました。
LC システム: |
ACQUITY UPLC H-Class |
カラム: |
ACQUITY UPLC CSH C18、1.7 μm、2.1×50 mm |
カラム温度: |
40 ℃ |
流速: |
0.6 mL/分 |
注入量: |
8.0 μL(メチルエステル分析には MS 検出による感度を改善するため 10 μL に最適化) |
移動相 A: |
5 mM 酢酸アンモニウム水溶液(メチルエステル分析には MS 検出による感度を改善するため 1 mM 酢酸アンモニウムに最適化) |
移動相 B: |
メタノール |
分離: |
グラジエント |
パージ洗浄液: |
50:50 水/メタノール |
サンプル洗浄液: |
50:50 水/メタノール |
シール洗浄液: |
90:10 水/アセトニトリル |
UV 検出器: |
ACQUITY UPLC PDA、200 – 400 nm、設定波長:220 nm |
ステップ |
時間(分) |
%A |
%B |
カーブ |
---|---|---|---|---|
1 |
初期値 |
90 |
10 |
初期値 |
2 |
3.5 |
10 |
90 |
6 |
3 |
4.0 |
10 |
90 |
6 |
4 |
4.5 |
90 |
10 |
6 |
5 |
6.5 |
90 |
10 |
6 |
質量検出器: |
ACQUITY QDa(パフォーマンスオプション) |
イオン化モード: |
ESI+、ESI- |
MS データ取り込み時間: |
0 ~ 3.5 分 |
MS データ取り込み範囲: |
100 ~ 250 Da |
SIR: |
190.0、204.0 および 218.0 Da |
サンプリングレート: |
10 ポイント/秒 |
キャピラリー電圧: |
ポジティブ 1.4 kV、ネガティブ 0.8 kV |
コーン電圧: |
6 V |
プローブ温度: |
300 ℃ |
データ: |
セントロイド |
データ管理 |
Empower 3 CDS ソフトウェア |
ベンゼンスルホン酸のメチルエステル、エチルエステル、およびイソプロピルエステルの化学構造を表 3 に、各化合物の UV および MS クロマトグラムを図 1 に示します。UV クロマトグラム(図 1a)から、ベンゼンスルホン酸がメチルエステル、エチルエステル、およびイソプロピルエステルより先に溶出していることが分かります。質量範囲(100 ~ 250 Da、図 1b および 1c)において測定した ACQUITY QDa により得られたトータルイオンクロマトグラム(TIC)では、アルキルエステルが ESI+ モードで、ベンゼンスルホン酸は ESI- モードで検出可能であったことを示しています。マススペクトルデータより、エステル類はアンモニウム付加体 [M+NH4]+ として検出されていることが分かります。
ベンゼンスルホン酸のメチルエステル、エチルエステル、およびイソプロピルエステルの UV 検出における直線性は 50 から 10,000 ng/mL までの 7 濃度レベルにおいて許容範囲であり、回帰直線からの相関係数(R2)が 0.9991 以上(図 2)でした。
検出限界(LOD)および定量限界(LOQ)は、それぞれ 3:1、10:1 の SN 比基準に従って決定しました。 ベンゼンスルホン酸エステル含有標準液を 6 回繰り返し注入して得たデータを評価して、LOD および LOQ の限界値を決定し、性能を検証しました。UV 検出によって得られたアルキルスルホン酸エステルの LOD、LOQ 値を表 4 に示します。測定の結果ベンゼンスルホン酸メチルおよびベンゼンスルホン酸エチルの LOQ 値は 50 ng/mL、ベンゼンスルホン酸イソプロピルの LOQ 値は 100 ng/mL でした。
酢酸アンモニウムの移動相条件下では、ベンゼンスルホン酸のメチルエステル、エチルエステル、およびイソプロピルエステルはアンモニウム付加体 [M+NH4]+ として検出されます。 測定は選択したイオンの強度を測定する選択イオンレコーディング(SIR)モードで測定しました(図 3)。ターゲット定量分析では、SIR モードを使用することで分析の感度が向上し、分析や定量が容易になります。
メチルエステルの感度を最適化するために、1 から 20 mM までの範囲で酢酸アンモニウムの濃度を検討しました。1 mM の濃度の酢酸アンモニウムで最大の MS 感度が得られることが確認できました。また、注入量を 8 から 10 µL に変更することでメチルエステルの感度がさらに向上しました。
1.5 から 500 ng/mL におけるベンゼンスルホン酸メチル、ベンゼンスルホン酸エチル、およびベンゼンスルホン酸イソプロピルの質量検出を使用した分析法の直線性は許容範囲であり、相関係数(R2)は 0.9984 以上でした(図 4)。
LOD および LOQ はベンゼンスルホン酸エステル標準溶液を 6 回繰り返し注入することで得られたデータの SN 比を用いて測定しました。MS 検出で得られた LOD 値および LOQ 値を表 5 に示します。ベンゼンスルホン酸メチルの LOQ 値は 7.5 ng/mL、ベンゼンスルホン酸エチルとベンゼンスルホン酸イソプロピルの LOQ 値は 1.5 ng/mL でした。
LOQ 溶液の 6 回繰り返し注入から得た保持時間(RT)とピーク面積の再現性はすべてのベンゼンスルホン酸エステルにおいて優れており、%RSD は RT で 0.05%、ピーク面積で 7.67% 未満でした。
アムロジピンベシル酸 API はアムロジピンのベシル酸塩であり、高血圧(高血圧症)、胸部痛(狭心症)および冠動脈疾患で引き起こされる他の症状を治療するために使用されます 5。経口錠として入手でき、1 錠あたり原薬が 2.5、5 および 10 mg 含まれており、最大推奨用量は 1 日 1 回 10 mg です。アムロジピンベシル酸 API の塩が形成される際にベンゼンスルホン酸が残留アルコールと反応し、遺伝毒性が疑われるアルキルエステルが生成する場合があります(図 5)。そのため、医薬品の安全性を保証するために、この原薬中のベンゼンスルホン酸のアルキルエステル化合物の有無についてモニタリングすることが必要となります。
低量または微量分析では、サンプルマトリックス存在下で不純物を分離し、正確に測定することが重要です。この MS 分析法の特異性を実証するために、アムロジピンベシル酸 API にベンゼンスルホン酸のアルキルエステルを LOQ レベルで添加しました。API 1 mg/mL を含有するサンプルに 7.5 ng/mL のベンゼンスルホン酸メチルと、1.5 ng/mL のベンゼンスルホン酸エチルおよびベンゼンスルホン酸イソプロピルをそれぞれ添加しました。LOQ 標準溶液、無添加 API サンプルおよびアルキルエステル添加 API サンプルの MS クロマトグラムを図 6、7、8 にそれぞれ示します。データから、無添加アムロジピンベシル酸サンプルはアルキルエステルの保持時間にいかなるピークも溶出しないことが示されました。また、アルキルエステルの SN 比が LOQ 標準溶液と添加原薬サンプルの SN 比と同等であることも示されました。加えて、サンプル 6 回注入の添加回収試験では、LOQ レベル添加 API サンプルの分析種の平均回収率は 90 から 110% の範囲であり、%RSD は 4.64 から 5.69 でした(図 9)。これらの結果から、ベンゼンスルホン酸メチル、ベンゼンスルホン酸エチル、およびベンゼンスルホン酸イソプロピルはアムロジピンベシル酸 API の存在下で正確に測定できることが示されました。
「はじめに」で述べたように、遺伝毒性不純物は一般的に、医薬品の API 用量との比較で ppm 単位で報告されます。ベンゼンスルホン酸メチルの MS 検出による定量限界が 7.5 ng/mL であることは、API 1 mg/mL を含有する溶液では 7.5 ppm に相当します。この値は、溶液中 API 5 mg/mL の存在下では、1.5 ppm が正確に測定可能であることを示します。これは過去に確立された値の 15 ng/mL、つまり 50 mg/mL の API サンプルに基づき報告された 0.33 ppm よりも低い値です6。 表 6 は、API 1 mg/mL および 5 mg/mL 含有サンプル溶液に基づいた、ppm 単位で算出されたベンゼンスルホン酸メチル、ベンゼンスルホン酸エチル、およびベンゼンスルホン酸イソプロピルの定量限界を示しています。
ACQUITY UPLC PDA と ACQUITY QDa の両検出器を使用した ACQUITY UPLC H-Classシステムは遺伝毒性が疑われる不純物のモニタリングにおいて正確な確認と定量を実現する優れたソリューションを提供します。
ACQUITY QDa による質量検出は、ピークの迅速かつ正確な決定が可能です。UPLC に質量検出器を加えて UPLC-MS における SIR モードを活用することで、医薬品中の低濃度不純物分析に必要となる特異性と感度が向上します。定量限界レベルでの卓越した MS の再現性と精度は、質量検出が医薬品中の遺伝毒性不純物のルーチンモニタリングに適していることを実証しています。加えて、質量検出を使用した UPLC を活用した分析法は、1 mg/mL から 5 mg/mL までの API 存在下での定量限界が許容範囲であり、遺伝毒性不純物分析の規制要件を満たすことが示されています。
ACQUITY QDa 検出器は頑健かつ使い易い検出器であり、相補的な検出手法として UV 検出に追加可能です。この技術による正確かつ信頼性の高い結果は、QC ラボにおける医薬品のルーチン試験に最適です。
720005680JA、2016 年 4 月