このアプリケーションノートでは、LC と高分解能質量分析(HRMS)を組み合わせて、湖水サンプル中のミクロシスチンのターゲットスクリーニングを行う分析法について説明します。
夏の数ヶ月間、有害なアオコの異常増殖による湖の閉鎖が毎年恒例になっています。最近のデータによると、米国の少なくとも 43 の州で、有害なアオコの異常増殖により、ヒトおよび動物の疾病あるいは死亡例が発生しています1。 2016 年 8 月に、米国の少なくとも 19 の州で CyanoHABS に起因する公衆衛生上の勧告が出されたと報告されています1。 このような有害なアオコの異常増殖は、肥料、家畜の飼料、漏れのある下水処理システムからのリンと窒素の流出によって促進されます。夏の高温によるアオコの爆発的増殖は、地球温暖化が原因と考えられています。藍藻類は、淡水環境に生息する特定の種のシアノバクテリアが生成する環状ヘプタペプチド(ヘパトトキシン)であるミクロシスチンを生成します。最も一般的なミクロシスチンであるミクロシスチン-LR の構造を図 1 に示します。これらの二次代謝物は、高等生物に対して有毒であり、ヒトの疾病を引き起こしたり、場合によっては死に至らしめることがあります2。 これらは淡水および汽水で生成されるため、これらによって飲料水供給が汚染される可能性があります。このような公衆衛生に関する勧告は、2014 年にオハイオ州 トレドでの事例や、2016 年 7 月にフロリダでビーチを閉鎖した事例のように、パニックを引き起こしたり、観光収入の減少によって州や市の経済に悪影響を及ぼしたりする可能性があります。
ミクロシスチン-LR に関する WHO のガイドラインの限界値が多くの国で使用されています。これには、総ミクロシスチン-LR(遊離型および細胞結合型)について、飲料水中では 1 µg/L、レクリエーション曝露では 10 µg/L という暫定値が含まれています3。 一部の国では、飲料水中のミクロシスチン-LR に独自の限界値を設定しています(例:オーストラリアおよびカナダではそれぞれ 1.3 µg/L、1.5 µg/L)。市販されているミクロシスチン標準試料は少数しかありませんが、文献では約 100 種類のミクロシスチンのバリアントが報告されています。これらのバリアントは、7 つのアミノ酸の置換によって生成されています。図 2 に、ミクロシスチンの可能な置換を示します。規制は常に変化しており、また他のミクロシスチンも規制対象の LR と同様の影響を及ぼす可能性があるため、これらの化合物を分析するためのターゲット分析およびノンターゲット分析を開発することが重要です。
このアプリケーションノートでは、LC と高分解能質量分析(HRMS)を組み合わせて、湖水サンプル中のミクロシスチンのターゲットスクリーニングを行う分析法について説明します。11 種のミクロシスチンとアナトキシン A の混合物を含む標準試料を、陽性同定のためのレファレンスとして使用しました。定量を行うため、サンプルだけでなく、ミクロシスチン-LR の検量線も作成しました。単一の分析におけるプリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方についての精密質量データの組み合わせを、質の高い UPLC 分離と組み合わせることで、ターゲット化合物を同定しました。データ非依存的アプローチを用いてデータを取り込んだため、最初の分析時には含まれなかった追加の化合物を調査することができました。
米国内の湖から採取した水サンプルを、UNIFI サイエンスライブラリー中の 12 種のターゲット化合物についてスクリーニングしました。ライブラリーは、標準試料の混合物の分析によって作成されたもので、各ターゲット化合物の構造情報、分子式、保持時間が含まれています。サンプル中のミクロシスチン-LR の濃度を定量するため、ミクロシスチン-LR 標準試料の検量線も HPLC グレードの水中に 0.1 ~ 50 µg/L で作成しました。フルスペクトル取り込みを使用し、高コリジョンエネルギー状態と低コリジョンエネルギー状態を交互に使用して(MSE)データを取り込みました。これにより、構造情報を使用してターゲット化合物の有無を確認できるようになりました。
サンプルは、2016 年に有害なアオコの異常増殖が報告された米国の湖から取得しました。湖水サンプル、埠頭サンプル、スカム層サンプルを分析しました。サンプルを溶解(凍結/融解)、ろ過、および希釈してから分析しました。サンプルを水で 1:10 希釈してから注入を行いました。
UPLC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class |
カラム: |
ACQUITY UPLC HSS T3 1.8 µm、2.1 × 100 mm |
カラム温度: |
35 ℃ |
サンプル温度: |
8 ℃ |
流速: |
0.450 mL/分 |
注入量: |
1、5 および 10 µL |
移動相 A: |
0.1% ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1% ギ酸アセトニトリル溶液 |
サイクルタイム: |
12 分 |
*この UPLC 分析法は、ウォーターズによって確立されたもので、以前に公表されています4。
最小 |
流速(mL/分) |
%A |
%B |
---|---|---|---|
初期条件 |
0.45 |
98 |
2 |
0.80 |
0.45 |
98 |
2 |
9.00 |
0.45 |
30 |
70 |
9.05 |
0.45 |
10 |
90 |
9.90 |
0.45 |
10 |
90 |
9.91 |
0.45 |
98 |
2 |
11.50 |
0.45 |
98 |
2 |
MS システム: |
Xevo G2-XS QTof |
イオン化モード: |
ESI+ |
コリジョンエネルギー(LE): |
4 eV |
コリジョンエネルギー(HE ランプ): |
25 ~ 80 eV |
スキャン時間: |
0.25 秒 |
取り込み範囲: |
m/z 50 ~ 1200 |
キャピラリー電圧: |
1.5 kV |
サンプルコーン電圧: |
36 V |
イオン源温度: |
120 ℃ |
イオン源オフセット: |
50 |
脱溶媒温度: |
500 ℃ |
コーンガス流量: |
150 L/時間 |
脱溶媒ガス流量: |
1,000 L/時間 |
ロックマス: |
ロイシンエンケファリン(m/z 556.2766) |
MassLynx v4.1 MS ソフトウェアおよび UNIFI サイエンス情報システム
UPLC 分析法における保持時間を確立するため、濃度 10 µg/L の 12 種の標準試料(HPLC グレードの水中)すべてを分析しました。これらの保持時間を、分子式および使用可能な構造情報とともに、UNIFI サイエンスライブラリーに追加しました。この UNIFI ライブラリーを使用して、12 種のターゲット化合物の非常に複雑なデータセットを調査しました。システムが期待どおりの性能を示すことを確認するために、上記の標準試料の混合物を目的のサンプルとともに取り込みました。図 3A に標準試料の注入の結果を示します。図 3B の重ね描きは、標準試料中に存在する 12 種の化合物それぞれの抽出イオンクロマトグラムです。標準試料のデータでは、保持時間の差が非常に小さく、目的の各化合物の質量誤差が 5 ppm 以内であることがわかります。
システムが期待どおりに動作していることが確認できた後、4 サンプルを分析しました。各サンプルから 1 µL アリコートを注入しました。UNIFI ソフトウェアによって生データを 1 回コンポーネント化し、解析しました6。 目的のデータをレビューするために、ユーザー定義フィルターを適用しました(図 4)。このフィルターは、標準試料のデータ品質によって定義され、質量誤差が 5 ppm 以内で保持時間の誤差が 0.1 分、かつ最小レスポンスを超える、同定済み化合物のみが表示されます。これらのユーザー定義フィルターは、分析者が表示したいデータおよび以前に保存したデータと組み合わせることができ、これによって、同じワークフローに従ってさらにデータをレビューすることができます。UNIFI のフィルター、ビュー、およびワークフローにより、分析者は独自のプロトコルに従ってデータを解析することができ、データのレビュー方法を標準化するのに役立ちます。
各サンプルの結果を図 5a、5b、5c に示します。これらの図に示した同定の例から、分析者が結果をどのように視覚化できるかがわかります。ノンターゲットデータ取り込みを使用することによって得られる利点の 1 つは、ターゲット化合物のさまざまな荷電分子種の有無を判定できることです。ミクロシスチンでは、分析法が 1 つの分子種のみによって事前定義されている場合に見落とされる可能性のある多価の分子種が生成されることがしばしばあります。この場合、1 価と 2 価の分子種の両方が検出されています。高エネルギーデータと低エネルギーデータを 1 回の分析で取り込むことで、ターゲット化合物の確認が容易に行えます。ソフトウェアがこの高エネルギーデータを自動的に使用して、目的の化合物とフラグメントの構造マッチングを行います。図 6 に、湖水サンプル中のミクロシスチン-LR の同定および化合物の構造を使用した in silico フラグメンテーションに用いた高エネルギースペクトルおよび低エネルギースペクトルを示します。
サンプルに加えて、サンプル中の濃度を決定するために、ミクロシスチン-LR の検量線を作成しました。図 7a にミクロシスチン-LR の検量線(0.1 ~ 50 µg/L)を示し、図 7b に 0.1 ppb のミクロシスチン-LR のクロマトグラムを示します。Xevo G2-XS QTof は、広いダイナミックレンジにわたって優れた質量精度を示し(表 1)、この装置が、実際のサンプルで規制下限値レベルの測定を行うという目的に適合していることが実証されました。また、システムの質量精度が、低濃度でも優れており、定量データに信頼が置けることも示しています。得られたデータは、Xevo G2-XS が非常に高感度で、規制要件を満たす低濃度レベルの定量に使用できることを実証しています。サンプルを検量線に照らして評価し、希釈係数を考慮した結果、サンプル中のレベルはレクリエーション用水の対策レベルの 100 倍を超えていました(表 2)。飲料水中の汚染物質のレベルは、汚染源での汚染物質のレベルの一部にすぎません。この例では、検出限界をさらに下げるために、2D UPLC システムを使用しています。これらのシステムにより、大量の水を注入して、検出下限レベルでの測定を行うことが可能になっています5。
データを最初に取り込んだとき、ミクロシスチン-RR は UNIFI サイエンスライブラリーに含まれていませんでした。従来のタンデム四重極分析とは異なり、QTof システムでは過去のデータをレビューできることを実証するため、同じ UPLC 分析法を使用して標準試料を取り込むことにより、ミクロシスチン-RR をサイエンスライブラリーに追加しました。タンデム四重極 MS システムを使用する場合は、MRM トランジションを事前定義する必要があるため、元の分析法に含まれていなかった化合物については、過去のデータをレビューすることができません。標準試料を必ずしも入手できるとは限らないため、標準試料を分析して化合物をライブラリーに追加することができない場合もあります。標準試料が入手できない場合は、その構造をライブラリーにインポートし、文献検索を使用してその構造の相対保持時間を評価することができます。図 8 は取り込んだ標準試料のスペクトルで、主要な 2 価イオンが見られます。次に、サンプルデータをミクロシスチン-RR の有無について再度調べました。埠頭サンプルとスカムサンプルの両方に、有意なレベルのミクロシスチン-RR が存在していました。図 9 に、両方のサンプルの抽出イオンクロマトグラムおよびミクロシスチン-RR について得られたスペクトルを示します。まったく同じデータを使用して、この追加の化合物を検出および同定しました。このアプローチにより、データに対して過去の発生調査を行って、新規化合物がレクリエーション用水中にいつから存在しているのかを特定することができます。
720006016JA、2017 年 5 月