• アプリケーションノート

高分解能質量分析と接続した大気圧ガスクロマトグラフィーを用いた、小規模隔離集団のノンターゲット曝露試験

高分解能質量分析と接続した大気圧ガスクロマトグラフィーを用いた、小規模隔離集団のノンターゲット曝露試験

  • Pierre Dumas
  • Lauren Mullin
  • Paul Goulding
  • Adam Ladak
  • Waters Corporation
  • Institut National De Santé Publique Du Québec,

要約

この試験では、沿岸地域にあるさまざまな小規模の隔離コミュニティー内に居住する個人から採取してプールした血漿のサンプルを、エクスポソミクスアプローチを用いて分析し、汚染物質のファミリーおよび濃度に関して、コミュニティー間で違いがあるかどうかを判定しました。サンプルは、データインディペンデント取り込み(DIA)モードで動作する高分解能質量分析計(HRMS)と接続した大気圧化学イオン化ガスクロマトグラフィー(APGC)を使用して分析しました。これにより、プリカーサーとフラグメントの情報を 1 回の分析で収集できました。

曝露試験には、複雑なデータおよびデータセット内での微妙な比較が含まれます。APGC のソフトイオン化を利用し、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方についての精密質量データを 1 つのメソッドで取り込むことで、完全なデータセットを作成することができます。これを Progenesis QI ソフトウェアの解析機能と組み合わせることにより、複雑な統計解析を迅速かつ容易に行うことができます。Progenesis QI では、何千ものオンラインデータベースとユーザーが作成したライブラリーを検索することができます。このハードウェアとソフトウェアの組み合わせにより、エクスポソミクスワークフローへのアプローチが簡素化します。

アプリケーションのメリット

  • 低エネルギースペクトルおよび高エネルギースペクトルの精密質量測定値の生成により、単一のデータセットでターゲットデータ分析およびノンターゲットデータ分析が可能になります。
  • APGC を使用した「ソフト」イオン化では、分子イオンが温存されます。これをイオン化後のフラグメンテーションと組み合わせることにより、包括的なスペクトルの詳細が得られます。
  • 統合された MVA および解析ツールで、自動元素組成、オンラインデータベースの検索、構造割り当てを行うことにより、目的のマーカーを同定するのに役立ちます。

はじめに

環境汚染物質へのヒトの曝露は、さまざまな健康問題の原因となっています。ダイオキシン、PCB、PAH を含む残留性有機汚染物質(POPs)などの既知の環境汚染物質を分析する場合、ターゲット質量分析法が使用されます。最近では、メタボロミクスのアプローチを使用して、異なる集団の間での曝露の差を判定する試験が行われています。「エクスポソミクス」という用語は、健康リスクをヒトに引き起こす可能性のある幅広い汚染物質を調べる試験を指します。 

この試験では、沿岸地域にあるさまざまな小規模の隔離コミュニティー内に居住する個人から採取してプールした血漿のサンプルを、エクスポソミクスアプローチを用いて分析し、汚染物質のファミリーおよび濃度に関して、コミュニティー間で違いがあるかどうかを判定しました。サンプルは、データインディペンデント取り込み(DIA)モードで動作する高分解能質量分析計(HRMS)と接続した大気圧化学イオン化ガスクロマトグラフィー(APGC)を使用して分析しました。これにより、プリカーサーとフラグメントの情報を 1 回の分析で収集できました。

この種の試験の大きな課題の 1 つは、得られた大量のデータを解釈する必要があることです。データ解析を容易にするために、Waters Progenesis QI データ分析ソフトウェアを使用しました。まず、規定の汚染物質のデータベースに対してターゲット分析を行いました。次に、多変量解析(MVA)を行って、コミュニティー間のあらゆる違いを判定しました。Progenesis QI ソフトウェアを用いて未知汚染物質の解析も行いました。この解析では、オンラインデータベースの検索および構造情報の高エネルギーデータへのマッチングを行いました。最後に、標準試料を使用して結果のうち 1 つについて確認を行いました。

実験方法

サンプル前処理

血漿 2 mL を採取し、13C 内部標準試料をスパイクし、エタノールおよび飽和硫酸アンモニウム溶液(変性のため)と混合しました。次に、サンプルをヘキサンで抽出しました。抽出物を蒸発乾固させた後、フロリジルカラム(1 g)で精製しました。25% ジクロロメタン含有ヘキサンで POPs を溶出させました。精製済み抽出液は、GC-MS 分析の前に、ヘキサン量 20 µL まで濃縮することができます。POPs および POP 様化合物の調査を試験することを目的にしたこの試験には、非極性親油性分子などの POP の化学的特性に関連する汚染物質の抽出・精製を意図したこのプロトコルが適していました。

GC 条件

GC システム:

A7890

カラム:

Rtx-5MS(Restek)0.25 µm × 0.25 mm 0.25 µm

注入モード:

スプリットレス

ライナー:

グースネックスプリットレス型、不活性化済み(Restek)

カラム空気圧:

一定流量

カラム流速:

2 mL/分

インジェクターの温度:

280 ℃

サイクルタイム:

37.7 分

データ管理:

UNIFI 科学情報システム

Progenesis QI

GC のオーブン温度ランプ

温度(℃)

温度ランプ(℃/分)

ホールド時間(分)

80

?

1

125

25

0

340

8

8

MS 条件

MS システム:

Xevo G2-XS QTof

イオン化モード:

API+

取り込みモード:

MSE

取り込み範囲:

m/z 50 ~ 1000

コリジョンエネルギー(LE):

6 eV

コリジョンエネルギー(HE):

30 ~ 75 eV

スキャン時間:

0.15 秒

イオン源温度:

150 ℃

インターフェース温度:

310 ℃

コロナ電流:

3.0 µA

コーン電圧:

30 V

コーンガス:

200 L/時間

補助ガス:

250 L/時間

メイクアップガス:

300 L/時間

ロックマス:

ポリシロキサン(m/z 281.0512)

結果および考察

サンプルを分析する前に、GC 混合標準試料をシステムで分析しました。この混合物には、目的の POPs と同様の物理化学的特性を有する塩素系農薬が含まれていました。APGC および MSE でこれらを取り込んだため、得られたスペクトルは特異的でよく保存されていました。APGC によるソフトイオン化により、従来の EI+ 分析と比較して、低エネルギースペクトルで見られたフラグメンテーションはわずかでした。高エネルギースペクトルにより、構造の確認に利用できるフラグメンテーション情報が得られます。図 1 に、標準試料中で分析されたヘキサクロロベンゼンの結果を示しています。このソフトイオン化手法によって、高強度のプリカーサー(低エネルギー)とともに良好なフラグメンテーション(高エネルギー)が見られます。

図 1.  APGC での低エネルギーフラグメンテーションを示すヘキサクロロベンゼンの MSE スペクトル

システムで標準試料を分析し、感度と質量精度が予想通りであることを確認してから、サンプルを分析しました。サンプルは 3 回繰り返し注入しました。通常、メタボロミクス実験では、同じサンプルを注入することによる化合物の蓄積を防ぐため、また経時的な装置の感度低下を考慮して、サンプルをランダム化します。この場合、サンプル容量は揮発性のヘキサン中で 20 µL でした。バイアルのセプタムに穴を開ける最初の注入の後にサンプルをランダム化すると、溶媒の蒸発によりサンプルが濃縮され、実験結果にバイアスが生じる可能性があります。このため、サンプルを連続して分析することにしました。サンプルデータを UNIFI ソフトウェア内で収集した後、これを Progenesis QI に転送してデータ解析を行いました。

Progenesis QI にインポートする際に、データセット中に存在していた可能性のある付加イオンが選択されました。この場合、APGC のイオン化メカニズムに基づいて、M+• および(M+H)+ が選択されました。次に、分析が自動的にアライメントされ、メタボロミクス研究などの長期間の分析にわたって起きる保持時間のドリフトが考慮されました。すべてのデータファイルにわたって一貫したピークピッキングおよびマッチングを行うために、アライメントされた分析から集約データセットを作成しました。これにはすべてのサンプルファイルからのピーク情報が含まれていました。これにより、化合物イオンの単一マップの検出が可能になりました。次に、このマップを各サンプルに適用することで、欠落値のない 100% のピークマッチングが得られ、多変量統計解析に役立ちました。

ターゲット分析

98 種の予想化合物のプリカーサーイオンおよびフラグメントイオンの情報を含む MetaScope データベースを、データセットに存在するすべてのサンプルについて検索しました。図 2 に示す検索パラメーターでは、質量誤差 5 ppm、保持時間ウィンドウ 1 分間、フラグメント質量誤差 2 mDa を使用して同定結果を判定しています。これにより、プールした血漿サンプルにおいて 24 件の陽性結果が得られました。図 3 に、同定結果および化合物が最も多く検出されたサンプルを示します。注目すべき点として、コミュニティー 1 では POPs の検出量が多くなっているように見られます。このコミュニティーは、ターゲット以外の他の化合物の有無についても調査すると面白い結果が得られる可能性があります。

図 2.  Progenesis QI ソフトウェアにおける MetaScope 検索パラメーター
表 1.  手動作成したデータベースからの 24 種の POPs の同定。存在量が最も多いコミュニティーを示しています。

p,p'-DDT、p,p'-DDE、o,p'-DDE については、集団 5 でわずかなアップレギュレーションが見られます。ただし、p 値によると、コミュニティー間でこれらの化合物の濃度に大きなばらつきはないことがわかりました。ジクロロジフェニルジクロロエタン(DDE)は、ジクロロジフェニルトリクロロエタン(DDT)の脱水素ハロゲン化によって生じます。脂溶性で生体蓄積性のある DDT は、過去に農業において殺虫剤として広く使用されていたため、動物組織中によく見られます。また、これらの小規模のコミュニティーでの食生活の大部分を占める魚においても、DDT は定期的に検出されています2。 DDT および DDE は、内分泌かく乱物質であり、ヒトに対して発がん物質として作用する可能性があると考えられています。DDE および DDT は、複数の集団における重要な POPs 曝露マーカーになります。したがって、これらを同定することは重要です。これは、今回焦点を当てているターゲットアプローチの使用により可能になりました。 

次に、同定された化合物のリストにフィルターを適用して、最大変動率が 2 を超える化合物のみを表示することで、コミュニティー間で大きな違いがある化合物が浮き彫りになりました。これにより、表 2 に示す 11 種の化合物のリストが得られました。集団 1 における PCB 118 のアップレギュレーションを図 3 に示します。これらのターゲット化合物の存在量はコミュニティー 1 で最も多いため、このコミュニティーについてさらにノンターゲット分析を行う必要があると判断しました。

表 2.  最大変動率が 2 を超える同定済み化合物のリスト
図 3.  集団 1 でアップレギュレーションを示す PCB 118 の検出

ノンターゲット分析

データをさらに検討するため、すべてのフィルターを外しました。Progenesis QI ソフトウェアにより主成分分析(PCA)プロットが自動的に生成され、コミュニティー間の分離が明確に示されました(図 5)。さらなる統計検定を行うために、データが自動的に EZinfo にエクスポートされました。直交部分最小二乗判別分析(OPLS-DA)モデルを用いて、コミュニティー 1 を他のコミュニティーすべてと比較しました。これによって S プロットを生成することができ、相当数の目的化合物が S プロットの端で確認されました。図 5 に、OPLS-DA モデルから生成した S プロットを示します。17 の有意なマーカーを選択し、Progenesis QI に直接インポートしました。

図 4.  各コミュニティーの 3 回繰り返しにおける分離を示す主成分分析(PCA)プロット
図 5.  コミュニティー 1 中の有意な目的マーカーを示す S プロット

次に、目的化合物についてデータベース検索を行いました。この検索では、プリカーサー精密質量を、選択した ChemSpider データベースに対して質量誤差 5 ppm 以内で検索しました。ChemSpider 検索で得られた可能性のある化合物の構造について in silico フラグメンテーションを行い、質量誤差 10 ppm 以内の化合物の高エネルギースペクトル内の実験的フラグメントのピークと比較しました。次に、これらの結果を、精密質量のマッチングスコアおよびフラグメンテーションスコアを使用してランク付けしました。このプロセスは自動的に行われ、1 分未満で完了しました。検索パラメーターを図 6 に示します。

ChemSpider データベース検索から多くの興味ある結果が得られました。まずトコフェロールで、フラグメンテーションの 37% が高エネルギースペクトルで説明できる良好なフラグメンテーションマッチが得られました。トコフェロール(TCP)は有機化合物の一種であり、その多くはビタミン E 活性を有します。TCP は野菜やベリー類に高濃度で含まれています3。 この隔離コミュニティーの住民のほとんどがベジタリアンであることで、この集団における TCP 濃度が高いことの説明がつきます。データベース検索で得られた結果を図 7 に示します。

図 6.  ChemSpider データベース検索のパラメーター 
図 7.  データベース検索の結果におけるトコフェロールの潜在的同定

データベース検索で得られたもう 1 つの強い同定として、1,3-ベンゾチアゾールが挙げられます。ベンゾチアゾール(BTH)は、多量に生成されている化合物のクラスです。腐食防止剤として使用され、ゴム素材、除草剤、アゾ色素、食品香味料に含まれています4。 これらの隔離コミュニティーでは BTH を含む物質は直接使用されていないため、この結果は注目に値するものでした。そのため、これは環境汚染への曝露によるものと結論付けることができました。別の仮説として、集団 1 は、すぐ南にある飛行場を介して現代の食品供給と接している唯一の集団であるということが考えられます。BTH は、新鮮さを保つための保存剤として包装に広く使用されていることから、BTH の存在は加工食品消費のバイオインジケーターである可能性があります。これらの理論はいずれも、さらに調査を進めることで、BTH 曝露の原因を検証できると考えられます。図 8 に、1,3-ベンゾチアゾールの潜在的同定結果を示します。

図 8.  1,3-ベンゾチアゾールのデータベース検索結果の潜在的同定

BTH は化合物群であるため、Progenesis QI を使用して相関分析を行いました。ソフトウェアでデンドログラムが自動的に生成され、類縁物質が表示されています。デンドログラムから選択した一部の化合物は 1,3-ベンゾチアゾールに関連していました。これらの関係をソフトウェアで視覚化したものを図 9 に示します。これらの化合物をタグ付けし、ChemSpider データベースに対して検索しました。これにより、別のチアゾール化合物である 4-フェニル-2-プロピル-1,3-チアゾールが潜在的に同定されました(図 10)。

図 9.  化合物間の関係を示すデンドログラム
図 10.  データベース検索結果における 4-フェニル-2-プロピル-1,3-チアゾールの潜在的同定

結果の確認

サンプル中のこの化合物のフラグメンテーションパターンおよび同定結果を確認するため、1,3-ベンゾシアゾール(BTH)の標準試料を入手しました。この分析には異なる GC 分析法を使用し、最初の分析より後の日に行いました。  標準試料から得られたスペクトルは、ChemSpider 検索による BTH の提案された同定のスペクトルおよびサンプルからのスペクトルと一致していました。これにより、最初のデータベースを更新して、BTH をターゲット曝露化合物として含め、集団試験をさらに検討することができます。

図 11.  集団 1 の未知化合物のスペクトルと BTH の標準試料との 1 ppm での比較 

結論

曝露試験には、複雑なデータおよびデータセット内での微妙な比較が含まれます。APGC のソフトイオン化を利用し、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方についての精密質量データを 1 つのメソッドで取り込むことで、完全なデータセットを作成することができます。これを Progenesis QI ソフトウェアの解析機能と組み合わせることにより、複雑な統計解析を迅速かつ容易に行うことができます。Progenesis QI では、何千ものオンラインデータベースとユーザーが作成したライブラリーを検索することができます。このハードウェアとソフトウェアの組み合わせにより、エクスポソミクスワークフローへのアプローチが簡素化します。 

参考文献

  1. Atmospheric Pressure GC (APGC).Waters White Paper, Part no.720004771EN.August, 2013.
  2. G E Burdick, E J Harris, H J Dean, T M Walker, J Skea, D Colby.The Accumulation of DDT in Lake Trout and the Effect on Reproduction. Transactions of the American Fisheries Society.93:2, 1964.
  3. Piironen et al.Tocopherols and Tocotrienols in Finnish Foods: Vegetables, Fruits, and Berries.J Agric Food Chem.3086, 34 I: 742–746.
  4. Asimakopoulos et al.Benzotriazoles and benzothiazoles in human urine from several countries: A perspective on occurrence, biotransformation and human exposure.Env Intl. Volume 59, September, 2013.

720006172JA、2018 年 1 月

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