• アプリケーションノート

LipidQuan:LC-MS/MS を用いたHILIC ベースのリン脂質(PE、LPE、PG、PI)のハイスループットターゲットスクリーニング

LipidQuan:LC-MS/MS を用いたHILIC ベースのリン脂質(PE、LPE、PG、PI)のハイスループットターゲットスクリーニング

  • Nyasha Munjoma
  • Giorgis Isaac
  • Lee A. Gethings
  • Robert S. Plumb
  • Waters Corporation

研究目的のみに使用してください。診断用には使用できません。

要約

このアプリケーションノートでは、HILIC ベースのアプローチを使用して、血漿中の Lysophosphatidylethanolamine、Phosphatidylethanolamine、Phosphatidygylycerol、Phosphatidylinositol のターゲットスクリーニングを実施するための LipidQuan システムの使用法について説明します。

HILIC ベースのクロマトグラフィー分離とMS 検出(MRM)を使用することで、ヒト血漿中の LPE、PE、PG、そして PI の分析のための迅速かつ特異的な LC-MS/MS 分析法が開発できました。PE、PG、PI をネガティブイオンモードで、LPE をポジティブイオンモードで分析しました。HILIC ベースで分離することで、脂質がクラス別で溶出します。まず PG が溶出し(約 1.21 分)、続いて PE(約 1.62 分)、LPE(約 2.34 分)、PI(約 2.40 分)が溶出しました。この分析法を使用することで、8 分間で LPE(11 種)、PE(47 種)、PG(21 種)、PI(33 種)が同定/定量されました。また、4 桁を超える直線性が得られました。この分析法は、50 µL のヒト血漿を用いて標準血中濃度の脂質が容易に検出される高感度な手法です。

利点

  • 血漿中の 112 種のリン脂質(PE(47種)、LPE(11種)、PG(21種)、PI(33種))の迅速な定量
  • 2 つの脂肪アシル鎖フラグメントからのリン脂質(PE、PG、PI)の同定および特異性を MRM トランジションを利用することで改善
  • Quanpedia および SOP を用いた、堅牢で導入しやすいシステムにより、分析法開発およびトレーニングコストを削減
  • TargetLynx および Skyline ソフトウェアを用いた高速データ解析および可視化により、最大限のフレキシビリティを実現

はじめに

グリセロリン脂質(GPL)は、通常、2 つの脂肪アシル鎖およびグリセロール骨格にエステル化された 1 つのリン酸ヘッドグループで構成され(図 1)、そのヘッドグループの種類によって定義されます。リゾリン脂質はリン脂質の誘導体であり、1 つまたは両脂肪アシル鎖が除去されています。

図 1.PE、PG、PI の構造式

グリセロール骨格は、立体化学番号 3(sn-3)の位置でリン酸残基でエステル化されています。R1 および R2 は sn-1 および sn-2 位置における異なる脂肪酸鎖を示しています。

生物学的に GPL はあらゆる生体膜に必須の成分であり、細胞代謝を可能にするための選択的透過性を有し、防護壁としての役割を果たしています。このような脂質種は多数の疾病に関連することが知られており、近年、脂質測定研究への関心が高まっています。ホスファチジルエタノールアミン(PE)はホスファチジルコリンの次に多く見られるグリセロリン脂質であり、哺乳動物 細胞の GLP 全体の 15 ~ 25% を占めています1。 PE 代謝障害は、慢性疾患(アルツハイマー病やパーキンソン病)と感染症(カンジダ症)の両方に関連 しています1。 少量のホスファチジルグリセロール(PG)が、真核生物のミトコンドリア膜に観察されます2。 一方、PG は、ミトコンドリア膜の主要な構成要素であるカルジオリピンの生合成前駆体であり、膜電位を保つために不可欠 です。ホスファチジルイノシトール(PI)が膜構造で果たす役割はわずかです が、膜結合のシグナルプロセスおよび小胞の活動において大きな役割を果たし ています2

質量分析(MS)の進歩により、より詳細なリピドミクス解析が可能になりましたが、多数の異性体や同重体脂質種が存在するため、明確な同定や定量はいまだに困難です。多くの場合、MS スペクトルには様々な化合物に由来する複数のピークおよびフラグメントが含まれているため、特定の分子種の明確な同定および相対定量は難しくなっています。その結果、複数拠点における研究で得られたリピドミクスデータは互換性に乏しく、データを用いた生物学的解釈 には疑問が残ります。 

MS 検出の前に脂質をクラス別に分離するために、親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)ベースのアプローチを用いることで、明確な同定が可能であることが実証されています3。 また、脂質種をクラス別に分離することで、定量に必要とされる安定同位体標識(SIL)スタンダードが少なくなり、コストを節約できます。このアプリケーションノートでは、HILIC ベースのアプローチを使用して LPE、PE、PG、PI のターゲットスクリーニングを実施するための LipidQuan システム(図 2)の使用法について説明します。

図 2.多くの研究室で使用されている一般的なリピドミクスのワークフロー

実験方法

サンプル

健常ヒト血漿プールに、9 つの濃度レベルの安定同位体標識(SIL)スタンダード(SPLASH LIPIDOMIX、Avanti Lipids、Alabaster、AL)をスパイクし、検量線を作成して定量を行いました(LPE (18:1) (d7) = 0.5~250 ng/mL、PE (15:0–18:1) (d7) =0.5~250 ng/mL、PG (15:0–18:1) (d7) =3.0~1500 ng/mL、PI (15:0–18:1) (d7) = 1.0~500 ng/mL)。

また、サンプル前処理前に、NIST Standard Reference Material 1950 血漿(Sigma Aldrich、Poole、UK)を 6 サンプルを調整し、5% SIL スタンダードをスパイクしました。

サンプル前処理

事前冷却したイソプロパノール(IPA)を用いた簡単な除タンパクによるサンプル前処理を採用しました(1:5、血漿:IPA)。サンプルを1 分間ボルテックス混合し、-20 °C で 10 分間静置しました。サンプルを再び 1 分間ボルテックス混合した後、4 °C で 2 時間静置し、タンパク質を完全に沈殿させました。抽出したサンプルを 4 °C にて、最大 10,300 g で 10 分間遠心分離した後、上清をガラスバイアルに移し、LC-MS/MS 分析に使用しました。

LC 条件

LC システム:

ACQUITY UPLC I-Class システム 固定ループ (FL) またはフロースルーニードル (FTN)

カラム:

ACQUITY UPLC BEH Amide 2.1 × 100 mm、1.7 µm

カラム温度:

45 ℃

流量:

0.6 mL/分

移動相 A:

95:5 アセトニトリル/水+ 10 mM 酢酸アンモニウム

移動相 B:

50:50 アセトニトリル/水 + 10 mM 酢酸アンモニウム

グラジエント:

2 分間で B% を 0.1% から 20%、その後3 分間で B% を 20% から 80% に変更、その後 3 分間で再平衡化

分析時間:

8 分

注入量:

2 µL(ネガティブモード)

1 µL(ポジティブモード)

MS 条件

MS システム:

Xevo TQ-XS、TQ-S、またはTQ-S micro

イオン化モード:

ESI (+/-)

キャピラリー電圧:

2.8 kV (+)/1.9 kV (-)

測定モード:

MRM

ソース温度:

120 ℃

脱溶媒温度:

500 ℃

コーンガス流量:

150 L/時間

脱溶媒流量:

1000 L/時間

ネブライザーガス:

7 bar

イオンガイドオフセット 1:

3 V

イオンガイドオフセット 2:

0.3 V

インフォマティクス

LC 条件、MS 条件、TargetLynx ソフトウェアの解析メソッド(保持時間を含む)が含まれる、LipidQuan Quanpedia メソッドファイル(バージョン 1.4)を使用しました。結果データは TargetLynxまたは Skyline(MacCoss Lab Software、University of Washington)のいずれかを用いて解析しました。

結果および考察

HILIC ベースのクロマトグラフィー分離とMS 検出(MRM)を使用することで、ヒト血漿中の LPE、PE、PG、そして PI の分析のための迅速かつ特異的な LC-MS/MS 分析法が開発できました。PE、PG、PI をネガティブイオンモードで、LPE をポジティブイオンモードで分析しました。HILIC ベースで分離することで、脂質がクラス別で溶出します。まず PG が溶出し(約 1.21 分)、続いて PE(約 1.62 分)、LPE(約 2.34 分)、PI(約 2.40 分)が溶出しました(図 3、4)。この分析法を使用することで、8 分間で LPE(11 種)、PE(47 種)、PG(21 種)、PI(33 種)が同定/定量されました。また、4 桁を超える直線性が得られました。この分析法は、50 µL のヒト血漿を用いて標準血中濃度の脂質が容易に検出される高感度な手法です。 

図 3.ネガティブイオンモードにおける SPLASH LIPIDOMIX 標準混合物のPG、PE、PI のクロマトグラム(HILIC 分離)(A)。LPE はポジティブイオンモードで測定しました(B)。
図 4.内因性 LPE のクラスごとの分離および定量に使用した SIL スタンダードの HILIC クロマトグラフィー 

LipidQuan Quanpedia メソッドファイルを利用することで、LPE、PE、PG、PI の MRM トランジションおよびクロマトグラフィー条件の簡単なダウンロードおよびインポートができるようになりました。これにより、LC-MS/MS メソッドの手入力が不要になり、入力エラーの心配もなくなりました。

LipidQuan Quanpedia メソッドファイルには、PG(219種)、PE(279種)、PI (90種)に含まれる脂肪アシル鎖フラグメントの詳細なMRM トランジションが登録されており、分析法の特異性と、脂質同定力が向上します。LPE および PE には共通のヘッドグループがありますが、本分析法ではクロマトグラフィーにより脂質をクラスに基づいて分離するため、異性体および同重体による干渉の可能性を低減できます(図 3)。さらに、LPE および PE プリカーサーの質量範囲である 398~476 Da および 686~851 Da が重なっていないため、同重体の影響が抑えられています。 

既知濃度の SIL スタンダードを抽出前にスパイクした血漿の検量線を用いて定量しました。同じクラス内の内因性の脂質の定量用に、SIL をサロゲートスタンダードとして用いています。測定する内因性の脂質ごとに SIL スタンダードを用いる代わりに、内因性の脂質クラス 1 つに対して 1 つのサロゲートスタンダードを使用することで、研究コストを大幅に削減できます。PI (15:0/18:1) (d7) およびPG (15:0/18:1) (d7) SIL スタンダードの検量線の例を図 5A/5B に示しました。これらは、内因性の PI および PG の定量に使用します。さらに、PE (15:0/18:1) (d7) (ネガティブイオンモード) およびLPE (18:1) (d7) (ポジティブイオンモード) の検量線の例も示しています(図 5C/5D)。 

図 5.PI (15:0/18:1) (d7) (1~500 ng/mL) (A)、PG (15:0/18:1) (d7) (3~1500 ng/mL) (B)、PE (15:0/18:1) (d7) (0.5~250 ng/mL) (C) の検量線(ネガティブイオンモード)。LPE (18:1) (d7) (0.5~250 ng/mL) (D) の検量線(ポジティブイオンモード)。許容基準は一般的な指標であるR2 値(>0.95)および検量線からの偏差(CV <30%)としました。

LipidQuan Quanpedia メソッドファイル(LipidQuan Quanpedia ファイル v1.4)を使用してデータ取得しました。R2 値(0.95)および検量線からの偏差(CV <30%)を達成しました(表 1–5)。

表 1.SIL 検量線より算出した濃度と、NIST 血漿にスパイクした SIL の実際の濃度(ng/mL)を以下に示します。
表 2.NIST Standard Reference Material® 1950 血漿中の内因性 LPE 脂質の MRM トランジション(CV <30%)。LPE (18:1) (d7) の検量線直線範囲は 0.5~250 ng/mL でした。
表 3.NIST Standard Reference Material® 1950 血漿中の内因性 PE 脂質のMRMトランジション(CV <30%)。PE (15:0–18:1) (d7) の検量線直線範囲は 0.5~ 250 ng/mL でした。
表 4.NIST Standard Reference Material® 1950 血漿中の内因性 PI 脂質のMRM トランジション(CV <30%)。PI (15:0–18:1) (d7) の検量線直線範囲は1~500 ng/mL でした。
表 5.NIST Standard Reference Material® 1950 血漿中の内因性 PG 脂質の MRM トランジション(CV <30%)PG (15:0–18:1) (d7) の検量線直線範囲は 3~1500 ng/mL でした。

結論

  • 迅速な血漿中の LPE、PE、PG、PI 脂質定量分析法を開発しました。
  • この分析法により、8 分以内で 11 種の LPE、47 種の PE、21 種の PG、そして 33 種の PI の分析が可能になりました。
  • この分析法は 4 桁を超える直線性と、ヒト血漿中の内因性レベルの脂質を分析できる十分な感度が得られました。
  • HILIC ベースのクロマトグラフィーを使用し、脂質をクラス別に溶出することで、異性体および同重体による干渉の可能性を低減できました。また、定量に必要な安定同位体標識体の数を減らすことで、コスト削減を達成しました。

参考文献

  1. Calzada, E., Onguka, O., Claypool, S. M. (2016).Phosphatidylethanolamine Metabolism in Health and Disease.International Review of Cell and Molecular Biology, 321, 29–88.http://doi.org/10.1016/bs.ircmb.2015.10.001.
  2. Tracey, T. J., Steyn, F. J., Wolvetang, E. J., Ngo, S. T. (2018).Neuronal Lipid Metabolism: Multiple Pathways Driving Functional Outcomes in Health and Disease. Frontiers in Molecular Neuroscience, 11(January), 1–25.http://doi.org/10.3389/fnmol.2018.00010.
  3. Cifkova, E., Holcapek, M., Lisa, M., Ovcacikova, M., Lycka, A., Lynen, F., Sandra, P. (2012).Nontargeted Quantitation of Lipid Classes Using Hydrophilic Interaction Liquid Chromatography-Electrospray Ionization Mass Spectrometry with Single Internal Standard and Response Factor Approach.Analytical Chemistry, 84(22), 10064–10070.http://doi.org/10.1021/ac3024476.

720006469JA、2019 年 1 月

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