このアプリケーションノートでは、Xevo TQ-S micro MS/MS システムと組み合わせた ACQUITY UPLC I-Class PLUS を使用する、18 種類のマクロライド系抗生物質を測定するための高感度で頑健な多成分一斉分析法について紹介します。
スピラマイシン、タイロシン、エリスロマイシンなどのマクロライド系抗生物質は、糖が結合した 14 ~ 16 員環のラクトン環からなる塩基性親油性分子です。リンコマイシンやピルリマイシンなどのリンコサミドは、マクロライド系とは構造的に大きく異なりますが、作用メカニズムは類似しています。マクロライド系およびリンコサミド系は、呼吸器系疾患の治療のための動物用医薬品としての使用が広く承認されています。さらに、一部の国や地域では、マクロライド系は、飼料の変換率を高め、動物の成長を促進するための飼料添加剤としての使用が認可されています。
動物用医薬品は家畜および家きんの生産において重要な役割を果たしていますが、マクロライド系の誤用や投与後の休薬期間の短縮により、動物の組織および関連する食品中にマクロライドが残存する可能性があり、抗生物質でアレルギー反応を起こす消費者に対する潜在的なリスクが増加します。人の健康を守るため、動物由来食品残留物の有害な影響からの消費者保護を確保するための規則が存在します(例:EU の規制(EU)2019/6)1。法律により、動物用医薬品の科学に基づいた最大残留限度(MRL)の設定が規定されています。最大残留限度とは、動物由来の食品中に許容される薬理活性物質の最大残留濃度のことです。マクロライド系の MRL は、動物や対象組織、およびそれらが設定されている国によって大きく異なります2,3。 マクロライド系はさまざまなストレプトマイセス 菌株で生成されるため、少量の類縁物質が含まれる多成分系である傾向があります。例えば、タイロシンは主にタイロシン A で構成されていますが、さまざまな量のデスマイコシン(タイロシン B)、マクロシン(タイロシン C)、レロマイシン(タイロシン D)を含んでいます。マーカー残留物は、組織中に最も豊富に存在する成分である傾向があります(例えば、タイロシンはタイロシン A)。ツラスロマイシンおよびその代謝物のほとんどは酸加水分解によって CP-60,300 と呼ばれる代謝物に変換されるため、EU はこの化合物をツラスロマイシンのマーカー残留物として選択し、ツラスロマイシンとその代謝物(加水分解によってマーカー残留物(CP-60,300)に変換される)の合計量(ツラスロマイシン当量で表す)と定義した MRL を設定しました。1 つの分析法に複数のマクロライドが含まれる場合は加水分解ステップを含めることはできないため、この分析法がツラスロマイシンのスクリーニングに適していると考えています。
結果に規制に準拠しない疑いがあるケースでは、残留物の定義に準拠する加水分解ステップを含むバリデーション済みの確認メソッドを使用して分析を繰り返します。残留物モニタリング計画が、食用動物における承認済み動物用医薬品の不法使用や誤用を検出し、残留物違反の理由を調査するために用いられています。場合によっては、EU などにおいて、輸出国も食品の安全性を同等レベルで保証する残留物モニタリング計画を実施する必要があります。
食品事業者は、適正評価およびポジティブリリース(検査結果が判明するまで出荷を停止)の目的で、化学分析を実施して、サプライチェーン内の動物組織中の残留物の存在を確認しています。MRL 準拠の確認に加えて、抗生物質耐性およびその人の健康に対する脅威に関する懸念が高まりつつあります。一部の人獣共通細菌などの食用動物の病原体に、マクロライド系およびリンコサミド系に対する後天性耐性が出現するようになっています4。
したがって、動物組織中の抗生物質の残留物を簡単かつ正確に測定する分析法を開発することが重要です。このアプリケーションノートでは、Xevo TQ-S micro と組み合わせた Waters ACQUITY UPLC I-Class PLUS を使用する、18 種類のマクロライド系抗生物質動物用医薬品を測定する分析法のバリデーションについて説明します。
内部標準試料を添加した後、液液抽出とそれに続く固相抽出(SPE)クリーンアップを使用してウシ筋肉組織を抽出しました(詳細については、図 1 を参照)。マトリックスマッチド標準試料は、表 1 に示した濃度で、ウシ筋肉組織抽出物(以前はブランク試料と示されていた)中で調製しました。
システム: |
ACQUITY UPLC I-Class PLUS(FTN サンプルマネージャーを搭載) |
カラム: |
ACQUITY HSS T3 2.1 × 100 mm(製品番号:186003539) |
カラム温度: |
50 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
注入パラメーター: |
1 µL |
移動相 A: |
0.1% ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1% ギ酸アセトニトリル溶液 |
サンプルマネージャー洗浄溶媒: |
メタノール |
時間 |
流速(mL/分) |
%A |
%B |
曲線 |
---|---|---|---|---|
0.00 |
0.4 |
90 |
10 |
? |
0.50 |
0.4 |
90 |
10 |
6 |
7.50 |
0.4 |
43 |
57 |
6 |
9.00 |
0.5 |
0 |
100 |
1 |
10.00 |
0.4 |
90 |
10 |
1 |
MS システム: |
Xevo TQ-S micro |
極性: |
ES+ |
キャピラリー電圧: |
1.0 kV |
イオン源温度: |
150 ℃ |
脱溶媒温度: |
500 ℃ |
脱溶媒ガス流量: |
1,000 L/時間 |
コーンガス流量: |
50 L/時間 |
化合物ごとに 2 つの MRM トランジションを使用しました。最適なデュエルタイムは、各ピークにわたって最低 12 データポイントになるように、AutoDwell 機能を使用して自動的に設定されました。データは、MassLynx ソフトウェアを使用して取り込み、TargetLynx XS アプリケーションマネージャーで解析しました。表 2 に、MRM トランジションと実際のデュエルタイムの設定がまとめられています。定量トレースは太字で示されています。
委員会決定 2002/657/EC ガイドラインに従ってバリデーションを実施しました5。 次記のパラメーターを評価しました:同定、選択性、直線性、真度(回収率として表す)、室内併行精度(RSDr)、室内再現性(RSDRL)、決定限界(CCα)、検出能力(CCb)。同定は、保持時間、イオン比、同定要素を調べることによって評価しました。分析法の選択性は、すべての分析種および内部標準試料の標準溶液を個別に注入し、異なるウシのウシ筋肉サンプルの試験を通じて、分析種の保持時間付近で溶出する干渉物質の有無を確認することによって調査しました。曲線の直線性および個々の残差を確認しました。真度、RSDr、RSDRL は、同じ試験者が 3 日間に分けて実施した繰り返しスパイクサンプルから得たデータから導出しました。MRL が設定された物質については、パラメーターを現行の法律で設定されている MRL の 0.5 倍、1 倍、1.5 倍で評価しました。EU の MRL がない化合物については、ターゲットレベル(TL)の 0.5、1、1.5 倍で評価しました。CCα および CCb は、2002/657/EC で定義されている RSDRL から計算しました。
HSS T3 カラムにより、すべての分析種について優れた保持とピーク形状が得られました(図 2)。すべてのピークが 1.9 ~ 7.3 分の間に溶出し、合計分析時間は 11 分でした。
7 つのブランクサンプルを調製し、3 日間のうちのそれぞれの日に分析したところ、ターゲット分析種の溶出が予想される領域に有意な干渉はみられず、特異性は良好でした。微量のクラリスロマイシン(約0.1 µg/kg)、ピルリマイシン(約 0.7 µg/kg)、チルバロシン(約 0.3 µg/kg)が検出されましたが、MRL よりはるかに低い濃度でした。各分析種の 2 つのトランジションは、必要な同定要件(MRL のある物質について 3 点、禁止物質について 4 点)を十分に満たしており、標準試料と比較して、イオン比と保持時間が推奨許容範囲内にあるピークが得られました。マトリックス抽出物中に 7 ポイントの検量線を作成し、それぞれの日に取り込みを行いました。1/X 近似重み付けした 2 次近似を適用したところ、マトリックスバリデーション曲線の決定係数(R2)の値はほとんどすべてが 0.99 を超え、個々の残差は 20% 未満であることで、すべてのマクロライド系抗生物質の定量が信頼できることが実証されました。1 日目のチルバロシンのキャリブレーショングラフの R2 値は 0.98 でした。代表的な検量線の例を図 3 に示します。
マトリックスマッチド標準試料の分析から、感度が良好であることが実証されました。図 4 に、一部のマクロライド系抗生物質について、最低濃度のマトリックスマッチド標準試料の分析の代表的なクロマトグラムを示します。この結果は、抽出物からはるかに低濃度のマクロライド系を検出できることを示しています。そのため、最終抽出物をさらに希釈する選択肢が得られ、これによりマトリックス効果とシステム汚染の軽減が可能になります。
測定した回収率として表される真度を、3 日間にわたるスパイクサンプルの分析からのデータを使用して評価しました。3 日間にわたって調製および分析した 3 濃度で 7 回スパイクした各セットの平均回収率は 81% ~ 111% の範囲内でした。CP-60,300 を除くすべてで、真度に許容できる値が得られました。CP-60,300 は、内部標準試料としてロキシスロマイシンを使用して定量しました。このことが、限界不合格(95 ~ 111%、つまり 110% の限度範囲外)の原因となった可能性があります。分析法の併行精度も、RSDr 試験(0.9% ~ 11.6%)および RSDRL 試験(1.4% ~ 11.6%)の両方で、すべての化合物について満足できるものでした。真度と併行精度を図 5 と 6 および表 3 に示します。表 3 には CCα と CCβ の値も示されています。
今回説明した分析法は、Xevo TQ-S micro MS/MS システムと組み合わせた ACQUITY UPLC I-Class PLUS システムを使用する、18 種類のマクロライド系抗生物質の測定のための、高感度で頑健な多成分一斉分析法であることが証明されました。この分析法により、一般的な MRL を十分に下回る濃度までの迅速で信頼性の高い定量が可能になり、欧州委員会決定 2002/657 に従ってバリデーションしたところ、ウシ筋肉組織中のすべてのマクロライド系について満足できる結果が得られました。この手順は、適切なバリデーション後に他の動物および魚の組織にも適用できます。
720006750JA、2020 年 2 月