デュラグルチド(TRULICITYTM)などの融合タンパク質治療薬の開発が進んでいる中、LC-MS/MS 定量分析法の迅速な開発に使用できる汎用ワークフローへのニーズが生じています。本書では、Fc が含まれている治療薬の分析法開発の完全なワークフローについて説明します。ペプチドマッピング実験は、定量用に適切なペプチドを特性解析および同定するために実施されました。次に、自動化した MassLynx Skyline インターフェースワークフローを使用して MRM の最適化を行いました。サンプルは、一般的なイムノアフィニティ捕獲法、迅速で再現性のある消化ワークフロー、そして選択的ペプチド SPE を使用して、分析用に前処理しました。デュラグルチドの定量下限 1 ng/mL を達成したことにより、この分析法はラットを用いた PK 試験の分析に成功裏に展開されました。
融合タンパク質などの次世代治療薬のための LC-MS/MS ベースの定量分析法の迅速な開発をサポートするワークフローは、不可欠です。LC-MS/MS 分析法は創薬および開発のラボで広く使用されていますが、最適化のために対象のペプチドを迅速に特性解析および選択するという点で、分析法開発プロセスを改良する余地があります。ここでは、Xevo G2-XS QTof を使用した GLP-1 アナログおよび IgG4 Fc の融合タンパク質であるデュラグルチドの、迅速なタンパク質確認、ペプチド同定、選択、最適化方法、そして(迅速な定量分析のための)トリプル四重極 Xevo-TQ システムへの移管のための全体的なプロセスについて説明します。2 番目の関連アプリケーションノート(720006823EN)1 が発表されており、これには、最終的な LC-MS/MS 分析法とバイオ分析法の利点が詳細に説明されています。
分析法を設計するためのワークフローは、理想的には以下のステップで構成されます(図 1)。
1)HRMS の確認と特性解析
a. 確認のためのペプチドマッピング実験
b. 定量的モニタリング(安定性、脱アミド化、修飾レベル)に適したペプチドの決定
2)トリプル四重極の最適化および分析
a. MRM トランジションの迅速な選択と最適化
b. サンプル前処理の最適化(詳細はアプリケーションノート 720006823EN を参照)1
このアプリケーションノートでは、迅速な特性解析、配列確認、およびこの情報をラットを用いた薬物動態学(PK)試験でのデュラグルチドの分析法の構築への適用に、必要な手順が示されています。HRMS プラットホームには分析法自体を実行する機能もありますが、このワークフローでは、スループットを最大化するために、トリプル四重極プラットホームでこの分析法を実行する従来の方法が記載されています2。 定量下限 1 ng/mL(0.02 M)が達成され、デュラグルチドのより高感度の定量が可能になりました。
ProteinWorks Auto eXpress 低容量プロトコル(製品番号: 176004077)を使用して、デュラグルチドの希釈液を消化しました。簡潔に説明すると、デュラグルチドを 300 μg/mL(24 μg)に希釈し、RapiGest SF 界面活性剤で変性し、ジチオスレイトールで還元してヨードアセトアミドでアルキル化しました。サンプルは、トリプシン:タンパク質比 1:10(w/w)でトリプシン消化し、ギ酸で反応を止めました。LC-MSE 分析を使用したペプチドマッピングは、10 μL(約 1.5 μg)のサンプルを ACQUITY UPLC I-Class PLUS および Xevo G2-XS QTof 質量分析計システムに注入して実施しました。MassLynx Skyline インターフェースによる MRM 最適化実験は、Xevo TQ-XS 質量分析計を使用し、1 回の分析に 1 μL を注入して行いました。
6 匹のラットにデュラグルチド 1 mg/kg を皮下投与し、投与前および投与後 2、4、7、24、48、72、96、120、168 時間に採血しました。サンプル前処理の完全な手順については、アプリケーションノート 720006823EN を参照してください。
LC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class PLUS(固定ループ) |
検出: |
Xevo G2-XS QTof 質量分析計、ESI+ |
プレート: |
MaxPeak High Performance Surfaces を採用した QuanRecovery 96 ウェルプレート |
カラム: |
ACQUITY UPLC Peptide BEH C18、300 Å、1.7 μm、2.1 ×100 mm |
カラム温度: |
60 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
サンプル注入量: |
10 µL |
流速: |
0.2 mL/分 |
移動相 A: |
0.1% ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1% ギ酸含有アセトニトリル |
グラジエント: |
50 分で 1 ~ 35% B(0.2 mL/分)、続いてカラム洗浄および平衡化 |
MS システム: |
Xevo G2-XS QTof質量分析計、ESI+ |
イオン化モード: |
ESI+ |
キャピラリー電圧: |
1.2 kV |
コーン電圧: |
40 V |
ソース温度: |
150 ℃ |
脱溶媒温度: |
350 ℃ |
コーンガス流量: |
20 L/時間 |
脱溶媒ガス流量 |
600 L/時間 |
MS ソフトウェア |
UNIFI(v.1.9.4) |
インフォマティクス |
UNIFI(v.1.9.4) |
LC-MS/MS の完全な条件については、アプリケーションノート 720006823EN を参照してください。
定量に適したペプチドは、ペプチドマッピング実験によって同定できます。下流のサンプル前処理には、ProteinWorks Auto eXpress 低消化キットを使用したデュラグルチドの消化が含まれます。このキットは、(高コストの)シーケンシンググレードの材料を通常使用するペプチドマッピングアプリケーションを目的にしていませんが、(目的のサンプル調製法を使用した)トリプシン消化によってタンパク質から遊離するペプチドを特定し、その挙動を評価することができます。これらの分析法を使用して、デュラグルチドペプチドを 93% のシーケンスカバー率(図 2、パネル A)で同定しました。
ペプチド修飾や切断の欠落が簡単にに特定されました。デュラグルチドのペプチドマッピング実験では、長さ 6 ~ 33 アミノ酸の 15 種類のトリプシン消化ペプチドが同定されました(同定されたペプチドのうち 6 アミノ酸未満のものは、特異性と保持性が低いため、このリストから除外しました)。このリスト(図 2 のパネル B)から、アミノ酸長(8 ~ 25 残基)および同定された修飾の割合に基づいて、ペプチドをさらにフィルター処理しました。高レベルの修飾が認められたペプチドの 1 つである EFIAWLVK は、Fc 融合タンパク質の中の特異な位置にあるため、フィルター処理したペプチドのリストに残しました。このペプチドは、タンパク質の GLP-1 領域に由来し、この領域内の 2 つのみのペプチドのうちの 1 つです。このフィルター処理したペプチドのリストは、分析法開発の次のステップである MRM トランジションの最適化の基礎を形成します。
オープンアクセスソフトウェアである Skyline (ワシントン大学、MacCoss Labs)が MassLynx ソフトウェアと統合されており、MRM の同定と最適化(コリジョンエネルギー、保持時間のスケジューリング、デュエルタイムなど)にシームレスなワークフローを提供し、最適化と開発に必要な日数が何週間も節約できます3。 MSI により、取り込みメソッドの作成、データ取り込み、データレビューの複数のステップが自動化されて、タンパク質あたりのペプチドに対する感度が最も高く、各ペプチドに対して最も感度の高いトランジションの最終的な方法が提供されます。ペプチドバイオアナリシスワークフローの例が図 3 に示されています。
ステップ A –保持時間のアラインメントとプリカーサーの選択
ステップ B - MRM 同定
ステップ C - MRM の最適化
ステップ D – 最終メソッドの作成
Skyline を使用したペプチドの最適化後、MRM トランジションを、必要な生体マトリックスでの感度と選択性について評価する必要があります。最も選択的な MRM では通常、プリカーサーおよびプロダクト m/z 値が高くなっています。
ここで説明したワークフローを、ラットの血漿から抽出したデュラグルチドの定量分析に対応する高感度分析法の開発に適用しました。ラットにデュラグルチドを投与し、ラットでのデュラグルチドの薬物動態(PK)特性を調べるために、サンプルを投与前および投与後 168 時間に収集しました。デュラグルチドタンパク質全体について理解するために、GLP-1 領域と Fc 領域の両方からサロゲートペプチドを選択しました。GLP-1 の N 末端ペプチド HGEGTFTSDVSSYLEEQAAK(HGEG)を、GLP-1 配列のコピーが少なくとも 1 つ含まれているインタクト融合タンパク質のサロゲートとして選択しました。このタンパク質の Fc 領域から、GLPSSIEK(GLPS)を総 Fc レベルのサロゲートとして選択しました。
PK のプロファイル(図 4)により、HGEG ペプチドおよび GLPS ペプチドの差異クリアランスが示されています。バイオ医薬品の半減期(HGEG ペプチドを使用して測定)は 22.9 時間であり(PKSolver を使用して計算)、文献で以前に報告された値と一致していました4-6。GLPS ペプチドの半減期は約 3 倍長く、その原因はおそらく、インタクト GLPS ペプチドと、血漿中のデュラグルチドの GLP-1 領域のタンパク質分解に由来する遊離 GLPS を観察したためと考えられます7。 PK 試験で、ペプチドを慎重に選択し、タンパク質の全体的な挙動を明確に理解するには、バイオ医薬品の性質を理解する必要があります。
免疫精製、消化、SPE 精製したラット血漿 50 μL を使用して、直線的かつ精密で正確なデュラグルチドの定量を達成しました。定量下限(LLOQ)1 ng/mL(0.02 nM)が達成され、検量線は 1 ~ 10、000 ng/mL(0.02 ~ 167.59 nM)の範囲で、1/X 2 線形回帰(表 1)を使用して直線性を示しました(r2>0.99)。QC レベルは ±15% 以内の誤差の精度であり、CV は 7% 未満で、標準的なバイオ分析法のバリデーションガイダンス基準と一致していました。すべての分析に対する QC 性能の統計値は、表 2 に強調表示されています。
ここに記載されている手順には、サロゲートペプチドの同定と最適化のための完全なワークフローが含まれています。このワークフローは、デュラグルチドの定量分析法の開発に適用されています。高度なサンプル前処理法と組み合わせることにより、ラット PK サンプルを高い正確度と精度で分析しました。
720006969JA、2020 年 8 月