• アプリケーションノート

Ostro サンプル前処理プレートを用いた、低分子定量バイオアナリシスにおけるリン脂質除去のためのシンプルなアプローチ

Ostro サンプル前処理プレートを用いた、低分子定量バイオアナリシスにおけるリン脂質除去のためのシンプルなアプローチ

  • Billy J. Molloy
  • Robert S. Plumb
  • Waters Corporation

要約

このアプリケーションノートでは、ゲフィチニブの LC-MS 分析の前に行う、血漿中のリン脂質の除去のための Ostro パススルーサンプル前処理プレートのアプリケーションについて紹介します。

アプリケーションのメリット

  • 迅速でシンプルなサンプル調製
  • リン脂質およびタンパク質の除去

はじめに

定量バイオアナリシスにより、正確かつ高精度な体系的な薬物濃度レベルのデータが得られ、創薬および医薬品開発の両方における正しい意思決定が容易になります。このデータを使用して、創薬における化合物の比較や、医薬品開発における化合物間の比較の実施が可能である上、投与量決定試験における薬物動態データが得られます。LC-MS は、低分子定量バイオアナリシスのための最適なプラットホームです。LC-MS バイオアナリシスを成功に導くには、頑健で再現性の高いサンプル前処理により、除タンパクした抽出物を得ることで候補化合物の濃度が測定できると同時に、装置の性能を高いレベルに保ちつつダウンタイムを最小限に抑えることが必要になります。

除タンパクは、最もシンプルで費用がかからない血漿/血清サンプル前処理法です。有機溶媒または酸性水溶液のいずれかを使用し、タンパク質周囲の溶媒和層を除去することで、タンパク質を凝集させて溶液から離脱させ、沈殿させます。一方、このアプローチでは、脂質、アミン、低分子量の有機酸など、水系有機溶媒混合液に可溶性の残留血漿成分を含む複合溶液が生じます。これらの残留マトリックス成分により、MS ソースが汚染されて MS のレスポンスが低下し、システムのダウンタイムを招く可能性があります。固相抽出または液-液抽出では、大幅に純度の高い抽出物が得られ、濃縮ステップを追加できることで、高感度が実現できます。一方、いずれのプロセスにも時間がかかり、分析法開発が必要になります。

Ostro パススルーサンプル前処理プレートは、リン脂質およびタンパク質の除去のための新しいソリューションを提供します。迅速でシンプルなサンプル前処理(血漿/血清)が簡単にできるようになる上、複雑な分析法開発が不要になり、サンプルのクリーンアップにも有効です。このアプリケーションノートでは、ゲフィチニブの LC-MS 分析の前に行う、血漿中のリン脂質の除去のための Ostro パススルーサンプル前処理プレートのアプリケーションについて紹介します。

実験方法

マウス血漿サンプルは、4 倍量のメタノールまたは 1% ギ酸メタノール溶液で除タンパクして調製しました。

標準的な分析法として、血漿 10 μL を安定同位体標識ゲフィチニブを含むメタノール 40 μL と混合し(図 1)、ボルテックス混合した後、25,000 g で 5 分間遠心分離しました。得られた上清 10 μL を 490 μL の 50:50 メタノール:水で 50 倍に希釈しました。 

図 1. ゲフィチニブの構造

Ostro プレートを用いた分析法として、安定同位体標識ゲフィチニブを含むメタノール 40 μL を加えた Ostro プレートにサンプル 10 μL を加えてから、各サンプルに 1% ギ酸メタノール溶液 200 μL をさらに加え、吸引によりサンプルを混合しました (図 2)。次に、真空下でサンプルを Ostro プレートを通して吸引しました。得られた溶液 50 μL を 450 μL の 50:50 メタノール:水で 10 倍に希釈しました。

図 2. Ostro パススルーサンプル前処理抽出手順

分析条件

パラメーターの例を以下に示します。必要に応じて使用条件に合わせて調整します。手順の実行にウォーターズ以外のブランドの装置または消耗品が必要な場合は、その詳細が記載されているはずです。

LC 条件

システム:

ACQUITY UPLC I-Class PLUS

検出:

Xevo TQ-S micro タンデム四重極型質量分析計

カラム:

ACQUITY UPLC BEH C18、1.7 µm、2.1 × 100 mm(製品番号:186002352)

カラム温度:

60 ℃

サンプル温度:

6 ℃

注入量:

2 µL

流速:

650 µL/分

移動相 A:

0.1% ギ酸水溶液+10 mM 酢酸アンモニウム

移動相 B:

0.1% ギ酸アセトニトリル溶液

グラジエント:

2.9 分間で 5~50% B のリニアグラジエント、その後 95% B で 1.5 分間フラッシュ

MS 条件

システム:

Xevo TQ-S micro

イオン化モード:

ESI 正イオン

MS 検出:

リン脂質プリカーサー 184

MRM 検出:

Iressa 446.6⇒ 128.23

MRM 検出:

内部標準 (d6) 452.6⇒134.23

キャピラリー電圧:

2 kV

コリジョンエネルギー:

33

コーン電圧:

30 V

データ管理

データ取り込みソフトウェア:

MassLynx v4.2

データ解析および定量ソフトウェア:

TargetLynx

結果および考察

リン脂質は、イオン化抑制およびソース汚染により、LC-MS 定量アッセイの性能を損なうことが実証されています1,2。これらのリン脂質をマトリックスから除去することで、アッセイの感度、頑健性、精度が向上します。Ostro プレートによるリン脂質除去を評価するため、ゲフィチニブ定量用の創薬におけるルーチン的な DMPK 試験を選びました。ゲフィチニブは、乳がん、肺がん、その他のがんの治療薬として処方されており、イレッサ(Iressa)という製品名で販売されています(図 1)。ゲフィチニブの分子式は C22H24ClFN4O3 で、平均分子量は 446.902 g/mol、モノアイソトピック質量は 446.152 g/mol です。この化合物のバイオアベイラビリティは 60% で、タンパク質結合は >90%、初回通過代謝は肝臓(CYP3A4)で行われ、O-脱メチル代謝物が生じます3

過去のデータより、アセトニトリルによる除タンパクの結果は芳しくないことが示されているため、今回の実験では、除タンパクにメタノールを使用しました。ゲフィチニブの Ostro プレート抽出にも、同じ溶液を使用しました。サンプルは、抽出後に希釈し、最終容積および濃度が一定になるようにしました。逆相グラジエントクロマトグラフィーを使用してサンプルを分析し、サンプルのリン脂質成分の検出に使用した正イオンモードで、m/z 184 のプリカーサーイオンを使用してモニタリングを行いました。有機溶媒による除タンパクと Ostro パススルーサンプル前処理プレートを使用して得られたクロマトグラムを図 3 に示します。有機溶媒を使用して抽出したサンプル(緑色の線)と比較して、Ostro プレートで抽出したサンプル(赤色の線)では、リン脂質のシグナルが著しく弱いことが分かります。

図 3.Ostro プレート(赤色の線)と有機溶媒による除タンパク(緑色の線)での m/z 184 のプリカーサーイオンの LC-MS クロマトグラム

更にサンプル中のリン脂質による汚染を示すために、クロマトグラフィー領域 3.4~4.8 分のスペクトルを組み合わせました。図 4 には、有機溶媒を使用して得られたスペクトルが上の線、Ostro プレートを使用して得られたスペクトルが下の線で示されています。有機溶媒を使用した場合のサンプルでは、リゾホスファチジルコリン(LPC)のプリカーサーイオン m/z = 496、520、524、544、568、ホスファチジルコリン(PC)のプリカーサーイオン m/z = 758、782、786、806、834 に関連する強い MS シグナルがあることがわかります。また、スフィンゴミエリン脂質(d18:1/16:0)のシグナルも、はっきり見えます。Ostro プレートで抽出したサンプルで同様に行った実験結果(下の線)と比較したところ、クロマトグラムの同じ領域で、プリカーサー m/z = 184 のトランジションからのシグナルは検出されませんでした。この結果より、Ostro プレートでは、血漿サンプルからリン脂質およびタンパク質が効率的に除去されたことが示されました。

図 4. 図 3 のクロマトグラムの 3.4 ~ 4.8 分の積算スペクトルの比較。(A)有機溶媒による除タンパク、(B)Ostro サンプル前処理プレート。

通常、投与から 24 時間にわたるゲフィチニブの全身暴露レベルは 50~7000 ng/mL の範囲です。ゲフィチニブ用に開発した分析法では、1/x 加重と内部標準の検量線を用いて、15~7500 ng/mL ゲフィチニブの範囲で直線性を示しました(図 5)。相関係数(r2)は 0.998810 で切片 0.03067 でした。ゲフィチニブ標準試料および QC のシグナルレスポンスは、除タンパクを用いた手法で得られたものと比較して 95% の範囲内でした。このように、低濃度であっても、プレートへの分析種の吸収が起こらなかったことが示されました。

図 5.Ostro パススルーサンプル前処理プレートを使用したマウス血漿中ゲフィチニブ(イレッサ)の 15–7500 ng/mL の範囲における検量線。

結論

血漿、血清、尿などの生物の体液マトリックスからの汚染物質の除去が、イオン化抑制を減少し、MS ソース汚染を最小限に抑えるために非常に重要です。Waters Ostro パススルーサンプル前処理プレートを用いることにより、複雑なサンプル前処理の必要がないシンプルで汎用的なアプローチで、血漿サンプルからすべてのリン脂質成分が除去されました。複雑な分析法開発や最適化も必要ありませんでした。有機溶媒による除タンパクの手法と比較して、分析種のレスポンスが低下していないことがわかりました。結果として得られたアッセイは、15~7500 ng/mL の範囲で直線的なレスポンスを示すことが分かりました。

参考文献

  1. Lei, M.; Gan, W.; Sun, Y. HPLC-MS/MS analysis of peramivir in rat plasma: Elimination of matrix effect using the phospholipid-removal solid-phase extraction method.Biomed.Chromatogr. 2018, 32 (3). 
  2. An, G.; Bach, T.; Abdallah, I.; Nalbant, D. Aspects of matrix and analyte effects in clinical pharmacokinetic sample analyses using LC-ESI/ MS/MS - Two case examples.Pharm.Biomed.Anal. 2020, 30, 183:113135. 
  3. McKillop, D.; Partridge, E. A.; Hutchison, M.; Rhead, S. A.; Parry, A. C.; Bardsley, J.; Woodman, H. M.; Swaisland, H. C. Pharmacokinetics of gefitinib, an epidermalgrowth factor receptor tyrosine kinase inhibitor, in rat and dog. Xenobiotica. 2004, 34 (10) 901–915.

720006817JA、2020 年 4 月

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