ヘンプの植物原料に含まれる活性化合物の抽出は、多様な溶媒を使用する様々な工程により行われています。一般的に、その抽出物は直接消費されたり、人間が消費する製品の原材料として使用されたりします。そのため、製品の品質に悪影響を及ぼしたり、人間が許容できない程の曝露につながる可能性のある残留溶媒が確実に低減または除去されるするように注意が必要です。過去には、植物抽出物中の残留溶媒の分析には、ガスクロマトグラフィー(GC)水素炎イオン化型検出(FID)が用いられてきました。一方、大麻由来医薬品の消費方法や、大麻由来薬が合法化された地域が増加したことなどから、報告限界値の設定を低くし、FID でルーチン分析できる分析種よりもはるかに多くの分析種のリストを用いる傾向があります。そのため、この分析用途での GC 質量分析法(MS)の使用が増加しています。従来型の GC-MS では、質量分析計の真空領域で発生する電子イオン化(EI)を用いていましたが、ここでは、APGC(大気圧ガスクロマトグラフィー)イオン源を使用した大気圧イオン化 GC-MS によるヘンプオイルの残留溶媒の検出試験について説明しています。得られた結果から、20 種を超える一般的な残留溶媒の定量分析に、大麻サンプル中のテルペンおよび農薬残留物が分析できるのと同一のシステムを使用する、ヘッドスペース(HS)APGC-MS/MS が有用であることが分かりました1。
世界中の多くの政府機関および専門機関で、植物材料抽出物の残留溶媒の分析法についての規制およびガイダンスが作成されており、報告限界値は最小 1 ppm から最大 5000 ppm にわたっています。この分析法の具体的な分析種のリストは、抽出に通常使用されている溶媒や、プロセス機器、梱包、保管、あるいは抽出溶媒自体から意図せずに汚染物質として抽出物に混入する分析種によっても様々です。不正な抽出プロセスまたは溶媒の使用についても、残留溶媒のモニタリングが必要となります。このような理由から、ヘンプオイルおよび大麻由来の原材料を含んでいる製品について、残留溶媒の定量的スクリーニングが一般的に要求されています。
分析種のリストが長くなり、報告限界値がより低くなる中で、GC-MS の使用の必要性が高まっています。これらの要因は、分析時間が極端に長くなるのを避ける必要性と、新しい規制およびガイドラインが公表されるに伴って今後見込まれる追加の化合物を分析に組み込む必要性に対してバランスを取る必要があります。
GC-FID など、MS 以外の検出手法では、クロマトグラフィー分離や保持時間など限定的な基準に基づいて、近接して溶出する分析種の間の区別のみが可能であるのに対し、MS では、質量(m/z)の次元での共溶出分析種の分離ができる可能性もあります。MS のこのような特徴により、分析時間をこれまで以上に短縮しつつ、より多くの分析種を正確で精密に定量分析することが可能になります。GC あるいは MS の速度よりも、分析種のリスト全体で代表的で再現性のある定量を実現する最小限のヘッドスペースインキュベーション時間が、一般に分析時間の制限要因になります。一方、ヘンプオイルサンプル中の残留溶媒をヘッドスペースで抽出することで、GC-MS へのマトリックスの注入量を抑えつつ、ターゲット分析種を効率良く抽出でき、サンプル前処理が最小限で済むというメリットがあります。HS SPME(固相マイクロ抽出)および APGC-MS を QTof MS で行った以前の研究では、定量分析ではなく、未知試料の定性的な同定に重点を置いていました2。本研究では、ヘンプオイルの残留溶媒の定量分析における HS APGC-MS の使用を評価します。図 1 にこの分析法による完全な分析種リストのクロマトグラフィー分離を示し、分析種の名称を表 2 に示します。
ヘンプシードオイルおよび技能試験(PT)サンプル、パート 54996 および 38554 は Absolute Standards(米国コネチカット州ハムデン)から購入しました。標準試料、カリフォルニア州残留溶媒カテゴリー I およびカリフォルニア州残留溶媒カテゴリー II (Z-G34-115300-03-5PAK、Z-G34-115301-03-5PAK)は、CPI International(米国カリフォルニア州サンタローザ)から購入しました。標準試料はまず N,N-ジメチルアセトアミド(DMA、38840-1L-F、Millipore Sigma、米国ミズーリ州セントルイス)で単一の 1:10 希釈液にし、次に連続希釈を行って、カテゴリー II の分析種については 0.32、1.6、8、40、200、1000 ppm、カテゴリー I の分析種については 0.0032、0.016、0.08、0.4、2、10 ppm の濃度で検量線を作成しました。サンプルおよび標準試料それぞれ 50 µL を直接 20 mL のヘッドスペースバイアルに注入して分析しました。技能試験サンプルは、分析前に DMA 中に 1:10 の濃度になるように希釈しました。
オートサンプラー: |
CTC PAL3 RSI |
シリンジ: |
2.5 mL Smart ヘッドスペースシリンジ、105 ℃ |
インキュベーション時間: |
250 rpm で 15 分、オン 5 秒、オフ 2 秒 |
インキュベーション温度: |
80 ℃ |
注入量: |
500 μL |
GC のサイクル時間: |
22 分 |
ガスクロマトグラフ: |
Agilent 7890B |
カラム: |
Restek Rxi-624Sil MS、30 m × 内径 0.25 mm × 1.4 µm フィルム |
カラムアウトレット: |
14 psi |
注入: |
225 ℃ で SSL、Split 50:1、Restek Topaz 内径 1 mm ライナー |
キャリアガス: |
1.5 mL/分のヘリウム、30 ℃ で線速度 25 cm/秒 |
温度プログラム: |
30 ℃ で 6 分、15 ℃/分で 85 ℃ まで上昇、35 ℃/分で 260 ℃ まで上昇させ、1.5 分間維持 |
質量分析計: |
Xevo TQ-S micro |
イオン源の種類: |
APGC、ドライソースモード |
イオン源温度: |
120 ℃ |
トランスファーラインの温度: |
260 ℃ |
コロナ電流: |
2.0 µA |
補助ガス: |
100 L/時間 |
コーンガス: |
45 L/時間 |
検出器ゲイン: |
0.3 |
コーン電圧およびコリジョンエネルギー: |
表 2 参照 |
MS 取り込みソフトウェア: |
MassLynx v4.2 SCN 1017 |
定量ソフトウェア: |
TargetLynx XS |
この分析法での分析種は低分子量であることから、すべてが通常の MRM トランジションで使用されるような電荷保持フラグメントを生じることはないと予測されました。9 種の分析種で、従来のプリカーサー > フラグメント MRM トランジションとなったのに対し、残りの 13 種の分析種では、プリカーサー > プリカーサー MRM トランジションの使用が必要でした。プリカーサー > プリカーサー MRM トランジションを用いてモニターした、メタノールで得られた感度の例を図 2 に示します。使用したトランジションの種類にかかわらず、すべての分析種で、複数の分析法で概説されている報告限界値について、目的に適合した感度を達成できました3,4,5。 パラキシレンとメタキシレンが共溶出しているため、22 種の分析種が 21 本のクロマトグラフィーピークとして溶出しました。キシレンの異性体は通常キシレンの合計として報告されるため、クロマトグラフィーでパラ異性体とメタ異性体を分離する必要はありません。エチレンオキシドおよびアセトニトリル以外の分析種すべてで、利用可能な二次 MRM トランジションがありました。
プリカーサー > プロダクト MRM トランジションを使用してターゲットした化合物は、図 3A に示すように、最も強度の強いトランジションを使用して定量し、二次トランジションが確認用イオンになります。プリカーサー > プリカーサー MRM トランジションに基づいたターゲット化合物については、図 3B に示すように、最も強度の強い 2 つのトランジションの合計を定量に用います。これらのトランジションを合計し、いずれかの値を定性イオンとして使用して、対応する比率を追加の確認手段とすることが可能です。
すべての分析種は、1/x の重み付けを適用した線形検量線を用いて定量されましたが、プロパンについてはレスポンス係数を適用しました。すべての化合物について、最小の r2 値 0.990 を達成していました。すべての直線について r2 の平均値は 0.9975 で、プロパンでは 12% RSD でした。
予想通り、この分析法では、ヘンプオイル中から分析種は検出されませんでした。そのため、分析法の定量性能を試験するため、ヘンプオイルの PT サンプルも分析しました。PT サンプル中の 5 種の分析種すべてが、分析法を用いて検出されました。更に、計算濃度もすべて報告されている許容限界の下限および上限の範囲内に収まっていました。トリクロロエテンの例を図 4 に示しますが、計算濃度の平均 31.3 ppm は、この化合物の割り当て値である 38.2 ppm との差が 18% 以内です。本研究の許容範囲は、計算濃度が割り当て値の 40% 未満の範囲内に入ることで、トリクロロエテンの報告値の許容範囲は 22.9 ~ 53.5 ppm になります。この分析法を使用して測定されたすべての報告濃度並びに許容される報告値の上限および下限については、表 1 を参照してください。
この試験では、モニタリングおよび製品の品質保証目的でのヘンプオイルサンプルの定量的残留溶媒分析における HS APGC-MS/MS の機能を実証しています。HS をサンプル抽出に使用することで、大量のマトリックスを注入ポートおよびカラムに注入することを避けることができました。APGC の高い感度により、マトリックスのシステムへの注入量が更に減らせたとともに、複数の地域の規制およびガイダンス手法におけるヘンプオイルの残留溶媒の報告に適した検出限界を達成できました。
この分析法の実施に伴い、貴重なアドバイスを頂いた ProVerde Laboratories の Christopher Hudalla および Alejandro Gutierrez の両氏に感謝の意を表します。
720007150JA、2021 年 2 月