• アプリケーションノート

サイクリックイオンモビリティーを用いた生物学的に関連性のある内因性代謝物の異性体の分離

サイクリックイオンモビリティーを用いた生物学的に関連性のある内因性代謝物の異性体の分離

  • Adam King
  • Dale Cooper-Shepherd
  • Lee A. Gethings
  • Robert S. Plumb
  • Waters Corporation

研究目的のみに使用してください。診断用には使用できません。

要約

このアプリケーションブリーフでは、マルチパス実験を利用して低分子の異性体を分離する Cyclic IMS の機能を紹介し、代謝物の検出と同定を改善できることを実証します。

アプリケーションのメリット

Cyclic IMS(cIMS)質量分析計を用いたマルチパス実験では、構造異性体のモビリティーに基づく分離が向上しています

はじめに

長年にわたるセパレーションテクノロジーの進歩により、以前は分析が困難とされていた化合物の検出と定量が可能になりました。メタボロミクスでは、対象分析種の中核をなす多くの低分子化合物がこのグループに分類されます。代謝時の化合物の修飾のバリエーションにより、わずかに異なる異性体代謝物が生成する場合があります。疾患の理解、および最終的には生化学的なメカニズムの理解を深めるにあたり、これらの異性体からそれぞれ全く異なる情報が得られる場合があります。超臨界流体クロマトグラフィー(SFC)による異性体のキラル分離により、このような分離が短時間の分析である程度行えるようになりました1,2。 一方、SFC は従来の液体クロマトグラフィー(LC)とは別のクロマトグラフィーシステムを必要とするため、LC の設定に関連する分析法の柔軟性が不足しています。

イオンモビリティーを使用する質量分析計では、検出の前にイオンを追加で直交的に分離します。これにより、質量電荷比が類似している分子を衝突断面積(CCS)で分離することができ、これにより特異性が向上して同定が改善され、よりきれいな MS/MS スペクトルが得られます。しかしながら、非常に密接に関連する構造異性体の中には、同一または類似の CCS 値とドリフト時間を示すものがあるため(従来のイオンモビリティープラットホームで測定)、この方法のみでは正確な判定が困難です。

SELECT SERIES Cyclic IMS 装置は、以前はペプチド、多糖類、および脂質3 などのより高分子のマルチパス IMSn 取り込み(IMSn)を補助するために使用されていました。この取り込みでは、イオンのパケットを IMS 領域内で複数回周回させてから、排出して検出していました。このアプリケーションブリーフでは、マルチパス機能を使用して低分子の極性代謝物の異性体の分離を向上させる Cyclic IMS 装置の機能を実証します。

結果および考察

特にアミノ酸や胆汁酸には異性体が存在し、それらが最終的に果たす生物学的役割が大きく異なるため、異なる異性体同士を区別するメタボロミクス分析試験の重要性が指摘されています。メチルヒスチジンは、尿中 1-メチルヒスチジンの増加を引き起こすことが明らかになっているビタミン E 欠乏症など、様々な疾患や障害に関連するマーカーとして同定されています4。 逆に、その血漿中濃度の上昇は、カルノシナーゼ活性の低下と相関していることがわかっています。更に、3-メチルヒスチジンは、傷害後の骨格筋分解の潜在的マーカーとして同定されています5。 社内の CCS 予測ツールを使用して、1-メチルヒスチジンおよび 3-メチルヒスチジンの CCS 値がそれぞれ 133 Å2 および 134 Å2 ([M-H]-イオン)と予測され、これらの化合物を正確に確認することが困難である可能性が示されました。

胆汁酸は、界面活性剤として作用し、脂質および脂溶性ビタミンの吸着に重要な役割を果たします。また、コレステロール代謝に本来付随して生じる代謝産物です6,7。 ケノデオキシコール酸は、ヒトの一次胆汁酸であり、腸内細菌との相互作用の際に生体内反応を受けて二次胆汁酸(ヒオデオキシコール酸など)になります7。 高濃度のケノデオキシコール酸は、胆汁うっ滞による毒性作用を引き起こす可能性があります。この二次胆汁酸のグルクロン酸化に続いて、哺乳類では胆汁酸の排泄が行われます。ヒオデオキシコール酸のヒドロキシル基の位置の違いより、この二次胆汁酸のグルクロン酸化が増加し、最終的に尿中排泄率が増加します8。 この胆汁酸のレベル変動は、微生物叢の機能の指標になる場合があります。胆汁酸の予測 CCS 値は両種類とも 207 Å2([M-H]-イオン)です。

アセトニトリル:水(1:1)を希釈剤として使用し、異なる化合物クラスの内因性代謝物の異性体 2 セットを含む標準混合物を調製して、直接注入を行いました。加えて、各認証標準品をそれぞれ別の注入溶液に調製して、更に確認しました。標準注入混合物には、2 種類の胆汁酸(ケノデオキシコール酸およびヒオデオキシコール酸)および 2 種類の修飾ヒスチジン代謝物(1-メチルジスチジンおよび 3-メチルヒスチジン)が含まれていました(図 1)。

図 1. 調査した胆汁酸およびメチルヒスチジン化合物の化学構造 

質量分析データはすべて、ネガティブエレクトロスプレーイオン化(ESI)および V 光学モードで稼働した Tof を用いて取り込みました。それぞれの化合物クラスについてイオン源条件(キャピラリー電圧、ソース温度、ガス流量)を最適化し、IMS 分離を評価するのに最適のレスポンスを得ました。マルチパス実験を行うために、Cyclic IMS 装置をMS/MS モードで稼働させ、コリジョンエネルギーの移動は行わず、四重極を胆汁酸(m/z = 391.28 [M-H]-)およびメチルヒスチジンに対応するネガティブ分子イオン質量に設定して(m/z = 168.07 [M-H]-)作動させました。注入溶液はすべて、流速 10 µL/分に設定したシリンジポンプを使用して、イオン源に直接注入しました。

標準溶液を注入する間、胆汁酸およびメチル化ヒスチジンに対応するイオンは、個々の異性体が到着時間によって分離されるまで、サイクリックイオンモビリティー(IM)セルで複数回周回しました(図 2)。メチルヒスチジンのベースライン分離はサイクリック IM セルで 5 回周回させた後に達成され(図 2b)、胆汁酸は 20 回周回させた後に明確に分離されました(図 2a)。胆汁酸の分離に必要とされた 20 回の周回は、IMS 分離能 290 で 200 ミリ秒未満で達成され、メチルヒスチジン異性体に必要とされた 5 回の周回は IMS 分離能 145 で 50 ミリ秒未満で達成されました。異性体に対応する正しいピークを特定するために、個々の標準品を注入して、固有の到着時間を測定しました(図 3)。

図 2. 注入した標準品混合物のモビログラム。(a)サイクリック IMS で 1 ~ 20 回周回(200 ミリ秒未満)後の胆汁酸、ケノデオキシコール酸、ヒオデオキシコール酸のピーク分離度、および(b)サイクリック IMS で 1 ~ 5 回周回(50 ミリ秒未満)後の 1-および 3-メチルヒスチジンのピーク分離度が向上していることが示されています。 
図 3. 各化合物の標準品の注入から得られたモビログラム。各異性体の到着時間が確認され、挿入図には対応する高コリジョンエネルギースペクトルが示されています。(a)1-および 3-メチルヒスチジン(5 回周回後)、(b)ケノデオキシコール酸およびヒオデオキシコール酸(20 回周回後)。 

結論

低分子代謝物は、代謝経路のターゲットまたは代謝の結果として生じる生成物として、すべての生化学的プロセスに内在しています。そのため、これらの分子から、遺伝的異常、疾患、生活習慣の影響によって引き起こされる経路の機能低下に関する洞察が得られます。多くの化合物は、様々な異性体で天然に存在します。これらの異性体は、様々な代謝経路に関連しており、基礎を成す生物学や関連する健康状態に様々な影響を及ぼします。SELECT SERIES Cyclic IMS 装置は、生物学的に関連性のある 2 セットの異性体を、Cyclic IMS セルを 20 回(200 ミリ秒未満)以内周回させることで、正確に分離できることが示されました。これにより、新しい LC 分析法を開発することなく、異性体を異なる到着時間で分離し、正確に同定できるようになりました。

参考文献

  1. Yamada T, Uchikata T, Sakamoto S, Yokoi Y, Nishiumi S, Yoshida M, et al.Supercritical Fluid Chromatography/Orbitrap Mass Spectrometry based Lipidomics Platform Coupled with Automated Lipid Identification Software for Accurate Lipid Profiling.J Chromatogr A.2013;1301:237–42.
  2. Sen A, Knappy C, Lewis MR, Plumb RS, Wilson ID, Nicholson JK, et al.Analysis of Polar Urinary Metabolites for Metabolic Phenotyping Using Supercritical Fluid Chromatography and Mass Spectrometry. J Chromatogr A.2016;1449:141–55.
  3. Giles K, Ujma J, Wildgoose J, Pringle S, Richardson K, Langridge D, et al. A Cyclic Ion Mobility-Mass Spectrometry System. Anal Chem.2019;91(13):8564–73.
  4. Fink K, Williams AD, Fink RM.1-Methylhistidine Excretion by Vitamin E-deficient Rabbits. Journal of Biological Chemistry.1959;234(5):1182–5.
  5. Chinkes DL.Methods for Measuring Tissue Protein Breakdown Rate In Vivo.Curr Opin Clin Nutr Metab Care.2005;8:534–7.
  6. Staels B, Fonseca VA.Bile acids and Metabolic Regulation: Mechanisms and Clinical Responses to Bile acid Sequestration.Diabetes Care.2009;32 Suppl 2:S237–45.
  7. Dawson PA, Karpen SJ.Intestinal Transport and Metabolism of Bile Acids.J Lipid Res.2015;56(6):1085–99.
  8. Matern H, Lappas N, S M. Isolation and Characterization of Hyodeoxycholic-acid: UDP-Glucuronosyltransferase from Human Liver.European Journal of Biochemistry.1991(200):393–400.

720007206JA、2021 年 4 月

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