DESI XS イオン源を用いたデータインディペンデント HDMSE ハイスループット医薬品ライブラリースクリーニング
要約
イオンモビリティー分離(IMS)対応の質量分析計と組み合わせた脱離エレクトロスプレーイオン化(DESI)は、低分子医薬品の迅速な分析に利用されており、ライブラリースクリーニングツールとして使用できる可能性が示されています。計 96 種の FDA 承認済み低分子医薬品を、DESI インレットを使用して、テフロンスポット付きの顕微鏡スライドに載せてから直接イオン化しました。分析は、ポジティブ HDMSE モード(IMS がアクティブな状態での高および低フラグメンテーションエネルギーチャンネルモニタリング)で動作する SYNAPT XS 質量分析計で行い、サンプルスループットは 3 秒未満(11 サンプル/30 秒のサイクルタイム)でした。
このアプローチを使用することで、調査した化合物の 84% が検出され、LC で生成されたライブラリーと正常にマッチングされました。各標準品は、UNIFI データベース内のプリカーサー質量、フラグメントイオンデータ、および分析的に導出された衝突断面積(CCS)値を比較することによってアイデンティティーが確認されました。LC と DESI インレットメソッドの相関性は優れており、DESI には、スクリーニングアプリケーションとの適合性に加えて、ライブラリー生成ツールとしての適用性もあることが示されました。
アプリケーションのメリット
- 迅速でハイスループットな取り込み
- LC で取得したデータに対する CCS ライブラリー検索
- MassLynx、HDI での迅速なデータ解析、あるいは UNIFI へのインポートによる迅速なデータ解析
- 容易にカスタマイズできるスクリーニングライブラリーが使用可能
- シンプルなサンプル前処理 – 自動化も可能
はじめに
情報が豊富に得られ、迅速なサンプル分析法を開発することで、迅速かつ確信を持って意思決定を行うことができるようになります。LC-MS では、サンプル分析および成分同定において信頼性が高く、再現性のあるアプローチが得られますが、LC-MS のスループットが不十分である場合や、クロマトグラフィーシステムの高い分離能が不要である場合もあります。医薬品のケミストリーにおけるライブラリースクリーニングや合成の確認などの際に、目前の課題に対処するのにダイレクト注入 MS 分析が適していることがしばしばあります。ただし、ダイレクト注入のスループットでも、多くの場合、20 ~ 40 秒の時間スケールである LC オートサンプラーの速度が制限要素となります。
DESI MS により、スライドガラスなどの表面からサンプルを直接分析することが可能になり、ヒトや動物の組織、植物、錠剤、TLC プレートなどの表面から採取した化合物のダイレクト分析のための質量分析イメージングツールとして、一般的に採用されています。DESI インレットを使用したサンプル分析では、オートサンプラーによるロードが不要になるため、サンプル間の「注入」時間が 1 ~ 2 秒にまで短縮し、容易にサンプルの迅速なスクリーニングが行えます。
近年の DESI テクノロジーの進歩、特に新しい高性能スプレーヤー(HPS)の開発により、イオン源の使いやすさと感度が大幅に向上しました1。 DESI XS イオン源とその機能強化の組み合わせにより、以前のモデルと比較してイオン化効率が大幅に改善されました。その結果、高いシグナル強度を維持しつつ、はるかに高いスキャン速度で分析が行えます2。 改善された使いやすいセットアップと相まって、必要なサンプル前処理は最小限のままで、専門家でない科学者でも容易にこのテクノロジーにアクセスできるようになりました。DESI XS イオン源の機能強化により、使いやすさ、性能、速度が向上し、ここで説明しているような、ライブラリー分析のためのハイスループットスクリーニングアプリケーションにこのテクノロジーが適用される道が開かれました。
実験方法
FDA 承認済み医薬品化合物を複数購入し、適切な溶媒(通常はメタノールまたは水:メタノール溶液)中に約 100 ~ 250 µg/mL の濃度になるように調製しました。分析では、3 µL の各標準溶液を、顕微鏡スライドガラス(Waters 製品番号:700012809)に結合させたテフロンスポットにピペッティングし、真空デシケーターに入れて完全に乾燥させました。図 1 に、イメージ範囲を赤線で示したスライドを示します。
スライドは、DESI XS イオン源を取り付けた SYNAPT XS を使用して直接分析しました。データは、スライドを 1 回スキャンして取り込みました。これにより、LC 分析で得られる TIC に匹敵する結果が得られました(図 2)。
分析条件
イオン源: |
DESI XS |
装置: |
SYNAPT XS |
取り込みモード: |
ポジティブ HDMSE |
溶媒: |
0.1 % ギ酸含有 98:2 メタノール:水 |
キャピラリー電圧: |
1.1 kV |
コーン電圧: |
60 V |
ガス流量: |
15 psi |
イオン源温度: |
150 ℃ |
トランスファーライン温度: |
室温 |
スキャン速度: |
10 スキャン/秒 |
ピクセルサイズ: |
500 μm |
取り込み範囲: |
100 ~ 1200 Da |
ソフトウェア: |
HDI v1.6 MassLynx v4.2 UNIFI v.1.9.2 |
結果および考察
このアッセイは、Waters 高性能スプレーヤーと標準の非加熱インレットキャピラリーを使用して、市販の DESI XS イオン源を取り付けた SYNAPT XS で行いました。計 96 種の化合物を、検出確認と CCS(イオンモビリティーセルを通過するドリフト時間から計算した衝突断面積)について分析し、データを LC で生成されたデータベースと比較しました。これらの化合物は、ベータ遮断薬、筋弛緩薬、抗炎症薬、合成ホルモン、抗生物質、および抗うつ薬など多岐にわたっていました。
生成されたデータからは、DESI XS テクノロジーを使用することで、純粋な医薬品標準試料を迅速にスクリーニングできることが示されています。20 秒間の分析で計 11 種の個別の標準試料が分析できました。サンプルあたりの分析時間は約 2 秒でした。行間のサイクル時間は約 10 秒で、全体の実行時間は、44 サンプルの顕微鏡スライドのアレイにつき約 2 分、大規模コホート分析の場合は 1 サンプルあたり 3 秒未満です。
図 2 のデータは、11 スポットの 1 回のスキャンの XIC 重ね描きを示しています(表示データはリンクした軸で正規化しておらず、シグナル強度は化合物によってさまざまです)。図 2 に示すデータは、DESI XS イオン源を使用してこの分析を実行できる速度を示しています。スキャン時間を長くしたい場合は必要に応じて分析時間を増やすことができるため、低濃度の化合物やイオン化しにくい化合物、より複雑なサンプルの場合、あるいは必要に応じて調査対象のサンプル間のベースライン分離を改善するために、シグナル強度を改善することができます。
図 3 に示す質量スペクトルは、プロプラノロール(m/z 260.3 Da)について得られたデータで、このインレットメソッドを使用して得られるシグナルが明瞭で強度が高いことを示しています。また、ソフトイオン源である DESI XS ではイオン化の間にフラグメンテーションがほとんど起きないので、同定の信頼性を向上させるためにフラグメンテーションが必要な場合には、高エネルギーフラグメンテーションを使用するオプションを用いることで、きれいなスペクトルが得られます。
取り込んだ DESI データは、UNIFI インフォマティクスプラットホームに転送されて解析され、分析した 96 種の化合物のうち 73 種の化合物(76%)をデータから明確に同定することができました(LC で生成されたデータベースに対して検索。データを手動で評価した際に、分析した化合物に対応する少数の追加の m/z 値も明らかになり、この試験で調査した 96 種の化合物のイオン化率は 84%(化合物 81 種)になりました。この手動調査で見出された 4 化合物は、ビタミン E、塩化メタコリン、マフェニド塩酸塩、リュープロレリン酢酸塩です。これらの化合物は LC 分析では同定されなかったため、UNIFI データベースに存在しませんでした。同じ 96 種の化合物を LC で分析すると、同じ LC で生成された UNIFI ライブラリーに対して、同定率 88%(化合物 85 種)が得られました。
DESI XS では、両方のソースを用いて同定されたすべてのイオン化化合物について、LC 分析によって得られたデータと同等のデータを確信を持って生成することができました。図 4 に、同定された化合物(この場合はモキシフロキサシン)を明確に示す UNIFI の典型的なレビューペインを示します。表のセクションには同定のステータスが示され、実測質量と CCS 値の詳細により、提案されたライブラリーマッチに対する確信が得られます。その他の使用可能なカラムオプションには、レスポンス強度および付加イオン情報が含まれますが、これらに限定されません。下のディスプレイには、同定されたシグナルが、同定されたピークの高エネルギースペクトルと低エネルギースペクトルとともに表示されています。分析的に導出されたフラグメンテーションまたは理論上のフラグメンテーション(MOL ファイルから)を行うことができ、それについて、高エネルギースペクトルのプリカーサーイオンおよびフラグメントイオンを、高エネルギースペクトルの上に表示されている低エネルギースペクトルと視覚的にマッチさせることができます。青色のマーカーは高エネルギースペクトルの特徴で、これらは明確に同定されたフラグメントを示しています。これらを拡張すると、提案された対応する化学構造を表示できます(図を参照)。
UNIFI 解析では、「未同定」成分も表にすることができます。未同定化合物は、既知成分の確認、あるいは分解試験、複合体生成試験、結合試験のいずれに焦点を当てるかに応じて、解析セッションに含めたり、または外すようにフィルタリングしたりすることができます。
DESI によって分析した化合物のデータベースによる同定結果は、精密質量とフラグメンテーションパターンに対してだけでなく、LC 分析によって得られた分析的に導出された CCS 値に対してもマッチングしました。これらのデータは、LC から導出した CCS 値と DESI で取得した CCS 値の間と優れた一致がみられており、1 つの分析法で得られた CCS 値が、別のインレットを使用してイオン化された化合物のスクリーニングおよび同定に利用できることを示しています。これらの結果は、DESI が、ライブラリースクリーニングアプリケーションだけでなく、ライブラリー生成の目的にも使用できる可能性を示しています。この試験で分析した化合物の、LC から得られた CCS 値と DESI から得られた CCS 値の同等性を示すグラフを図 5 に示します。データは、2 つのソース種類の間の CCS の相関性が 0.997 を超えていることを示しています。
結論
SYNAPT XS と DESI XS の組み合わせにより、大規模なライブラリースクリーニングに関連するプロセスが簡素化および効率化されます。このアプリケーションノートでは、UNIFI 医薬品ライブラリーと解析ツールを使用する迅速で正確な化合物同定を組み合わせた、完全で使いやすいワークフローの作成を可能にする DESI テクノロジーの進歩によってもたらされた有用性と速度について説明します。従来の MS 分析と、LC から得られた値との相関性が証明されている正確な化合物固有の CCS 情報の利点を組み合わせることで、DESI XS インレットは、ライブラリー生成とスクリーニングの両方において重要な役割を果たします
参考文献
- Waters Brochure 720007236EN: A Combination of High Sensitivity and High Mass Resolution Imaging at Speed, With DESI XS on the SYNAPT XS HDMS.
- Nicolás M. Morato, R. Graham Cooks, Inter-Platform Assessment of Performance of High-Throughput Desorption Electrospray Ionization Mass Spectrometry, Talanta Open, Volume 4, 2021, 100046, ISSN 2666–8319.
ソリューション提供製品
720007363JA、2021 年 9 月