質量検出器を搭載した HPLC を用いた、ポリソルベート 80 医薬品原料中の脂肪酸の測定
要約
ポリソルベート 80 は、医薬品に配合される賦形剤として広く使用されている非イオン性界面活性剤です。賦形剤の品質および純度は、最終的な医薬品の安全性にとって極めて重要であり、適切な分析法を用いてモニターしなければなりません。米国薬局方により、ポリソルベート 80 の品質評価には、遊離脂肪酸の組成に基づく水素炎イオン化検出(FID)法を用いるガスクロマトグラフィー(GC)が推奨されています(USP–NF 2021 Issue 1)。この手順では、ポリソルベート 80 の加水分解およびメチル化した酸の遊離脂肪酸への変換が必要です。この研究では、ポリソルベート 80 医薬品原料に含まれる脂肪酸の分析のための、質量分析計(MS)と組み合わせた HPLC 分析法を紹介します。この新しい HPLC 分析法により、脂肪酸の直接分析による迅速で正確な測定法が提供され、複雑なサンプル前処理手順や GC 装置が不要になります。
アプリケーションのメリット
- 質量検出器を搭載した HPLC を用いた直接分析による、脂肪酸組成に基づく、ポリソルベート 80 医薬品原料の迅速な品質評価
- ACQUITY QDa 質量検出器を用いた質量検出による発色団を持たない脂肪酸の分析
- Arc HPLC システムの頑健で信頼性が高く、再現性のある性能
はじめに
Tween 80 とも呼ばれるポリソルベート 80 は、一般的な非イオン性界面活性剤で、医薬品に配合される賦形剤または不活性成分として広く使用されています1-3。 ポリソルベート 80 の主な役割として、溶解しにくい医薬品の溶解性を高め、非経口投与やワクチン接種において医薬品の水性製剤を安定化することが挙げられます。
ポリソルベート 80 は、飽和脂肪酸および不飽和脂肪酸エステル、そして約 20 mol のエチレンオキシドと共重合した無水ソルビトールの混合物です2。 荷電化粒子検出器(CAD)、蒸発光散乱検出器(ELSD)、および高分解能質量分析計と組み合わせた液体クロマトグラフィー(LC)など、ポリソルベート 80 の定量および特性解析のための様々な分析手法が文献に記載されています1-4。 その他の報告されている分析法では、イオンモビリティー分離にタンデム質量分析、超臨界流体クロマトグラフィー、核磁気共鳴などの技術を組み合わせて利用しています3-4。 ただし、このような手法を使用して得られた複雑なデータは、解析に時間がかかり、困難な作業となります。更に、単一のピークとしてポリソルベート 80 を定量できる分析法では、すべての脂肪酸に対して特異性が得られるわけではありません2。 ポリソルベート 80 には強い発色団がないため、UV ベースの分析法は使用できません。USP では、ポリソルベート 80 の加水分解およびメチル化脂肪酸の遊離脂肪酸への変換を用いる GC-FID 分析法を品質評価に指定しています5。 これは複雑で時間がかかる手順であり、ルーチン検査には適しません。
この研究では、加水分解サンプルの直接分析により、ポリソルベート 80 医薬品原料中の脂肪酸組成を決定するための HPLC-MS 分析法を開発しました。様々なバッチを分析したところ、現在 USP により指定されていない追加の脂肪酸の存在が明らかになりました。四重極飛行時間型(QTof)質量分析計に UPLC システムを組み合わせることで、これらの脂肪酸のアイデンティティーを確認しました。
新しい HPLC-MS 分析法では、加水分解サンプルの直接分析により、ポリソルベート 80 医薬品原料の迅速な品質評価が可能になり、複雑なサンプル前処理手順や GC 装置が不要になります。
実験方法
脂肪酸は Sigma および Nu-Chek Prep, Inc. から購入しました。ポリソルベート 80 および質量分析グレードの溶媒は Sigma から入手しました。
サンプルの説明
脂肪酸の標準ストック溶液は、エタノール中に調製し、濃度を 1 mg/mL にしました。標準試料溶液の原液を、水/エタノール(50:50、v/v)混合液で希釈し、10 μg/mL にしました。
ポリソルベート 80 試験サンプルは、1 M 水酸化カリウム(KOH)水溶液中で加水分解し、脂肪酸を遊離させました。1 M 水酸化カリウム中に調製した試験サンプル(1.5 mg/mL)を、40 ℃ で 6 時間インキュベートしました。次に溶液を室温に冷却して、等量の 1 M ギ酸で中和し、水/エタノール(50:50、v/v)混合液で希釈して 0.1 mg/mL にしました。試験サンプル溶液はすべて GHP シリンジフィルター(製品番号:WAT097962)を通してろ過してから分析しました。
HPLC-MS 分析法条件
LC システム: |
Arc HPLC システム、パッシブプレヒーター付きカラムヒーター/クーラー、ACQUITY QDa 質量検出器、イソクラティックソルベントマネージャ(ISM)を搭載 |
バイアル: |
LCMS マキシマムリカバリー、容量 2 mL(製品番号:600000670CV) |
カラム: |
XBridge BEH C18、4.6 × 100 mm、3.5 μm(製品番号:186003033) |
カラム温度: |
60 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
注入量: |
25 μL |
流速: |
2.0 mL/分 |
移動相: |
溶媒 A:10 mM 酢酸アンモニウム水溶液 溶媒 B:アセトニトリル 溶媒 C:イソプロピルアルコール(システム洗浄に使用) |
洗浄溶媒: |
パージ/サンプル洗浄:60:40 水/アセトニトリル シール洗浄:90:10 水/アセトニトリル |
Gradient Table
UPLC-QTof 分析法条件
LC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class PLUS(FTN)、Xevo G2-XS QTof 搭載 |
カラム: |
XBridge BEH C18、2.1 × 150 mm、1.7 μm(製品番号:186002353) |
カラム温度: |
60 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
注入量: |
2.0 μL |
流速: |
0.3 mL/分 |
移動相: |
溶媒 A:10 mM 酢酸アンモニウム水溶液 溶媒 B:アセトニトリル |
洗浄溶媒: |
パージ/サンプル洗浄:60:40 水/アセトニトリル シール洗浄:90:10 水/アセトニトリル |
Gradient Table
MS 条件
MS システム: |
Xevo G2-XS QTof質量分析計 |
イオン化モード: |
ESI- |
取り込み範囲: |
m/z 50 ~ 1200 |
測定モード: |
分解能 |
キャピラリー電圧: |
2.0 kV |
サンプルコーン電圧: |
80 |
イオン源オフセット: |
50 |
脱溶媒温度: |
600 ℃ |
イオン源温度: |
120 ℃ |
コーンガス流量: |
10 L/時間 |
脱溶媒ガス: |
1000 L/時間 |
ロックマス: |
ロイシンエンケファリン(m/z 556.2271) |
データ管理
クロマトグラフィーソフトウェア: |
MassLynx v4.2SCN996 |
結果および考察
脂肪酸の分析は、ACQUITY QDa 質量検出器を搭載した ACQUITY Arc システムを使用して行いました。ACQUITY QDa 検出器に入る送液をスプリットおよび希釈するために、イソクラティックソルベントマネージャ(ISM)6 を使用しました。ISM メイクアップ(希釈)溶媒をカラム後に追加し、イオン源に入る送液と混合しました。
USP5 で指定された脂肪酸を表 1 に示します。飽和脂肪酸には UV 検出に必要な発色団(または二重結合)がありませんが、ACQUITY QDa 検出器では頑健な MS シグナルを生じます。開発した HPLC-MS 分析法により、すべての USP で指定された脂肪酸の分離に成功しました(図 1)。マススペクトルデータにより、脂肪酸が迅速に同定でき(図 1A)、定量分析にはシングルイオンレコーディング(SIR)を使用しました(図 1B)。
* C:D - 炭素鎖長:二重結合の数。
分析法の再現性を、10 µg/mL の脂肪酸標準溶液の 6 回の繰り返し注入を行って評価しました(図 2)。保持時間およびピーク面積の再現性についての相対標準偏差(RSD)は、それぞれ 0.12 ~ 0.15 および 1.77 ~ 4.28 %RSD でした。最も分離度が低いピークペアの USP 分離度は 2.0 でした。
加水分解後にポリソルベート 80 バッチから遊離した脂肪酸の組成を測定することで、品質評価を実施しました。試験中、様々な反応媒体を調査して、すべての脂肪酸が試験サンプルから完全に抽出されるようにしました。これらには、水、水/エタノール(50:50、v/v)、1 M 水酸化ナトリウム(NaOH)、1 M 水酸化カリウム(KOH)が含まれます。サンプル溶液を 40 ℃ で 6 時間インキュベートしました。試験の結果、水および水/エタノール媒体による加水分解よりも、塩基による加水分解でより多くの脂肪酸が遊離しました(図 3)。更に、以前の試験では、ポリソルベート 80 サンプルの前処理に塩基加水分解を使用したことが記載されていました1。 そのため、すべてのサンプルを 1 M KOH で加水分解し、ギ酸で中和した後、水/エタノール(50:50、v/v)で希釈して 0.1 mg/mL にしました。ポリソルベート 80 サンプルの分析により、9 分および 11 分のあたりに、リノレン酸(18:2)とオレイン酸(18:1)と同じ m/z 値(それぞれ 279.2 および 281.3)の未知ピークの存在が明らかになりました(図 4)。これらの未知のピークは、リノレン酸およびオレイン酸の位置異性体であると結論付けられました。これらのピークのアイデンティティーは、保持時間および異性体標準試料の分析により確認されました(Nu-Chek Prep.Inc. から購入)。この分析には Xevo G2-XS QTof 質量分析計と UPLC システムを組み合わせて使用しました。UPLC による分離では、HPLC 条件を粒子径 1.7 µm のカラム(寸法 2.1 × 150 mm)にスケーリングしました。
QTof データを使用して、m/z 279.2 の未知のピークは、共役リノレン酸異性体(Δ9、11;Δ10、12)と同定されました (図 5)。質量精度はそれぞれ -0.5 mDa および 0.4 mDa でした(図 5C)。更に、分析により、オレイン酸ピークの前後に溶出するオレイン酸の 2 つの位置異性体の存在が示されました(図 6)。これらの化合物は cis-バクセン酸およびエライジン酸と同定され、質量精度はそれぞれ 0.7 mDa および 0.8 mDa でした(図 6C)。
USP で指示されているように、ポリソルベート 80 バッチ中の脂肪酸の組成を、各脂肪酸のピーク面積をクロマトグラフィー注入に存在するすべての脂肪酸の総面積と比較することで測定しました5。 この場合、計算には、試験サンプルで検出された USP 指定脂肪酸と、新しい HPLC-MS 分析法で検出されたリノレン酸およびオレイン酸の異性体を含め、すべて Empower ソフトウェアで実施しました(表 2)。試験した 3 バッチすべてにおいてオレイン酸の量は 70.8 ~ 79.8% の範囲であり、USP 基準の 58.0% 以上(NLT)を満たしていました。リノレン酸はバッチ 1 に 0.2% 存在し、共役リノレン酸異性体の混合物(Δ9、11;Δ10、12)がすべてのバッチで 11.5 ~ 12.2% の範囲で検出されました。全体として、すべてのバッチで検出された USP 指定脂肪酸は、USP 基準限界の範囲内でした。
結論
開発した HPLC-MS 分析法により、加水分解したポリソルベート 80 中の脂肪酸組成を迅速に測定でき、GC による分析で必要な複雑なサンプルの前処理手順が不要になります。更に、新しい分析法では、現在のポリソルベート 80 の USP モノグラフに記載されている GC-FID 手順で指定されていない追加の脂肪酸も分離されました(USP–NF 2021 Issue 1)。これらの脂肪酸は、QTof 質量分析法で得られたデータを使用して、リノレン酸およびオレイン酸の異性体と同定されました。
Arc HPLC システムを ACQUITY QDa 質量検出器と組み合わせることで、正確で信頼性の高い結果が得られ、このテクノロジーが QC ラボでの医薬品原料のルーチン検査に適していることが分かりました。
参考文献
- Hu M, Niculescu M, Zhang XM, Hui A. High-Performance Liquid Chromatographic Determination of Polysorbate 80 in Pharmaceutical Suspensions.Journal of Chromatography A, 2003, 233–236:984.
- Mondal B, Kote Mahesh, Lunagariya C, Patel M. Development of a Simple High Performance Liquid Chromatography (HPLC)/Evaporative Light Scattering Detector (ELSD) Method to Determine Polysorbate 80 in Pharmaceutical Formulation.Saudi Pharmaceutical Journal, 2020, 325–328:28.
- Wang Z, Wang Y, Tie C, Zhang J. A Fast Strategy for Profiling and Identifying Pharmaceutical Excipient Polysorbates by Ultra-High Performance Liquid Chromatography coupled to High-Resolution Mass Spectrometry.Journal of Chromatography A, 2020, 460450:1609.
- Martos A, Koch W, Jiskoot W, Wuchner K, Winter G, Friess W, Hawe A. Trends on Analytical Characterization of Polysorbates Their Degradation Products in Biopharmaceutical Formulations.Journal of Pharmaceutical Sciences, 2017, 1722–1735:106.
- USP Monograph for Polysorbate 80, United States Pharmacopoeia, USP–NF 2021 Issue 1.The United States Pharmacopoeia Convention, Official 01-May-2020.
- ACQUITY Isocratic Solvent Manager Overview and Maintenance Guide.Waters User Guide, 715004208, 2013.
720007392JA、2021 年 10 月