このアプリケーションノートでは、高純度のモノクローナル抗体中の ppm レベル以下の HCP を同定および定量する、創薬用の高感度 HCP 分析について説明します。
残留宿主細胞由来タンパク質(HCP)は低レベル(通常は 100 ppm 未満)の工程関連不純物で、徹底的な精製を行った後でもタンパク質性バイオ医薬品に存在する場合があります。HCP は患者に望ましくない免疫原性反応を引き起こし、医薬品の有効性や安定性が低減したり、薬物の分解の原因となったりする場合があります1。 このような理由から、規制当局は、医薬品承認の前に HCP の同定および定量することを要求しています。バイオ医薬品業界では、ppm(あるいは ng HCP/mg バイオ医薬品)単位での合計 HCP 濃度の測定に ELISA 分析を用いています。近年、ELISA の強力な代替策として質量分析ベースの HCP 分析が登場しました2-6。その理由は、より広範な(プロテオームレベルの)HCP に対応でき、個別の HCP レベルを特定および測定できるためです。
マウスの細胞培地中で生産した高純度のモノクローナル抗体(NIST mAb 候補標準物質 LRM 8670)を米国国立標準技術研究所(NIST)から入手しました(濃度 100 mg/mL)。Huang ら(Eli Lilly & Company)が最初に発表したプロトコルを調整し、それを使用して NIST mAb を消化しました3。モノクローナル抗体の消化は、100 µg の Lys-C/トリプシン酵素混合物(Promega、Madison、WI)を含むガラスバイアルで実施しました。125 µL の NIST mAb を 50 µL の 100 mM CaCl2 および 625 µL の 100 mM 重炭酸アンモニウムと混合しました。消化は一晩(約 16 時間)かけて 37 ℃ で行いました。次にモノクローナル抗体のサンプルを 0.05% RapiGest 存在下で変性し(60 ℃ で 1 時間)、25 mM ジチオスレイトール(DTT)で還元し(60 ℃ で 1 時間)、12 mM ヨードアセトアミド(IAM)でアルキル化しました(室温暗所で 45 分)。アルキル化のステップでモノクローナル抗体の沈殿が生じ始めました。ギ酸(FA)を 5 µL 添加した後、消化物を 37 ℃ で 30 分間インキュベーションしてから、遠心分離(10 分、13,000 x g)して、沈殿したモノクローナル抗体と界面活性剤 RapiGest を分離しました。すべての消化試薬(CaCl2、NH4HCO3、DTT、IAM、FA)は Sigma-Aldrich(ミズーリ州セントルイス)から入手しました。上清をオートサンプラーバイアル(Waters、製品番号 186000327C)に移し、5 種の MassPREP タンパク質消化標準品を次の濃度でスパイクしました:100 nM ENL(酵母エノラーゼ、製品番号 186002325)、40 nM ClpB(Hi3 E. coli、製品番号 186006012)、20 nM ADH(酵母アルコール脱水素酵素、製品番号 186002328)、20 nM PHO(ウサギホスホリラーゼ b、製品番号 186002326)、5 nM BSA(ウシ血清アルブミン、製品番号 186002329)。50 µL の注入済みサンプル中のオンカラムでロードした添加タンパク質の量は、5000 fmol ENL、2000 fmol ClpB、1000 fmol ADH、1000 fmol PHO、250 fmol BSA です。LC-MS グレードの溶媒(アセトニトリル-ACN および水)は Thermo Fisher Scientific(マサチューセッツ州ウォルサム)から購入しました。
LC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class PLUS |
カラム: |
ACQUITY Premier CSH C18 カラム 1.7 μm、2.1 × 150 mm(製品番号:186009462) |
カラム温度: |
60 ℃ |
流速: |
50 μL/分 |
移動相: |
溶媒 A:0.1% ギ酸含有脱イオン水 溶媒 B:0.1% ギ酸含有アセトニトリル |
注入量: |
50 µL |
洗浄溶媒: |
パージ溶媒:50% メタノール サンプルマネージャー洗浄溶媒:50% メタノール |
MS システム: |
SYNAPT XS QTof 質量分析計 |
イオン化モード: |
ESI+ |
キャピラリー電圧: |
2.5 kV |
コーン電圧: |
40 V |
ソースオフセット: |
4 V |
ソース温度: |
120 ℃ |
脱溶媒温度: |
300 ℃ |
コーンガス流量: |
35 L/時間 |
脱溶媒ガス流量: |
600 L/時間 |
ネブライザーガス圧: |
7 bar |
データ取り込み: |
HDMSE モード |
質量範囲(m/z): |
50 ~ 2000 |
スキャンレート: |
1.0 秒 |
低エネルギー CE: |
6 V |
高エネルギー CE ランプ: |
0 ~ 85 V の範囲の CE のトランスファーのルックアップテーブル(LUT) |
データ取り込みソフトウェア: |
MassLynx 4.2 SCN 1009 |
データ解析ソフトウェア: |
Progenesis QI for Proteomics v4.2 |
注:CE の値はペプチド前駆体の IMS ドリフト時間と相関しています(UDMSE 取り込み) |
NIST mAb(100 mg/mL)に含まれる HCP の不純物は、以前に特性解析されています2-6。 3 つのラボで同じ実験条件を用いました。2 次元マイクロフロークロマトグラフィー(高 pH RP/低 pH RP)に SYNAPT G2-Si 質量分析計を組み合わせ、計 35 種の HCP を同定しました。そのうち 14 の HCP が共通していました。このアプローチでは、検出限界 1 ppm を達成しました2。
近年、LC-MS 分析における感度を向上させ、モノクローナル抗体サンプル中のさらに低レベルの HCP を同定するための、複数の代替サンプル前処理プロトコルが導入されています。これらのプロトコルでは、モノクローナル抗体の沈殿により主要な医薬品種を除去するか4、低分子量フィルターを使用してモノクローナル抗体を除去して HCP を濃縮するか5、あるいはタンパク質レベルでの HILIC による分画を用いて、主要なサンプル成分を除去し、HCP を濃縮しています6。今回は、Eli Lilly and Company が発表したプロトコル4を採用し、NIST mAb を沈殿することで、LC-MS 分析時に含有量が多い NIST mAb ペプチドによるイオン化抑制および干渉現象を大きく低減し、最小限に抑えることができました。タンパク質変性、還元およびアルキル化の後にトリプシン消化を行う従来の消化プロトコルとは異なり、このアプローチではネイティブな立体構造のモノクローナル抗体がトリプシン消化に抵抗性であることを利用しています。この理由から、モノクローナル抗体に非共有結合で結合している HCP は、長時間(一晩)の消化を行ってもほぼ変わらないままのモノクローナル抗体よりも容易にトリプシン消化されます。このプロトコルに従い、サンプルを、トリプシン消化の後に変性、還元およびアルキル化し、沈殿して、主要なサンプル成分を遠心分離により除去しました。ここで使用した消化プロトコル(「実験方法」セクションに詳述)は、他のモノクローナル抗体製品にも適用できます。
消化後のサンプルを MSE および HDMSE の 2 つの取り込みモードでそれぞれ 3 回繰り返し分析し、データセットを Progenesis QI for Proteomics v4.2 で解析して、HCP の同定および定量を行いました。LC-MS での 3 回の繰り返しすべてで、タンパク質あたり 3 つ以上のペプチドが同定された HCP のみが報告されました。MSE 取り込みにより、含有量の最も多い HCP 5 種のみが同定でき、検出限界約 10 ppm を達成しました(データは示さず)。MSE とは対照的に、HDMSE 取り込みでは 48 種と大幅に多くの HCP が同定でき、検出限界が 100 倍改善され、検出レベル 100 ppb を達成しました。3 桁の範囲にわたる 3 回繰り返しで同定されたすべての HCP の詳細リストを表 1 に示します。MSE と比較し、HDMSE の感度は大幅に向上していました。その理由は、この取り込みモードでは、共溶出するペプチド前駆体が非常に高速(15 ~ 20 ミリ秒)のイオンモビリティー分離で、フラグメンテーションの前に分離されるためです。結果として、SYNAPT XS 質量分析計において、よりきれいな MS/MS フラグメンテーションスペクトルが得られ、より多くの HCP が同定できるようになります。更に、HDMSE モードでは、ペプチドのフラグメンテーションに使用されるコリジョンエネルギー(CE)が、トランスファーセルにかかる CE を、ペプチド前駆体の IMS ドリフト時間と同期させることによって、さらに最適化されています。
HDMSE 実験で同定された HCP のリストと、以前の文献で発表された HCP の同定を比較し4,6、結果を図 2 のベン図にまとめています。3 つのデータセットすべてに、当社のグループが最初報告した 14 種の HCP のサブセットが含まれています2。加えて、3 つのデータセットそれぞれに、単一のラボでのみ同定された独自の HCP のサブセットが含まれています。当社の場合、20 種の HCP が、SYNAPT XS での HDMSE 取り込みによってのみ同定されていました。この 20 種の HCP のうち 14 種(表 1 に黄色の背景色で表示)は ppm 以下の範囲(100 ~ 1000 ppb)の濃度であり、この分析の感度が優れていることが実証されました。NIST mAb サンプル中含有量の高い HCP の方が明らかに容易に同定できますが、異なるサンプル前処理手順により、非常に低レベルの固有の HCP が得られました。この観察結果から、この困難なモノクローナル抗体サンプルについて包括的な HCP プロファイルを得るには、様々なサンプル前処理法を行う必要があることが示唆されました。
720007101JA、2021 年 1 月