mRNA の陰イオン交換クロマトグラフィー分析法
要約
mRNA ベースの医薬品およびワクチンは比較的新しいクラスのバイオ医薬品であり、多様なバイオテクノロジー用途における顕著な成長とその可能性について実証されています。mRNA サンプルの不均一性を評価するには、特に変性が少ない条件下での mRNA サンプルの分析法が必要となります。このアプリケーションノートでは、30 ~ 50 ℃、中性 pH での陰イオン交換カラムの使用が、この種類の分析に適している可能性について実証しています。イオン対条件および従来の塩グラジエント条件の両方が適用できます。温度が陰イオン交換カラムに及ぼす影響と、それを mRNA 分子の構造変化の検出に利用する方法について説明します。
アプリケーションのメリット
- mRNA サンプルの迅速な定量分析
- 適用した条件により、mRNA の一次構造および配列が保持され、インタクトな不均一性の分析が可能
- カラム温度の最適化により、保持、ピーク形状、回収率の調整が可能
- イオン対条件および従来の塩グラジエント条件の両方が適用可能
はじめに
SARS-CoV-2 に対する mRNA ワクチンの多数の人々への注射が成功したことから、医薬品および予防薬へのメッセンジャー RNA(mRNA)の使用がフル回転で進められています。mRNA は DNA 遺伝子配列の転写産物です。mRNA は、細胞本体内でリボソーム(細胞小器官)と結合し、そのヌクレオチド配列がアミノ酸配列(またはタンパク質)に翻訳されます。mRNA 医薬品およびワクチンは、主要な新しいクラスの先端医療医薬品(ATMP)を代表するものです。このような医療の進歩に伴い、mRNA 医薬品およびワクチン候補の生化学的特性を解析するための、高感度で多くの情報が得られる分析法が必要とされています。現在の慣行では、参照分析法はイオン対逆相液体クロマトグラフィー(IP-RP)であり、高温の有機共溶媒の存在下で行われます1-4。 もう 1 つの一般的な慣行として、キャピラリーゲル電気泳動(CGE)に基づく方法があります5。
改善した分析法が確立できれば、陰イオン交換(AEX)クロマトグラフィー分離が、インタクト mRNA の分析における信頼性の高いアプローチになる可能性があります。mRNA の分析スケールでの陰イオン交換分離についての文献は、非常に限られています。現時点で、最も分離能の高いイオン交換分析法の 1 つとして、薄膜粒子固定相を用い、中性 pH の塩化ナトリウムまたは過塩素酸ナトリウムの塩グラジエントを組み合わせて 60 ℃ で分離する方法、あるいは 10 ℃ で行われる pH 12 という異常に高い pH での塩グラジエントで分離する方法が報告されています6。 これらの分離条件は、mRNA の状態を保持し、インタクトな不均一性を最適な条件でプロファイリングするには、理想的とは言えません。このような比較的厳しい条件を用いる主な理由は、長いオリゴヌクレオチド(例えば長さが 50 ヌクレオチドを超える)は、短い分子内相互作用および多様な塩基の重なりによる構造により、自己構造を形成するためです7。 この自己構造により、複数の配座異性体が生成する可能性があります。高 pH、高温、有機共溶媒の存在などの変性条件により、塩基対形成および塩基の重なりによる相互作用が破壊されることで、分離が促進される場合があります。特定の条件下では、mRNA を直鎖化することで、分離してよりシャープなクロマトグラフィーピークとして溶出できる場合があります。
今回、mRNA のイオン交換 LC 分析のための変性が少ない手法を用いた代替法を提案します。塩グラジエントイオン交換分離を実施しましたが、ここで選択した塩は、イオン対効果を有する可能性のある一連の選択肢の中から選択したものです。この実験のグラジエント溶出で使用した塩は塩化テトラメチルアンモニウムで、カラム温度 40 ℃ で分離を行いました。イオン対を形成する塩以外に、一般的な塩グラジエント(NaCl、KCl、NaClO4 など)を使用して、単純なイオン交換ベースの分離を行うこともできますが、高分離能での分離を達成するにはカラム温度を 60 ℃ の高温にすることが必要であることが分かりました。
実験方法
サンプルおよび移動相の調製
EPO mRNA(長さ 858 ヌクレオチド)および Cas9 mRNA(長さ 4,521 ヌクレオチド)は TriLink Biotechnologies(米国カリフォルニア州サンディエゴ)から購入しました。サンプルを水で 25 µg/mL に希釈し、それ以上の調製を行わずに直接注入しました。
LC 条件
条件 A(従来の塩グラジエント AEX) |
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LC システム: |
ACQUITY UPLC H-Class PLUS Bio(クオータナリー) |
検出: |
260 nm での UV 検出 |
バイアル: |
ポリプロピレンバイアル(製品番号:186002639) |
カラム: |
Protein-Pak High Res Q、5 µm、4.6 × 100 mm(製品番号 186004931) |
カラム温度: |
60 ℃ |
サンプル温度: |
5 ℃ |
注入量: |
5.0 µL(サンプル) |
流速: |
0.6 mL/分 |
移動相 A: |
25 mM TRIS 水溶液(pH = 7.6) |
移動相 B: |
2 M 塩化ナトリウム(NaCl)含有 25 mM TRIS(pH = 7.6) |
グラジエント: |
推奨グラジエント勾配:4 ~ 5 ΔB%/分 例えば 12 分で 20 ~ 70% B |
条件 B(イオン対 AEX) |
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LC システム: |
ACQUITY UPLC H-Class PLUS Bio(クオータナリー) |
検出: |
260 nm での UV 検出 |
バイアル: |
ポリプロピレンバイアル(製品番号:186002639) |
カラム: |
Protein-Pak High Res Q、5 µm、4.6 × 100 mm(製品番号 186004931) |
カラム温度: |
40 ℃ |
サンプル温度: |
5 ℃ |
注入量: |
5.0 µL(サンプル) |
流速: |
0.6 mL/分 |
移動相 A: |
25 mM TRIS 水溶液(pH = 7.6) |
移動相 B: |
3 M 塩化テトラメチルアンモニウム(TMAC)含有 25 mM TRIS(pH = 7.6) |
グラジエント: |
推奨グラジエント勾配:4 ~ 5 ΔB%/分 例えば 10 分で 60 ~ 100% B |
カラムコンディショニング
最低カラム容量の 20 ~ 50 倍の移動相を使ってカラムを平衡化します。次に連続して(3 ~ 4 回)対象サンプルの高ロード量注入を行い、固定相の活性部位をコンディショニングします。定量分析を開始する前に、連続注入におけるピーク面積の相対標準偏差が十分に低いことを確認します(例えば RSD < 2%)。
結果および考察
従来の塩グラジエント AEX
今回、mRNA 分析における非多孔性クオータナリーアミン陰イオン交換体の適用性を実証するため、2 つのサンプル(Cas9 および EPO mRNA)を代表的な例として選択しました。トリスで緩衝化した移動相および NaCl 塩グラジエントと、カラム温度 30 ~ 60 ℃ を適用しました。これらの条件では、60 ℃ で最高の分離能の分離が得られました(図 1)。また、カラム温度 60 ℃ ではピークテーリングも最小でした。
イオン対 AEX
アルキルアンモニウム塩は、DNA フラグメントの分離において、移動相の添加剤として既に用いられています8–10。 一般的に用いられる NaCl または KCl の代わりにアルキルアンモニウム塩を使用すると、興味深いことに、ほぼ長さ(サイズ)の順に核酸フラグメントが溶出します。更に、アデノ随伴ウイルスの空のキャプシドおよび完全なキャプシドの分離に、移動相の塩として塩化テトラメチルアンモニウムが最近用いられています11。
2 番目の例では、Cas9 および EPO mRNA のサンプルに対して、トリスで緩衝化した移動相および塩化テトラメチルアンモニウムをベースとした塩グラジエントを用い、カラム温度 30 ~ 60 ℃ で分離を行って、異なる移動相のメリットを調査しました。これらの分離では、約 40 ℃ という低めの温度で最高の分離能の分離が得られました。EPO mRNA サンプルでは、40 ℃ で 2 種の酸性バリアントのベースライン分離が認められました。NaCl グラジエントでは、温度の高低にかかわらず、分離が得られませんでした。この例により、塩化テトラメチルアンモニウムおよび中性 pH 移動相、そして 50 ℃ 未満のカラム温度を適用することで、固有の結果が得られることが示されました。この分析法を使用することで、高分離能の分離が得られ、mRNA サンプルの完全性をより正確に反映していると考えられます(図 2)。更なる研究が必要ですが、一本鎖核酸の分析には、塩化テトラメチルアンモニウム塩グラジエントと 60 ℃ 以下の分離温度の組み合わせが特に適していると考えられます。
結論
mRNA 配列は、リボソームによりタンパク質に翻訳されますが、これらは新しいクラスの先端医療医薬品を代表するものです。mRNA 医薬品候補の特性解析、モニタリング、リリースのための、高感度で多くの情報が得られる分析法が必要とされています。多くの分析手法のうち、IP-RPLC が最も確立されたレファレンス分析法です。現在の慣行では、厳しい条件が IP-RPLC に適用されていますが、これらは mRNA の自己構造の調査や、内在する不均一性の試験には理想的とは言えません。今回、IP-RPLC の代替として、変性が少ない陰イオン交換分析法を提案しています。Protein-Pak High Res Q 陰イオン交換カラムにより、従来の塩グラジエントモードおよびイオン対モードの分離の両方において、mRNA サンプルについて適切なピーク形状と選択性が得られます。塩化ナトリウムグラジエントに基づく分析法と、塩化テトラメチルアンモニウムグラジエントに基づく 2 種類の分析法を提案しています。流量 0.5 ~ 0.6 mL/分で 4 ~ 5 ΔB%/分というグラジエント勾配により、分離能と分析時間のバランスが取れることが分かりました。大半の mRNA サンプルには 40 ~ 50 ΔB% のグラジエント範囲で十分で、すべての mRNA に対して簡単に調整できます。グラジエント勾配と ΔB% 範囲に加えて、カラム温度が、回収率、保持、ピーク形状に影響を及ぼす分析法の重要な変数であることが分かりました。温度により mRNA の自己構造が変化します。そのため、カラム温度が保持や回収率などのクロマトグラフィー結果に及ぼす影響について試験することが有用と考えられ、これによって mRNA 分子のフォールディングおよび自己構造を観察することができます。
参考文献
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- M. Barciszewska, A. Sucha, S. Bałabańska, M.K. Chmielewski, Gel Electrophoresis in a Poly-Vinylalcohol Coated Fused Silica Capillary for Purity Assessment of Modified and Secondary-Structured Oligo- and Polyribonucleotides.Sci Rep.6 (2016) 19437.https://doi.org/10.1038/srep19437.
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720007412JA、2021 年 10 月