最近、蛍光検出器を備えた親水性相互作用液体クロマトグラフィー(HILIC)ベースの分析法が、重合度 1~7 のカカオフラバノールおよびプロシアニジンの公定分析法として認められました(AOAC2020.05)。このアプリケーションノートでは、Waters ACQUITY UPLC H-Class システムと ACQUITY UPLC FLR 検出器を組み合わせ、Waters Torus DIOL カラムおよび Waters Oasis PRiME MCX 固相抽出 (SPE)カートリッジを使用して、AOAC2020.05 の導入を成功させる方法を紹介します。徹底したシステム平衡化とサンプルクリーンアップの利点にハイライトを当てています。この分析法は、カカオフラバノールとプロシアニジンの含有量が 3~500 mg/g の市販のカカオベースの食品や栄養補助食品に効果的に適用でき、ウォーターズの装置およびカラムを用いたこれらの製品中のフラバノールとプロシアニジンのルーチン分析法の汎用性と信頼性が実証されました。
カカオフラバノールとプロシアニジン(F/PC)は、健康な血流をサポートし、心血管や認知機能に役立つ植物性生理活性物質です1,2。 カカオフラバノールには、4 種のモノマー((+/-)-エピカテキンおよび (+/-)-カテキン)が多く、プロシアニジンはこれらのモノマーから成るオリゴマーです(図 1)3。 プロシアニジンの構造の類似性、および可能性のある構造が多数存在することを考慮し、プロシアニジンは、重合度(DP)によって定義、分離、測定します4-6。 オリゴマー構造の不均一性が重合度とともに指数関数的に増加するため、その定量的で頑健、信頼性の高い分析法の開発は、科学界にとって難題となっています。
AOAC インターナショナルは最近、親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)ベースの UPLC-FLR 分析法を、カカオの F/PC(重合度1~7)の公定分析法として認めました(分析法 AOAC2020.05)7。この分析法は、UPLC-FLR によるカカオフラバノールおよびプロシアニジンの定量のための最近発表された分析法8を改良したもので、カカオパウダーとチョコレートのマトリックスのための包括的なサンプル前処理を含んでいます9。AOAC2020.05 は、セパレーションに HILIC を使用するため、逆相 HPLC と比較すると、システムの平衡化が困難になる可能性があります10。
このアプリケーションノートでは、AOAC2020.05 の実施とシステム平衡化およびサンプル前処理が、得られた結果の信頼性に及ぼす影響について説明します。この分析法を 20 種のカカオサンプルに適用し、幅広い濃度とサンプルの種類に適用できることを実証しました。
カカオパウダー、ベーキングチョコレート、ダークチョコレート、カカオベースの栄養補助食品(粉末飲料やカプセル)などのカカオベースの市販製品は、最寄りの販売店で購入しました。すべてのサンプルは、マトリックスの後にさまざまなブランド/製造者を区別する文字を続けることにより識別しました。この分析試験では、各製品を複数ロット使用しました。
栄養補助食品のカプセルを除き、すべてのサンプルを AOAC2020.05 に従って前処理しました。カカオパウダー、ダークチョコレート、ベーキングチョコレートのサンプルをヘキサンによる連続洗浄で脱脂しました。脱脂した固形物を溶解し、Oasis PRiME MCX 固相抽出カートリッジに通してマトリックスの不純物を除去しました。粉末状の栄養補助食品を、アセトン、水、酢酸の混合液(AWA、70:30:1)に懸濁し、超音波処理して遠心分離しました。本研究で使用した栄養補助食品のカプセル剤には、パルミチン酸アスコルビルが添加剤として使用されており、これによって F/PC が有意に過小評価され、固相抽出処理で除去できませんでした。そこで、パルミチン酸アスコルビルを、固液抽出およびヘキサン:イソプロパノール100:5(v/v)を用いた 2 回連続の洗浄により除去しました。
キャリブレーション標準試料は、AOAC2020.05 に記載されているように、NIST カカオフラバノール抽出標準物質 RM8403 を連続希釈して調製しました11 。簡単に説明すると、RM8403 20 mgを 100 mL メスフラスコに入れ、AWA で溶解して作業用標準試料 5(WS5)を調製しました。WS1~4 は、2、4、6、8 mL の WS5 を 10 mL フラスコにピペットで取り、AWA で希釈して調製しました。
LC 条件 |
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LC システム: |
ACQUITY UPLC H-Class |
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検出: |
ACQUITY UPLC FLR 検出器、ゲイン 10、蛍光波長 321 nm、励起波長 230 nm 注:ゲインは、AOAC2020.05 に使用する装置ごとに最適化する必要があります。 |
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バイアル/プレート: |
LCMS 品質証明アンバーガラス 12 × 32 mm スクリューネックバイアル、キャップ付きおよびスリット入り PTFE/シリコンセプタム(2 mL)付き(製品番号:600000669CV) |
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カラム: |
Torus DIOL、130Å、1.7 µm、3.0 mm × 100 mm |
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カラム温度: |
50 ℃ |
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サンプル温度: |
5 ℃ |
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注入量: |
2 µL |
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流速: |
1.00 mL/分 |
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移動相 A: |
98:2 アセトニトリル:酢酸(HPLC グレード) |
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移動相 B: |
95:3:2 メタノール:水:酢酸(HPLC グレード) |
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データ管理: |
Empower 3 CDS |
FLR 検出器と組み合わせた ACQUITY UPLC H-Class システムによる分析で、図 2 に示すように、DP が最大 7 のカカオの F/PC を 16 分間で分離し、分析しました。カカオの F/PC を、Waters Torus DIOL カラムを用いて重合度別に分離し、モノマー(DP1)からヘプタマー(DP7)までの 7 つの独立したシグナルとして波形解析しました。
カカオ F/PC のセパレーションは HILIC 条件下で達成されますが、AOAC2020.05 で規定したシステムの平衡化が必要です。検出器のレスポンスが再現性のある出力を達成するためには平衡化(システムパージ、カラム洗浄、コンディショニングのためのサンプル注入)が必要です。ただし、極性が中性のターゲットについては、再現性のある保持が HILIC 条件下で迅速に達成できました12。 このような状況においては、シグナルの徹底した波形解析が、正確な測定を達成するために不可欠です。F/PC の場合、多数の立体異性体が各シグナルに影響して、幅の広いピーク形状になり、谷−谷法の波形解析が必要となります。この谷−谷法の波形解析は、ベースラインが不安定で、平衡化が不十分なシステムの影響を強く受ける可能性があります。図 2 に、平衡化が不十分な場合と十分な場合の 7 つのターゲットシグナルそれぞれのシグナル面積の相対値を示します。相対シグナルレスポンスは、特定の注入のシグナル面積の、連続注入の最後の 5 回の平均シグナル面積に対する比として計算しました。平衡化したシステムでは、相対レスポンスが約 100% のプラトーになると予想されました。
AOAC2020.05 で規定されている以下のプロトコルに従うと、十分な平衡化が得られます:
十分な平衡化が必要であることを実証するするために、1 分間の溶媒パージ、5 分間のカラム平衡化、5 分間のシステム平衡化、続いてカカオ抽出物標準物質の複数回の注入など、不十分な平衡化手順を行いました。
図 2 に示すように、システムを十分に平衡化すると、注入間でシグナル面積が正確に測定できるようになりますが、平衡化が不十分な場合、ターゲットシグナルのレスポンスが大きく影響されます。再現性注入時のレスポンスの推定が不正確であると、システム適合性の再現性の基準の評価に大きな影響が出るだけでなく、以降の注入の信頼性に問題が起きる可能性があります。最後の 5 回の繰り返し注入における平均シグナル面積を使用して、ブラケット標準試料注入のレスポンスを評価します。ブラケット標準試料のレスポンスの評価は、連続注入全体にわたってサンプル分析のためのシステム性能が十分に維持されていることを検証できるため、システム適合性の重要な要件でした。
サンプルクリーンアップが分析法の信頼性およびその後のデータ品質に及ぼす影響を評価するため、固相抽出なし、強陽イオン交換固相抽出、および陽イオン交換基を持つミックスモードポリマー固相抽出(Waters Oasis PRiME MCX)の 3 種類の方法で前処理したベーキングチョコレートを 10 回注入した後で、システム性能を比較しました。ベーキングチョコレートの注入(n = 10)後のブラケット標準試料注入のシグナル面積を、最初の再現性に関するシステム適合性注入と比較し、回収率を計算しました。
ブラケット標準溶液中で測定した各 DP の回収率(%)を、システム性能に対するサンプル注入の影響のマーカーとして使用し、表 1 に示します。固相抽出処理を行わなかったサンプルを 10 回注入した後、システム背圧の増加が見られ、すべてのプロシアニジンシグナル(DP2~7)に著しい影響を及ぼしました。シグナル面積の測定値は期待値よりも 25% 高く、干渉と関連していたことから、システム適合性に適合せず、分析に干渉する共溶出する不純物を適切に除去することの重要性が示されました。水:イソプロパノール(50:50)で洗浄するとシステム性能が回復し、これによってカラムの汚染物が溶出し、背圧が低減されました。次に、システムを完全な平衡化プロセスに供しました。強陽イオン交換固相抽出カートリッジを使用したベーキングチョコレートサンプルのクリーンアップにより、回収率がわずかに改善しました。ただし、システム背圧(50~100 bar まで上昇)に対するサンプルの影響は依然として大きく、高次のオリゴマー(DP3~7)のシグナルレスポンスに明らかなドリフトが見られました。
Oasis PRiME MCX 固相抽出カートリッジを用いたサンプル処理は、精密で正確なカカオの F/PC の定量に寄与しました。表 1 に示すように、ミックスモード固相抽出クリーンアップを実施した場合、標準溶液の回収率に偏差はほとんどありませんでした。再現性は、6~10 回目のシステム適合性注入の相対標準偏差として計算しました。回収率は、6~10 回目のシステム適合性セクションで認められた平均ピーク面積に対する相対値として測定しています。十分なクリーンアップは、ミックスモードの保持メカニズム(逆相および陽イオン交換)を介して、より多くのマトリックス共抽出物を保持する吸着剤のキャパシティーに関連しています。さらに、ミックスモードの固相抽出により、荷電した脂質や賦形剤(ステアリン酸マグネシウムなど)の除去も可能で、システムを汚染し、背圧を上昇させ、蛍光検出に干渉する不純物を含まないサンプルが得られます。安定したシステム圧力と再現性のあるブラケット標準試料注入が得られたことにより、サンプルのクリーンアップに成功していることが実証されました。
特定のマトリックス(例えば、高濃度で配合された栄養補助食品)では、サンプルの固相抽出クリーンアップを必要としませんでした。実際、栄養補助食品などの濃縮サンプルは、分析中にマトリックスの影響を受けにくかったと言えます。サンプル前処理は、正確度や精度などの重要な性能だけでなく、分析するサンプル以外のシステム性能に影響を与えないことを実証することで、特定のマトリックス用に最適化できます。
分析法の性能は以前に実証され、公開されています9。 しかしながら、実際のサンプルの定量への AOAC2020.05 分析法の適用については限られたデータしか発表されていません。20 種のカカオベースの市販製品を購入し、AOAC2020.05 に従って分析を行いました。表 2 に、カカオフラバノール(DP1)および個々のオリゴマー(DP2~7)の定量値と、ダークチョコレートやベーキングチョコレート、カカオパウダー、インスタント栄養補助パウダー、栄養補助食品カプセルなどの市販製品のカカオの F/PC の合計値を示します(アルファベットの接尾辞は異なるブランドを、数字の接尾辞は異なるロットを示します)。カカオフラバノールとプロシアニジンの合計含有量の測定値は 2.9~524 mg/g で、AOAC2020.05 を用いることで幅広いカカオベース製品を特性解析できることが示されました。さらに、同一製品(同じブランドと製品、異なるロット番号)でも同等の結果が得られました。このことは、以前に報告されたように、カカオの F/PC の測定で達成された高精度により、マトリックスの種類および製造元によるサンプルの識別をサポートできることを示唆しています8。
カカオベースのマトリックス中の重合度が最大 7 のカカオフラバノールおよびプロシアニジンの分析において、公定分析法 AOAC2020.05 を実施しました。分析法の平衡化の影響を、要求される分析法システム適合性基準を用いて推定しました。このアプリケーションノートで概説した平衡化ステップは、時間はかかるものの、分析分析法の性能の確保に重要であり、サンプル分析のバッチごとに実施する必要があることが示されています。AOAC2020.05 の規定に従ってシステムを平衡化すると、システム適合性により実証できる正確で一貫した結果が得られます。
システム適合性を使用してシステム性能をモニターし、ベーキングチョコレートの例を用いて、不適切なサンプル前処理によって生じるバイアスを推定しました。システム背圧の上昇に加えて、マトリックスの不純物によるシステムの汚染により、プロシアニジン含有量が最大 25% の過大評価になりました。これらの干渉は、ミックスモード陽イオン交換と脂質を除去する固相抽出を用いたサンプル処理によって改善されました。
最後に、この分析法は、カカオフラバノールとプロシアニジンの含有量が 3~500 mg/g の市販のカカオベースの食品および栄養補助食品の分析に適切に適用できました。これらの結果により、システム適合性実験と合わせて、カカオベースの食品および栄養補助食品中のフラバノールおよびプロシアニジンのルーチン分析における AOAC2020.05 分析法の汎用性と信頼性が実証されました。
Ugo Bussy(Mars, Incoporated)、Jinchuan Yang(ウォーターズコーポレーション)、Hong You(Eurofins Scientific)、Nicholas Anderson(Mars, Incoporated)、Emily R Britton (ウォーターズコーポレーション)、および Catherine Kwik-Uribe (Mars, Incorporated)。
720007121JA、2021 年 1 月