• アプリケーションノート

高分解能質量分析と組み合わせた大気圧ガスクロマトグラフィーによる熱分解を用いた産業用プラスチックの特性解析

高分解能質量分析と組み合わせた大気圧ガスクロマトグラフィーによる熱分解を用いた産業用プラスチックの特性解析

  • Rachel Sanig
  • Jeff Goshawk
  • Cristian Cojocariu
  • Rhys Jones
  • Agnieszka Kalinowska
  • Christoph Rethmann
  • Pascal Tuszewski
  • Waters Corporation
  • thyssenkrupp Presta AG

要約

このアプリケーションノートでは、熱分解ガスクロマトグラフィーと高分解能質量分析(HRMS)を組み合わせたソフトイオン化を使用して、バージンプラスチックとリサイクルプラスチックを分析します。取り込んだデータに統計的手法を適用することで、プラスチック間の差異を検出します。続いて、分子イオンの精密質量とフラグメンテーションデータを使用して、これらの差を特性解析します。

アプリケーションのメリット

  • 熱分解サンプルカップに試料を直接添加する簡単なサンプル前処理
  • APGC を使用したソフトイオン化により、元素組成の由来となる分子イオンを検出でき、化合物の同定および確認に役立つ
  • 統計的手法により異なるサンプルを区別するための固有のマーカーの同定

はじめに

EU での循環型経済への移行に向けたプラスチック戦略の実施により、プラスチック廃棄物の削減または再利用が推進されています。この動きは、再生材(recycled)および再利用材(reclaimed)のさまざまな産業用途への採用につながっています1。 これには、持続可能性を高めるためのプラスチック製造用の革新的な材料の開発、プラスチックのリサイクルの経済性と質の向上が含まれています。高性能な用途で使用する際の価値を維持するためには、これらの再生材を特性解析して、安全に使用できることを確認する能力の必要性が高まっています。

ポリマー研究の分野では、ガスクロマトグラフィー-質量分析(GC-MS)と組み合わせた熱分解が広く使用されており、プラスチックなどの材料においては、ますます多く使用されるようになっています2。 ただし、電子衝突(EI)イオン化のエネルギーが高いことで、感度および選択性が不十分になるため、完全な特性解析を行うことができない場合があります。そのため、この手法では、添加剤や潜在的な汚染物質を同定できないことがよくあります。

ソフトイオン化および高分解能質量分析(HRMS)を用いる熱分解 GC は、このような制約の一部に対処するために、この分野で使用される補完的な手法です。大気圧ガスクロマトグラフィー(APGC)は、コロナ放電を使用する大気圧化学イオン化手法であり、よりソフトなイオン化が可能になります。その結果、分子式の確認に役立つ分子イオンの検出が可能になります。APGC は、MSE モードでデータ取り込みができる四重極飛行時間型質量分析計(QToF MS)と組み合わせることができ、低コリジョンエネルギースペクトルと高コリジョンエネルギースペクトルの両方を同時に取り込むことができます3。この手法を用いることで、いずれも構造解析に役立つプリカーサーイオンとフラグメントイオンの精密質量が利用でき、最終的に化合物の同定に役立ちます4。バージン材と再生材の違いをさらに理解するために、統計分析をこれらの分析装置から取り込んだデータと組み合わせて使用することができます5

本研究では、バージンおよび再生した産業用プラスチックを分析するための分析ワークフローが開発されました(図 1)。再生プラスチックは、再利用プラスチックの残材を粉砕したものです。QToF MS と組み合わせた熱分解 APGC を使用した MSE モードでのデータ取り込みから始まるシンプルなステップで、これらの複雑な物質を特性解析しました。取り込んだデータをライブラリーに対してスクリーニングすることにより、サンプル全体の傾向が明らかになりました。バージン材と再生材の違いを理解するために、データの統計分析を行いました。各サンプルに固有または各サンプルでレベルが高いことが判明した化学マーカーについて、構造解明ツールを使用して特性解析しました。 

バージンプラスチックと再生プラスチックの比較に使用した分析アプローチ 図 1.  バージンプラスチックと再生プラスチックの比較、および違いの原因である化学マーカーの決定に使用した分析アプローチ

実験方法

サンプルの説明

サンプルは、再生ペレット、バージンペレット、および高分子量ポリアミド 95% で構成される PrestaAMID™(リヒテンシュタイン、Thyssenkrupp Presta)でできた成形歯車から調製しました。サンプルを約 0.2 mg 秤量し、石英ウール製のプラグが付いたステンレススチール製サンプルカップにロードしました。各サンプルを 3 回繰り返しで調製し、石英ウールのみを満たしたサンプルカップをブランク試料として使用しました。サンプルリストは、サンプルをオートサンプラーに入れる前にランダム化しました。

サンプルの説明およびラベル 表 1.  サンプルの説明およびラベル

熱分解の条件

熱分解装置:

EGA/PY-3030D(FrontierLab)

インターフェース温度:

320 ℃

熱分解装置の温度::

600 ℃

分析の種類:

単発分析

GC 条件

GC システム:

Agilent 7890

インレットモード:

スプリット/スプリットレス

スプリット比:

50:1

スプリット流速:

50 mL/分

インレット温度:

310 ℃

GC インターフェース温度:

300 ℃

カラム:

Rtx-5MS、30 m × 0.25 mm × 0.25 µm、RESTEK

カラム流速:

1.4 mL/分

セプタムパージ流速:

3 mL/分

オーブングラジエント:

45 ℃ で 5 分間、20 ℃/分で 330 ℃ まで上昇させ、最後に 18 分間ホールド。

合計 GC 実行時間:

37.25 分

MS 条件

MS システム:

Xevo™ G2-XS QTof*

イオン化モード:

APGC™

コロナ電流:

3 µA

サンプルコーン電圧:

40 V

イオン源温度:

150 ℃

質量範囲:

m/z 50 ~ 1200

スキャン時間:

0.2 秒

コーンガス:

150 L/時間

補助ガス:

350 L/時間

MSE コリジョンエネルギー:

低エネルギー:6 V、高エネルギー:15 ~ 35 V

*(Xevo G3 QTof では同等以上の性能が期待できます)。

データ管理

データは、Waters™ MassLynx™ 4.2 ソフトウェアを使用して取り込みました。データ解析およびレポート作成は、waters_connect™ プラットホーム内で UNIFI™ アプリケーションを使用して行いました。統計分析はすべて EZInfo™ 3.0 で行いました。 

結果および考察

すべてのサンプルについてベースピーク強度(BPI)のピログラムを取得しました。100% 再生ペレットおよび 0% 再生ペレットの BPI の例を図 2 に示します。このピログラムは、材料の複雑さを示しています。 

100% 再生ペレット(上)および 0% 再生ペレット(下)のフルスキャンデータからのベースピーク強度(BPI)のピログラム 図 2.  100% 再生ペレット(上)および 0% 再生ペレット(下)のフルスキャンデータからのベースピーク強度(BPI)のピログラム

これらの種類のポリマーの代表的な熱分解物を含むライブラリーは、.mol ファイルを UNIFI アプリケーションにインポートして作成されたものです3,6。 このライブラリーに対してサンプルをスクリーニングして、精密質量マッチングを行い、データセット全体の傾向を評価しました。例えば、図 3 では、0% 再生歯車および 100% 再生歯車の各サンプルで、6-アセトアミド-N-(5-シアノペンチル)ヘキサンアミドが検出されたことが示されています。マッチングは精密質量のみに基づいて行われているため、これは仮の同定となります。

6-アセトアミド-N-(5-シアノペンチル)ヘキサンアミドの結果を示す、UNIFI のスクリーニングワークフロー 図 3.  6-アセトアミド-N-(5-シアノペンチル)ヘキサンアミドの結果を示す、UNIFI のスクリーニングワークフロー。[A] 成分サマリーテーブル。[B] 6-アセトアミド-N-(5-シアノペンチル)ヘキサンアミドの抽出イオンクロマトグラム。[C] すべての注入にわたるこの化合物のレスポンスのトレンドプロット。

ピログラムは複雑であるため、バージン材と再生材の違いを見つけるために、データを EZInfo に転送して、主成分分析(PCA)を実行しました。図 4A は、ブランクサンプル、0% 再生歯車と 100% 再生歯車のサンプルからのデータを PCA スコアプロットに示しています。3 つのサンプル群の間には明確な分離が見られ、サンプルの間に差異があることが明らかになっています。

0% 再生歯車と 100% 再生歯車の間の差異の原因となるマーカーを確立するために、これらのサンプル群からのデータに対して、Orthogonal Projection to Latent Structures Discriminant analysis(潜在構造への直交射影の判別分析、OPLS-DA)を実行しました。得られた S プロットを図 4B に示しています。赤色の領域で強調表示されているマーカーは、サンプルの種類の 1 つにおいて上方制御されています。これらのマーカーを選択し、さらなる調査のために UNIFI アプリケーションに転送しました。

バージン材(右上)と 100% 再生歯車(左下)の有意なマーカー 図 4.  [A] ブランクサンプル、0% 再生歯車、100% 再生歯車の PCA スコアプロット。明確な分離が示されています。[B] 0% 再生歯車と 100% 再生歯車の OPLS-DA からの S プロット。バージン材(右上)および 100% 再生材(左下)について、統計的に有意なマーカーが示されています。

選択したマーカーは、UNIFI の問題解明ツールキットのディスカバーツールを使用して調査しました7。 熱分解データは、高コリジョンエネルギーおよび低コリジョンエネルギーが交互に入れ替わる MSE モードで収集されたため、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方の精密質量を各マーカーの解釈に使用できました。

ディスカバーツールは、元素組成の決定と、データベース検索および in silico フラグメンテーションを組み合わせたものです。元素組成カリキュレーターにより、プリカーサーイオンの最も可能性の高い化学式が決定されます。i-FIT アルゴリズムを使用して、化学式の理論的な同位体パターンが実測スペクトルの同位体パターンと一致する確率に基づいて、化学式を順位付けしました。特定のプリカーサーイオンを説明する各元素組成は、自動的に ChemSpider データベース検索に送信され、特定の組成について予想される化合物がその構造と共に返されます。各化合物の構造は自動的に in silico フラグメンテーションアルゴリズムにかけられ、理論的フラグメントの m/z 値が、マーカーの高エネルギーイオンの m/z 値と比較されます。図 5 は、解析したマーカーに関して、ディスカバーツールによって表示される情報を示しています。

ディスカバーツールによって表示される情報。100% RG サンプルに固有のマーカーは、保持時間 13.93 分、プロトン化イオン m/z 140.1075([C8H13NO]+ 質量精度 0.2 ppm)の N-ビニルカプロラクタムとして推定同定されています 図 5.  ディスカバーツールによって表示される情報。100% RG サンプルに固有のマーカーは、保持時間 13.93 分、プロトン化イオン m/z 140.1075([C8H13NO]+ 質量精度 0.2 ppm)の N-ビニルカプロラクタムとして推定同定されています。[A] すべてのサンプルにわたるマーカー存在量(レスポンス)。[B] このマーカーの結果。この表示には、予測される元素組成、i-FIT 信頼性、化合物の一般名、一致したフラグメント数、および見つかった引用回数が表示されています。[C] この化合物の別名、構造、および高エネルギースペクトル。 

サンプル中に検出され、統計を使用して分離された対象マーカーを、様々なレベルの信頼性で同定できます。アイデンティティーの完全な確認には、レファレンス標準試料が必要ですが、UNIFI ソフトウェアでは、完全なワークフローを利用して、時間のかかるデータ解釈の負担を大幅に軽減できます。表 2 には、100% 再生歯車の一部のマーカーの仮同定が、対応する各割り当ての信頼性レベル(以下で説明)とともに示されています。 

100% 再生歯車に固有の一部の化学マーカーのディスカバーツールによる推定同定 表 2.  100% 再生歯車に固有の一部の化学マーカーのディスカバーツールによる推定同定。このケースでは、レベル1 は精密質量のみ、レベル2 は精密質量とフラグメントマッチ、レベル3 は精密質量、フラグメントマッチ、高い i-FIT 信頼性による同定を示しています。

化学成分を確認したら、将来のスクリーニング分析のために UNIFI のスクリーニングライブラリーに追加できます。得られた実験データ(例えば、フラグメントイオンの保持時間や m/z 値)を組み込むこともできます。例えば、統計分析によって 100% 再生歯車に固有であることが判明し、ディスカバーツールを使用して解析したある化学マーカーをライブラリーに追加しました。0% 再生歯車および 100% 再生歯車で得られた、この化合物についてのスクリーニング結果を図 6 に示します。

4-(1-メチル-1H-ピラゾール-4-イル)-4-プロポキシピペリジンをライブラリーに追加した後、それについてのスクリーニング結果 図 6.  4-(1-メチル-1H-ピラゾール-4-イル)-4-プロポキシピペリジンをライブラリーに追加した後の、それについてのスクリーニング結果 

結論

py-APGC-QToF HRMS と多変量統計分析を組み合わせて使用する未知マーカーのスクリーニングは、差分の特性解析のためにサンプル固有の化合物を検出できる強力なツールとなります。今回のケースでは、このアプローチは、バージンプラスチックサンプルおよび再生(粉砕)プラスチックサンプルの詳細な分析に有益であることが明らかになりました。この分析ワークフローには、これらの複雑な材料を特性解析するための簡単なステップが含まれており、データ取り込み、ライブラリーに対するスクリーニング、統計分析、構造解析を行うことができます。

バージン材と再生材の差異を理解するために、多変量統計分析を適用できます。PCA を利用すると、サンプルの種類のクラスタリングが明らかになり、0% 再生サンプルと 100% 再生サンプルの間の差異の原因となる重要なマーカーが OPLS-DA の S プロットによって明らかになっています。次に、UNIFI アプリケーションの構造解析ツールキット内のディスカバーツールを適用して、精密質量のプリカーサーイオンおよびフラグメントイオンに対するマッチを使用して、化合物を仮同定することができます。

ソフトイオン化および高分解能精密質量測定を使用することで、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方の情報が保持されるため、このプロセスが容易になります。確認された化合物は、関連する実験データとともに内部ライブラリーまたはデータベースに追加でき、今後の幅広い種類のサンプルのスクリーニング分析に向けて、ライブラリーの範囲が拡張されます。

参考文献

  1. European Commission. Communication from the commission to the European parliament, the council, the european economic and social committee and the committee of the regions. A European Strategy for Plastics in a Circular Economy.January 2018.
  2. Tsuge S., Ohtani H., Watanabe C. Pyrolysis-GC/MS Data Book of Synthetic Polymers.2011.
  3. Plumb R., Johnson K., Rainville P., Smith B., Wilson I., Castro-Perez J., Nicholson J. UPLC/MSE; A New Approach for Generating Molecular Fragment Information for Biomarker Structure Elucidation. Rapid Commun. Mass Spectrom. (2006) 20: 1984–1994.
  4. Stevens D., Cabovska B., Bailey A. Detection and Identification of Extractable Compounds from Polymers.Waters Application Note 720004211.2012 Jan.
  5. Riches E., Goshawk J., Da Costa., Jones G. Discrimination Between Commercial Lubricant Oils Using Mass Spectrometry and Multivariate Analysis Within UNIFI Software.Waters Application Note 720006406.2018 Oct.
  6. Schweighuber a., Gall M., Fisher J., Liu Y., Braun H., Buchberger W. Development of an LC-MS method for the semiquantitative determination of polyamide 6 contamination in polyolefin recyclates.Anal Bioanal Chem 2021 Feb;413:1091–1098.
  7. Cabovska B. Screening Workflow for Extractable Testing Using the UNIFI Scientific Information System, Technical Note 720005688, April 2016.

720007814JA、2022 年 12 月