Waters™ SELECT SERIES™ Cyclic™ イオンモビリティー質量分析計および waters_connect™ アプリケーションマネージャーを使用した薬物代謝物の同定
研究目的のみに使用してください。診断用には使用できません。
要約
イオンモビリティーを使用する高分解能質量分析を強力なインフォマティクスツールと組み合わせて使用した、肝細胞障害を引き起こす可能性が実証された後に臨床試験が中止された薬剤 fasiglifam の体内代謝産物の特性解析について説明します。計 15 種の薬物関連代謝物が、平均 m/z 誤差 -0.77 ppm で時間経過にわたって検出されました。プリカーサー、プロダクトイオン、衝突断面積のデータにより、ほとんどの場合、生体内変換の部位が特定されました。
アプリケーションのメリット
- 迅速な分析を可能にする頑健な汎用データ取り込み戦略
- ユーザーのニーズに適合するようにカスタマイズできる、簡潔でカスタマイズ可能なワークフロー
- 確実な代謝物同定を容易にするツール
はじめに
代謝物の同定とそれに続くプロファイリングは、創薬および開発のプロセスで主要な役割を果たします。これによって、創薬初期、安全性評価試験のサポート、臨床試験での安全性の確保で、有力候補選択での薬物動態最適化のための、非常に重要な情報が提供されます。薬物代謝研究者は、結果のタイムリーな取得の必要性と、十分に信頼できる正確な結果を生成するという要件との間の対立を解決しなければなりません。分析が必要な新規化合物の数が多い創薬では、ハイスループットで、調査対象の化合物ごとに分析法をカスタマイズすることなく、さまざまな化合物群にわたって効率化して使用できる比較的一般的なアプローチへのニーズがあります。創薬の段階では、分子の代謝産物について比較的知られておらず、調査対象化合物の質量スペクトル特性と、関連する化学種に関する可能性のある代謝経路を用いて、検出/同定を行う必要があります。
これに対して、薬剤開発では、包括的な代謝物検出/同定がスループットより重要であるため、強力なデータマイニングを可能にするエキスパートシステムおよび構造解析ツールに対するニーズがあります。体外試験や初期の動物試験で得られた、化合物の代謝に関する以前の知見がある場合があります。このような状況では、既知の代謝物を対象にすることと新規代謝物の特性解析の組み合わせを適用して、規制パッケージに対して分子の代謝経路を完全に特性解析します。
このように、薬物代謝物の検出、マイニング、同定には、統合された自動取り込みシステムおよび解析システムへのニーズがあります。ここで、イオンモビリティー対応高分解能液体クロマトグラフィー(LC-MS)と、インテリジェントなデータに基づく構造割り当てワークフローの組み合わせについて説明します。
ACQUITY™ UPLC™ によって提供される迅速な高分解能クロマトグラフィーと組み合わせた Waters SELECT SERIES Cyclic IMS を使用するイオンモビリティー MS により、waters_connect に搭載されている UNIFI™ を使用する代謝物構造推定アプリケーションソリューションと組み合わせるとき、創薬および開発での代謝物同定用の、強力で柔軟なプラットホームが提供されます。ここで、肝臓酵素の増加が観察されたためにフェーズ III 臨床試験が中止された GPR40 アゴニストである fasiglifam(TAK875)(図 1)の体内代謝物の同定に対する、このソリューションのメリットについて説明します1。
実験方法
サンプルの説明
オスの Sprage-Dawley ラットに、50 mg/kg の fasiglifam を、0.5% カルボキシメチルセルロースの懸濁液として、経口投与しました。投与直前および後続する 96 時間にわたって一定の間隔で、尾の静脈から採血しました。血液サンプルから得られた血漿に対し、アセトニトリルとの 3:1(アセトニトリル:サンプル)の比率での混合を介して、除タンパクを行いました。サンプルをボルテックス混合した後、13,000 RCF で 10 分間遠心分離し、オートサンプラーバイアルに移して分析しました。真正 fasiglifam 標準試料をメタノールに溶解し、アセトニトリル:水 50:50 で希釈して、薬物の最終濃度を 100 ng/mL にしました。このサンプルを使用して、親化合物の代表的な保持時間、質量分析(MS)、タンデム質量分析(MS/MS)、衝突断面積(CCS)、ニュートラルロスの結果を取得しました。
分析条件
真正標準試料および抽出したラット血漿サンプルを、逆相液体クロマトグラフィーとネガティブイオンエレクトロスプレーイオンモビリティー質量分析検出の組み合わせを使用して、分析しました。簡単に説明すると、サンプルの 1 µL アリコートを 2.1 × 100 mm ACQUITY™ HSS T3 1.8 µm C18 カラムにロードし、カラムを 40 ℃ で維持して、40 ~ 70% の 0.1% ギ酸水溶液:アセトニトリルの直線溶媒グラジエントで、流速 500 µL/分で 10 分にわたって溶出しました。質量分析データは、20 ~ 40 eV のコリジョンエネルギーランプとイオンモビリティーセルの単一周回を使用して、m/z 50 ~ 1200 の範囲にわたってネガティブイオンモードで収集しました。
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class |
検出: |
ESI-MS |
バイアル: |
マキシマムリカバリーバイアル |
カラム: |
ACQUITY HSS T3 2.1 × 100 mm 1.8 µm |
カラム温度: |
40 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
注入量: |
1 µL |
流速: |
500 µL/分 |
移動相 A: |
0.1% ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1% ギ酸アセトニトリル溶液 |
グラジエント: |
クロマトグラフィーのグラジエント条件は以下の表に示されています |
グラジエントテーブル
MS 条件
MS システム: |
Waters SELECT SERIES Cyclic IMS |
イオン化モード: |
エレクトロスプレーネガティブイオン |
取り込み範囲: |
m/z 60 ~ 1200、HDMSE |
キャピラリー電圧: |
2 kV |
コリジョンエネルギー: |
トランスファーセルランプ:20 ~ 40 eV |
コーン電圧: |
30 V |
データ管理
クロマトグラフィーソフトウェア: |
MassLynx™ 4.2 |
MS ソフトウェア: |
MassLynx 4.2 |
インフォマティクス: |
waters_connect2.0.0.9(UNIFI 1.9.13 を搭載) |
結果および考察
代謝物同定ワークフロー
薬物代謝物同定のプロセスには、データ取り込みメソッドの開発、データの取り込み、生データのコンポーネント化、成分のレビュー、最終的なレポート作成が含まれます。特に創薬アプリケーションでは、スループットを高めるために包括的な戦略が好まれます。そのため、データ取り込みの HDMSE モードは、単一の簡潔な方法でプリカーサー、プロダクトイオン、CCS に対処でき、理想的です。データ取り込みおよび分析プロセスを効率化するため、Waters SELECT SERIES のサイクリックイオンモビリティー質量分析計の分析種の特性解析機能と、waters_connect 代謝物同定アプリケーションソリューションのデータ解析力を組み合わせた簡潔なワークフローを、当社は開発しました。このワークフローは、図 2 に説明されており、次記の 4 つの簡単なステップに分かれています:1)分析法の作成、2)親代謝物および既知の代謝物のライブラリーエントリーの作成、未知代謝物の化学的にインテリジェントなターゲット設定、3)データのフィルタリングとレビュー、4)データの視覚化とレポート作成。
既知代謝物のライブラリー、および推定代謝物の生成
薬物代謝は、化合物の代謝経路についてほとんど知られていない最初の段階から始まり、化合物が体外および体内の両方で広範囲に特性解析された臨床開発後期まで、薬物の創薬および開発プロセスのさまざまな段階で行われます。waters_connect 代謝物同定アプリケーションにより、ライブラリーエントリーの構築を介して、既知の代謝物を対象に設定できます(図 3)。ここでは、既知の代謝物の構造を親薬物の構造とともにライブラリーに追加し、それを LC-MS データの調査に使用します。使用可能な場合、以前に確立された保持期間、プロダクトイオン、CCS 値をライブラリーに追加し、スクリーニングメソッドに含めることができます。例えば、実験的に観察された fasiglifam のプロダクトイオンは、対応するニュートラルロスと共に分析法に追加されています。これらの既知の薬物代謝物とともに親化合物の構造と、フェーズ 1 とフェーズ 2 の両方が含まれている共通の代謝的官能基化反応を組み合わせて、新規代謝物についてデータを検討することができます(図 4)。ユーザーには、[Generate Transformations](変換の生成)チェックボックスを使用して、どのターゲット代謝物がさらに官能基化する可能性があるかを判定するオプションがあります。適切なターゲットのリストが作成されたら、取り込んだ LC-IM-MS の生データを解析して、薬物関連物質を検出および同定できます。
薬物関連物質の同定
代謝物特性解析に存在する重要な課題の 1 つは、複雑な内因性マトリックス干渉の存在下での薬物関連物質の同定です。時間の浪費を最小限に抑える強力なアプローチは、カスタムフィルターを使用することです。このフィルターをワークフローのステップで適用すると、重要である可能性が高い化合物のみが選択されます。これらは一般化(定義されたレベルを超えるレスポンスがある、注入前期および高有機洗浄期間を除く保持時間の範囲内)することや、化合物固有(妥当な説明がある、ハロゲンが含まれている、親化合物と共通のプロダクトイオンまたはニュートラルロスがある、または許容質量欠損範囲内にある)にすることができます(図 5)。
実使用例
Waters SELECT SERIES サイクリックイオンモビリティー質量分析計と waters_connect 代謝物構造推定アプリケーションソフトウェアを組み合わせた場合の能力を説明する良い例となるように、このプラットホームを使用して fasiglifam を Sprage-Dawley ラットに経口投与した(50 mg/kg)後の血漿を分析しました。除タンパクした血漿を、ネガティブイオン ESI モードで検出する逆相 UPLC-MS で分析しました。親化合物の質量スペクトルが図 6 に示されています。上のトレース(図 6(i))には fasiglifam(m/z = 523.1809)の脱プロトン化した親イオンが示され、下のトレースには m/z = 479.1899、403.1549、359.1650、319.1340、192.0427、148.0527 の診断 MS/MS フラグメントイオンが示されています(図 6(ii))。プロダクトイオンの傍の青色アイコンは、ソフトウェアにより、構造の体系的な切断に基づくプロダクトイオンの妥当と考えられる構造的説明が、割り当てられていることを示します。
これまでに報告されている fasiglifam の主要な代謝物が、ライブラリーエントリー、診断フラグメントイオン、共通のニュートラルロスを使用する対象を定めたスクリーニングと、確立された代謝的開裂、官能基化、結合反応を組み合わせて、同定されました。例えば、保持時間 tR = 6.26 分で、脱プロトン化した分子イオン m/z = 699.2113 で溶出する fasiglifam のグルクロニド代謝物が、図 7 に示されており、これは、m/z = 523.1786 の診断フラグメントイオンでは、グルクロニド部分のニュートラルロス、およびプロダクトイオンとしてのグルクロニド自体に対応します。これらのサンプルを完全に分析した結果、以前に報告された代謝物2,3 とともにこれまで報告されていないいくつかの代謝物が検出されました。これらの新規代謝物では、置換されたジヒドロベンゾフラン部分に生体内変換が関与しているように見えます。これらの新規代謝物の構造については、現在さらに調査を行っています。
代謝部位の特定
薬物代謝物同定で最も困難であり、不可欠な作業の 1 つは、分子での代謝部位の特定です。これは、構造解析や代謝変換での経験がある科学者を必要とする、時間のかかる作業の可能性があります。waters_connect 代謝物同定アプリケーションは、系統的な結合の接続解除と化学インテリジェンスを使用して、薬物代謝の部位を示唆または場合によっては特定して、このプロセスに対応します。例えば、図 8 に、このソフトウェアが、これまでに報告されていない fasiglifam の M-2H+O 代謝物の代謝部位を特定するのに、どのように役立つかが示されています。ソフトウェアにより、代謝変換の可能性のある部位が強調表示されます。緑色は代謝の可能性が最も高い部位であり、オレンジ色は、親薬物のプロダクトイオンスペクトルと比較して、保持されたまたはシフトされたプロダクトイオンの数に基づいて、代謝の可能性があるがその可能性があまり高くない部位です。
サマリープロットおよび可視化
waters_connect 代謝物同定アプリケーションにより、分析完了後のレビュー済みデータから、プロットとレポートが容易に生成されます。図 9 には、最も有用な機能の 1 つ、サマリープロットが示されています。これによって、fasiglifam とその主要な代謝物の濃度が投与後の時間の関数としてどのように変化するかがわかります。ここで、fasiglifam とその主要な代謝物は類似した消失プロファイルに従い、9 時間後に最大濃度が観察され、その後 96 時間にわたって代謝物濃度が徐々に低下します。ただし、96 時間後でも、親薬物および代謝物は体循環から完全には消失していないことが明らかです。
図 9 は、親薬物および観察されたさまざまな代謝物の、投与後時間(h)の関数としてのログ(レスポンス)記録を示すサマリープロットです。レポート作成 waters_connect には、強力で柔軟なレポート作成機能があり、カスタマーのニーズに基づいて出力を完全にカスタマイズできます。例えば、図 10 に、9 時間後のサンプルに観察された代謝物が、保持時間の昇順に自動的にラベル付けされたサマリーテーブルが示されています。
結論
データが豊富で汎用性が高く、頑健なデータ取り込みメソッドと強力な分析ツールのこの組み合わせにより、非常に複雑なデータセットが一連の追跡可能な結果に変わり、比較的短時間でレビューできます。既知の代謝物をこの分析法に含めることができ、ドラッグライク特性に基づいて成分をランク付けする強力なフィルターを使用することで、他の可能性のある代謝物の系統的な検索が容易になります。イオンモビリティーを用いた質量分析により、複雑なデータ依存の取り込みスキームを作成する必要なしに、クリーンなプロダクトイオンスペクトルを生成できます。さらに、化合物固有の CCS 値が得られ、これを使用して同重体代謝物を区別し、クロマトグラフィー分析法全体にわたって代謝物を追跡できます。
参考文献
- Li X, Zhong K, Guo Z, Zhong D, Chen X. Fasiglifam (TAK-875) Inhibits Hepatobiliary Transporters: A Possible Factor Contributing to Fasiglifam-Induced Liver Injury.Drug Metab Dispos.2015;43(11):1751–9.
- Otieno MA, Snoeys J, Lam W, Ghosh A, Player MR, Pocai A, Salter R, Simic D, Skaggs H, Singh B, Lim HK.Fasiglifam (TAK-875): Mechanistic Investigation and Retrospective Identification of Hazards for Drug Induced Liver Injury.Toxicol Sci.2018;163(2):374–384.
- Kogame A, Lee R, Pan L, Sudo M, Nonaka M, Moriya Y, Higuchi T, Tagawa Y. Disposition and Metabolism of the G Protein-Coupled Receptor 40 Agonist TAK-875 (Fasiglifam) In Rats, Dogs, and Humans. Xenobiotica.2019;49(4):433–445.
720007579JA、2022 年 4 月