• アプリケーションノート

CRISPR 分子とその複合体の SEC 分析の調査

CRISPR 分子とその複合体の SEC 分析の調査

  • Lavelay Kizekai
  • Stephen J. Shiner
  • Matthew A. Lauber
  • Waters Corporation

要約

サイズ排除クロマトグラフィー(SEC)は、タンパク質の分析においては強力な分離手法ですが、タンパク質とハードウェアまたはタンパク質と充塡剤の間の相互作用により、限界が示される場合があります。この研究では、CRISPR Cas9 タンパク質が研究対象として困難なサンプルであることが確認されました。従来のステンレススチール製ハードウェアカラムを使用した場合、吸着による損失が顕著に見られ、十分な分離を得るには、大がかりな分析法開発が必要であることが示唆されました。親水性 MaxPeak™ High Performance Surfaces(h-HPS)によるハードウェア表面の改良など、最近の SEC カラムテクノロジーの進歩により、望ましくない二次相互作用が大幅に減少し、生理的 pH(約 7.4)またはその近傍で比較的低塩濃度(約 150 ~ 300 mM)の PBS ベースのバッファーを使用してタンパク質を分離することが可能になりました。このテクノロジーを活用し、MaxPeak Premier Protein SEC 250 Å カラムを使用して、Cas9 の SEC-UV 回収率を改善し、さまざまな化学量論比のリボ核タンパク質(RNP)複合体形成の調査を開始しました。これとは別に、揮発性酢酸アンモニウム移動相を使用して、遊離タンパク質 Streptococcus Cas9 のインタクトマスに対応する約 160 kDa の質量について、ネイティブ MS ベースの直接観察を行います。これらの予備的な分析法の情報から、より小さな約 124 kDa の Staphylococcus aureus 由来 Cas9 ホモログなどの、他の CRISPR 分子の SEC 分析においてもさらなる成功が得られる可能性があると考えられます。

アプリケーションのメリット

  • MaxPeak Premier Protein SEC 250 Å カラムでは、カラム表面の不活性性が改善されており、優れた Cas9 回収率を実現
  • Cas9、gRNA、RNP 複合体の SEC-UV の分析法に関する考慮事項
  • Cas9 の SEC-MS に関する予備的な情報

はじめに

Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats(CRISPR)という名前は、1993 年に Francisco Mojica によって考案されたものです1。 CRISPR とは、CRISPR 関連(Cas)タンパク質酵素とガイド RNA 分子の 2 つの要素を必要とする遺伝子編集手法です。近年、CRISPR は、食品、植物、バイオ燃料製造、そして今ではヒト細胞の in vitro 遺伝子編集およびヒト患者の in vivo 遺伝子編集に応用され、成功を収めています1。 さらに最近では、Jennifer Doudna 教授と Emmanuelle Charpentier 教授の、CRISPR システムの発見と利用における貢献に対してノーベル賞が授与されました。彼らの最も注目すべき研究において、E. coli で発現した組換え Cas9(Streptococcus pyogenes由来)を、crispr RNA(crRNA)と in vitro で転写したトランス活性化 crRNA(tracrRNA または trRNA)とともに使用しています。これらの分子から生じた複合体により、精製済み DNA を切断することができ、それによって遺伝子編集が容易になることが明らかになりました(Jinek et al., 2012)2。 さらに彼らは、ターゲット部位の特異性をカスタム設計した crRNA でプログラムできることや、trRNA と crRNA を融合させてシングルガイド RNA(sgRNA)にできることを示しました。sgRNA の概念は現在ではゲノム編集に広く応用されています1

生きた細胞のゲノム改変は新しい概念ではなく、1980 年代後半に革命がもたらされていましたが、比較的効率が悪いことで知られていました。デザイナージンクフィンガー(ZF)1–4、転写活性化因子様エフェクター(TALE)4–6 、ホーミングメガヌクレアーゼなどのゲノム編集テクノロジーは、それぞれ独自に遺伝子編集テクノロジーに大きな突破口を開きました。CRISPR テクノロジーは、精密な DNA 座で二本鎖 DNA 切断を実行する上でより精密であることが示されている上、拡張性に優れ、手頃な価格で、簡単に設計することができます3-4。現在では、治療用途での使用が開始されています。米国食品医薬品局(FDA)は、鎌状赤血球病(SCD)および輸血依存性 β サラセミア(TDT)の治療に用いる CRISPR 遺伝子編集医薬品について、希少小児疾患指定に Editas Medicine 社の EDIT-301 を認可しました。また、Vertex Pharmaceutical 社によって第 III 相臨床試験が行われている CTX001 は、患者由来の CRISPR-Cas9 で編集した β サラセミアに対する幹細胞治療薬です5-6

CRISPR 関連タンパク質 9(Cas9)は、天然および人工の CRISPR/Cas システム中でターゲット DNA の部位を特定し、切断する役割を担っています。今回紹介する II 型 Cas9 タンパク質は、Streptococcus pyogenes における CRISPR 適応免疫系に関連するデュアル RNA ガイド DNA エンドヌクレアーゼです2.6。 この約 160 kDa の Cas9 タンパク質が crRNA や trRNA、あるいはシングルガイド RNA と結合して、遺伝子編集のための RNP 複合体を形成すると、DNA の特異的切断が可能になります。治療用遺伝子編集のための分子間相互作用と RNP の設計は非常に重要です。慎重な設計と試験を行わなければ、細胞のゲノム中の非特異的部位で望ましくないオフターゲット切断が起こる可能性があります。SEC 手法は、タンパク質とその複合体の生物物理学的性質を試験するための有効な手法であることが証明されています。タンパク質の SEC における大きな制約の 1 つとして、望ましくない静電的・疎水的二次相互作用の存在が挙げられます。一部のタンパク質では特に、このような要因による複雑化がよく見られます。Cas9 タンパク質は SEC では解析が難しいと考えられていました。その結晶構造の解析から、なぜこのようなことが起こるのかに関して仮説が提唱されています(図 1)。Shenal らは、S. pyogenes Cas9 の結晶構造を調べた結果、このタンパク質には非常に塩基性の高いくぼみが存在し、これが相補的な核酸との結合を促進することを見出しました。このくぼみの位置を示すため、Lys 残基と Arg 残基を青色で示しています7。 一方、Streptococcus Cas9 には酸性ドメインも存在します。このモチーフの電気陰性度によって、このタンパク質のクロマトグラフィーが困難であると報告されている理由が説明される可能性があります。Asp 残基と Glu 残基が密集する領域に対応する強い電気陰性度により、金属製カラムハードウェアに対する親和性と吸着による損失を示すことが予測されます。

図 1.  ガイド RNA とターゲット DNA 分子の複合体中の S. pyogenes Cas9 の結晶構造。タンパク質の残基を曲面表現で示し、核酸をイラストで示しています。アスパラギン酸残基とグルタミン酸残基を赤色、ヒスチジンをオレンジ色、リジンとアルギニンを青色で示しています。画像は Mol* および RCSB PDB ID 4OO8 を使用して作成しました。(D. Sehnal, S. Bittrich, M. Deshpande, R. Svobodová, K. Berka, V. Bazgier, S. Velankar, S.K. Burley, J. Koča, A.S. Rose (2021) Mol* Viewer:modern web app for 3D visualization and analysis of large biomolecular structures.Nucleic Acids Research.doi:10.1093/nar/gkab31.7

このアプリケーションノートでは、単純な SEC 分析法を使用した、Cas タンパク質、CRISPR RNA、およびそれらにより形成される RNP 複合体の特性解析の可能性について実証します。ここでは、250 Å BEH™ 粒子とヒドロキシ PEO 結合をベースとして新たに開発した SEC 充塡剤を、親水性 MaxPeak High Performance Surfaces(h-HPS)で改良したハードウェアとともに適用しました。h-HPS 表面ハードウェアでは、従来のステンレススチール製カラムハードウェアと比較して、複数の Cas9 分子について優れた回収率が示されました。h-HPS ハードウェアにより Cas9 ヌクレアーゼの回収率が大幅に改善されたことで、薬剤設計から製剤化および安定性試験に至るまで、継続的な分析法開発と SEC CRISPR 分子の特性解析の適用により、より多くの機会を得ることができます。一例として、リン酸緩衝生理食塩水ベースの移動相を適用して、個々の注入および Cas9 と RNA のレシオメトリック混合物の試験に成功しています。平衡ベースの RNP 複合体形成の兆候が観察されました。これとは別に、QTof 質量分析で揮発性酢酸アンモニウム移動相を適用して、遊離タンパク質 Streptococcus Cas9 のインタクトマスに相当する約 160 kDa の質量について、直接ネイティブ質量分析(MS)ベースの観察を行いました。これらの予備的な分析法の洞察から、CRISPR 分子の SEC 分析においてもさらなる成功がまもなく得られる可能性があると考えられます。これには、多次元分離に使用される SEC、ネイティブ MS に適用される SEC、あるいはこれらのツールをより低分子のおそらくより追跡しやすい Staphylococcus aureus 由来 Cas9 のホモログ(約 124 kDa)のさらなる調査への使用が考えられます。

実験方法

サンプルの説明

Dharmacon/Horizon から入手した Cas9 ヌクレアーゼタンパク質 NLS には Streptococcus pyogenes Cas9(Csn1)遺伝子(製品番号:CAS12206)が濃度 10 µg/µL で含まれており、これを Millipore の Milli-Q 水で 5 µg/µL に希釈しました。20 mM リン酸、276 mM NaCl、5.4 mM KCl pH 7.4(2x PBS バッファー)は、Sigma から入手した 2 パケットの PBS(製品番号:P3813)を 1 リットルの Milli-Q 水に添加して調製し、使用前に滅菌済み 0.2 µm ナイロンフィルター(Thermo Scientific 製品番号:1630020)でろ過しました。IonHance™ CX-MS 濃縮液 B を 5 倍希釈して、4% ACN 中 320 mM 酢酸アンモニウム(pH 8.5)を作成しました。

RNP 複合体形成

RNP 複合体は、まず Dharmacon/Horizon から入手した sgRNA、Edit-R 合成 sgRNA 非ターゲットコントロール #1(製品番号: U-009501-01-05)を 60 ℃ で 10 分間インキュベートし、15 分間室温まで冷却することで形成させました。加熱した sgRNA と Cas9 ヌクレアーゼタンパク質 NLS の 1:1 および 3:1 RNP 複合体混合物を調製し、ボルテックスにより穏やかに混合しました。混合物を次に 8000 rpm で 30 秒間遠心分離し、Waters ポリプロピレン 12 × 32 mm スクリューネックバイアル 300 µL(製品番号:186002639)に移しました。

LC 条件

LC システム:

ACQUITY™ UPLC™ H-Class Bio

検出:

ACQUITY UPLC TUV 検出器(チタン製フローセル、5 mm、1,500 nL)

波長:

280 nm(Cas9 サンプル)および 260 nm(RNP 形成)

データ取り込み:

Empower™ Pro 3 Feature Release 3

バイアル:

マキシマムリカバリーバイアルおよびキャップ(ウォーターズ製品番号:186000327C)、Waters 300 µL ポリプロピレンスクリューネックバイアル(ウォーターズ製品番号:186004112)

カラム:

XBridge™ Premier Protein SEC 250 Å、2.5 µm、4.6 × 150 mm

ACQUITY Premier Protein SEC 250 Å、1.7 µm、4.6 × 300 mm

カラム温度:

35 ℃

サンプル温度:

8 ℃

サンプルマネージャー洗浄液:

18.2 MΩ 水

シール洗浄溶媒:

10% HPLC グレードメタノール/90% 18.2 MΩ 水(v/v)

注入量:

gRNA(5 µg/µL を 2 µL)、RNP 形成(1:1 および 3:1 の複合体を 2 µL)

流速:

0.2 mL/分

移動相 A:

2X PBS:リン酸緩衝生理食塩水(20 mM リン酸、276 mM NaCl、5.4 mM KCl pH 7.4)

サンプル:

Cas9 ヌクレアーゼタンパク質 NLS

グラジエント:

イソクラティック

SEC-MS

LC システム:

ACQUITY Premier バイナリーソルベントマネージャー

検出:

ACQUITY UPLC TUV 検出器(チタン製フローセル、5 mm、1,500 nL)

波長:

280 nm

データ取り込み

MassLynx™ v4.1

バイアル:

マキシマムリカバリーバイアルおよびキャップ(ウォーターズ製品番号:186000327C)、Waters 300 µL ポリプロピレンスクリューネックバイアル(ウォーターズ製品番号:186004112)

カラム:

ACQUITY Premier Protein SEC 250 Å、1.7 µm、4.6 × 150 mm

カラム温度:

30 ℃

サンプル温度:

8 ℃

シール洗浄および FTN SM 洗浄:

10% HPLC グレードメタノール/90% 18.2 MΩ 水(v/v)

注入量:

SpCas9(10 µL)

流速:

0.1 mL/分

移動相 A:

IonHance CX-MS 濃縮液 B を 5 倍希釈して、4% ACN 中 320 mM 酢酸アンモニウム(pH 8.5)を作成

サンプル:

Cas9 ヌクレアーゼタンパク質 NLS

MS システム:

Xevo™ G2-XS QToF

四重極設定:

1,000/2,000/3940 25%/25%/25%/25%

取り込み範囲:

m/z 2,000 ~ 7,000

キャピラリー電圧:

3 kV

スキャンレート:

2 Hz

イオン源温度:

100 ℃

脱溶媒ガス流量:

600 L/時間

脱溶媒ガス温度:

450 ℃

コーンガス流量:

50 L/時間

結果および考察

以前の研究では、SEC における静電的および疎水性の二次相互作用を緩和するための、新型 250 Å BEH HO-PEO 結合粒子と MaxPeak h-HPS ハードウェアのメリットが検討されてきました8。 本研究では、2 倍の濃度強度のリン酸緩衝生理食塩水(20 mM リン酸、276 mM NaCl、5.4 mM KCl pH 7.4、2 x PBS)に基づくプラットホームメソッドと移動相の適用が可能であることを示しました。これが Streptococcus pyogenes Cas9 のクロマトグラフィーに関する調査の出発点となりました。まず、Protein SEC 250 Å 充塡剤と標準の金属製ハードウェアを用いて調製した SEC カラムのピーク形状と回収率を、h-HPS で改良したハードウェアと比較する実験を行いました。具体的には、従来のステンレススチール製カラムハードウェアの性能を、サイズが 4.6 × 300 mm の同じヒドロキシ末端 BEH 250 Å、2.5 µm 充塡剤を使用した h-HPS カラムハードウェアの性能と比較しました。図 2 に、得られたクロマトグラムを示します。予測通り、従来のステンレススチール製ハードウェアにおいて、代表的な CRISPR Cas9 タンパク質の高密度な静電結合部位により、吸着損失が引き起こされていることがわかります。

図 2.  2x PBS 移動相を使用する高カバー率のヒドロキシ末端 PEO 結合を持つ 250 Å BEH 粒子を充塡した従来のステンレススチール製カラムハードウェアと親水性 MaxPeak High Performance Surfaces カラムハードウェアでの SpCas9 タンパク質の比較。S. pyogenes Cas9 由来の SpCas9 ヌクレアーゼタンパク質では、従来のステンレススチール製ハードウェアでの注入 1 と 2(赤色と緑色のトレース)において、h-HPS カラムハードウェアでの注入 1 と 2(黒色と青色のトレース)よりも強い静電相互作用が示されています。

従来のステンレススチール製ハードウェアと h-HPS ハードウェアでは、性能にはっきりした差異が見られました。図 2 において、BEH-PEO 粒子を充塡した h-HPS カラムハードウェアでは、SpCas9(図 1)の静電特性が大幅に小さく抑えられています。従来のステンレススチール製カラムハードウェアを使用した場合、SpCas9 の回収はほぼ不可能でした。妥当な結論として、SpCas9 の静電ドメインがカラム内の露出した金属ハードウェア表面に強く吸着されていると考えられます。h-HPS ハードウェアでも、若干のコンディショニングの兆候がありました。つまり、2 回目の注入の方が 1 回目の注入と比較して全体的な回収率が増加していました(青色のトレース)。とはいえ、h‐HPS カラムへの 1 回目の注入では、モノマーの SpCas9 分子種で優れた回収率が得られました。凝集体がどの程度速やかに形成されるかについての完全な理解を得るには、SpCas9 の安定性効果のさらなる検討が必要となります。

h-HPS ハードウェアを採用した XBridge™ Premier Protein SEC 250 Å、2.5 µm カラムでは有望な性能が示されたため、Cas9 タンパク質についてのさらなる研究や RNP 複合体の形成とクロマトグラフィー挙動の調査において、この種類のカラムテクノロジーを選択しました。

RNP 複合体形成

Cas9 の立体構造変化は完全には解明されていませんが、Jinek らは、立体的相互作用やタンパク質の側鎖と RNA の塩基の間の弱い結合が変化を誘導する可能性があるという仮説を立てています10。 RNP 複合体の形成時には、複合体形成時およびその後の化合物の安定性を迅速に評価することが不可欠です。SEC によって評価を行うにあたって、まず ACQUITY Premier Protein SEC 250 Å 1.7 µm、4.6 × 300 mm カラムを用い、調製しやすいリン酸緩衝生理食塩水を移動相として用いて RNP の形成を調べました。下の図 3a ~ d には、個々の sgRNA、個々の SpCas9、および sgRNA と SpCas9 の 1:1 混合物および 3:1 混合物から生じた RNP 複合体の SEC-UV トレースを示します。

図 3a ~ d.  ACQUITY Premier Protein SEC 250 Å 1.7 µm 4.6 × 300 mm カラムを使用して、RNP 複合体、個々のガイド RNA および Cas9 タンパク質の形成クロマトグラムを取り込みました。図 3a は 260 nm で取り込んだ sgRNA の UV クロマトグラムです。図 3b は 280 nm で取り込んだ S. pyogenes の Cas9 によるものです。図 3c には、sgRNA と Cas9 を 1:1 の比率で混合したときの RNP 複合体の形成を示します。図 3d には、sgRNA と Cas9 を 3:1 の比率で混合したときの RNP 複合体の形成を示します。

図 3a には、分子量約 32 kDa の組換え sgRNA の SEC-UV クロマトグラムを示します。記載しているクロマトグラムは、核酸の溶出をより選択的にモニターするため、260 nm の UV での検出で取り込んだものです。一方、図 3b には、SpCas9 および対応する 11.34 分に溶出するモノマーのピークの SEC-UV 280 nm クロマトグラムを示します。図 3c には、sgRNA と SpCas9 の 1:1 混合物の結果を示します。9.00 ~ 11.09 分の新規ピーク溶出の存在によって証拠付けられる、RNP 複合体の部分的形成が見られました。これらの RNP ピークの溶出がシフトしたのはおそらく、タンパク質‐RNA 複合体の流体力学的半径が増加したためと考えられます。RNP 複合体ピークのショルダーによってわかるように、SpCas9 タンパク質のわずかな部分が、この 1:1 の比では結合していないことが示されました。図 3d では、sgRNA の比率が 3 倍の 3:1 になっています。この増加により、遊離 sgRNA のシグナルが多量に生成されたと考えられます。過剰な量の sgRNA を用いた場合も、非結合性の SpCas9 のショルダーピークがこれに対応して減少したと考えられます。まだ理解できていない点は多く残りますが、SEC-UV 分析を導入することで、RNP 複合体の迅速なチェックやその安定性のモニタリング用のツールとして活用することができます。RNP 形成における sgRNA と Cas9 タンパク質の様々な比率を調べることで、結合親和性の評価も可能になり、これを薬物設計実験に応用することができます。 

揮発性移動相および SEC-MS についての予備的調査

Cas タンパク質とその複合体の特性解析を向上させるには、溶出する分析種の質量分析情報に同時にアクセスできることが有益になります。上記のリン酸緩衝生理食塩水移動相だけでなく、オンライン MS 検出で直接接続できる酢酸アンモニウム溶液を用いて、SpCas9 の分離を検討しました。ナトリウムおよびカリウムの付加イオンが、MS の品質に非常に容易に悪影響を及ぼす可能性があるため、この種の研究では、微量金属、MS 認定済み移動相成分のみを使用することが非常に重要です。そのため、IonHance 酢酸アンモニウム濃縮物を適用し、一連の異なる希釈率を試験する実験を行いました。100 mM、200 mM、240 mM、280 mM、300 mM、400 mM 酢酸アンモニウムの使用に対応する UV クロマトグラムを図 4 に示します。リン酸ベースのバッファーを使用しても SpCas9 では複雑な問題が発生していることから、対称形のモノマーピークと高い回収率を得るためには、最低約 300 mM の酢酸アンモニウムが必要であることは想定範囲内でした。ここでは試験していませんが、他の pH に滴定した酢酸アンモニウム溶液は、この用途により適しているか同等の結果が得られると考えられます。

図 4.  IonHance 濃縮液 B バッファーを希釈して酢酸アンモニウム pH 8.5 の移動相(100 mM、200 mM、240 mM、280 mM、300 mM、400 mM)を作成した場合の SpCas9 の分析

320 mM 酢酸アンモニウムの移動相は、ネイティブ LC-MS に最も頻繁に使用される移動相としては比較的高濃度です。とはいえ、高 m/z 範囲の分子種を検出するための QTof 質量分析の最適化を検討しました。四重極質量フィルタリングを、低 m/z のイオンが不安定化するように調整し、m/z 2,000 以上のイオンをより選択的に検出しました。流速 0.1 mL/分を使用して ESI ソースの脱溶媒負荷を低減し、図 5A に示す UV クロマトグラムおよびトータルイオンクロマトグラムを収集しました。この実験で 320 mM 酢酸アンモニウム移動相を用いたことにより、モノマーの SpCas9 とその HMW 分子種の両方について優れたピーク形状が得られました。クロマトグラムの拡大表示によって(挿入図を参照)、この分離の質が裏付けられます。SpCas9 は、分子量 158 kDa(UniProt Q99ZW2)と予測される大型のタンパク質です。また、複数の強いマグネシウムイオン結合ポケットがあると予測され、翻訳後修飾を受ける可能性も高くなります。さらに、今回試験した SpCas9 コンストラクトは、遺伝子組換えで、Csn 1遺伝子に C 末端核移行シグナル(NLS)を結合させて作製しました。これにより、質量 1 ~ 3 kDa の塩基性残基のストレッチが付加されます。モノマーピークから生成した合計生質量スペクトルを作成し、これを MaxEnt1 デコンボリューションスペクトルとともに図 5B に示しています。生スペクトルには不均一性が見られ、これを適切に処理して分子量情報を決定しました。この実験でデコンボリューションされた最も強度の強い質量は 161.5 kDa と 161.9 kDa の 2 つです。いずれも、C 末端 NLS 延長配列(1 ~ 3 kDa)を含む Csn1 遺伝子産物の予測平均質量と合理的に一致しています。これらの結果により、Cas9 タンパク質の MS ベースの調査が使用でき、分析法開発において追加の検討を行って感度と MS の質を向上させることで、Cas9 タンパク質のガイド RNA 分子との複合体形成の検出に必要な分析能力が得られる可能性があることが実証されました。また、より小さな約 124 kDa の Staphylococcus aureus Cas9 ホモログの SEC-MS 分析は、さらにうまくいく可能性があります。

図 5.  ACQUITY Premier Protein SEC 250 Å 1.7 µm 4.6 × 150 mm カラムおよび 320 mM 酢酸アンモニウム(pH 8.5)移動相を用いたネイティブ SEC-MS。(A)QTof ESI-MS で取り込んだトータルイオンクロマトグラム。(B)モノマー SpCas9 分子種とそれに対応する MaxEnt1 デコンボリューションに対応する合計生スペクトル。

結論

このアプリケーションノートでは、CRISPR/Cas9 タンパク質とその RNP 複合体を分析するための簡単な SEC-UV 分析法を作成することができました。この研究には、Waters ACQUITY Premier Protein SEC 250 Å、1.7 µm および XBridge Premier Protein SEC 250 Å、2.5 µm カラムテクノロジーを採用したことで、単純な PBS ベースの移動相を使用できました。これらの新しいカラム表面テクノロジーにより、非特異的なタンパク質-カラム相互作用が大幅に減少することが以前より実証されていました10。 従来のハードウェアカラムで Streptococcus pyogenes Cas9 タンパク質が示す静電二次相互作用は、新型の h-HPS ベースのカラムテクノロジーを用いることで、大幅に低減することがこの研究でわかりました。これにより、より正確な SpCas9 分析が容易に行え、IonHance 酢酸アンモニウムで構成される MS 認定済み移動相バッファーを使用したオンライン SEC-MS 法を開発する機会が得られました。いずれの SEC 分析法も、CRISPR/Cas9、それに対応する核酸、および RNP 複合体形成の試験での使用が有望であることがわかりました。

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