• アプリケーションノート

インタクトバイオ医薬品タンパク質の LC-MS 分析用のより環境に配慮した低コストの有機移動相溶媒

インタクトバイオ医薬品タンパク質の LC-MS 分析用のより環境に配慮した低コストの有機移動相溶媒

  • Henry Shion
  • Ying Qing Yu
  • Waters Corporation

要約

このアプリケーションノートでは、質量検出を伴うタンパク質の逆相分離に、アセトニトリル(毒性クラス II)の代わりに、より環境に配慮した、毒性クラス III で低コストの液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)グレードのアルコール(メタノール、イソプロピルアルコールなど)を使用する最近の傾向について紹介します。この試験では、バイオ医薬品の逆相(RP) LC-MS 分析に、アセトニトリルの代わりにイソプロピルアルコール(IPA)を使用して行った調査の報告について説明します。このレポートではメリットと潜在的な問題について詳細に説明し、実験データにより、全体としては IPA がこのアプリケーションスペースでアセトニトリルの代替になり得ることを示しています。 

アプリケーションのメリット

  • イソプロパノール(IPA)はアセトニトリルより低毒性の有機溶媒
  • イソプロパノール(IPA)はアセトニトリルより低コスト
  • イソプロパノール(IPA)は、インタクトマス分析およびサブユニットの LC-MS 分析において、ピーク形状、キャリーオーバー、そして得られる MS 感度の点で優れた性能を発揮

はじめに

このアプリケーションノートでは、タンパク質の RP LC-MS 分析において、アセトニトリルをより環境に配慮し、より安価な溶媒に置き換えるという最近の動向について紹介します。アセトニトリルは紫外線(UV)のカットオフが低く、低粘度であるため、タンパク質の逆相液体クロマトグラフィー(RPLC)分離に広く使用されていますが、毒性や廃棄の問題、また場合によってはその希少性が問題となります。

LC により環境に配慮した有機移動相を求める分野では、アセトニトリル(ACN)をエタノールまたはアセトンに置き換える動きに大きな関心が向けられています1,2,3。 米国薬局方(FDA)の文書4 -「Q3C - Tables and List Guidance for Industry」の記載によると、ACN は毒性クラス 2 の溶媒に分類され、エタノールとアセトンはいずれも毒性クラス 3 の溶媒と見なされています。RP LC-MS アプリケーションにおいて、Amgen は、タンパク質分析用の移動相に IPA を 0.1% トリフルオロ酢酸(TFA)と組み合わせて使用することを試みています5。本試験では、バイオ医薬品の RP LC-MS 分析において、ACN の代わりにアルコール(クラス 3 溶媒に分類される MeOH または IPA)を使用した調査について報告します。インタクトモノクローナル抗体(NISTmAb 標準試料)と IdeS 消化・還元サブユニットの分析用の有機移動相溶媒として ACN、MeOH、または IPA を使用して(一般的に使用される 0.1% ギ酸を添加)、クロマトグラフィーおよび質量分析法でのパフォーマンスを比較しました。全体として、実験データから、mAb のルーチン LC-MS 分析には、アセトニトリルの代替として IPA が適していることが示されました。 

図 1.  この試験に使用するシステムは BioAccord™ システムで、チューナブル UV 検出器(TUV)とインラインで接続された ACQUITY RDa精密質量検出器を備えた ACQUITY™ UPLC™ I-Class PLUS で構成され、waters_connect™ インフォマティクスプラットホームで操作しています。

実験方法

化合物およびサンプル前処理

LC-MS グレードの水、アセトニトリル(ACN)、メタノール(MeOH)、イソプロパノール(IPA)は、Honeywell-Burdick & Jackson(米国ミシガン州マスキーゴン)から購入しました。LC-MS グレードのギ酸は Thermo Fisher Scientific(米国マサチューセッツ州ウォルサム)から購入しました。Waters ヒト化モノクローナル抗体(NISTmAb)質量チェック標準試料(Waters 製品番号 =186009125)および Waters mAb(NISTmAb)サブユニット標準試料(Waters 製品番号 =186008927)をこの試験に使用しました。インタクトマス分析では、サンプルバイアル(インタクトモノクローナル抗体 80 µg を含む)に 400 µL の水を加えて、0.2 µg/µL の溶液にして 4 µL 注入しました。サブユニット分析では、サンプルバイアル(25 µg のサブユニットモノクローナル抗体を含む)に 250 µL の水を加えて、0.1 µg/µL の溶液にして 4 µL 注入しました。 

BioAccord システム

システム:

ACQUITY UPLC I-Class PLUS

検出器:

ACQUITY RDa 質量検出器、TUV 光学検出器

ソフトウェア:

waters_connect v1.9.9.6

インタクトマス分析 - LC-MS メソッドのセットアップ

カラム:

BioResolve™ RP mAb Polyphenyl カラム、450 Å、2.7 µm、2.1 mm × 50 mm(製品番号 = 186008944)

カラム温度:

80 ℃

移動相 A:

0.1% ギ酸水溶液

移動相 B:

1. 0.1% ギ酸アセトニトリル溶液、

2.0.1% ギ酸含有 95% メタノール水溶液、または

3.0.1% ギ酸含有 95% IPA 水溶液

TUV 光学検出器:

UV 280 nm

インタクト mAb 分析の LC グラジエントテーブル

合計実行時間:7.0 分

インタクトマス分析の MS 条件

取り込み設定

モード:

フルスキャン

質量範囲:

高(m/z 400 ~ 7000)

極性:

ポジティブ

スキャンレート:

2 Hz

コーン電圧:

カスタム(70 V)

キャピラリー電圧:

カスタム(1.50 kV)

脱溶媒温度:

カスタム(550 ℃)

インテリジェントデータキャプチャー(IDC):

オフ

サブユニット質量分析 LC-MS 分析法のセットアップ

カラム:

BioResolve RP mAb ポリフェニルカラム、450 Å、2.7 µm、2.1 mm × 50 mm (Waters 製品番号 = 186008944)

カラム温度:

80 ℃

移動相 A:

0.1% ギ酸水溶液

移動相 B:

1. 0.1% ギ酸アセトニトリル溶液、

2.0.1% ギ酸含有 95% メタノール水溶液、または

3.0.1% ギ酸含有 95% IPA 水溶液

TUV 光学検出器:

UV 280 nm

グラジエントテーブル

合計実行時間:5.50 分

サブユニット分析の MS 条件

取り込み設定

モード:

フルスキャン

質量範囲:

高(m/z 400 ~ 7000)

極性:

ポジティブ

スキャンレート:

2 Hz

コーン電圧:

カスタム(30 V)

キャピラリー電圧:

カスタム(1.00 kV)

脱溶媒温度:

カスタム(450 ℃)

インテリジェントデータキャプチャー(IDC):

オフ

結果および考察

アセトニトリル(ACN)は、主にアクリロニトリルの製造時および精製時の副生成物として生成します。MeOH は、一酸化炭素と水素を含む合成ガスにより製造した後、蒸留精製します。IPA は、水和反応で水とプロペンを結合させた後、共沸蒸留して製造します6,8,9,10。アルコールの製造では通常、製造法の違いにより、ACN と比較して、混入物の少ない高純度の溶媒が生成します。そのため、LC-MS 分析用の高純度アルコールの価格は、ACN の価格よりも大幅に低くなります。表 1 に、現在米国で販売を行っている多くの IPA、MeOH、ACN 業者のうち 3 社の販売価格の比較を示します。ACN の平均価格は MeOH および IPA の平均価格のほぼ 3 倍で、アルコールを使用する場合は明らかにコスト面での利点があります。 

表 1.  LC-MS グレードの有機溶媒移動相の価格比較(2021 年第 4 四半期の米国でのカタログ記載価格)

インタクトマス分析

インタクトマス分析の評価では、0.8 µg の Waters ヒト化モノクローナル抗体(NISTmAb)質量チェック標準試料を Waters BioResolve RP mAb ポリフェニルカラムにロードしました。実験に使用した移動相は、A 0.1% FA 水溶液、B 0.1% FA 含有 IPA 水溶液、95% MeOH、または 95% ACN です。最適化された逆相インタクトマス分析グラジエントを使用し、合計分析時間 7 分で分析しました。ACN と水の UV カットオフはいずれも 190 nm で、MeOH と IPA の UV カットオフはいずれも 205 nm です7。 インタクトマス分析およびサブユニット分析に使用される TUV 波長は通常 280 nm(低分子タンパク質の場合は 260 nm)であるため、MeOH および IPA のより高い TUV カットオフは TUV 検出に影響を及ぼさないと考えられます。

図 2 は、NISTmAb のインタクト LC-MS 分析で 3 種の移動相 B を使用して得られたトータルイオンクロマトグラム(TIC)と UV 吸光度クロマトグラムの比較です。3 種の有機移動相すべてにおいて、UV トレースおよび MS トレースで対称的でシャープなピークが得られました(オフセット保持時間は予測通り)。ただし、IPA、MeOH、ACN の場合、ピークの 50% 高さでの TIC ピーク幅はそれぞれ 3.6、4.8、3.6 秒であり、IPA および ACN(移動相 B)の方が MeOH よりシャープな TIC ピークを生成することが示されました。MeOH での TIC 強度は、IPA または ACN での TIC 強度の約 80% であることも分かりました。この比較により、インタクト NISTmAb 分析では ACN の代替として IPA が好ましいことが示唆されます。 

図 2.  異なる移動相条件を用いた NISTmAb のインタクトマス分析で得られた TIC および UV クロマトグラム 

図 3 には、NISTmAb のインタクトマス分析で 3 種の移動相溶媒を使用して得られたコンバインされたスペクトル(図 2 の TIC より)の比較(左)と、チャージ状態 50+ の 3 つのスペクトルの重ね描き(右)が含まれています。NISTmAb の生スペクトルでは、3 種類の移動相すべてについて同様のチャージエンベロープが生じていました。ただし、チャージ状態 50+ の重ね描きの拡大図により、IPA(黒線)および ACN(青線)では、グリコフォーム間の谷が低く(図 3 参照、17% および 20%)、MeOH よりも名目上より良好な生スペクトルが得られたことがわかりました。NISTmAb の場合、上位 5 種のグリコフォームは G0F/G0F、G0F/G1F、G1F/G1F、G1F/G2F、G2F/G2F と同定されています6。グリコフォーム間の谷が低いことは通常、質量分析計のイオン源での脱溶媒プロセスがより良好(デクラスタリングがより良好)であることを示します。したがって、mAb のインタクトマス分析では、IPA および ACN の方が MeOH よりも優れた質のスペクトルを生成することがわかりましたが、この効果は顕著ではありませんでした。 

図 3.  NISTmAb のインタクトマス分析に使用した 3 種の移動相(溶媒 B)で得られたコンバインされた生スペクトルの比較(左)、およびさまざまなグリコフォームのチャージ状態 50+ のシグナルを示す 3 つのデコンボリューション済みスペクトルを比較する重ね描き(右)。 

3 種の移動相すべてからのデコンボリューション済みスペクトルでは、同等のスペクトルの質と質量精度が得られました(データは示しません)。上位 5 種の主要グリコフォーム(G0F/G0F、G0F/G1F、G1F/G1F、G1F/G2F、G2F/G2F)の相対 MS レスポンス(チャージデコンボリューション後)は、図 4 に示すように、類似していました。図 4 は、waters_connect ソフトウェアで生成された繰り返しサンプル注入の相対 MS レスポンスのサマリープロットです。IPA と ACN 移動相の相対 MS レスポンスは類似していますが、MeOH の結果はわずかに異なることがわかります。この観察結果は、トラスツズマブやインフリキシマブなどの他の mAb についてバリデーションされました(データは示しません)。

図 4.  NIST mAb のインタクトマス分析でデコンボリューションしたスペクトルでの、3 種の RP 溶媒システムの繰り返し注入(n = 6)における 5 つの主要グリコフォーム(G0F/G0F、G0F/G1F、G1F/G1F、G1F/G2F、G2F/G2F)の相対 MS レスポンスの比較。

mAb サブユニット(scFc、LC、Fd)の分析

サブユニット分析は、Waters mAb サブユニット標準試料を使用して、5 分間のグラジエントを用いる LC-MS メソッドで行いました。図 5(左)に、移動相 B として、IPA、MeOH、および ACN を使用した場合の TIC の比較を示します。クロマトグラムから、すべての移動相条件でサブユニット(scFC、LC、Fd)が十分に分離されていることがわかります。scFc のコンバインされた生スペクトルを図 5(右)を示しました。全体として、異なる移動相溶媒を使用した場合、3 つのサブユニットすべてでシグナルの質に大きな相違は観察されませんでした。ACN を移動相 B として使用した場合の 3 回の注入の平均 TIC 強度を 1.00 とすると、IPA および MeOH を移動相 B として使用した場合の平均 TIC 強度の計算値はそれぞれ 1.18 と 1.06 になりました。MS スペクトルの生データでも、同様のシグナル強度比が観察されました。この実験結果は、IPA と MeOH はいずれも、mAb サブユニットの MS レスポンスにおいて、少なくとも ACN と同様の良好な性能を示すことを示唆しています。 

図 5.  IPA、MeOH、ACN を移動相溶媒として使用した場合の Waters NISTmAb IdeS 消化・還元サブユニット標準試料の TIC の比較(左)。scFc サブユニットのコンバインされた生スペクトルの比較(右)から、同等の質の MS スペクトルが得られることがわかります。 

UNIFI/waters_connect での MaxEnt1 チャージ状態のデコンボリューション後に同定された主要サブユニット(scFC、LC、Fd)を、表 2 に一覧表示します。この 3 つのサブユニットについて、同様の質量精度(15 ppm 未満)および主要プロテオフォームの相対存在量が各実験にわたって得られました。

表 2.  IPA、MeOH、ACN を LC-MS 分析の溶媒として使用した Waters NISTmAb IdeS 消化・還元サブユニット標準試料の質量精度および相対存在量の比較

試験では、LC システムの圧力が溶媒システム間で大きく変動しました。図 6 は、3 種の有機溶媒を使用する場合のシステム圧力の重ね描きです。システム圧力は、MeOH(3000 psi)または ACN(2500 psi)を使用した場合よりも、IPA を使用した場合の方がはるかに高くなりました(7500 psi)。このシステムの圧力差は、IPA を単独または水とのグラジエントとして使用した場合に、IPA の粘度が他の 2 つの溶媒よりもはるかに高いという事実を反映しています6、7、8。この試験で使用した流速は 0.4 mL/分で、カラム(2.1 × 50 mm)温度は 80 ℃ に維持し、システム圧力は ACQUITY システムの限界値である 18k psi よりはるかに低い値に維持しました。ただし、追加の注意事項として、IPA を有機移動相として使用する場合(特にこの試験で使用した流速、カラムサイズ、またはカラム温度を調整する場合)は、常にシステムの圧力変化に注意する必要があります。

図 6.  IPA、MeOH、ACN を移動相溶媒として使用した Waters NISTmAb IdeS 消化・還元サブユニット標準試料の分析でのシステム圧力のトレース

結論

この試験では、バイオ医薬品のインタクトマス分析用に、ACN よりも安全で安価な有機移動相溶媒として、イソプロパノール(IPA)と MeOH を検討しました。アルコールについての実験結果によると、インタクト mAb について、データの質(ピーク形状、生スペクトルのグリコフォームの谷間の割合など)、質量精度、感度は同等でした。この観察結果は、同様の LC-MS 実験条件での mAb サブユニット(scFc、LC、Fd)の分析でも同様でした。前述した環境面およびコスト面でのメリットに基づき、ウォーターズは、インタクトプロテイン LC-MS 分析のための、環境に配慮した費用対効果の高い分析法の開発を行う多くの科学者の取組みを支援しています。 

参考文献

  1. Welch, J., et al.Greening Analytical Chromatography, Trends in Analytical Chemistry, Vol.29, No.7, 2010.
  2. Yabré, M., et al.Greening, Reversed-Phase Liquid chromatography Methods Using Alternative Solvents for Pharmaceutical Analysis, Molecules Vol.23, 1065, 2018.
  3. Funari, C., et al.Acetone as a Greener Alternative to Acetonitrile in Liquid Chromatographic Fingerprinting.J Separation Science.Volume 38, Issue 9, Pages: 1441–1624, 2015.
  4. FDA Q3C–Tables and List Guidance for Industry: https://www.fda.gov/media/71737/download.
  5. Dillon, T., et al.US patent: US 2005O161399A1, 2005.
  6. Waters “ACQUITY UPLC TUV Detector, Operator’s Overview and Maintenance Guide”, Waters User manual: 715004733, Page 82, 2014.
  7. Shion, H.; et al.Enabling Routine and Reproducible Intact Analysis When Data Integrity Matters.Waters Application Note, 720006472, 2019.
  8. Li, J., et al.Selection of Solvents and Mobile Phases for HPLC to Optimize Sensitivity of UV Detection, Analysis and Purification 2(1): 72–75 (1987).
  9. Li, J., et al. Signal-to-Noise Optimization in HPLC UV detection, LC-GC 10 (11): 856–864 (1992).
  10. Snyder, L. et al.Practical HPLC Method Development, 2nd ed., pp.59-79 and 722–726, 1997. 

謝辞

著者らは、このアプリケーションノートの草稿に関して貴重なコメントを提供し、編集を行った Scott Berger(ウォーターズコーポレーション、バイオ医薬品市場担当シニアマネージャー)に感謝いたします。

720007540JA、2022 年 2 月

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