LipidQuan™:薬物ゲフィチニブの代謝に続く肝組織のリピドームの迅速プロファイリングのための頑健な LC-MS/MS 分析法
研究目的のみに使用してください。診断用には使用できません。
要約
脂質および代謝物のフェノタイピングにより、哺乳類の生物学、疾患の進行、治療の有効性、および公衆衛生に関して独自の情報が得られます。LipidQuan™ は、迅速な HILIC ベースの液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)プラットホームで、これを導入することで、ターゲットを絞ったアッセイの開発が行えます。同定と特異性が改善した 2,000 以上の脂質を含む Quanpedia™ ライブラリーを使用することで、分析法開発とトレーニングにかかるコストが削減できます(例えば、リン脂質関連の MRM に 2 つの脂肪酸鎖のフラグメントを使用することで特異性が向上します)。この試験では、生物学的に重要な 500 を超える脂質を導入して、組織サンプルをスクリーニングしました。この方法では、幅広い複数の脂質クラスをカバーするとともに、PA、PS、PC などの低存在量の生物活性脂質の測定が容易になります。様々ながんの治療に用いられる上皮増殖因子受容体(EGFR)のチロシンキナーゼドメインの阻害剤であるゲフィチニブの静注(IV)投与後のマウス肝組織の分析に LipidQuan 法を適用しました。得られたデータから、この薬物の投与後の経時的な軌跡を描くことにより、脂質代謝経路の調節不全が示されました。
アプリケーションのメリット
- 頑健で信頼性の高い脂質分析
- 生物学的に重要な 2,000 を超える脂質のライブラリーから 500 の脂質を測定できる能力
- すぐに導入できる迅速でシンプルな分析法
- 8 分間の迅速な分析
はじめに
液体クロマトグラフィー-質量分析(LC-MS)ベースのプロテオミクス、リピドミクス、およびメタボロミクスは、疾患、環境変動、および薬物や毒物への曝露の結果として哺乳類系に生じる生物学的変化の理解に寄与する大きな可能性を提供します1。 あらゆる種類の脂質の包括的な分析を行うリピドミクスを使用することで、8 つの一般的なクラスにわたる数千にもおよぶ脂質の検出および同定が可能になります1。 これらのリピドミクスアプローチにより、トリプルネガティブ乳がん、糖尿病性心血管疾患、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)など、さまざまな疾患により、これらのクラスの脂質の表現型が変化することが明らかになっています2。
ゲフィチニブは、チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)のクラスに属する薬物で、変異型または過剰発現した EGFR 受容体の結合ポケットにおいて ATP と競合します3。ゲフィチニブは、チロシンキナーゼ活性を阻害することにより、がん細胞の増殖を阻害します。以前の血漿を用いた研究により、薬物の薬理作用の結果として循環脂質組成が変化することを示すエビデンスが得られています4。
LipidQuan は、安定同位体標識した脂質と奇数鎖脂質の混合物を使用して脂質を迅速かつ正確に定量する頑健でシンプルな HILIC ベースの LC-MS/MS 分析法で、500 を超える脂質のスクリーニングに用いられました。本研究では、ゲフィチニブの静注投与後に得たマウス肝サンプル中の脂質の分析に LipidQuan を応用した例を示します。
実験方法
試験設計
マウス血漿サンプルは、オスの C57Bl/6JRj マウス(20 ~ 27 g)におけるゲフィチニブの以前の薬物動態学的試験で得られたものでした(この試験の詳細については、以前公開された論文に記載されています)4。この試験は、Evotec SAS(フランス、トゥールーズ)により、完全な管理監査の下で、国および EU のガイドラインに従って実施されました。簡単に説明すると、ゲフィチニブを 0.1% のポリソルベート 80 中の 0.5% ヒドロキシプロピルメチルセルロース HMPC 中に調合し、10 mg/kg の量を静注投与しました。肝サンプルは、投与前および投与してから 0.5、1、3、8、24 時間後に取得しました。
サンプル前処理
脂質は、肝サンプルから、Want らの論文 2012 [5] に概説されている手順に従って抽出しました。50 ~ 60 mg の組織を、シリカビーズをあらかじめ充塡した 1.5 mL チューブ中にサンプリングしました。このチューブに、250 倍希釈した純重水素化セラミド LIPIDOMIX(Avanti、米国アラバマ州バーミンガム)、SPLASH LIPIDOMIX(Avanti、米国アラバマ州バーミンガム)および 3,000 ng/mL のゲフィチニブ(d6)(Cayman Chemical、米国ミシガン州アナーバー)を含む 1 mL のジクロロメタン/メタノール(3:1、v/v)溶液を内部標準として加えました。6,000 rpm で 20 秒間のパルスを 15 秒間の休止をはさんで 3 セッションという Bertin Precellys Evolution(Bertin Instruments、英国ベイジングストーク)の組織設定を使用して組織を均質化しました。チューブは 2,000 g で 10 分間遠心分離してから、有機層をガラスバイアルに移し、窒素下で蒸発乾固させました。抽出を最適化するため、残りのペレットに対してこの抽出手順を繰り返しました。
抽出物を蒸発乾固させた後、1 mL の IPA/アセトニトリル(1:2、v/v)を加えて 10 分間の超音波処理を行い、サンプルを再溶解しました。5 ng/mL(LPE)~ 84,750 ng/mL(コレステロールエステル)の範囲の 6 濃度レベルの奇数鎖 LIPIDOMIX を含む IPA/アセトニトリル溶液中に再溶解した 6 つの投与前サンプル抽出物を使用して、検量線を作成しました。ゲフィチニブ(Sigma Aldrich、英国プール)および O-デスメチル-イレッサ(Cayman Chemical、米国ミシガン州アナーバー)の標準試料も、濃度 12 ng/mL ~ 1,333 ng/mL でキャリブラント溶液に含まれていました。サンプルをエッペンドルフチューブに移し、さらに 5 分間の遠心分離ステップを行って残渣を除去しました。上清をマキシマムリカバリーバイアルに移し、LC-MS 分析を行いました。
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY™ UPLC I-Class フロースルーニードル(FTN)UltraPerformance LC™ |
検出: |
Xevo™ TQ-XS タンデム四重極質量分析計 |
バイアル: |
品質保証ガラス製スクリューネックマキシマムリカバリーバイアル | 186000326C |
カラム: |
ACQUITY Premier UPLC™ BEH™ Amide 2.1 × 100 mm、1.7 µm |
カラム温度: |
45 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
注入量: |
0.5 μL |
流速: |
0.6 mL/分 |
移動相 A: |
95% ACN、5% 10 mM 酢酸アンモニウム(v/v) |
移動相 B: |
50% ACN、50% 水、10 mM 酢酸アンモニウム(v/v) |
グラジエント: |
2 分間で B を 1% から 20.0%、その後 3 分間で B を 20% から 80%、その後 3 分間で再平衡化 |
グラジエントテーブル
MS 条件
MS システム: |
Xevo TQ-XS |
イオン化モード: |
ポジティブイオンおよびネガティブイオンモード |
キャピラリー電圧: |
2.8 kV(+)1.9 kV(-) |
取り込みモード: |
MRM |
イオン源温度: |
120 ℃ |
脱溶媒温度: |
500 ℃ |
コーンガス流量: |
150 L/時間 |
脱溶媒流量: |
1000 L/時間 |
ネブライザーガス: |
7 bar |
イオンガイドオフセット 1: |
3 V |
イオンガイドオフセット 2: |
0.3 V |
データ管理
データは、TargetLynx™ XS vs.4.2(Waters、英国ウィルムスロー)および Skyline(MacCoss Lab Software、ワシントン大学)を使用して解析しました。TargetLynx ソフトウェアを使用したデータ解析は、重水素化セラミド LIPIDOMIX および SPLASH LIPIDOMIX の SIL 標準試料を、対応する脂質クラスの天然存在量に基づいて内部標準として機能させるように設定されています。多変量統計解析は、MetaboAnalyst6 および Spotfire(TIBCO、米国マサチューセッツ州サマービル)を使用して行いました。
結果および考察
ゲフィチニブ、N-(3-クロロ-4-フルオロフェニル)-7-メトキシ-6-(3-モルホリノ-プロポキシ)キナゾリン-4-アミン(図 1)は、2003 年に特定の乳がんおよび非小細胞肺がん(NSCL)の治療およびその他の特定のがんの治療に関して Iressa® のブランド名で承認された薬剤です。ゲフィチニブは、標的がん細胞の表皮増殖シグナルをチロシンキナーゼドメイン内で遮断することで作用し、上皮増殖因子受容体(EGFR)阻害剤に分類されます。ゲフィチニブは、哺乳類系でよく吸収されてバイオアベイラビリティーもよく、投与後 3 ~ 7 時間に血漿中最大濃度が認められます(経口バイオアベイラビリティーの平均は 60%)。ゲフィチニブは、前臨床生物種およびヒトにおいて広範な生体内反応が生じます(例:多数の薬物代謝物が生じます)。ゲフィチニブがチロシンキナーゼ経路に作用し、肝障害を引き起こすことが示されていることから、ゲフィチニブのリピドミクスに対する影響を調査しました4。
サンプルの分析を開始する前に、分析法の安定性を確保するために、対照のブランクサンプルを複数回注入しました。脂質の検量線を、分析プロセスの開始時と終了時に分析しました。すべての投与前サンプルをプールすることで、対照の品質管理(QC)を作成しました。各サンプルから少量ずつプールすることで、試験レファレンス QC を作成し、ゲフィチニブを投与した動物の各タイムポイントから少量ずつプールすることで、処理済みサンプルの QC も作成しました。これらの試験レファレンス QC、対照 QC、および処理済み QC を、サンプル注入 8 回ごとに分析しました。サンプルはランダム化し、LipidQuan HILIC-MS/MS 法を用いて 3 回繰り返しで分析しました。
肝抽出物の代表的なポジティブおよびネガティブイオン ESI HILIC-MS/MS クロマトグラムを図 2 および図 3 に示します。このデータは、2 種類のイオン化モードにおけるさまざまな脂質の分離と検出を示しています。このデータからわかるように、極性ヘッドグループのクラスごとに脂質が溶出し、「非極性」トリグリセリドおよびコレステロールエステルが最初に、そして LPC および LPE がクロマトグラムの最後に溶出しました。脂質クラスとともに、さまざまなアシルカルニチンをモニターおよび測定することができ、長鎖の C18 および C14 のカルニチンが 1.8 分に溶出し、短鎖の C4 ~ C0 のカルニチンが 2.9 ~ 3.8 分に溶出しました。このアプローチを使用して、計 238 種の脂質をポジティブイオンモードで定量し、内部標準とキャリブラントを除く 232 種の脂質をネガティブイオンモードでモニターしました。脂質標準試料の濃度は、5 ng/mL(LPE)~ 84,750 ng/mL(コレステロールエステル)の範囲でした。キャリブレーションサンプルの分析により、この方法で 3 桁の直線的なレスポンスが得られました。上記の方法により、ゲフィチニブおよびその代謝物の保持特性を、ゲフィチニブおよび O-デスメチル代謝物のキャリブラント標準を使用して決定しました。その結果、ゲフィチニブと O-デスメチル代謝物はいずれも 0.7 分に溶出したことがわかりました。
Skyline から導出されたピーク面積を MetaboAnalyst に転送し、教師なしの PCA 解析と教師ありの PLSDA 解析の両方を使用して多変量解析しました。ゲフィチニブとその代謝物から生じた LC-MS/MS シグナルは多変量統計解析に含めませんでした。一方、ゲフィチニブのポジティブイオン ESI LC-MS/MS MRM データから得られたデータから、0.5 時間のタイムポイントで最大濃度が得られ、試験の期間にわたって一貫して減少し続け、24 時間のタイムポイントでは測定不可になることがわかりました。この結果は、以前に発表された結果と一致しています3,4。 図 4 に示すデータは、PCA 法と PLSDA 法の両方を使用した、データのネガティブイオン分析の多変量統計解析を示します。ポジティブイオン ESI とネガティブイオン ESI の両方のデータセットにおいて、処理済みサンプル群は対照群から明確に分離しており、試験レファレンス CC と処理済みサンプルの CC がそれぞれのグループ内で密なクラスターを形成していました。PCA と PLSDA のいずれのデータ解析からも、明らかに処理済みサンプル群には、対照群と比べて有意なばらつきがあり、ゲフィチニブの投与が脂質代謝の調節不全につながったことが示唆されます。ポジティブイオン ESI LC-MS/MS データについても同様の傾向が見られました。
ゲフィチニブ静注群から得られたデータは、PLSDA のみ行いました(図 5)。このデータ分析では、0.5、1、3、8、24 時間の時間群からの代謝シグナルに明確な経時的軌跡が見られます。このデータから、24 時間のタイムポイントでは明らかにサンプルが投与前の位置に戻っておらず、脂質調節不全が 24 時間目において依然として発生していることが示唆されます。統計解析により、PLSDA モデルで観察された代謝変化に寄与する上位 25 の特性のうち、大部分が遊離脂肪酸(FFA)、PE、PG、LPC に対応することがわかりました。ポジティブイオン ESI データでも同様の結果が見られ、SM、TG、および PC 脂質の寄与が認められ、それらがデータのばらつきの大きな原因となっています。
ネガティブイオン ESI LC-MS/MS 分析から得られたこれらの調節不全を示す脂質のうち、LPE(18:0)、PG(16:0/18:1)、PE(18:0/20:4)、および LPC(20:4)の 4 つのピーク面積レスポンスの時間プロファイルを図 6 に示します。これらの脂質の経時変化プロファイルはそれぞれ異なりますが、すべて濃度が一貫して増加して 8 時間目のタイムポイントで最大に達し、24 時間目のタイムポイントでは濃度が低下しています。
結論
メタボロミクスやリピドミクスのプロファイリングにより、薬物または毒物に曝露した後のメタボロームやリピドームの変化の観察・理解や、疾患進行のモニタリングのためのメカニズムが提供されます。LipidQuan 法は、生物体液中の脂質の定量的測定のための迅速かつシンプルなアプローチを提供し、ポジティブイオンとネガティブイオンを組み合わせた実験で 500 を超える脂質をモニターできます。この試験では、LipidQuan 法を用いて EGFR 阻害剤であるゲフィチニブの静注投与後のマウス肝抽出物中の脂質を定量しました。また、QC データの分析により、経時的なドリフトや分析データのばらつきが見られず、この方法の頑健性がさらに浮き彫りになりました。データから、投与群内の脂質シグナルの経時的な軌跡が明らかになり、FFA、PE、PG、LPE、および LPC では、ネガティブイオン ESI データで見られたばらつきの大きな原因となっていました。また、SM、TG、および PC はポジティブイオンデータに大きく影響していました。
参考文献
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- Eghlimi R, Shi X, Hrovat,J, Xi B, Gu H. Triple Negative Breast Cancer Detection Using LC-MS/MS Lipidomic Profiling.J. Proteome Res.2020, 19, 2367–2378.
- McKillop D, Hutchison M, Partridge E.A, Bushby N, Cooper C.M, Clarkson-Jones J.A, Herron W, Swaisland H.C. Metabolic Disposition of Gefitinib, an Epidermal Growth Factor Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor, in Rat, Dog and Man.Xenobiotica 2005, 34, 914–934.
- Molloy B.J, King A, Mullin L.G, Gethings L.A, Riley R, Plumb R.S, Wilson I.D. Rapid Determination of the Pharmacokinetics and Metabolic Fate of Gefitinib in the Mouse Using a Combination of UPLC-MS/MS, UPLC/QTof/MS, and Ion Mobility (IM)-enabled UPLC/QTof/MS.Xenobiotica 2021, 51, 434–446.
- Want, E., Masson, P., Michopoulos, F. et al. Global Metabolic Profiling of Animal and Human Tissues via UPLC-MS.Nat Protoc, 2013, 8, 17–32.https://doi.org/10.1038/nprot.2012.135.
- Chong, J., Soufan, O., Li, C., Caraus, I., Li, S., Bourque, G., Wishart, D.S., Xia, J. MetaboAnalyst 4.0: Towards More Transparent and Integrative Metabolomics Analysis.Nucl.Acids Res., 2018, 46, W486–494.
720007598JA、2022 年 4 月