原材料検査:オリゴヌクレオチドの化学合成で使用するホスホロアミダイトの品質管理用分析法の開発
要約
オリゴヌクレオチドの化学合成におけるプロセスの頑健性を確保するには、高純度のホスホロアミダイトを使用することが重要です。不純物のクラスはよく理解され、一般的には適切に管理されていますが、微量でも不純物が存在すると、それに関連する一定レベルのリスクが残ります。ホスホロアミダイトは互いに結合して伸長するオリゴヌクレオチド鎖を形成するため、特定のホスホロアミダイトが組み込まれるたびに、各ホスホロアミダイトに固有の不純物が合成全体を通して増え続けます。この試験では、規制対応ワークフロー内でホスホロアミダイトの同定および全体的な製品純度の評価に使用できる、単一の液体クロマトグラフィー-紫外線質量分析(LC-UV-MS)法を取り上げています。
アプリケーションのメリット
- 規制に対応した分析を行うための、Empower™ 3 CDS を使用したホスホロアミダイトの品質管理試験の分析法開発
- 同定試験のための ACQUITY™ QDa™ 検出器を使用したホスホロアミダイトの質量確認を実証
- ホスホロアミダイトの酸化と LC 分析法への影響の評価
はじめに
核酸医薬品は、米国市場および EU 市場で承認を受けた製品の数が増加し続けており、世界中で関心がますます高まっています1。 オリゴヌクレオチドの化学合成は進化して、ルーチンで行われることも多くなりました。自動合成装置を使用して迅速かつ効率的に行うことも可能になっています。主要な合成スキームでは、ホスホロアミダイトモノマーを構成要素として使用し、脱ブロッキング、カップリング、キャッピング、酸化の 4 ステップのプロセスを繰り返し行うことで、次々に付加されて伸長するオリゴヌクレオチド鎖が生成されます。単一のホスホロアミダイトの構造に、合成効率を補助するさまざまな保護基で修飾されたヌクレオチドが含まれています。また、最終産物の安定性とヌクレアーゼ耐性を高めるために、塩基や糖への追加の修飾を含める場合もあります。ホスホロアミダイトに関連する不純物は、合成全体を通して増える可能性があるため、その品質管理は非常に重要です。
オリゴヌクレオチドは多くの場合、化学合成の性質上、バイオ医薬品よりも低分子により類似していると考えられます。一方、両者の製造工程には本質的な違いがあるため、規制当局の期待事項はあまり定義されていません。オリゴヌクレオチドは ICH ガイダンスの適用範囲外ですが、一部の原則は適用されます。原薬の開発と製造に関する推奨事項を含む ICH Q11 は、不純物クラスの理解が進み、適切に管理されているホスホロアミダイトの出発材料に適用することができます2,3。この点は、オリゴヌクレオチドの方が低分子よりも不純物のしきい値が高いことが一般に受け入れられている ICH Q3(不純物)と対照的です2,3。
この試験の目的は、規制要件が明確でないことから、ICH の枠組みを用いてホスホロアミダイトの原材料試験のための LC-UV-MS 分析法を評価し、実際には規格がケースバイケースで定義されていることを理解した上で、分析法を設計し、概要説明を行うことです。規格の定義には追加の分析手法を使用しますが、一般に LC 試験法が純度の評価と同定の確認に使用されます。表 1 に、この概念実証試験で使用する許容基準の指針となる Kiesman らから引用した LC 試験法の規格の例を示します2。まず、ホスホロアミダイトの同定試験に関して ACQUITY QDa 検出器を評価します。ACQUITY QDa 検出器で、試験した 3 つのホスホロアミダイトの許容基準について提案された 1 原子質量単位(amu)の範囲内で質量確認を行えることが確認できたら、この同じ分析法を拡張し、サンプルをレファレンス物質と比較する従来のアプローチを使用して、製品全体の純度に対応することができます。
表 1. Kiesman らの論文から引用した LC 試験法およびホスホロアミダイトの規格2
*この試験は不純物プロファイリングに対応していませんが、不純物の HRMS 特性解析により、LC 試験法を拡張して純度評価を含めることができます。
実験方法
分析法開発とデータ収集は、Janssen の指針にしたがってウォーターズの科学者が行いました。この論文に記載した LC 規格は Kiesman らの論文から引用したもので、Janssen の方法で使用されている条件を反映していません。
サンプルの説明
ホスホロアミダイトのストック溶液を、0.01%(v/v)トリエチルアミン(TEA)を含む DNA 合成用の無水アセトニトリル(水分 10 ppm 未満)中に 1 mg/mL になるように調製し、同一希釈液を 0.1 mg/mL、0.01 mg/mL、および 0.001 mg/mL の作業濃度に希釈しました。特に記載しない限り、実験で使用したスタンダードの濃度は 0.1 mg/mL でした。ホスホロアミダイトは -20 ℃ で粉末として保存し、使用前に新たに調製しました。
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY UPLC H-Class Plus Bio バイナリーシステム |
検出: |
ACQUITY UPLC™ TUV 検出器および分析フローセル、237 nm |
カラム: |
ACQUITY UPLC BEH™ C18 カラム、130 Å、1.7 μm、2.1 × 150 mm(製品番号:186002353) |
カラム温度: |
24 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
注入量: |
3.3 μL |
移動相 A: |
10 mM NH4HCO3 水溶液、pH 9.0(20 ~ 22% NH4OH で pH を調整) |
移動相 B: |
アセトニトリル |
グラジエント
MS 条件
MS システム: |
ACQUITY QDa 検出器 |
イオン化モード: |
ESI+ |
取り込み範囲: |
m/z 150 ~ 1,250 |
キャピラリー電圧: |
0.8 kV |
コーン電圧: |
10 V |
プローブ温度: |
300 ℃ |
データ管理
Empower 3 クロマトグラフィーデータソフトウェア FR4
結果および考察
ACQUITY QDa 検出器を使用したホスホロアミダイトの同定試験
ホスホロアミダイト原材料の同定試験は従来、LC-UV-MS を使用して行われていました。許容基準が異なる場合もありますが、サンプルがレファレンス物質の amu 報告限度内にあることが期待されています。ACQUITY QDa 検出器が同定試験に適しているかどうかを評価するために、DMT-dG(ib)ホスホロアミダイト(dG)、DMT-dA(bz)ホスホロアミダイト(dA)、DMT-2’-フルオロ-dA(bz)ホスホロアミダイト(2’F-dA)の 3 種類のホスホロアミダイトを評価しました。ホスホロアミダイトの構造と対応する質量情報を図 1 に示します。ACQUITY QDa 検出器はシングル四重極検出器で、ベースピークがほとんどの低分子の [M+H]+ モノアイソトピックイオンに対応しているため、MassLynx™ MS ソフトウェアによって計算されたモノアイソトピック質量が報告されます。
ホスホロアミダイトは、0.01%(v/v)トリエチルアミンを含む無水アセトニトリルに溶解し、ACQUITY UPLC BEH C18 カラム(130 Å、1.7 μ m、2.1 × 150 mm)および重炭酸アンモニウムとアセトニトリルからなるグラジエントを使用して分離しました。カラム温度と移動相 pH の制御は、ホスホロアミダイトの安定性と分析法の頑健性を確保するための 2 つの重要なパラメーターです。この試験で使用した各ホスホロアミダイトには、汎用的な 55 分間の LC 分析法を用いていますが、ホスホロアミダイト産物のピークから共溶出する不純物のピークを分離することは困難であるため、それぞれ個別のホスホロアミダイトの不純物プロファイリングには分析法のさらなる最適化が必要になる場合があることに注意が必要です。図 2 の各ホスホロアミダイトの結果である光学トレースには、リン原子における 2 つのジアステレオマーによる 2 つの産物のピークが見られます。対応する TIC は同様のパターンを示していますが、ジアステレオマーも同様にイオン化するため、TUV と TIC のデータの間でピーク強度に小さな違いが見られます。挿入図の生データは、各ホスホロアミダイトの同位体パターンを示し、ベースピークは [M+H]+ に対応します。実験データとレファレンス質量の計算値は良く一致しており、Kiesman らから引用した amu の規格ガイドラインを大幅に満たしています(表 2)2。
さまざまな濃度での一連の注入にわたるホスホロアミダイトの酸化の観察
ホスホロアミダイトは、P(III)から P(V)に酸化しやすいことが知られています。P(V)は、主要産物のピークと同様、ジアステレオマーのために、クロマトグラフィーでダブレットとして現われます。図 2 のクロマトグラムに酸化ホスホロアミダイトのピークを矢印でラベル付けしており、対応する TIC ではこれがさらに明確になっています。ホスホロアミダイトは酸化しやすいため、通常は不活性環境中で保存し、水への曝露を最小限に抑えるために無水アセトニトリル中に調製します。産物の純度を評価する際は、これらの種類の不純物を最小限に抑えることが望まれます。不純物は、産物の全体的な純度評価が不正確になる原因になるためです。LC 分析で時間の経過とともに見られる特徴的な酸化の増加について試験するために、一連の注入を使用して約 40 時間(注入 40 回)にわたって酸化をモニターしました。dA の注入を同じサンプルバイアルから行ったところ、注入 1 では合計酸化率が 1.14% であったのに対し、注入 40 では合計酸化率が 5.48% でした(図 3)。酸化ピークは光学トレースとして観察でき、定量できますが、ACQUITY QDa 検出器を組み込むことで酸化のモニタリングを補完するデータを得ることもできます。図 3 の挿入図から、dA のスペクトルと対応する酸化物のピーク(Ox)のスペクトルを組み合わせることで、酸化ピークの質量が 874.39 Da(dA + 16)に等しいことが確認できます。
別のバイアルから注入を行っても、サンプル前処理においてサンプルバイアルに導入される水によって酸化が起こることが予想されます。そのため、高品質の無水アセトニトリルの使用が不可欠になります。dA よりも酸化しやすいと考えられる 2’F-dA ホスホロアミダイトの注入を 20 時間以上にわたって行い、この間の酸化の増加をモニターしました。図 4 は、各注入に関連する酸化の合計割合のプロットですが、一連の注入にわたって酸化が約 1% 増加していることがわかります。この試験では酸化の原因をこれ以上調査していませんが、サンプルや移動相に還元剤を取り入れたり、LC システムに不動態化を行ったりすることで、この現象が軽減することを示唆するデータがあります。
また、酸化には濃度依存性があり、低濃度に調製したホスホロアミダイトでは酸化の増大が見られます。図 5 に、0.001、0.01、0.1、1 mg/mL の dG の合計酸化率を示します。また、水含量に加えて、ヌクレオシドのアイデンティティーも分解率に寄与し、dG の方が分解を受けやすいという結果になりました4。評価した最低濃度 0.001 mg/mL で合計酸化率は約 20% でした。すべてのサンプルを、同じ試薬を使用して同日に調製したため、酸化に寄与するすべての変数がすべての調製で同一に維持されました。すべてのサンプル前処理で水分含量が同等であると仮定した場合、サンプル濃度が低いほど、酸化がより激しくなると推測できます。この点は、高濃度に調製したサンプルでは、サンプル前処理で誘発される分解アーティファクトによる劣化が少ないことを示しています。最大 1 mg/mL のサンプルを調製すれば不純物プロファイリングに有効ですが、分解を最小限に抑えることと、高濃度で検出器が飽和する可能性とのバランスを取ることが必要です。
品質管理試験のアッセイ条件の設定
ホスホロアミダイトの酸化・分解についての知識と、この現象をどのように最小限に抑えられるかが、アッセイの許容基準を確立する上でのさらなる検討事項です。低濃度で調製したホスホロアミダイトは激しく酸化する可能性があるため、感度標準を使用して、報告のしきい値での回収率を評価します。まず、0.01%(v/v)TEA を含む無水アセトニトリルの希釈溶液を調製しました。この希釈液を使用して、1 mg/mL(100% レベル)のレファレンス溶液を調製しました。レファレンス溶液をさらに希釈して、定量限界 0.05% で評価する感度標準として使用する 1000 倍希釈液を調製しました。次に、ブランク、感度標準、レファレンス溶液、サンプル、および対照標準を含むサンプルセットを作成しました。面積精度を評価するため、レファレンス溶液の各注入は個別のバイアルから行いました。この 1 mg/mL レファレンス溶液を、サンプルセットの最後の対照標準にも使用し、この場合も別のバイアルから注入しました。
表 3 に、Kiesman らの論文から引用した許容基準および2’F-dA について得られた結果を示します2。要約すると、レファレンス標準のピーク面積の再現性は、対照標準について 0.4 %RSD で、レファレンス溶液の平均レスポンスの 104% 以内でした。レファレンス溶液のレスポンスを定量限界 0.05% で計算すると、感度標準は回収率 78 % を示し、許容基準 50 ~ 150 % を十分に満たしていました。サンプルは 0.1 mg/mL で調製し、ピーク面積が 94 % と報告されましたが、これも規格を満たしています。この試験では、製品の全体的な純度に対処していますが、不純物プロファイリングにまで拡張することができます。ただし不純物の詳細な特性解析が必要になります。
結論
高品質の最終オリゴヌクレオチド製品を得るためには、ホスホロアミダイト出発材料の厳しい品質管理が重要です。この試験では、単一の逆相液体クロマトグラフィー法を使用して 3 種類のホスホロアミダイトのアッセイおよび同定試験を行っています。純度評価に使用した分析法は、水に曝露されると酸化やさらなる分解を受けやすくなるホスホロアミダイトの不安定性によってさらに困難になり、製品全体の純度評価が不正確になる可能性があります。サンプルを高濃度(約 0.1 ~ 1.0 mg/mL)で調製するとともに、注入を個別のバイアルから行うことで、一般にサンプル前処理の間に導入される酸化が低減することがわかりました。アッセイの許容基準を設定するにあたっては、感度標準により、低濃度での酸化の増加を考慮に入れることで、分析法の頑健性が保証されます。今後の研究では、酸化の原因およびさらなる軽減手順についての調査が望まれます。
参考文献
- Kulkarni, J. A., Witzigmann, D., Thomson, S. B., Chen, S., Leavitt, B. R., Cullis, P. R., van der Meel, R. (2021).The Current Landscape of Nucleic Acid Therapeutics.Nature Nanotechnology, 16, 630–643.
- Kiesman, W. F., McPherson, A. K., Diorazio, L. J., Van den Bergh, L., Smith, P. D., Northall, J. M., Fettes, A., Wang, T., Mehlmann, M., Raza, S., Held, G. (2021).Perspectives on the Designation of Oligonucleotide Starting Materials.Nucleic Acid Therapeutics, 31, 93–113.
- The International Council for Harmonisation of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use (ICH), available: https://www.ich.org/page/quality-guidelines.
- Hargreaves, J. S., Kaiser, R., Wolber, P. K. (2015).The Degradation of dG Phosphoramidites in Solution.Nucleosides, Nucleotides and Nucleic Acids, 34, 691–707.
謝辞
Katrien Donckers, Willy Verluyten, Irene Suarez Marina, Jean-Paul Boon and Mario Hellings are employees of Janssen Pharmaceutical Companies of Johnson & Johnson.
720007597JA、2022 年 4 月