• アプリケーションノート

SELECT SERIES™ Cyclic™ IMS を使用したガラクトシルセラミドとグルコシルセラミドの異性体の分離

SELECT SERIES™ Cyclic™ IMS を使用したガラクトシルセラミドとグルコシルセラミドの異性体の分離

  • Giorgis Isaac
  • Hernando Olivos
  • Robert S. Plumb
  • Waters Corporation

研究目的のみに使用してください。診断用には使用できません。

要約

ガラクトシルセラミド(GalCer)およびグルコシルセラミド(GlcCer)は、多くの生理現象および病理現象に関連しています。これらの脂質の生物学的役割および機能を理解するには、これらを正しく分類し、特性解析することが重要です。脂質は複数の異性体として存在する場合があり、これらは従来の脂質分析法で必ずしも分離できるとは限りません。化学組成や分子配座のわずかな差異により、物理化学的特性や生物学的機能に大きな差異が生じます。SELECT SERIES Cyclic イオンモビリティーには独自の複数周回機能があり、それによってイオンモビリティー分解能が高まって特定の課題に対応できます。今回、SELECT SERIES Cyclic IMS の複数周回機能でのみ可能なイオンモビリティー分解能 290 Ω/ΔΩ(20 回周回)を必要とする GalCer 異性体と GlcCer 異性体の完全な分離を実証します。

アプリケーションのメリット

  • 以前は区別できなかった脂質異性体を、SELECT SERIES Cyclic IMS を用いて完全な分離を実現
  • SELECT SERIES Cyclic イオンモビリティーの独自の複数周回機能により、イオンモビリティー分解能が高まって特定の課題に対応できます。 
  • ミリ秒単位の迅速な分析時間によるスループットの向上

はじめに

脂質は、エネルギー貯蔵、細胞内シグナル伝達、そしてがん、神経変性疾患、感染症、糖尿病などのさまざまな疾患の病態生理など、多くの重要な役割や機能を担う生体分子のクラスを形成しています1,2。 あらゆる種類の脂質の分析にリピドミクスが採用され、8 つの一般的なクラスにわたる数千にもおよぶ脂質が検出および同定されています。これらのクラスは、脂肪酸、グリセロ脂質、グリセロリン脂質、スフィンゴ脂質、糖脂質、ポリケチド、ステロール脂質、プレノール脂質で構成されます。リピドミクスは一般に、液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)、ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)、あるいは超臨界流体クロマトグラフィー質量分析(SFC-MS)を用いて行われ、これらのクロマトグラフィーシステムにより、脂質がクラス別(HILIC、SFC)あるいは親油性に基づいて(逆相 LC、GC)分離します。また分離にはデータベースおよび化合物ライブラリーを用い、精密質量、フラグメントイオンのパターン、クロマトグラフィーの保持時間、および最近では衝突断面積(CCS)に基づいて、対象の脂質を同定します。これらのデータベースは非常に貴重ですが、脂質異性体を明確に同定しようとすると多くの場合困難に直面します。これらの異性体は、構造異性体である場合もあり、ジアステレオマー、光学異性体、シス/トランス異性体、回転異性体などの立体異性体である場合もあります。

Waters SELECT SERIES Cyclic IMS では、MS アナライザーの前に高分解能イオンモビリティー(IM)分離を採用することで、分析種の分離に直交メカニズムを提供しています。IM 分離では、分子の電荷および形状に基づいて異性体の分離が可能になり、適切なキャリブレーションを行えば分子の CCS も測定できます。GalCer と GlcCer には化学組成および分子配座にわずかな差異(つまり糖の C-4 位のヒドロキシル)があり、それによって物理化学的特性や生物学的機能に大きな差異が生じます3。GalCer と GlcCer は構造的に非常に類似しているため、従来の脂質分析法を使用して分離や同定を行うことは困難です。今回、複数周回サイクリックイオンモビリティー MS を使用して、GalCer と GlcCer の異性体が完全に分離できることを実証します(図 1)。

図 1.  分析した GalCer と GlcCer 異性体の化学構造。C-4 位のヒドロキシル基の位置の違いが赤の * 印で示されています。 

実験方法

サンプル前処理

GalCer d18:1/18:0(製品番号:860844)および GlcCer d18:1/18:0(製品番号:860547)のスタンダードは Avanti Polar Lipids から入手しました。それぞれのスタンダードの 1 mg/mL のストック溶液をクロロホルム/メタノール/水(80/20/2)中に調製しました。個別の溶液および等モル混合液を最終濃度 1 ng/µL になるように調製し、5 µL/分で SELECT SERIES Cyclic IMS の ESI イオン源に注入しました。

MS 条件

m/z 726.54 [M-H]- の脱プロトン化イオンを、低トラップおよび低トランスファーコリジョンエネルギーの四重極中で選択しました。孤立イオンは、サイクリックモビリティーセルにトランスファーし、複数回周回させました。必要な周回数に応じて、装置の分離設定を調整しました。

MS システム:

SELECT SERIES Cyclic IMS

イオン化モード:

エレクトロスプレーネガティブイオン

取り込み範囲:

m/z 50 ~ 800

キャピラリー電圧:

2 kV

コーン電圧:

30 V

トラップのコリジョンエネルギー:

6 V

トランスファーのコリジョンエネルギー:

4 V

コーン電圧:

30 V

TW 静的高さ:

30 V

TW 速度:

375 m/秒

インフュージョン流量:

5 µL/分

データ管理

MS ソフトウェア:

MassLynx™ 4.2

結果および考察

GalCer および GlcCer はそれぞれ、D-ガラクトース残基および D-グルコース残基が、D-エリスロスフィンゴシンおよび長鎖脂肪酸で構成されるセラミドと β1-1’-グリコシド結合で結合したものです(図 1)。D-ガラクトースは D-グルコースのエピマーであり(いくつかの非対称な炭素原子の 1 つの周囲にある原子の配座が異なる)、2 つの糖は C-4 位での配座のみが異なるため、これら 2 つの化合物は構造が非常によく似ています3。 そのため、従来の脂質の分析法では GalCer と GlcCer の異性体の分離は困難です。SELECT SERIES Cyclic IMS では新規サイクリックイオンモビリティー分離装置を採用しており、MS モードまたは MSn モードのいずれかで 400Ω/ΔΩ を超えるイオンモビリティー分解能で複数周回を行うことができます。2 つのセラミドの等モル混合物を、流速 5 µL/分で質量分析計に注入しました。分解能が約 65Ω/ΔΩ の最初のイオンモビリティーセルの単一周回では、到着時間分布(ATD)が 22.57 ミリ秒でセラミド異性体(m/z 726.54 [M-H]-)が分離しませんでした(図 2A)。IMS セルの周回数を 5 回に増やすと(IMS 分解能は約 145Ω/ΔΩ)、2 つの脱プロトン化分子種がかろうじて分離し、ATD は 61.91 および 62.96 ミリ秒となりました(図 2B)。周回数を 10 回に増やすと(IMS 分解能は約 205 Ω/ΔΩ)、2 つの脂質が分離されて 15% の谷が生じ、ATD は 111.47 および 113.58 ミリ秒でした(図 2C)。脱プロトン化した GalCer と GluCer の完全な分離は、IM セルの周回数を 20 回に増やすことで達成されました(IMS 分解能は約 290 Ω/ΔΩ、図 2D の ATD は 210.53 および 214.49 ミリ秒)。

図 2.  イオンモビリティーデバイスの周回数 1 回(A)、5 回(B)、10 回(C)、20 回(D)を使用した GalCer(d18:1/18:0)と GlcCer(d18:1/18:0)(m/z 726.5440)の混合物の到着時間分布(ATD)

図 3 に示すデータには、GalCer(図 3A)、GluCer(図 3B)あるいは 2 つのセラミドの等モル混合物(図 3C)の注入後、IM セルの周回数を 20 回にして得られた分離を示します。得られたデータでは、GalCer の到着時間が 210.53 ミリ秒と最も短く、GlcCer(B)は 214.63 ミリ秒と長い到着時間を示しました。これにより、IMS 分解能は 290 Ω/ΔΩ になりました。スフィンゴ脂質 GalCer および GlcCer の個別の注入で得られたスペクトルからわかるように、いずれの場合も他の異性体が含まれている兆候が認められました。これは、ストック溶液に存在する少量の不純物によると考えられます。このことは、SELECT SERIES Cyclic IMS で立体異性体の不純物が測定できる可能性を示しています。

図 3.  イオンモビリティーデバイスでの 20 回の周回を用いた個別の GalCer(A)、GlcCer(B)、または 2 つのセラミドの等モル混合物(C)の分離における到着時間分布(ATD)

結論

独自の複数周回サイクリックイオンモビリティー機能により、イオンモビリティー分解能を高めて特定の課題に対応することができます。今回、IMS 分解能 290Ω/ΔΩ の IM セルでの 20 回の周回により、脂質異性体の GalCer(d18:1/18:0)と GlcCer(d18:1/18:0)がベースライン分離できることを示しました。さらに、セラミドを 10 回周回させることにより、脂質を 80% 分離するのに十分な分解能が得られ、2 つの分子種が分離したことを示す明確な証拠が得られました。また、この分析法では、SELECT SERIES Cyclic IMS で立体異性体の不純物が測定できる可能性を示しています。 

参考文献

  1. Stace CL, Ktistakis NT.Phosphatidic Acid- and Phosphatidylserine-Binding Proteins.Biochim.Biophys.Acta, Mol.Cell Biol.Lipids 2006, 1761, 913−926.
  2. Han X. Lipidomics for Studying Metabolism.Nat.Rev. Endocrinol.2016, 12, 668−679.
  3. Reza S, Ugorski M and Suchanski J. Glucosylceramide and Galactosylceramide, Small Glycosphingolipids with Significant Impact on Health and Disease.Glycobiology, 2021, 31, 1416–1434.

720007539JA、2022 年 2 月

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