BioAccord™ システムおよび waters_connect™ Intact Mass™ アプリケーションによる、合成ペプチドのストレス誘発性不純物の LC-MS 分析の合理化
要約
このアプリケーションノートでは、合成ペプチドおよびその不純物の分析における規制対応した自動化ワークフローの使用について実証します。waters_connect インフォマティクスプラットホーム内の Intact Mass アプリケーションにより、API(医薬品有効成分)とその不純物の検出および相対定量が可能になります。合理化されたワークフローの特筆すべきメリットは、解析メソッド内にターゲット質量を追加あるいは削除することで、ターゲットデータ解析およびノンターゲットデータ解析の両方を行える点です。Intact Mass アプリケーションにより、質量情報が得られ、適切なペプチドが生成したことを確認でき、検出された不純物の相対的定量が可能になります。
アプリケーションのメリット
- waters_connect™ Intact Mass アプリケーションによる、合成ペプチドおよびその不純物の質量確認および相対的定量の LC-MS ワークフローの合理化
- ターゲットまたはノンターゲット不純物定量が可能に
- 組み込まれたしきい値および合格/不合格基準により、高いデータの質と信頼度を確保し、合成ペプチドの安全性と有効性の迅速な評価を実現
はじめに
ペプチド医薬品は、100 未満のアミノ酸を含むアミノ酸のポリマーです1。 ペプチド医薬品は比較的低毒性で生体選択性が高く、多様な疾患を治療できる可能性があるため、市場で人気のあるバイオ医薬品の一種です2-3。 合成ペプチドの規制当局への申請には、FDA の承認が必要な他のバイオ医薬品と同様、一貫性の高い製造、有効性、効力、安全性を裏付ける十分なデータが必要です。製造工程および保管中に不純物が生成される場合があります。
ペプチド不純物が同定されリスク評価を行った後、ペプチド不純物のプロファイルの評価には UV 検出メソッドを用いた液体クロマトグラフィーが一般的に使用されます。LC-MS 装置および関連するデータ解析ソフトウェアにより、ますますシンプルになり、自動化された分析ワークフローを使用して、API およびその不純物の両方を同定および定量することができます。このアプリケーションノートでは、最近開発された waters_connect Intact Mass アプリケーションの合成ペプチド分析を合理化できる機能に焦点を当てています。データ解析ワークフローにより、光学系データチャンネルまたは MS データチャンネルのいずれかから波形解析されたピーク面積を使用して、成分のデコンボリューション済み精密質量と定量に基づく生体分子の自動割り当てが可能になります。このアプリケーションでは、分析種のターゲット分析(質量により事前定義済み)およびノンターゲット分析を実施することができ、アイデンティティー確認および不純物モニタリングが可能になります。
アプリケーションソフトウェアの機能を実証するため、被験分子としてエキセナチドを選択しました。エキセナチドは、グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)アナログであり、39 アミノ酸残基から成ります。合成により生成され、2 型糖尿病の治療に使用されています。アプリケーションノートで示されているデータは、ルーチンの安定性試験および加速安定性試験の両方の手法で用いられる苛酷処理済みエキセナチドサンプルのデータです。データは、同じく waters_connect オペレーティングシステムで動作する BioAccord™ LC-MS システムを使用して収集しました。これにより、データ取り込みから結果のレポート作成まで、規制対応し、ネットワークで拡張可能な単一のインフォマティクスプラットホーム内で、完全なワークフローの自動化が可能になります。これらの結果により、合成ペプチドの製品のライフサイクル全体にわたって合成ペプチド分析に使用できる waters_connect および Intact Mass アプリケーションの機能が示されました。
実験方法
サンプルの説明
苛酷処理サンプルの前処理:エキセナチドペプチドは USP(The United States Pharmacopeial Convention, Rockville, MD)から購入しました。サンプルを 3.0 mL の milli-Q 水に溶解し、0.9 mg/mL の溶液を調製しました。pH 7.5 の 100 mM Tris バッファーで濃度を 0.5 mg/mL に調整し、希釈サンプルのアリコートを 6 つ作製しました。日光への暴露を避けるため、3 つのアリコートサンプルにカバーをかけ、37 ℃ で 2 ~ 4 日間インキュベーションしました。2 番目のセットのアリコートは、周囲光を遮光し、同じ時間、室温でインキュベーションしました。インキュベーション時間の終了後、両方のサンプルを 0.1% ギ酸中に最終濃度が 0.1 mg/mL になるように希釈し、LC-MS 分析を行いました。オンカラム注入量は 1 µL でした。
エキセナチドの配列情報
HGEGTFTSDL SKQMEEEAVR LFIEWLKNGG PSSGAPPPS-NH2
モノアイソトピック質量:4184.02731 Da
平均質量:4186.57188 Da
LC-MS システム適合性分析:MassPREP™ ペプチド混合物(製品番号:186002337)を 100.0 µL の 0.1% ギ酸に溶解しました。注入量は 1 µL でした。モニタリング用に選択したペプチドおよびニュートラル質量の情報は以下のリストに記載しています。
ペプチド名: |
ブラジキニン、アンジオテンシン II、アンジオテンシン I、レニン基質、エノラーゼ T35 |
分子量: |
1059.5613、1045.5345、1295.6775、1757.9253、1871.9604 Da |
相対的定量: |
ピーク面積/合計レスポンス/生データは除外 |
LC 最小ピーク面積: |
5% |
不純物についての合格/警告/不合格のしきい値: |
5%/2%/1% |
強度しきい値(最小): |
10%(最大のピークに対して) |
分析条件
LC 条件 |
|
LC システム: |
ACQUITY™ Premier システム |
検出: |
TUV(214 nm)、MS |
バイアル: |
MaxPeak HPS™ を採用した QuanRecovery(製品番号:186009186) |
カラム: |
ACQUITY Premier Peptide CSH C18 カラム、1.7 µm、130 Å、2.1 × 100 mm(製品番号:186009488) |
カラム温度: |
60 ℃ |
サンプル温度: |
6 ℃ |
注入量: |
5 µL |
流速: |
0.25 mL/分 |
移動相 A: |
0.1% ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1% ギ酸アセトニトリル溶液 |
グラジエント: |
10% B で 2 分間、95% B で 13 分間、85% B で 2 分間、90% B で 6 分間 |
グラジエントテーブル
MS 条件
MS システム: |
ACQUITY Premier を搭載した BioAccord システム |
イオン化モード: |
ESI+(フラグメンテーションを伴う MS) |
取り込み範囲: |
m/z 50 ~ 2000 |
キャピラリー電圧: |
1.2 kV |
コリジョンエネルギー: |
60 ~ 120 V |
コーン電圧: |
20 V |
インフォマティクスツール
データ解析アプリケーション: |
Intact Mass アプリ v1.2 |
インフォマティクスプラットホーム: |
waters_connect v2.0 |
選択した Intact Mass アプリの解析パラメーター
デコンボリューション法: |
自動 |
デコンボリューションするピークの最大数: |
10 |
LC 最小ピーク面積: |
1 |
1 ~ 15 kDa アルゴリズム: |
BayesSpray |
出力質量: |
モノアイソトピック |
生体分子の種類: |
タンパク質 |
相対的定量: |
面積、最大レスポンス、生データを除外 |
強度しきい値(最小)の指定: |
最も強度の強いピークの 0.1% |
結果および考察
逆相分離を用いて LC-MS データを取り込んでから、BioAccord システム(ACQUITY UPLC-ToF MS)を使用して MS 取り込みを行いました。UPLC およびカラムの両方に MaxPeak High Performance Surfaces(HPS)テクノロジーを採用しており、ペプチドと流路系表面の非特異的相互作用が低く抑えられています。ACQUITY Premier 逆相カラムにより、酸性ペプチドの回収率が改善し、その結果、カラムのプレコンディショニングの必要性が減り、繰り返し測定でのばらつきが低くなることがわかりました4,5。 サンプルは ACQUITY Premier Peptide CSH C18 カラムで 15 分間のグラジエントを用いて分離しました。
pH の変動、熱処理、日光暴露により、エキセナチドが化学分解しやすいことが報告されています6。 熱分解プロセスに関連付けられた既知の不純物を含むサンプルを生成するため、エキセナチドサンプルのアリコートの半分を pH 7.5、高温で 2 ~ 4 日間インキュベーションしました。インキュベーション終了後、サンプルを LC-MS 分析にかけました。加熱による苛酷処理サンプルのトータルイオンクロマトグラム(TIC)を図 1A に示します。左上のクロマトグラムの抽出領域に、エキセナチドのメインピークおよび複数の潜在的な分解物が見られます(1 ~ 5)。
初期のエキセナチドの LC-MS データに対してターゲット分析(質量に基づいて検索した成分がない)を行い、API およびその不純物のピークの割り当てを行いました(図 1B 参照)。分析メソッドにおいて、予想質量が各注入に割り当てられ、後続の分析用に個別のターゲット質量が確立されました。TIC 中のピーク面積の 0.5% を上回って存在するピークの各合計マススペクトル(全ピークの合計ピーク面積に対して計算)に対してチャージデコンボリューションを行い、ニュートラル質量の情報を得ました。Intact Mass アプリケーションでは、分析種の m/z プロファイル(スペクトル中の同位体が分離している領域および分離していない領域など)に基づいてチャージデコンボリューション設定を自動的に調整できます。エキセナチドで用いたチャージデコンボリューション設定は、「タンパク質」分子に高度な同位体モデルを使用する分析法(図 2A)の「Define Deconvolution Parameters」(デコンボリューションパラメーターの定義)セクションの「biomolecule」(生体分子)に一覧表示されています。合成エキセナチドの分子量は 4184.0273 Da であるため、BayesSpray アルゴリズムを選択し、質量が 1 ~ 15,000 Da の分子について、モノアイソトピックデコンボリューションの結果を得ました。
図 2B は、エキセナチドのトータルイオンクロマトグラム(TIC)で、ピーク 5 が 9.42 分に溶出する最も強度の強いクロマトグラフィーピークです。デコンボリューション済みデータにより、ベースピークのニュートラル質量は 4184.018 Da で 1.7E8 MS レスポンスと特定されました。このピークで観測された主なチャージ状態は +4 および +5 でした(図 3)。図 3 に、ノンターゲット分析における最大のピークのデータが、エキセナチドの理論的なモノアイソトピック質量と質量精度 5 ppm 以内で一致することを示しています(質量誤差 -2.2 ppm)。
ノンターゲット分析により、API のメインピークの質量確認に加えて、クロマトグラム中の未知の不純物ピークに質量を簡単に割り当てることができます。次に、これらの不純物をターゲット分析で指定し(図 4A)、それによって未知ピークの質量を 1 つまたは複数のモディファイヤーを含むエキセナチドの質量にマッチングします。ケーススタディーで使用したモディファイヤーは、ノンターゲット分析データから算出された質量シフト(API の質量差)に基づいて決定されました。修飾のリストには、合成プロセスおよび苛酷処理条件によるペプチド分解に関連する潜在的な不純物が含まれていました(データは 4 日目の苛酷処理サンプルより)。修飾には酸化、脱アミド化、メチオニン欠失(desMet)、アスパラギン(Asn)のスクシンイミド修飾、凝集/ダイマー形成が含まれます(図 4B)。エキセナチドのニュートラル質量を追加のモディファイヤーとして加え、凝集による不純物ピーク、エキセナチドの多量体ピーク、加熱処理により生じる一般的な不純物をターゲットにしました6。 図 4B に示されているように、各修飾が明確にラベル付けされ、不純物のステータスが確認されました。Intact Mass アプリケーションに含まれる組み込みのサイエンスライブラリーを使用して、モディファイヤーのリストを生成します。苛酷処理サンプル(加熱処理 2 日目)で同定された不純物を図 5 に記載します。結果によると、最も存在量の多い不純物は酸化、脱アミド化したスクシンイミド修飾およびメチオニン欠失によるものでした。各修飾は、相対存在量に関係なく、質量誤差 ≤10 ppm で同定されました。今回報告したデータは TIC に基づくものですが、TIC と光学系(UV)クロマトグラムのいずれもピークの同定および定量に使用できます。
B)各注入はノンターゲット分析向けに設定しています。
API の純度および不純物の定量
多くの場合、API の不純物割り当ての後、医薬品(DP)の純度評価を行います。ペプチドの純度レベルを以下の式で決定しました。ペプチドの純度(%) = [(DP の面積 UV 220nm )/(すべてのピークの面積 UV 220nm )] *100。ここで、DP の面積 UV 220nm は、220 nm でモニターした LC クロマトグラム中の目的のペプチドのピーク面積、すべてのピークの面積 UV 220 nm はすべてのピークの合計面積です。光学検出に同じ式を用いることで、MS レスポンス(TIC)に基づいて純度を計算するデータ例も得られました。図 5 に苛酷処理サンプル(加熱処理 4 日間)の純度(%)を示します。純度計算において、C-末端アミド化は、ネイティブのエキセナチドの MS レスポンスとグループ化して医薬品の合計純度(%)を得ました。C-末端アミド化は合成ペプチドで観察される一般的な修飾であり、これによってペプチドの安定性が改善されます。
Intact Mass アプリケーションにより、API の純度と同様に、TIC トレースまたは UV トレースからのピーク面積を用いて、不純物の相対的定量の計算が行われます。さらに、すべてのピークまたは最も存在量の多いピークの合計レスポンスに対するピーク面積またはピーク高さに基づいて、存在量(%)を計算できます。最も存在量の多いピークの面積に対する不純物のピーク面積を使用して、苛酷処理サンプルの 4 日目の不純物を計算しました。合格/不合格の基準を適用して組み込まれた品質管理機能を実証しました。ギ酸移動相の条件では UV シグナルが低かったため、TIC を用いて定量値を報告しました。UV トレースを使用した定量が望まれる場合は、イオン対試薬として低レベルの TFA を使用すると高感度の UV シグナルが得られる場合があります。ただし、TFA によるエレクトロスプレーのシグナル抑制に対応するため、高いサンプルロード量が必要になります。
FDA が公表した合成ペプチド医薬品の最新のガイドラインでは、原薬/API の存在量の 0.5% を超える不純物の相対的定量ができることが必要です7。 そのため、このケーススタディーでは、最小定量しきい値として 0.5% を選択しました。サンプルデータには、存在量 0.5% 以上のピークのみが報告されています。最も存在量が多い不純物はエキセナチドの凝集体(ダイマー)で、存在量 16.8% と測定され(苛酷処理サンプル 2 日目)ました。レファレンスサンプル(0 日目)には全く存在しませんでした。このことから、エキセナチドは、高 pH および加熱の影響を受けやすいことが確認されました。その他の主な不純物の割合は、メインピークに対して、酸化が 4.7%、メチオニン欠失(desMet)が 1.4%、アスパラギンスクシンイミドが 5.9% でした。
図 5 の結果の表に、製品の純度、割り当てられたモディファイヤー、ピークの保持時間、分子量、質量誤差、定量、合格/不合格ステータスなど、その他のさまざまな測定値が示されています。エキセナチド苛酷処理サンプルの純度に、API の純度に基づいて設定した期待値 95% を下回る場合、フラグ付けしました。4 日目の苛酷処理サンプルで同定され、報告されたうちで最も存在量の少ない不純物(0.8%)は、エキセナチドの二重酸化物のピークで、質量誤差は 6.5 ppm でした(図 6)。デコンボリューション済み MS スペクトルを用いて同定されたすべてのピークの総 MS レスポンスに対するこのピークの存在量は約 0.6% で、検出された不純物の量が多い場合も少ない場合も、質の高い結果であることがわかります。
結論
- BioAccord LC-MS システムを waters_connect インフォマティクスプラットホーム内で使用して、合成ペプチドの質量確認および不純物プロファイリングのための自動化 LC-MS ワークフローが得られました。
- 苛酷処理を施したエキセナチドペプチドを使用して、API のアイデンティティー確認、純度評価、不純物の定義および定量のプロセスを示しました。システム適合性試験、選択可能しきい値、合格/不合格基準などの優れた機能が明らかになりました。
- 初期のピーク割り当ておよびライブラリー生成において、初期のノンターゲット不純物特性解析に続いてターゲットモニタリングを行うことで、製品品質特性の評価において、柔軟性と使用しやすさが得られることが示されました。また、新製品に関する情報により、迅速に分析法を発展させられることがわかりました。
参考文献
- FDA; 2016b Guidance for Industry: Biosimilars: Questions and Answers Regarding Implementation of the Biologics Price Competition and Innovation Act of 2009; 2016.
- Mason, J. M., Design and development of peptides and peptide mimetics as antagonists for therapeutic intervention.Future Medicinal Chemistry 2010, 2 (12), 1813–1822.
- Pernot, M.; Vanderesse, R.; Frochot, C.; Guillemin, F.; Barberi-Heyob, M., Stability of peptides and therapeutic success in cancer.Expert Opinion on Drug Metabolism & Toxicology 2011, 7 (7), 793–802.
- Robert E. Birdsall, Jacob Kellett, Samantha Ippoliti, Nilini Ranbaduge, Matthew A. Lauber, Ying Qing Yu, Weibin Chen, Reducing Metal-ion Mediated Adsorption of Acidic Peptides in RPLC-Based Assays Using Hybrid Silica Chromatographic Surfaces, Journal of Chromatography B, 2021, 122700, ISSN 1570–0232
- Ranbaduge, N., Birdsall, R., Yu, Y.Q, Chen, W., The BioAccord system with ACQUITY Premier for improved peptide monitoring, Waters literature, 720007351, August 2021.
- Benet A, Halseth T, Kang J, Kim A, Ackermann R, Srinivasan S, Schwendeman S, Schwendeman A. The Effects of pH and Excipients on Exenatide Stability in Solution.Pharmaceutics. 2021 Aug 16;13(8):1263.doi: 10.3390/pharmaceutics13081263.PMID: 34452224; PMCID: PMC8398870.
- FDA ANDAs for Certain Highly Purified Synthetic Peptide Drug Products That Refer to Listed Drugs of rDNA Origin; Food and Drug Administration: https:\\www.regulations.gov, 2017.
720007752JA、2022 年 10 月