異なる装置プラットホームからの CCS 値の予測値と測定値の使用、および SELECT SERIES Cyclic IMS での異性体の分離
要約
生体内反応の活性には、分析種および試験にまたがる代謝物の比較が必要です。通常、代謝物のアライメントには、クロマトグラフィー保持時間、精密質量測定、マススペクトルデータが使用されます。特に、使用する分析条件によって保持時間が異なる可能性がある場合には、代謝物の同位体の比較がより困難になることがあります。さらに、元素式およびタンデム質量分析(MS/MS)スペクトルが同一である場合があり、生体内反応のデータの解釈と部位の特定が大幅に複雑化します。今回、それぞれ別の施設に設置されている SELECT SERIES Cyclic IMS および SYNAPT G2-Si QTof 装置を使用して分析した代謝物を、コリジョン断面セクション(CCS)値を使用して比較し、試験全体にわたって代謝物をアライメントするための、この分析種固有の物理化学的特性のメリットを実証しました。
さらに、CCS 値の計算予測により、追加のデータアセットが得られ、CCS の予測値と測定値の比較が可能になります。これにより、異性体を区別できる情報がさらに得られます。この予測を用いることで、どのような場合に追加のサイクリックイオンモビリティー分離(cIMS)が異性体の分離に有用で、より高いイオンモビリティー分離能を使用することで、割り当ての信頼性が向上するのかが示唆されます。今回示す例では、cIMS をラニチジンとイミプラミンの酸素化代謝物の分離に使用しています。この代替の分離メカニズムにより、UltraPerformance 液体クロマトグラフィー(UPLC)の分離能力が向上し、異性体が共溶出する場合に有用です。
アプリケーションのメリット
- CCS 値などの柔軟性の高いリソースを活用することにより、イオンモビリティーを使用する装置を用いて試験、分子種、および施設をまたいだ代謝物の追跡が可能に
- CCSOnDemand により CCS 値が予測され、代謝物の構造解析を支援する可能性を提示
- cIMS によって得られるイオンモビリティー分離の向上により、異性体代謝物を区別
はじめに
体外および体内での代謝試験は、医薬品開発の鍵を握る重要な要素です。通常、医薬品開発がヒト固有の代謝物や不均衡性代謝物に関する安全面に対処し、薬理活性に寄与する代謝物を同定するのに伴って、医薬品開発の複雑さのレベルおよび試験の詳細が増大します。
探索段階では、主要代謝物に主に焦点を当て、短いグラジエントを用いる汎用ハイスループット液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)法を使用して、医薬品候補化合物内の分子負債を特定します。対照的に、開発段階では長いグラジエントを用いる特化した LC-MS 分析法を使用して、観察されたすべての代謝物のクロマトグラフィー分離と構造解析を行い、衛生当局から要求される動物種に含まれるヒト代謝物の安全性を確保します1,2。
従来、保持時間とマススペクトルデータが、あらゆる分子種および試験にわたって代謝物の同定に使用されてきました。しかし、この方法は、近接して溶出する異性体の代謝物では(特にそれらの MS/MS スペクトルが区別できない場合)問題になります。さらに、社内または外部のサービス提供業者が使用するクロマトグラフィー条件によって溶出の順序が変わる場合があります。イオンモビリティー-質量分析(IMS)では、新たな分析次元が追加され、ドリフト時間から計算される分子の CCS 値の決定が可能になります。この物理化学的特性は分析種固有の頑健なパラメーターであり、代謝物を複数のプラットホーム、さまざまな条件、マトリックス、試験にわたって、これらの変化の影響を受けずに追跡することが可能になります。さらに、機械学習や量子力学などの計算手法を用いた CCS 値の予測は、代謝物の構造同定やそこから代謝経路を推定する際の補助として非常に興味が持たれます。
今回、IMS 機能を搭載した 2 種類の質量分析計(SELECT SERIES Cyclic IMS および SYNAPT G2-Si QTof)を使用して、一連の承認済み医薬品とその代謝物の CCS 値を計算し、比較します。2 つの質量分析計は異なる施設にあり、異なる科学者が分析を行いました。さらに、CCSonDemand3 機械学習アルゴリズムを使用して CCS 値を予測し、理論値と各装置の CCS 値を比較しました。cIMS テクノロジーをさらに使用することで、IMS の分離能が向上し、異性体の代謝物を区別することができました。これは、市販の直線型 IMS デバイスでは不可能でした。
実験方法
サンプルの説明
承認済み医薬品とその代謝物のレファレンス標準試料(合計 26 種類の化合物)をまずジメチルスルホキシドに溶解し、1 mM のストック溶液を調製します。続いて、アセトニトリル/水(1/1、v/v)で各ストック溶液を希釈して各化合物について 10 µM の希釈溶液を調製し、分析に使用しました。
分析条件
CCS 予測値は、実験的予測機械学習ベースのアルゴリズムである CCSonDemand を使用して取得しました。
CCS の測定値は、ノバルティス(スイス、バーゼル)の SYNAPT G2-Si QTof またはウォーターズ(英国、ウィルムスロー)の SELECT SERIES Cyclic IMS (シングルパス)のいずれかで実施した HDMSE 分析(n = 3)に従って決定しました。対応する LC-MS 条件を以下にまとめます。いずれの場合も、データ取り込みは MassLynx(v4.2)で実施しました。データ解析は UNIFI (v1.9.4)で実行して CCS 測定値を決定しました。到着時間の分布(ATD)プロットは、DriftScope(v3.0)および MassLynx(v4.2)を使用して取得しました。
cIMS の異性体代謝物の分離能をさらに実証するするため、異性体代謝物の混合液を 5 µL/分でイオンソースに注入し、単一周回および複数回周回を使用してデータを取り込みました。
UPLC 条件
グラジエントテーブル
MS 条件
結果および考察
SYNAPT G2-Si QTof または SELECT SERIES Cyclic IMS の MassLynx データ取り込みで合計 26 種類の化合物を 3 回分析した後、HDMS E データを UNIFI にインポートして、CCS 値を決定しました(表 1)。これらすべての測定にわたる二乗平均平方根誤差(RMSE)は 1.0% であり、2 つのデータセット間でよく一致していることが示されました。
様々な承認済み医薬品および代謝物について、両方のプラットホームで CCS 値がよく一致しており、保持時間とマススペクトルデータに加えて、異なる試験、分析法、および施設にわたって代謝物をトラッキングする場合の CCS 値のメリットが実証されました。CCS 値は、異性体代謝物のプロダクトイオンのマススペクトルが区別できない場合に特に有用です4,5。また、新しい代謝物への分離の拡張により保持時間が異なる場合6や医薬品開発時に LC 条件/装置が変更された場合に有用です。
さらに、CCSOnDemand を使用して、すべての化合物について CCS 値が予測されました。使用したプラットホームに関係なく、26 種類の化合物すべてにおいて、CCS の予測値と平均測定値の差は ±5.0% 以内でした。バイアスの RMSE の計算値が 2.0% および 1.7% であることから、特定の代謝物の CCS 値を予測する能力が確認されました。これらの予測により、構造解析を補助し、生体内反応の部位をより適切に特定できるだけでなく、代謝経路の特性解析もより効率的になります。
さらに、予測 CCS 値は、異性体代謝物がイオンモビリティーで分離できるかどうかの指標にもなります。例えば、ラニチジンの N-オキシドと S-オキシドの予測 CCS 値の差は、CCS の平均測定値(表 1)で確認されたように 3 Å2 でした。両方の異性体代謝物がクロマトグラフィーで共溶出し、同一のマススペクトルおよび直線型の IMS でデータが得られた場合(cIMS での単一周回実験と同様)、1 つの異性体のみが存在するという結論になります。一方、cIMS 分析中の周回数を増やすことにより、IMS 分離能が大幅に向上し7、対応する ATD プロットでわかるように、両方の異性体を分離することができました(図 1)。
同様の状況がイミプラミンの酸素化代謝物でも見られました(図 2)。2-ヒドロキシイミプラミン、イミプラミン N-オキシド、10-ヒドロキシイミプラミンの CCS 予測値から、これらの異性体代謝物がイオンモビリティーを使用して分離できる可能性が示唆されました。単一周回後に、3 つの異性体は分離されませんでした。一方、10-ヒドロキシイミプラミンは、2 回周回後にはショルダーピークとして観察され、4 回周回後にはほぼベースライン分離していました。残り 2 つの酸素化代謝物については、13 回周回後にようやく 2 つの最大値が見られて区別できました。2-ヒドロキシイミプラミンとイミプラミン N-オキシドを分離するために、10-ヒドロキシイミプラミンをサイクリックアレイから排出した後、他の 2 つの異性体代謝物を 25 回周回後に cIMS で分離しました。分解能は 325(Ω/∆Ω)になりました。
通常、複数回周回後に使用する分離時間は、UPLC 分離と同等になります。これは 4 回周回後のドリフト時間が 100 ms 未満であり、各周回の輸送による損失(約 2.4%8)がデータに及ぼす影響が最小限であるためです。したがって、これらの複数回周回実験を UPLC と組み合わせることで、質量分離のみを使用する場合より向上した分離能が利用できます。
結論
IMS プラットホーム(SYNAPT G2-Si QTof または SELECT SERIES Cyclic IMS)とは無関係に、平均 CCS 測定値は同一であり、CCSOnDemand 機械学習アルゴリズムで予測した CCS 値と一致しました。CCS 値は頑健で分析種固有の値であるため、この生理化学的パラメーターは、異なる試験、施設、分析法が含まれる探索および医薬品開発段階で、生体内反応専門の科学者を支援できます。特に、代謝研究において CCS 値を使用することで、同定された同様の保持時間とマススペクトルデータを示す異性体代謝物の構造解析が容易になります。さらに、相対 CCS 値に基づいて代謝物の由来を割り当てることで、代謝経路をより効率的に推定することができ、生成される代謝データの信頼性が高くなります。
最後に、正確に予測された CCS 値は、異性体代謝物の分離において、より高いイオンモビリティー分離が必要かどうかの指標になります。今回の試験を通じて、複数の異性体代謝物の分離に SELECT SERIES Cyclic IMS の独自の複数回周回サイクリックイオンモビリティー機能を使用することにより、最大 325(Ω/∆Ω)のイオンモビリティー分離能が必要であることが実証されました。
謝辞
著者らは、Markus Walles(ノバルティス)、Mario Mergelsberg(ウォーターズ)、Emma Harry(ウォーターズ)の各氏の支援に深く感謝いたします。
David Higton - ウォーターズコーポレーション
Christian Lanshoeft、Frederic Lozac'h - Novartis Pharma AG.
参考文献
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720007514JA、2022 年 2 月