• アプリケーションノート

タンデム四重極質量分析による in vivo サンプルおよび in vitro サンプル中の薬物代謝物のモニタリングへのニュートラルロススキャンおよびプリカーサーイオンスキャンの応用

タンデム四重極質量分析による in vivo サンプルおよび in vitro サンプル中の薬物代謝物のモニタリングへのニュートラルロススキャンおよびプリカーサーイオンスキャンの応用

  • Robert S. Plumb
  • Waters Corporation

要約

初期の探索での in vivo 試験や in vitro 試験、臨床試験における薬物代謝物の検出は、医薬品開発の成功に不可欠であり、これによって、探索において代謝ソフトスポットを検出でき、臨床段階において新規代謝物や毒性代謝物を検出することができます。コンスタントニュートラルロススキャンおよびプリカーサーイオンスキャンは、体液(例:血液製剤、CSF、尿)や in vitro 培養物中の薬物代謝物の検出のためのシンプルで迅速なアプローチになります。今回は、薬物代謝試験におけるコンスタントニュートラルロススキャン実験およびプリカーサーイオンスキャン実験の応用およびメリットについて概説します。

アプリケーションのメリット

体液中の薬物代謝物および関連代謝物の迅速な検出。タンデム四重極 MS の汎用性の拡張。

はじめに

in vitro および in vivo での薬物代謝物の検出、同定、モニタリングは、薬物の探索および開発において重要な役割を果たします。探索試験における薬物代謝物の検出(in vivo または in vivo)により、代謝ソフトスポットの同定、排出経路の決定、分子の薬物動態特性の最適化が可能になります1,2。 前臨床開発では、生物種および投与量レベルが化合物の代謝プロファイルに及ぼす影響を理解し、ヒトでの臨床試験をサポートするのに十分な毒性分子種の代謝カバレッジを確保することが重要です。臨床試験では、候補医薬品が実際の患者集団において試験され、特定の患者集団やさまざまな民族集団における有効性、効果が評価されます。 これらのサンプルにおいて、安全性評価試験からの既知の代謝物、および未知の毒性がある可能性のある代謝物を検出およびモニターすることが重要です3

これらの試験において、液体クロマトグラフィーと組み合わせた質量分析法は、候補医薬品への曝露を判定し、サンプルを既知代謝物および未知代謝物についてスクリーニングするのに適したテクノロジーです。コンスタントニュートラルロススキャンおよびプリカーサーイオンスキャンの 2 つは、特定の部位(例:グルタチオン)や診断フラグメントイオンの存在に基づく薬物代謝物のスクリーニングに使用できる強力で柔軟なデータ取り込みモードです4,5。 このアプリケーションノートでは、これら 2 種類の取り込みモードを体液中の薬物代謝物のスクリーニングにどのように使用できるかについて説明します。

実験方法

サンプルの説明

安全性評価試験およびサンプル前処理の完全な詳細は、ウォーターズコーポレーションのアプリケーションノート Tandem Quadrupole Acquisition Modes in DMPK Studies(『DMPK 試験におけるタンデム四重極取り込みモード』)に記載されています6

分析条件

尿サンプルについては、2 µL アリコートを 2.1 × 100 mm の Cortecs™ C8 2.7 µm カラムに注入して分析しました。カラムを 40 ℃ に維持し、移動相溶媒 A として 0.1% ギ酸水溶液、移動相溶媒 B として 0.1% ギ酸含有 95:5(v/v)アセトニトリル:水を使用して、600 µL/分で 10 分間の逆相リニアグラジエントで溶出させました。カラム溶離液は、i)コンスタントニュートラルロススキャンモードまたは ii)プリカーサーイオンスキャンモードのいずれかで動作するポジティブイオン ESi 質量分析によってモニターしました。

LC 条件

LC システム:

ACQUITY™ I Class UPLC™

検出:

Xevo™ TQ-XS

バイアル:

Waters™ トータルリカバリーバイアル(製品番号:186004631)

カラム:

2.1 × 100 mm Cortecs C8 2.7 µm(製品番号:186010473)

カラム温度:

40 ℃

サンプル温度:

8 ℃

注入量:

2 µL(尿)

流速:

600 µL/分

移動相 A:

0.1%(v/v)ギ酸水溶液

移動相 B:

95% アセトニトリル、5% 水、0.1%(v/v)ギ酸

グラジエント:

下表を参照

グラジエントテーブル(尿および血漿のスクリーニング分析)

MS 条件

MS システム:

Xevo TQ-XS

イオン化モード:

ポジティブイオン

取り込み範囲:

m/z 50 ~ 800

キャピラリー電圧:

2.0 Kv

コリジョンエネルギー:

30 eV

コーン電圧:

30 V

ニュートラルロス:

80 Da および 176 Da

プリカーサーイオン:

m/z = 97、119、121

データ管理

クロマトグラフィーソフトウェア:

MassLynx™ バージョン 4.2

MS ソフトウェア:

MassLynx バージョン 4.2

インフォマティクス:

MassLynx バージョン 4.2

結果および考察

in vitro および in vivo 試験における薬物代謝物の迅速な検出および特性解析は、効率的で安全な薬物の探索および開発に不可欠です。LC-MS/MS による培養サンプルまたは体液中の薬物代謝物の検出は、親化合物の診断フラグメントまたは硫酸化やグルクロン酸化などの代謝産物の種類に専用のさまざまな MS 取り込みモードを使用した、サンプルのスクリーニングにより行うことができます。コンスタントニュートラルロススキャンおよびプリカーサーイオンスキャンの 2 つは MS データ取り込みモードであり、代謝物プロファイリングに使用できるフラグメントまたはクラス固有のデータの収集が行えます。コンスタントニュートラルロススキャンおよびプリカーサーイオンスキャンによる質量分析データの取り込みは、豊富な情報を提供できる分析種検出アプローチです(ウォーターズアプリケーションノート Tandem Quadrupole Acquisition Modes in DMPK Studies(『DMPK 試験におけるタンデム四重極取り込みモード』)参照)6。 コンスタントニュートラルロススキャン MS は、特定の成分の喪失に基づいており、両方の四重極の同期スキャンによって検出を行います。この分析モードは、硫酸塩、グルクロニドなどの一般的な抱合代謝物の検出や、グルタチオンなどの毒性を有する可能性のある種類の代謝物の検出に使用することができます4。 プリカーサーイオンスキャン取り込みモードでは、最初の四重極でイオンが(事前設定した質量範囲にわたって)スキャンされ、次にこれらのイオンがコリジョンセルでフラグメント化され、最後の分解四重極では、1 つ以上の特異的な診断フラグメントイオンが透過して検出器で記録されるように設定されています5。 この取り込みモードにより、投与された化合物のフラグメンテーションパターンに関する知見を用いて、生体サンプル中の薬物類縁物質をスクリーニングすることができます。

これら 2 つの MS 取り込みプロセスの応用について説明するため、抗ヒスタミンおよび抗コリン作動性薬物であるメタピリレン(図 1)を、オスのウィスターラットに経口投与(150 mg/Kg)してから 6 日目(D6)に採取した尿を、逆相 UPC-MS-MS で分析しました7。 カラム溶離液を、コンスタントニュートラルロススキャンまたはプリカーサーイオンスキャンを使用して、ポジティブイオン ESi モードでモニターしました。

図 1.メタピリレン

コンスタントニュートラルロス

コンスタントニュートラルロス取り込みモードでは、質量分析計の 2 つの分解四重極がコンスタント質量オフセットに同期してスキャンするように設定されているため、サンプルの種類に関係なく、同じ喪失を引き起こすサンプル中のすべての成分を検出することができます。硫酸化とグルクロニド化の 2 つは、ほ乳類系における医薬品の最も一般的な形の代謝抱合体です。これら 2 種類の抱合体は、それぞれ 80.06 Da および 176.12 Da のコンスタントニュートラルロスを有し、薬物代謝試験でしばしばスクリーニングされます。LC-MS スクリーニング分析でのこのコンスタントニュートラルロスモードは、グルタチオンなどの潜在的毒性代謝物のモニタリングにも使用されています。これらの代謝物からは、ピログルタミン酸(m/z = 129)、GSH(m/z = 307、脂肪族チオエステルおよびベンジルチオエステル)、グルタミン酸(m/z = 147)に特徴的なコンスタントニュートラルロスが生じます。

メタピリレンサンプルのコンスタントニュートラルロス

この取り込みモードの使用について説明するため、オスのウィスターラットにメタピリレンを経口投与した後、D6 の尿サンプル(24 時間)を、グルクロニド抱合体および硫酸抱合体のコンスタントニュートラルロスを使用して、ポジティブイオン MS によって分析しました。尿サンプルを逆相 UPLC-MS/MS で分析し(「実験方法」セクションを参照)、カラム溶出液を、80 Da および 176 Da のコンスタントニュートラルロスを使用して、ポジティブイオン ESi でモニターしました(図 2)。

図 2.コンスタントニュートラルロス取り込みモード

質量 176.12 Da のコンスタントニュートラルロス分析で得られた LC/MS クロマトグラムの例を以下の図 3 に示します。ここでは、複数の分析種のピークが見られ、尿サンプル中で 176 Da のコンスタントニュートラルロスが生じていることがわかります。これらの大部分は薬物に関連しておらず、内因性分子または食品の代謝により生じたものです。

図 3.150 mg/Kg のメタピリレンを経口投与した後 D6 のラット 24 時間尿のコンスタントニュートラルロスの分析(Da = 176)。

1.88 分で溶出するピークの MS1 スペクトルを図 4 に示します。データは、m/z = 454.2 のピークの存在を明確に示しており、このピークがグルクロン酸とメタピリレンの水酸化代謝物または N-オキシド代謝物との抱合によって生じたことを示唆しています。このピークが薬物に関連していることを確認するには、このピークのターゲット MS/MS 分析が必要です。抽出イオンクロマトグラム(コンスタントニュートラルロスデータからの m/z = 454、図 5)から、薬物に関連している可能性のあるその他のピークが複数あることがわかります。

図 4.MS1 150 mg/Kg のメタピリレンを経口投与した後 D6 のラット 24 時間尿のコンスタントニュートラルロス分析(176 Da)における 1.88 分で溶出するピークのスペクトル。
図 5.150 mg/Kg のメタピリレンを経口投与した後 D6 のラット 24 時間尿の LC-MS/MS 分析で得られた抽出イオンクロマトグラム(m/z = 454)。

プリカーサーイオンスキャン

プリカーサーイオンスキャンでは、コンスタントニュートラルロス分析とは異なり、特定のフラグメントイオンまたは診断フラグメントイオンを生成するすべての分析種が記録されます。プリカーサーイオンスキャンでは、最初の分解四重極は特定の質量範囲にわたってスキャンするようにプログラムされており、このスキャン範囲内のすべてのイオンがコリジョンセルに移送され、固定エネルギーまたはコリジョンエネルギーランプを使用したフラグメンテーションを受けます。次に、フラグメントイオンは、特定の m/z 値のイオンのみが透過するように設定された 2 番目の分解四重極に導かれます(注:1 回の実験で複数のプリカーサーイオンのスキャンが行えます)。これらの特定のイオンはしばしば、目的化合物の特定のフラグメントに関連しているため、診断フラグメントイオンと呼ばれます。この取り込みモードは、製剤、原材料、体液などの複雑な混合物中の薬物の不純物や代謝物などの分析種のスクリーニングによく使用されます。

メタピリレンサンプルのプリカーサーイオンスキャン

メタピリレンのフルスキャン MS および MS/MS 分析により、m/z = 262.2 のベースピーク、およびフラグメントイオン(m/z = 217.1、121.1、119.1、96.9)が生じました。これらのフラグメントイオンを使用して、プリカーサーイオンスキャンを行い、尿サンプル中の薬物関連代謝物を調べました。プロダクトイオン(m/z = 119.1)について得られたクロマトグラムを図 6 に示します。この取り込みモードを使用して複数の特性が検出され、クロマトグラムの波形解析により、いくつかの薬物関連ピークの存在が明らかになりました。例として、保持時間 tR = 2.96 および tR = 1.69 分に溶出する 2 本のピークの MS スペクトルをそれぞれ図 7A、B に示します。これらのピークの MS スペクトルの分析から、これらの 2 本のピークは、メタピリレンの(A)水酸化代謝物(m/z = 278.3)および(B)デスメチル代謝物(m/z = 248.2)であることが示唆されます。

図 6.150 mg/Kg のメタピリレンを経口投与した後 D6 のラット 24 時間尿の、ポジティブイオンモードでのプリカーサーイオンスキャン(m/z = 119.1)を使用した LC-MS/MS クロマトグラム。
図 7.150 mg/Kg のメタピリレンを経口投与した後 D6 のラット 24 時間尿の LC-MS/MS 分析で、A)tR = 2.96 分および B)tR = 1.69 分に溶出するピークの抽出イオンスペクトル。

同様に、フラグメントイオン m/z = 96.9 のプリカーサーイオン分析では、0.9 ~ 3.5 分に溶出する 11 本の明確なピークの存在が示されました(図 8A)。抽出イオンクロマトグラム(m/z = 278.2)では、tR = 2.75 分および tR = 3.36 分に溶出する 2 本の別々のピークが明らかになりました(図 8B)。これら 2 本のピークの MS スペクトルをさらに分析すると、tR = 2.75 分のピークから m/z 233.2 のイオン源内フラグメントイオンが生じることがわかりました。このことは、親分子中の既知のチオフェン-ピリジン環領域のフラグメント(m/z 217.2)の水酸化(+16Da)と一致しています(図 8C)。遅く溶出するピーク(tR = 3.36 分)には、m/z = 217.2 のフラグメントイオンの存在が見られません。このことは、この代謝物の水酸化部位が、分子のチオフェン-ピリジン環領域ではなく、第 3 級アミン領域にあることを示唆しています。このピークの保持時間はメタピリレンの保持時間(tR = 3.23 分)より遅いため、このピークはメタピリレンの N-オキシド代謝物である可能性が最も高いと考えられます(図 8D)。

図 8.オスのウィスターラットに 150 mg/Kg のメタピリレンを経口投与した後 D6 のラット尿の LC-MS/MS 分析。A)プリカーサーイオンスキャンからの抽出イオンクロマトグラム(m/z = 96.88)、B)抽出イオンクロマトグラム(m/z = 96.88)、C)tR = 2.75 分で溶出するピークの MS スペクトル、D)tR = 3.36 分で溶出するピークの MS スペクトル。

結論

候補薬の代謝経路の迅速な検出および特性解析は、医薬品の探索および分析の重要な部分であり、これによって、代謝ソフトスポットの確認や、生物種間の毒性分子種のカバレッジの決定、毒性を示す可能性のある代謝物の検出を行うことができます。Waters タンデム四重極質量分析計でのコンスタントニュートラルロススキャンおよびプリカーサーイオンスキャンのデータ取り込みモードは、in vitro サンプルや in vivo サンプルを、薬物類縁物質の有無について評価するための迅速でシンプルなアプローチになります。コンスタントニュートラルロス分析により、150 mg/Kg のメタピリレン投与後のオスのラット尿中に、メタピリレンの 3 種類の主要グルクロニド代謝物が同定されました。2 つのフラグメントイオン(m/z = 119.2 および 96.9)を使用したプリカーサーイオンスキャンにより、複数の薬物関連代謝物が簡単に検出できました。データのシンプルなレビューにより、N-オキシド代謝物、デスメチル代謝物、水酸化代謝物などの複数の薬物関連ピークが存在することがわかり、暫定的な構造が提案されました。これらのデータは、薬物代謝スクリーニングにおける Waters タンデム四重極 MS を使用したコンスタントニュートラルロススキャン実験およびプリカーサーイオンスキャン実験のメリットを示しています。

参考文献

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720008081JA、2023 年 10 月

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