• アプリケーションノート

低流速 LC とタンデム四重極(QqQ)質量分析計を組み合わせた内因性キナーゼ定量アッセイ

低流速 LC とタンデム四重極(QqQ)質量分析計を組み合わせた内因性キナーゼ定量アッセイ

  • Matthew E. Daly
  • Lisa Reid
  • Lee A. Gethings
  • Robert S. Plumb
  • Waters Corporation

研究目的のみに使用してください。診断用には使用できません。

要約

生物学的重要性および普遍的存在に基づいて選択した 27 種類のヒト内因性キナーゼ酵素用に、カスタムメイドのターゲットアッセイを開発しました。

このアッセイは、酵素のクラスごとに複数の固有のターゲット MS/MS トランジションを評価することで、各タンパク質の同定の正確さを確保できるように設計されています。トランジションには、ネイティブペプチドの実験的に確認されたプリカーサーイオン質量およびプロダクトイオン質量(純粋な標準試料を使用)、およびリン酸化残基が含まれる可能性があることがわかっているペプチドの理論的に導出されたプリカーサーイオン質量およびプロダクトイオン質量が含まれます。すべての非リン酸化ペプチドの標準試料を使用して検量線を作成するオプションにより、各ペプチドについてセミ定量的濃度値を得ることが可能になり、実験結果の信頼性が向上します。

分析法の最適化およびそれに続く検量線の作成により、23 種のペプチドのオンカラムでの LOD が 100 pg 未満で、さらに 32 種のペプチドのオンカラムでの LOD が 1 ng 未満であることが実証されました。残り 25 種類のペプチドの LOD は、オンカラムで 1.1 ng ~ 28.9 ng の範囲でした。次に、実証実験として、がん細胞株から構成されるサンプルセットを分析しました。これにより、事前にサンプルを濃縮することなく、ルーチン分析と同じクロマトグラフィー流速で、複数のペプチドマーカーを使用して、2 種類の細胞株(変異あり/なし)を区別できる性能があることが実証されました。

このキナーゼのターゲットアッセイは、プロテオミクス研究、創薬プログラム、臨床研究、および疾患バイオマーカーやテーラーメード医療分野のその他の研究にも役立つように設計されています。

アプリケーションのメリット

  • 迅速でハイスループットな取り込み
  • 複数の固有のトランジションに基づくターゲットタンパク質分析
  • 定量曲線を使用してセミ定量が可能
  • 容易にカスタマイズできるトランジションにより、お客様が必要に応じてターゲットを変更可能に
  • データを、MassLynx™ または TargetLynx™ で解析したり、SkyLine にインポートすることも可能に

はじめに

キナーゼ酵素は、ヒトのさまざまな疾患の重要なバイオマーカーであることが示されています。特に腎臓がんや肝臓がんのような特定のがんにおいて、そのレベル上昇が、良好な予後または不良な予後両方に影響を及ぼします1。このため、これらのバイオマーカーはトランスレーショナル医療の有用なターゲットとなり、特定のがん発症の予後バイオマーカーになる可能性があります。この目的を達成するために、ペプチドターゲットを用いた 2 つの方法があります。すべてのキナーゼプロテオフォームの発現の測定、あるいはリン酸化(活性化)キナーゼプロテオフォームの測定です。予後に関してどの定量分析法によって最も有用な情報が得られるかという点に関しては、特定の疾患経路が寄与している可能性があります。一方、細胞質内のこれらのキナーゼの濃度は比較的低く、そのために定量が困難になる可能性があります。そこで、現行の分析法では、事前濃縮によってターゲットのキナーゼを選択的に濃縮するか、ハイスループット分析には向いていないナノフロースケールのクロマトグラフィーが使用されています。そこで今回、特定のキナーゼクラスの同定に使用できる、実験的に観測されたペプチドマーカーおよび理論上のサブセットからなる包括的なペプチドマーカー一式を紹介します。また、これらのペプチドマーカーを適用することで、事前濃縮を行わないキャピラリースケールのクロマトグラフィーにより 2 種類のがん細胞株が区別できることについて説明します。

実験方法

28 種類のヒトキナーゼ標準試料(濃度 900 fmol/µL ~ 25.4 pmol/µL の UHQ 水溶液)を購入しました。各標準試料を 1 µg ずつ含む混合液を、0.1% w/v RapiGest™ を含むジチオスレイトール(最終濃度 5 mM)含有重炭酸アンモニウム溶液(最終濃度 50 mM、pH 7.8)を用いて 60 ℃ で 15 分間還元し、ヨードアセトアミド(最終濃度 15 mM)で 30 分間アルキル化した後、配列決定グレードのトリプシンをプロテアーゼ:タンパク質比 1:50 で使用して消化を行いました。ギ酸を最終濃度 0.1%(v/v)になるように添加して消化を停止しました。細胞株のサンプルについても、同様の前処理プロトコルを用いました。

LC 条件

LC システム:

ACQUITY™ Premier FTN

カラム:

ACQUITY Premier Peptide CSH™ C18(100 mm x 2.1 mm、1.7 µm)

カラム温度:

40 ℃

注入量:

5 µL(検量線)または 15 µL(がん細胞株のサンプル)

流速:

0.5 mL/分

移動相 A:

0.1% ギ酸水溶液

移動相 B:

0.1% ギ酸アセトニトリル溶液

グラジエント:

最初 5% B、0 ~ 2 分で 5% B、2 ~ 25 分で 5 ~ 30% B、25 ~ 27 分で 30% ~ 60% B、27 ~ 29 分で 60% B、29 ~ 35 分で初期条件で再平衡化。

MS 条件

MS システム:

Xevo™ TQ-XS

イオン源:

ZSpray™ ESI

イオン化モード:

ポジティブイオン化モード

キャピラリー電圧:

0.5 kV

サンプルコーン電圧:

35

イオン源温度:

150 ℃

脱溶媒温度:

500 ℃

コーンガス流量:

150 L/時間

脱溶媒流量:

1000 L/時間

コリジョンエネルギー:

13.5 ~ 29.8 V で各ペプチドに特異的

スキャン時間:

各ペプチドに特異的

図 1.  MassLynx 実験ファイル内で MS/MS トランジションを示す MS 実験設定の例

結果および考察

このキナーゼのターゲットアッセイは、血液製剤、細胞株、組織ホモジネートにおいて 27 種類の個別のキナーゼ酵素のスクリーニングおよびセミ定量を行うために開発されたものです。これらのキナーゼ酵素は、ヒトへの生物学的関連性(特にがんの診断および予後)ならびに標準試料の入手しやすさを基準に選択されました。以下に、このアッセイで現在使用可能な 27 種類のキナーゼ酵素および実験的に得られたトランジションを示します。

  • PAK:1、2、3、4、5、6
  • MAPK:1、3、7、8、9、10、11、12、13、14
  • MAP2K:1、2、3、4、5、6、7
  • MAP3K:1、2、3、8

各酵素の標準試料を非活性化型で購入し、通常のプロテオミクスワークフローに従ってトリプシン消化しました。次に、消化した各キナーゼ酵素を、SELECT SERIES™ Cyclic™ IMS に接続した ACQUITY™ M-Class に注入し、すべてのペプチドについてノンターゲットスクリーニングを行いました。取り込んだデータは、PLGS ソフトウェアにインポートして、ペプチドの同定、評価、フラグメンテーションパターンの情報取得を行いました(図 2)。ターゲットのペプチドを、単一のキナーゼプロテオフォームまたはキナーゼのクラス(例えばMAPK)に固有であるかについて評価しました。

図 2.  PLGS ビューの例:単一のキナーゼ酵素の消化で生じたペプチド(MAP3K1)の検索例。7 種類の個別のペプチドが検出および同定され、反転表示したペプチド((K)GANLLIDSTGQR(L) に対応)について見られたフラグメンテーション(b イオンおよび y イオン)がビューの一番下の部分に示されています。

ターゲットのペプチドを最小配列長などの基準に基づいて選択し、タンデム四重極質量分析計を使用した分析法開発をさらに進めました。次にペプチドを調査し、それぞれのペプチドが観測されたことを確認して、最大シグナル強度における荷電状態およびフラグメンテーションイオンを評価して選択しました。図 3 に、代表的なペプチドシグナルを、コンバイン TIC(アッセイを実行する際の代表的なビュー)として、およびこの TIC を生成するために含めた 3 つのトランジションの XIC として示します。

各ペプチドについて、3 ~ 8 のトランジションを分析法内に含めました。このアッセイには、実験的に得られた計 47 種類の個別の非冗長ペプチドが含まれており、翻訳後修飾を含めてターゲットは計 80 種類にのぼります。購入可能な標準試料は非活性化型であるため、通常は(活性化された後)リン酸化されている残基が非リン酸化の状態で観測されました。アッセイに含まれている 80 種類のペプチドのうち、26 種類は、文献検索に基づくと、1 つまたは複数の残基がリン酸化されている可能性があります。この実験ファイルには、ペプチドのリン酸化バージョンの理論上のトランジションも含まれています。

図 3.  MassLynx ビューの例:(A)サンプル中の MAP2K7 の有無を確認するためにすべてのシグナル(選択した 3 つのトランジション)を組み合わせて生成した TIC(B)3 つの個別のトランジションの XIC

精製済み標準試料のみを使用した検量線の作成では、「実際の」サンプルの複雑さを十分に模倣できず、競合するイオン化によるペプチドのレスポンスに及ぼす影響が考慮されていません。そのため、「実際の」サンプルを模倣するために、すべてのキナーゼ標準品の混合液を MassPREP™ 大腸菌消化物標準試料(製品番号:186003196)で段階希釈し、オンカラムでのキナーゼの総量を 10.5 pg ~ 210 ng の範囲にしました。検量線を作成し、各ペプチドの検出限界をブランク + 3 × SD として計算したところ、MAPK クラスを代表する GANPLAIDLLGR ペプチドについて、最低のオンカラムでの LOD が 35.38 pg(29 fmol)になりました。このペプチドの検量線は、少なくとも 3.5 桁にわたって直線性を示しました。全体として、23 種類のペプチドのオンカラムでの LOD は 100 pg 未満であり、さらに 32 種類のペプチドのオンカラムでの LOD は 1 ng 未満でした。PAK のペプチドマーカー IGEGSTGIVCIATVR の残り 25 種類のペプチドの LOD は、オンカラムで 1.1 ng ~ 28.9 ng の範囲でした。

患者サンプルの間に不均一性があり、これらのサンプルがネットワークの複雑なカスケードに関与しているため、検出限界の計算値を生理的レベルに関連付けることは困難です。さらに、活性のあるタンパク質キナーゼ(リン酸化)の増加または減少だけでなく、総存在量の増加または減少によっても疾患状態の変化が明らかになることがあります2,3。 そこで、ターゲットアッセイにおけるペプチドマーカーの使用が適切であるかどうかを評価するために、がん細胞株をホスファターゼ阻害剤の存在下で溶解し、トリプシンで酵素的に消化しました。その他のサンプル濃縮は行っていません。

上記のクロマトグラフィー条件で細胞株を分析したところ、4 種類のペプチドマーカーによって、強度のみに基づいて、分析した細胞株を区別できることが実証されました(図 4)。したがって、がん細胞株と同じレベルで存在する一部のタンパク質キナーゼの相対的定量における、このアッセイおよび関連するペプチドマーカーの有用性が実証されました。サンプルをさらに濃縮することで、他のペプチドマーカーが検出され、リン酸化ペプチドが特異的に濃縮されることで、相対的な活性化/リン酸化の目安が得られる可能性があります。

図 4.(A)非変異細胞株(低存在量)、変異細胞株(高存在量)、これら 2 つの混合物(中程度の存在量)の間のピーク面積の差を示す PAK マーカーペプチド LLQTSNITK のイオン比。(B)変異細胞株の分析で得られた、予想保持時間 4.7 分で溶出するペプチドについてモニターした 4 つのフラグメントイオンのそれぞれの抽出イオンクロマトグラム。

結論

Xevo TQ-XS と頑健なペプチドマーカーの組み合わせにより、サンプル濃縮を行うことなく、高流速のクロマトグラフィーで、生理的レベルのタンパク質キナーゼの相対的定量が可能になり、ルーチン分析の可能性が開かれました。定義した 4 種類のペプチドマーカーにより、これらのマーカーの存在量のみに基づいて 2 種類のがん株を区別することができました。そのうち 2 種類のマーカーは、オンカラムでの LOD が 50 pg 未満で、感度の高さは上位 10 以内に入っていました。このアプリケーションノートで定義したペプチドマーカーを使用することで、総キナーゼ存在量の差が明らかになるだけでなく、リン酸化の目安を得るのにも使用できる可能性があります。

参考文献

  1. Bhullar, K.S., Lagarón, N.O., McGowan, E.M. et al. Kinase-targeted Cancer Therapies: Progress, Challenges and Future Directions.Mol Cancer 17, 48 (2018).https://doi.org/10.1186/s12943-018-0804-2
  2. Duong-Ly KC, Peterson JR.The Human Kinome and Kinase Inhibition.Curr Protoc Pharmacol. 2013 Mar;Chapter 2:Unit2.9. doi: 10.1002/0471141755.ph0209s60.PMID: 23456613; PMCID: PMC4128285.
  3. Lu Z, Hunter T. Degradation of Activated Protein Kinases by Ubiquitination.Annu Rev Biochem.2009;78:435–75.doi: 10.1146/annurev.biochem.013008.092711.PMID: 19489726; PMCID: PMC2776765.
  4. Pillay N, Tighe A, Nelson L, Littler S, Coulson-Gilmer C, Bah N, Golder A, Bakker B, Spierings DCJ, James DI, Smith KM, Jordan AM, Morgan RD, Ogilvie DJ, Foijer F, Jackson DA, Taylor SS.DNA Replication Vulnerabilities Render Ovarian Cancer Cells Sensitive to Poly(ADP-Ribose) Glycohydrolase Inhibitors.Cancer Cell.2019 Mar 18;35(3):519–533.e8.doi: 10.1016/j.ccell.2019.02.004.PMID: 30889383; PMCID: PMC6428690.

720008020JA、2023 年 9 月

トップに戻る トップに戻る