BioAccord™ LC-MS システムを用いたバイオ医薬品のチャージバリアントのオンライン AEX-MS 分析
要約
バイオ医薬品のチャージバリアントの特性解析およびモニタリングは、製品の一貫性と安定性を確保する上で重要です。チャージバリアント(CV)は通常、分取イオン交換クロマトグラフィー(IEX)を使用して分析し、続いて分取・逆相液体クロマトグラフィー、および質量分析(LC-MS)を行います。これは長々しく、技術的に困難で、時間がかかるプロセスです。そのため、オンラインチャージバリアント分析法の開発が強く望まれています。陰イオン交換クロマトグラフィーをネイティブ質量分析(AEX-MS)と接続した陰イオン性タンパク質の試験が行われていますが、バイオ医薬品の試験のために開発された分析法は限られています。この試験では、ACQUITY™ Premier UPLC™ を搭載した BioAccord™ LC-MS システムを使用したチャージバリアント分析のための、頑健で再現性のある陰イオン交換質量分析(AEX-MS)法を紹介します。この分析法を使用して、荷電分子種をクロマトグラフィー分離し、その後 waters_connect™ INTACT Mass アプリケーションを使用して定性分析および定量分析を行いました。プロセス内サンプルの AEX-MS 分析用に開発されたこのワークフローは、迅速であり、それまでの LC-MS に関する知識や現場での経験が限られているかまったくないラボでも容易に取り入れることができます。
アプリケーションのメリット
- AEX-MS によるオンライン分析により、時間のかかる従来の分取分析法が不要になる
- 本研究で紹介するワークフローは、MS の専門家でなくても、迅速分析に容易に適応させることができる
はじめに
バイオ医薬品は通常、大きく複雑な分子であり、多くの微小不均一性を含み、さまざまな経路による分解を受けます。通常、翻訳後修飾(PTM)が含まれ、結果としてバイオ医薬品のチャージバリアント(CV)が生じます。これらのバリアントは、医薬品の活性や有効性に影響する可能性があるため、重要品質特性(CQA)と見なされます。そのため、プロセス開発および医薬品製造の全体を通して、CV を正確かつ迅速にモニターすることが重要です。
イオン交換クロマトグラフィー(IEX)が通常、チャージバリアントの分析に適した分析法です。これらの分析法では、溶質分子は逆に荷電した樹脂に可逆的に吸着されます。チャージバリアントの保持は、各バリアントとクロマトグラフィー樹脂との、存在する他の分子種と比較した相対的な相互作用に依存します。樹脂は、陽イオン交換クロマトグラフィー(CEX)では、負に荷電していて正に荷電したイオンを交換し、陰イオン交換クロマトグラフィー(AEX)では、正に荷電していて負に荷電したイオンを交換します。溶出は塩グラジエントまたは pH グラジエントのいずれかで行えますが、pH グラジエントは再現および制御が難しいため、塩バッファーの方がより一般的に使用されます。
質量分析(MS)は、バイオ医薬品の電荷の不均一性の生化学的な根本原因を理解する上で重要な情報を提供してきました。一般に、IEX によるオフライン分取、バッファー交換、およびその後の LC-MS 分析は、各チャージバリアントの性質を解析する上で有効なアプローチであることで定評があります。ただし、このプロセスは遅く、ロースループットで、アーティファクト生成が起きやすいという問題があります。IEX を MS に直接接続することで、チャージバリアントの同定が、はるかに簡単でよりハイスループットの分析法になります。ただし、この分析法にもいくつかの問題があります。IEX 分離は通常、移動相中に不揮発性の塩を使用しますが、このような塩は質量分析と適合しないと考えられます。ダイレクト IEX-MS 分析の場合、揮発性の塩を使用する必要がありますが、揮発性の塩はバッファーキャパシティーが低いため、クロマトグラフィー分離の質が低下する可能性があります。さらに、このようなバッファーを使用すると、MS 分析で一般的に使用される変性溶媒と比較して、シグナル強度が低くなることが多く、存在量の少ない分子種の定性分析が困難になります。このような課題があるものの、ネイティブ質量分析により、電荷分布に基づいて構造異性体を区別する機能など、タンパク質の構造についての独自の情報が得られます。
最近では、モノクローナル抗体(mAb)のチャージバリアントの定性分析に、BioAccord LC-MS システムを使用したオンライン CEX-MS 分析が用いられています。市販の mAb 医薬品の大部分は塩基性の等電点(pI)を有しますが、より低 pI のバイオ医薬品の市場が急速に拡大しており、これらには陰イオン交換を用いた分析が向いています。
このアプリケーションノートでは、バイオ医薬品の特性解析における BioAccord LC-MS システムの適用性をさらに浮き彫りにし、チャージバリアントの同定を目的とするオンライン AEX-MS 分析のための、シンプルでよりハイスループットの分析法を紹介します。
実験方法
サンプル情報
バイオ医薬品 A を、製薬に用いられるバッファー中に濃度約 0.2 mg/mL で調製しました。サンプルを、0.22 µm スピンフィルターを用いてろ過し、HPLC バイアルに直接移しました。すべてのサンプルを、アッセイを実行するまで、+5 ℃ に事前冷却した注入ラック中で保存しました。
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY Premier UPLC システム |
検出: |
ACQUITY UPLC TUV 検出器(5 mm のチタンフローセル付き):280 nm(UV)、および蛍光検出器:励起波長 295 nm、蛍光波長 348 nm |
カラム: |
YMC QF00S05-1046WP 分析カラム(4.6 × 100 mm) |
カラム温度: |
25 ℃(最適化の場合は 20、30、35 ℃ も) |
サンプル温度: |
5 ℃ |
注入: |
5 µL(約 0.4 µg) |
流速: |
0.2 mL/分 |
移動相 A: |
50 mM 酢酸アンモニウム、pH 8.5 |
移動相 B: |
10 mM 酢酸、pH 2.7 |
MS 条件
MS システム: |
BioAccord LC-MS システム |
モード: |
フルスキャン |
極性: |
ポジティブ |
コーン電圧: |
150 V(最適化の場合は 100、110、120、130、140、160 V も) |
質量範囲: |
高(m/z 400 ~ 7000) |
スキャンレート: |
2 Hz |
キャピラリー電圧: |
1.50 kV |
脱溶媒温度: |
550 ℃ |
結果および考察
液体クロマトグラフィー
陰イオン交換分析法の評価は、分析に最適なカラム温度を決定することから始めました。使用した LC パラメーターを表 1 にグラジエント A として示します。複数の分析にこの同じグラジエントを使用しました。20、25、30、35 ℃ の 4 種類のカラム温度がクロマトグラフィーピークの分離に及ぼす影響を評価しました。
図 1 に、これらの各条件で分析したバイオ医薬品 A の AEX 蛍光クロマトグラムを示します。20 ℃ では、6 本のクロマトグラフィーピークを容易に区別できました。25 ℃ では、同じ 6 本のピークが同等のクロマトグラフィーの質で認められました。一方、30 ℃ では、ピーク 2 の分離が悪く、ピーク 6 は識別できませんでした。この傾向は 35 ℃ でも継続し、ピーク 1 とピーク 3 の間のベースラインが大きく上昇しているため、ピーク 2 が見えなくなっています。これらのデータは、この分析法にはカラム温度 20 ℃ または 25 ℃ が適していることを示唆しています。続いて、3 種類のクロマトグラフィーグラジエントを評価しました。これらは、表 1 にグラジエント A、B、C としてまとめています。
図 2 に、表 1 に記載したグラジエント A、B、C のそれぞれを使用して AEX で分析したバイオ医薬品 A の AEX 蛍光クロマトグラムを示します。グラジエント A では、良好なクロマトグラフィー分離が見られ、酸性バリアントに対応するいくつかのピークが、メインの溶出ピークの右側に認められました。グラジエント B でも良好な分離が見られますが、グラジエント A を使用した場合と比較して、質がわずかに低下しています。一方、グラジエント C では、分離が悪くなり、識別できるピークが少なくなりました。この結果は、特定の分子についてグラジエントを容易に調整できることを示しています。
タンパク質溶出に使用する移動相グラジエントの pH をモニターするために、グラジエント A に記載したのと同じ移動相およびカラムを ÄKTA Pure™ 25 高速クロマトグラフィー装置(FPLC)に取り付け、pH を継続的にモニターしました。システム内の圧力制限により、使用した流速は 0.1 mL/分 でした。図 3 から、pH の低下が直線的ではなく、分析の途中に pH が急速に低下していることがわかります。これは、酢酸アンモニウムのバッファーキャパシティーを超えた場合に発生します。このことから、pH グラジエントを使用する際のタンパク質溶出の制御の難しさが浮き彫りになっています。これらのパラメーターに加えて、分析法の最適化には、注入の前にサンプルを移動相 A にバッファー交換すること、移動相 B の pH を下げること、LC 分析の時間を長くすることなどを行いましたが、これらの変更を加えても、クロマトグラフィーの分離能には違いが認められませんでした。
質量分析
この溶媒システムを使用してオンライン MS 分析の最適条件を決定するため、バイオ医薬品 A(分子量約 75,000 Da)を、一定の範囲のコーン電圧(100 ~ 160 kV)および脱溶媒温度(350、450、550 ℃)で注入しました。UNIFI アプリケーションを使用して、溶出した生成物の平均質量分析シグナルを溶出ピークにわたって計算し、最も存在量の多い荷電状態の強度がわかりました。図 4 に、この強度を、試験した各コーン電圧および脱溶媒温度に対してプロットしています。脱溶媒温度が質量分析データの質にかなり大きな影響を及ぼし、最高の MS1 強度は 550 ℃ で見られることがわかりました。コーン電圧がシグナルに及ぼす影響はそれほど大きくなく、それぞれの脱溶媒温度で約 140 ~ 160 kV が最も高い値でした。これ以降、550 ℃ および 150 kV を最適条件として選択しました。ここで選択した最適条件は、対応する CEX-MS のアプリケーションノートに記載されている脱溶媒条件(ここでは 350℃ を選択)とは異なることに注意が必要です。550 ℃ では、強度の改善に加えて、MS プロファイルは一定でした。
BioAccord システムの主なメリットの 1 つは、このシステムを専門家でないユーザーに移管できることです。今回、このシステムを使用し、AEX-MS を用いて一連のプロセスサポートサンプルを迅速に分析することができました。この分析では以前は AEX-UV 分析が行われていました。
バイオ医薬品 A が pH 6、7、8.2、9 で精製された 4 サンプルがプロセス開発から提供されました。前のセクションで開発した最適化済みパラメーターを使用して、AEX-MS でサンプルを分析しました。図 5a に、pH 6 で精製したサンプルのトータル UV(TUV)クロマトグラムを示します。4 本のクロマトグラフィーピークが目視で認められ、これらはその後にデコンボリューションした質量分析データに基づいて区別することができました。これらの保持時間は、約 26.9 分(1)、27.4 分(2)、27.9 分(3)、28.5 分(4)でした。図 5b に、ピーク 1 の平均質量分析シグナルを示します。関連する荷電状態の分布は、m/z 約 2000 ~ 5000 と推定されます。各ピークに該当する荷電状態を示しています。タンパク質の部分的なアンフォールディングにより、同じ分子種に 2 種類の荷電状態エンベロープが見られることが注目されます。この MS データをデコンボリューションしました(図 5c)。データから、クロマトグラム上のこのピークに対応する分子種は、非修飾バイオ医薬品 A の理論質量に対応していることがわかります。次に、ピーク 2(図 5d)の質量分析シグナルをデコンボリューションしました(図 5e)。この場合、ベースピークは、ジヒドロキシイミダゾリジンの付加イオンを含むバイオ医薬品 A の質量に対応していました。これは、バイオ医薬品中のアルギニン残基に起きることがわかっている一般的な酸性修飾であり、主に封入体の生成時に生じます。このため、培養条件またはダウンストリームの精製による制御を行う必要があります。ピーク 3 および 4 の質量分析データも分析しました(図 5f ~ i 参照)。これらのピークに寄与する主な分子種は、グルコノイル化やホスホグルコノイル化されたバイオ医薬品 A に対応することがわかりました。これらの修飾はいずれも酸性であり、さまざまな分析を使用した以前の試験において、バイオ医薬品 A 中に認められていました。まとめると、AEX クロマトグラムの各ピークに対応する荷電分子種を割り当てることができました。
続いて、これらの各修飾の相対存在量を評価するために、waters_connect INTACT Mass アプリケーションを用いて、AEX-MS データを解析しました。表 2 は、ソフトウェアからの直接のアウトプットを示しています。ここには、製品の不均一性に対する各 PTM の寄与が、各サンプルの各イオンの総 MS シグナルを用いて記載されています。さらに、定量分析が不要の場合は、このソフトウェアを使用して、各 UV ピークが自動的に正しく割り当てられます。このアウトプットから、生成物の不均一性が低溶出 pH で最小になることがわかります。
プロセス開発サンプル 2
プロセス開発から追加の 9 サンプルが提供されました。これらは、異なる条件で異なるシステムを使用して精製されたバイオ医薬品 A でした。まず、さまざまな pH 条件(pH 5.7、5.9、6.3、6.7)を使用し、また、アルファとベータの比率が異なる封入体を使用しました(100% は移管プロセスに従った標準量)。図 6a に、サンプルの蛍光クロマトグラムを示します。クロマトグラムを目視で調べると、チャージバリアントのレベルがわずかに異なることがわかり、特に pH 6.7 での溶出液は、より均一な生成物であることがわかりました。各 AEX-MS データセットは、waters_connect INTACT Mass アプリケーションで解析され、これによってデータが収集されるとすぐにクロマトグラム上のピークが割り当てられました。表 3 に、各サンプルについて報告された PTM のレベルを示します。出力されたデータは、溶出 pH 5.7 ~ 6.7 で pH の上昇とともに生成物の不均一性が増していることを示しています。データからさらに、アルファ/ベータ比と PTM のレベルの間には明らかな相関がないことがわかりました。
結論
AEX-MS を用いたバイオ医薬品の試験は、チャージバリアント分析のための新規の分析法です。この試験では、BioAccord LC-MS システムを使用したオンライン AEX-MS 分析法を正常に実施することができました。BioAccord LC-MS システムにより、荷電分子種の頑健なクロマトグラフィー分離が可能になるとともに、質の高い質量スペクトルが得られ、クロマトグラフィー分離した各ピークの同定が容易になりました。waters_connect INTACT Mass アプリケーションによるデータ取り込みおよび分析は、質量分析の初心者のためのシンプルで頑健な分析法になります。
参考文献
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720008135JA、2023 年 11 月