データ非依存的インフォマティクス戦略による、液体クロマトグラフィーおよび高分解能質量分析を用いた鼻内噴霧器の溶出物および浸出物のスクリーニング
要約
有害な化学種が、医療機器、医薬品容器栓システム、製造部品から移行する可能性があるため、スクリーニング試験を通じて潜在的な抽出物および浸出物(E&L)を検出および同定することが重要です。
点鼻薬製品などのデバイスの安全限界への適合を確保するための規制および基準が整備されていますが、これらの試験を実施して規制要件を満たすには、複数の課題があります。 例えば、低レベルの化学種を検出して期待されるスクリーニングの閾値を満たすには、分析装置が非常に高感度であることが必要です。さらに、同じ分析プラットホームで E&L 化合物をスクリーニングするとともに未知化合物を解析する機能も重要です。
今回、超高速液体クロマトグラフィーと四重極飛行時間型高分解能質量分析計(UHPLC-QToF HRMS)を使用した E&L スクリーニング実験について説明します。スクリーニングと解析を組み合わせた単一のインフォマティクスワークフローソリューションを支援するために、データ非依存的取り込み(DIA)戦略を利用します。
アプリケーションのメリット
- ACQUITY™ Premier システムは、MaxPeak High Performance Surfaces(HPS)テクノロジーを採用しており、これによって分離および検出が向上し、検出されない分析種が残るリスクが最小限に抑えられます。
- waters_connect™ プラットホーム内の UNIFI™ アプリケーションによってカスタマイズされたワークフローが提供され、複雑なデータセットのスクリーニングおよび構造解析が簡素化する
- Xevo™ G3 QTof により、透過率が最大になる新規のイオン光学系および検出システムを介して、複雑なマトリックス中の E&L 成分を確実に同定できる
- MSE(データ非依存的取り込み)により、ライブラリーに照らしてスクリーニングする場合の同定の信頼性が高まり、構造解析に役立つ追加の情報が得られる
はじめに
医療機器、医薬品容器栓システム、製造部品には、ポリマー、抗酸化剤などのポリマー添加剤、スリップ剤、着色剤およびその他のさまざまな化学物質が含まれています。これらの化学物質やその不純物および分解生成物が材料から移行し、安全でない物質が生じる可能性があります。そこで、消費者の安全を確保するために、潜在的な抽出物および浸出物(E&L)をスクリーニングして同定することが重要です。
点鼻薬製品などのデバイスの安全限界への適合を確保するための規制、基準、ガイダンスが整備されています。例えば、USP(米国薬局方)では、Chapter <1663> および Chapter <1664> でこの分析の枠組みが説明されており、PQRI(製品品質研究所)により、経口吸入製品および点鼻薬製品に関する推奨事項が詳細に説明されています1,2,3。
これらの試験を実施する際は、規制要件を満たすという課題があります。重要な課題の 1 つは、これらの試験を実施するために使用する分析装置です。それは、これらの装置が、低濃度の成分を検出でき、期待されるスクリーニング閾値を満たす必要があるためです。さらに、同じ分析プラットホームで E&L 化合物をスクリーニングし、未知化合物を解析するとともに、成分のレベルを定量する機能も重要です。
これらの課題に対処するため、今回、液体クロマトグラフィーおよびベンチトップ型高分解能四重極飛行時間型質量分析計(Xevo G3 QTof)を使用した E&L スクリーニング実験について説明します(図 1)。スクリーニングと解析を組み合わせた単一のスクリーニングソフトウェアワークフローソリューションを支援するために、データ非依存的取り込み(DIA)戦略を利用します。Xevo G3 QTof では MSE モードでデータを取り込むことができ、これにより低コリジョンエネルギーと高コリジョンエネルギーのスペクトルが両方同時に取り込まれます。この手法を用いることで、いずれも構造解析に役立つプリカーサーイオンとフラグメントイオンの精密質量が利用でき、最終的に化合物の同定に役立ちます。
実験方法
サンプル前処理
市販のスプレー式点鼻薬を 3 点購入しました。ニート溶液(浸出物)を分析のために取り出しました。次に、イソプロパノールで点鼻薬容器栓システムを、コントロールブランクと並べて、40 ℃ で 72 時間抽出しました(抽出物)。手順上のブランク、ニートサンプル、抽出サンプルに、内部標準(metafluzimone、Merck、ドイツ)をスパイクし、3 回繰り返しで装置に注入しました。さらに、E&L システム適合性試験(SST)混合液(製品番号:186008063)を、サンプルシーケンス取り込みの開始時と終了時に注入しました。
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY Premier システム |
カラム: |
ACQUITY CORTECS™ C18、90 Å(1.6 µm、2.1 × 100 mm カラム) |
カラム温度: |
50 ℃ |
サンプル温度: |
4 ℃ |
注入量: |
1 µL |
流速: |
0.3 mL/分 |
移動相 A: |
水 + 1 mM 酢酸アンモニウム + 0.1% ギ酸 |
移動相 B: |
メタノール |
グラジエントテーブル
MS 条件
MS システム: |
Xevo G3 QTof |
レファレンス質量: |
ロイシンエンケファリン[M+H]+(m/z 556.2771)および [M-H]-(m/z 554.2615) |
イオン源温度: |
120 ℃ |
脱溶媒温度: |
600 ℃ |
脱溶媒ガス: |
800 L/時間 |
コーンガス: |
50 L/時間 |
イオン化モード: |
ESI+、ESI- |
取り込みモード: |
MSE |
取り込み範囲: |
m/z 50 ~ 1200 |
取り込み時間: |
0.2 秒 |
キャピラリー電圧: |
1 kV |
コーン電圧: |
40 V |
コリジョンエネルギー: |
ESI+ 低エネルギー:6 eV ESI+ 高エネルギーランプ:20~40 eV ESI- 低エネルギー:6 eV ESI- 高エネルギーランプ:30~70 eV |
データ管理
waters_connect プラットホーム内の UNIFI アプリケーション(バージョン3.1.0.16)を、取り込みと解析に使用しました。
結果および考察
E&L 固有のワークフロー内でデータを解析できるため、waters_connect プラットホーム内の UNIFI アプリケーションを使用して、完全な抽出物分析を実施することができます(図 2A)。このワークフローは、ユーザー要件を満たすようにカスタマイズでき、複雑なデータセットの分析を合理化するのに役立ちます。
システム適合性のレビュー
ワークフローで実行する最初のステップは、システムをベンチマークするのに使用する E&L SST 混合液の結果をレビューすることです(図 2)。E&L SST には、様々な分子量、極性の範囲にわたっており、ポジティブモードまたはネガティブモードでイオン化する一般的なポリマー添加剤が含まれています。
この質量分析計は、透過率が最大になるようにイオン光学系および検出システムが更新されており、SST 混合液について示されているように、感度と再現性が非常に高いことがわかっています(保持時間の RSD が 0.01%、図 2C)。先行するバージョンと比較して感度が向上していることが、E&L 試験において微量レベルで同定を行うという課題の克服に役立ちます。検出された化合物すべての質量精度が < 3 ppm でした(図 2B)。一貫して高い質量精度は、ライブラリー検索や元素組成の計算に役立ち、このことによって完全な特性解析がサポートされます。
Xevo G3 QTof を MSE モードで使用したため4、低コリジョンエネルギーと高コリジョンエネルギーが交互に切り替わり、クロマトグラフィー実験全体にわたって、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方の精密質量情報を同時に取り込むことができます(図 3)4。これにより、MS/MS スペクトルが含まれている場合に、ライブラリーに照らして化合物を同定する際の信頼性が高まります。
E&L ライブラリーに対するスクリーニング
SST 混合液を検証した後、サンプルを E&L ライブラリーに照らしてスクリーニングすることにより調査し、精密質量、保持時間、質量フラグメントのマッチを検索しました5。 ライブラリーやデータベースにおいて、各化合物のエントリーに対してこれらのパラメーターを使用できることにより、偽陽性の可能性が低くなり、同定の信頼性が高まります。UNIFI アプリケーションを使用することで、分析評価のしきい値(AET)レベルを分析に組み込み、AET を下回る化合物をフィルタリングで除外して、データの解釈を容易にすることができます。AET は、それを下回るレベルでは同定および定量が不要になるレベルと定義されています6。
ここでは、保持時間 6.91 分の 2,4-ジエチル-9H-チオキサンテン-9-オンと同定された化合物(図 4)が、精密質量の測定値(質量精度:-0.7 ppm)、保持時間、フラグメントイオンについてのライブラリーマッチとともに示されています。UNIFI トレンドプロットを使用すると、この化合物が、スプレー式点鼻薬の抽出プロファイルには存在するが、手順上のブランクには存在しないことがわかります(図 4)。
未知化合物の同定
ライブラリーに照らしてスクリーニングすることによって同定できない AET を超えるピークはすべて解析する必要があります。UNIFI アプリケーション内の比較機能および解析ツールキットはいずれも、未同定成分の検索および特性解析に利用できます。バイナリー比較ツールを使用して、サンプルを抽出ブランクと比較して、そのサンプルに固有の成分やサンプル中の方がブランク中よりも多い成分を見つけます(図 5)。
バイナリー比較を使用して分離した AET より多い未知化合物を、UNIFI アプリケーションのディスカバーツールを使用して調査することができます7。 データは MSE モードで収集しているため、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方の精密質量を、それぞれの未知化合物の解釈に使用することができました。 サンプルに固有の m/z 368.4253 の化合物は、構造解析ツールキットを使用して、暫定的に界面活性剤として割り当てられました(図 6)。
定量
E&L スクリーニング分析に定量を組み込むことが重要です。内部標準を使用して、抽出可能なデータの半定量用に、UNIFI アプリケーションにレスポンス係数を含めることができます。レスポンス係数および相対レスポンス係数を使用して濃度を推定することができます8。 例えば、E&L SST 混合液を抽出サンプルおよび抽出ブランクにスパイクし、Ethanox 330(Irganox 1330)を内部標準として割り当て、そこから相対レスポンス係数を算出しました。抽出ブランクおよび抽出サンプル中のジブチルセバシン酸の計算濃度を以下に示します(予想濃度は 10 ng/mL)(図 7)。
E&L ワークフロー内で定量を含める別の方法は、検量線を使用することです。抽出物と浸出物を同時に定量するためのプラットホームを評価するために、ニート溶液を鼻内噴霧器から取り出し、内部標準 metafluzimone を 100 ng/mL になるようにスパイクしました。5 ~ 1000 ng/mL の標準試料を使用して検量線を作成しました(図 8)。
内部標準の検量線を使用したことで、サンプルにスパイクした内部標準の濃度を、既知の値の 15% 以内で算出することができました(図 9)。
結論
E&L スクリーニング分析を実施する際、未知化合物の解析および成分レベルの定量も行いつつ、低濃度の E&L 化合物をスクリーニングできることは有用です。この試験では、スクリーニングと解析を組み合わせた単一のインフォマティクスワークフローソリューションを支援できるデータ非依存的取り込み(DIA)戦略について説明します。
Xevo G3 QTof 質量分析計と組み合わせた ACQUITY Premier システムは、E&L SST 混合液の分析において、優れた再現性を示しました。保持時間の相対標準偏差(RSD)は 0.01% で、質量精度は検出されたすべての化合物について 3 ppm を下回っていました。Xevo G3 QTof を使用することで、透過率が最大になる新規のイオン光学系および検出システムにより、複雑なマトリックス中の E&L 成分の確実な同定が可能になります。この装置の高い感度により、低レベルの成分が検出しやすくなり、規制上のスクリーニング閾値を満たすことができます。
データ非依存的取り込み(MSE)により、クロマトグラム中のプリカーサーイオンおよび対応するフラグメントの精密質量情報が得られます。このアプローチにより、MS/MS ライブラリーに対してスクリーニングする際の成分同定の信頼性が高まるとともに、偽陽性を最小限に抑えることができます。例えば、サンプル E48 では、最初はライブラリー中に 400 を超えるマッチした候補がありましたが、保持時間の一致、質量精度 3 ppm 未満、少なくとも 1 つのフラグメントが存在することなどの要因を考慮することで、化合物の数が 40 未満に減りました。分析評価の閾値を適用すると、この数はさらに減ります。MSE データも、精密質量および対応するフラグメントイオンを利用することで、未知化合物の構造解析に役立ち、包括的特性解析が容易になります。
スプレー式点鼻薬の抽出物分析において、waters_connect プラットホーム内の UNIFI アプリケーションにより、SST のベンチマーク、ライブラリーに対するスクリーニング、トレンドを特定するためのサマリープロット、AET レベルのフィルタリング、重要な未知化合物を分離するためのバイナリー比較モード、未知化合物の解析のためのディスカバーツール、定量メソッドが提供されました。
参考文献
- USP-NF/PF, <1664> Assessment of Drug Product Leachables Associated with Pharmaceutical Packaging/Delivery Systems.https://doi.usp.org/USPNF/USPNF_M7127_03_01.html
- USP-NF/PF, <1663> Assessment of Extractables Associated with Pharmaceutical Packaging/Delivery Systems. https://doi.usp.org/USPNF/PNF_M7126_03_01.html
- Norwood D., Paskiet D., Ruberto M., Feinberg T., Schroeder A., Poochikian G., Wang Q., Deng T., Degrazio F., Munos M., Nagao L. Best Practices for Extractables and Leachables in Orally Inhaled and Nasal Drug Products: An Overview of the PQRI Recommendations.Pharmaceutical Research.25.727–39, 2008.
- Stevens D., Cabovska B., Bailey A. Detection and Identification of Extractable Compounds from Polymers.Waters Application Note. 720004211. January 2012.
- McCullagh M., Mortishire-Smith R. J., Goshawk J., Cooper J., Obkircher M., Sprecher H., Koehling R., Nold M., Jacobsen J., Sanig R. Extractables, Leachables, and Contact Materials: The Invaluable Benefit of Ion Mobility-Enhanced Mass Spectrometry Libraries.Waters Application Note.720007655.June 2022.
- ISO 10993-18:2020 Biological Evaluation of Medical Devices — Part 18: Chemical Characterization of Medical Device Materials Within a Risk Management Process, https://www.iso.org/standard/64750.html
- Cabovska B. Screening Workflow for Extractable Testing Using the UNIFI Scientific Information System.Waters Application Note. 720005688. April 2016.
- Rome K., McIntyre A. Intelligent Use of Relative Response Factors in Gas Chromatography-Flame Ionisation Detection.Chromatography Today.52, 2012.
ソリューション提供製品
720008000JA、2023 年 8 月