バイオ医薬品ペプチドであるセマグルチドの血漿からの SPE-LC/MS によるバイオアナリシス定量
要約
以下の試験では、血漿からのペプチド医薬品セマグルチドの高感度で選択的、かつ頑健な LC-MS バイオアナリシス定量について実証します。µElution 96 ウェルフォーマットの選択的固相抽出(SPE)サンプル前処理、MaxPeak™ High Performance Surfaces を採用した QuanRecovery™、ペプチドの非特異的結合が低減するサンプル分析用 96 ウェルプレート、UPLC™ Peptide CSH™ C18 カラム、ACQUITY™ UPLC I-Class Plus システム、および Xevo™ TQ-XS 質量分析計を用いる LC-MS/MS 分析および定量の組み合わせを使用することで、血漿バイオマトリックスからのセマグルチドの迅速で高感度、かつ非常に再現性が高く正確な定量が行えます。
アプリケーションのメリット
- 選択的で迅速な SPE 抽出(30 分未満)
- SPE 用 96 ウェル µElution プレートフォーマットにより、溶解度を維持し、吸着によるペプチドの損失を最小限に抑えつつ、サンプルを濃縮可能に
- ACQUITY™ Peptide CSH C18 カラムを使用した高速 UPLC 分析(4 分)
- MaxPeak HPS を採用した QuanRecovery サンプルコレクションプレートの使用により、セマグルチドの非特異的結合が低減し、分析において高いペプチドの回収率と再現性を実現
- 抽出血漿からの LLOQ 0.120 ng/mL でのセマグルチドの正確かつ高感度な定量
はじめに
セマグルチド(Ozempic®、Rybelsus®、Wegovy®)は、32 アミノ酸のグルカゴン様ペプチド 1(GLP-1)アナログであり、2 型糖尿病の治療および肥満の治療に使用されます1。 このペプチドおよびこれと密接に関連する GLP-1 作動ペプチドの研究および開発が継続的に行われているため、頑健で高感度かつ選択的なサンプル前処理および液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)が引き続き必要とされています。ただし、セマグルチド(MWT 4114)のような大きなペプチドの高感度で頑健な定量を LC-MS/MS で行うにはしばしば困難が伴います。これは、ペプチドの気相への移行が少なく、電荷状態間のシグナルの希釈、フラグメンテーションの不足により、MS 感度が低くなるためです。加えて、セマグルチドには、非特異的吸着が大きく溶解度が低いという問題があり、LC およびサンプル前処理の分析法開発が困難になります。
今回説明する試験では、選択的 µElution 逆相固相抽出(SPE)、最適な MS 設定と MRM トランジション、低レベルの正の表面電荷を有する C18 粒子を充塡したカラムを使用した高効率 UPLC 分離を利用して、優れたクロマトグラフィーピーク形状を得るとともに、低結合性サンプルコレクションプレートの使用により、疎水性ペプチドの損失を低減し、最終的に血漿からのセマグルチドの高感度かつ頑健な低 ng/mL レベルの定量が容易に行えます。
実験方法
サンプル前処理
セマグルチド(Cayman Chemical)を市販のラット血漿に添加しました。検量線のサンプル濃度は 0.120 ~ 1000 ng/mL でした。セマグルチドの品質管理(QC)サンプルは、0.48、15.6、500 ng/mL になるように調製しました。検量線および QC 血漿サンプルは、低タンパク質結合性 1.5 mL ポリプロピレンチューブ内に 3 回繰り返しで調製しました。
ステップ 1:タンパク質沈殿(PPT)
調製したセマグルチド含有ラット血漿サンプルの 200 µL アリコートを、200 µL のメタノールで沈殿させ、10,000 rcf で 5 分間遠心分離しました。
上清を、400 µL の水が入っている 1 mL QuanRecovery 96 ウェルプレートに移し、混合しました。
ステップ 2:Oasis HLB 96 ウェル µElution プレートを使用した SPE
3 ステップ(ロード、洗浄、溶出)の SPE プロトコルを使用しました。希釈した PPT 上清サンプルの全量(600 µL)を抽出プレートにロードし、次いで 5% メタノール 200 µL で洗浄しました。精製済みサンプルを、5% ギ酸含有 75/25 アセトニトリル/水溶液 25 µL で 2 回溶出し、QuanRecovery 96 ウェルコレクションプレートに回収しました。次いで、SPE 抽出サンプルの分析を行いました。
LC/MS 条件
LC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class Plus、固定ループ |
移動相 A: |
0.1% ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1% ギ酸アセトニトリル溶液 |
弱ニードル洗浄溶媒: |
90:10 水/アセトニトリル(0.1% ギ酸を含む) |
強ニードル洗浄溶媒: |
アセトニトリル:イソプロパノール:水:メタノール(25:25:25:25 v/v/v/v) |
検出: |
Xevo TQ-XS |
カラム: |
ACQUITY UPLC Peptide CSH C18、100 Å、1.7 μm、2.1 × 50 mm(製品番号:186005296) |
カラム温度: |
65 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
注入量: |
10 μL |
流量: |
0.3 mL/分 |
LC グラジエント
MS 設定
イオン化モード: |
ESI+ |
取り込み範囲: |
MRM |
キャピラリー電圧: |
2.00 kV |
コーン電圧: |
32 V |
脱溶媒温度: |
500 ℃ |
脱溶媒流量: |
1100 L/時間 |
コーンガス流量: |
150 L/時間 |
コリジョンガス流量: |
0.15 mL/分 |
ネブライザーガス流量: |
7 Bar |
データ管理
装置コントロールソフトウェア: |
MassLynx™(v4.2) |
定量ソフトウェア: |
TargetLynx™ |
結果および考察
ESI+ モードで動作する Xevo TQ-XS MS システムに接続した ACQUITY UPLC I-Class を用いて、セマグルチドの LC-MS/MS 定量を行いました。MS 分析法開発時に、セマグルチド溶液の直接 MS 注入を行うと、セマグルチドの [M+3H]3+ ~ [M+7H]7+ の多価プリカーサーが観察されました(図 1A)。注入後、選択イオンモニタリング(SIM)を使用した LC クロマトグラフィー分離および MS 検出で、これらの荷電状態を確認しました。この条件では、最も感度の高いプリカーサーは、m/z 1029 の [M+4H]4+ および m/z 1371.2 の [M+3H]3+ プリカーサーと判定されました(図 1B)。MRM フラグメンテーション同定の最適化において、[M+3H]3+ プリカーサーの方がフラグメント化しにくく、非常に高いコリジョンエネルギーが必要なことがわかりました。また、SIM モードでは MS 感度が高くなりますが、MRM 分析において評価したフラグメントは、[M+4H]4+ プリカーサーおよびこれから生じるフラグメントよりも感度が 2 桁超低いことがわかりました(図 2)。このため、検出および定量に使用した最終的な MS/ MS マルチプルリアクションモニタリング(MRM)トランジションとして、一次定量には 1029.27>1302.6、確認には 1029.27>1238.1 MRM および 1371.2>1238.1 MRM を使用しました。
セマグルチドは高分子の疎水性ペプチドで、分子量 4113.5 g/mol で HPLC インデックス(疎水性の相対尺度)89.7 です。高分子の疎水性ペプチドのクロマトグラフィーでは、ピーク形状の不良、ピークテーリング、ペプチドのキャリーオーバーなどがしばしば問題になり、その根本原因は多くの場合、難溶性、クロマトグラフィーポアの内外への拡散不良、カラム温度が最適でないことに関連しています。これらの問題を軽減するため、カラム温度を 65 ℃ に維持し、より低い流量(0.3 ~ 0.5 mL/分)を使用しました。低流量と高いカラム温度を使用することで、セマグルチドの滞留時間が改善し、クロマトグラフィーポアの内外へのセマグルチドの拡散が促進されました。また、温度を上げたことで、ピークのテーリングが低減し、カラムキャリーオーバーが最小になりました。クロマトグラフィーの最大の改善点の 1 つは、カラム吸着剤を評価したことでした。この評価では、ACQUITY UPLC Peptide BEH C18(300 Å)1.7 µm カラムおよび CSH ACQUITY UPLC Peptide CSH C18(130 Å)1.7 µm カラムに焦点を当てました。いずれのカラムもその優れたペプチド分離性能が十分立証されています。低レベルの正の表面電荷を有する C18 粒子を充塡した CSH カラムは、セマグルチドの MS レスポンスの向上、ピークテーリングの低減など、優れたクロマトグラフィー性能を示しました。この性能を図 3 に示しています。これらの理由により、セマグルチドの定量分析に CSH C18 カラムを使用しました。
消耗品に対するセマグルチドの非特異的結合(NSB)の程度が大きいこと、およびこのプロセス全体を通してペプチドの溶解度を維持するのが困難であることから、セマグルチドを扱う際には、サンプル前処理および SPE 精製において追加の問題が発生していました。サンプル前処理および抽出プロトコル開発の一環として、ペプチドの疎水性相互作用による NSB を低減するように設計されたポリプロピレン消耗品に主に焦点を当てて、サンプル前処理および LC-MS 分析において使用する消耗品を評価しました。この評価では、標準的なポリプロピレン製プレートと QuanRecovery 96 ウェルサンプルプレートを比較しました。MaxPeak High Performance Surfaces(HPS)テクノロジーを採用した QuanRecovery プレートは、ペプチドと表面の相互作用を最小限に抑え、疎水性 NSB による損失が低減するように特別に設計されています。この比較は、10% メタノール溶液中に調製したセマグルチド溶液(1 ng/mL および 10 ng/mL)を使用して行い、QuanRecovery プレートでは標準的なポリプロピレン製プレートと比較して MS レスポンスが向上していることが明らかになりました(図 4)。セマグルチドのストック溶液を調製する際、同じ理由で低結合性ポリプロピレンチューブも使用したことで、NSB による損失がさらに低減しました。さらに、20 ~ 30% メタノール溶液中にセマグルチドストック溶液を調製すると、100% 水溶液や 100% メタノール溶液と比較して、最も良好な MS シグナルが見られることがわかりました。
SPE 精製の前にサンプル前処理を行うことが、血漿からのセマグルチド抽出における回収率と特異性の向上に重要であることが判明しました。酸性および/または塩基性水溶液での従来のサンプル前処理では、セマグルチドと血漿タンパク質の結合を十分に切断できず、血漿からの回収率が 20% 未満でした。タンパク質沈殿法(1:1)を 5% ギ酸メタノールによる前処理と併用することで、ペプチド自体を沈殿させることなく 80 ~ 100% のセマグルチドを回収することができました。有機溶媒の比率を高めてタンパク質沈殿を行った結果、セマグルチドの沈殿によりペプチドの損失が発生しました。さらに、この PPT 前処理により、アルブミンのような大きなタンパク質による内因性干渉がさらに除かれ、この SPE 抽出の選択性がさらに高まりました。PPT サンプル前処理の後、セマグルチド PPT の上清を水で 1:2 希釈してから Oasis HLB SPE プレートにロードしました。希釈を行ったのは、PPT サンプルの有機組成が高いことによるセマグルチドのブレークスルーを最小限に抑えるためです。これにより、ロードステップにおいてセマグルチドが SPE 吸着剤に十分に保持され、ブレークスルーは発生しませんでした。最適な溶出溶液は、セマグルチドの溶解度を十分に維持しつつ最適な溶出が確保できる、5% ギ酸含有 75% アセトニトリルであると判定されました。この最終的なプロトコルについては実験方法のセクションで説明しています(図 5)。血漿から抽出されたセマグルチドの検量線の定量性能を表 1、QC 性能を表 2 および図 6 に示します。
結論
選択的逆相 µElution SPE クリーンアップ、QuanRecovery MaxPeak HPS 96 ウェルプレートによる NSB の低減、適切な MS フラグメントの選択、Peptide CSH C18 UPLC カラムを使用した高感度のクロマトグラフィー分離の組み合わせにより、血漿からのセマグルチドの高感度で正確かつ頑健な定量が行えました。
参考文献
- Semaglutide: Uses, Interactions, Mechanism of Action | DrugBank Online, accessed on 19 September 2023.
720008097JA、2023 年 11 月