• アプリケーションノート

環境マトリックス中有機塩素系農薬のターゲット分析における、ヘリウムキャリアガスを用いる電子イオン化 GC-HRMS から窒素キャリアガスを用いる大気圧イオン化 GC-MS/MS への変換

環境マトリックス中有機塩素系農薬のターゲット分析における、ヘリウムキャリアガスを用いる電子イオン化 GC-HRMS から窒素キャリアガスを用いる大気圧イオン化 GC-MS/MS への変換

  • Douglas Stevens
  • Frank Dorman
  • Peter Hancock
  • Waters Corporation

要約

有機塩素系農薬(OCP)は、過去に大量に製造された化学物質の 1 つであり、広範囲に適用されており、環境中に著しい残留性を示します。例えば、堆積物中の DDT の半減期は最大 15 年であり、45 ~ 60 年間はその 90% が分解されない可能性があります1。 さらに、これらがヒトや動物などの体内に蓄積すると、多くの健康に対する悪影響が生じると考えられます。このような理由により、残留性有機汚染物質(POPs)に関するストックホルム条約(2004 年)で取り上げられた最初の 12 化合物のうち、9 化合物がこの化合物群に属しています。2

これらの化合物の代謝経路、輸送、存在量をモニターする際に用いる堆積物や生物相などのマトリックスは複雑であるため、感度と特異性が高く、頑健な手法を試験に使用する必要があります。このため、以前は、複雑なサンプル抽出およびクリーンアップを、電子イオン化(EI)および磁場セクター装置を使用した高分解能質量分析(HRMS)と組み合わせて行う必要がありました。しかし、ここ数年、ガスクロマトグラフィー大気圧イオン化タンデム四重極質量分析(GC-APCI-MS/MS)の性能が、従来の手法と同等またはそれ以上であることが実証されています3

この研究では、Xevo™ TQ-XS タンデム四重極システムで大気圧ガスクロマトグラフィー(APGC™)イオン源を使用しました。ヘリウム(He)と窒素(N2)の両方のキャリアガスを使用して、堆積物と生物相の抽出物を、39 種の OCP の有無について分析しました。APGC-MS/MS の性能特性およびサンプル定量の結果を、GC-EI-HRMS を使用して分析した同じアリコートの結果と比較しました。

アプリケーションのメリット

  • APGC-MS/MS の高い感度と特異性および頑健性により、磁場セクター型 GC-EI-HRMS 分析法よりもコンパクトで低コストのアプローチを提供
  • EI-GC-HRMS では操作トレーニングが数ヶ月必要なのに対し、APGC-MS/MS では数週間に短縮
  • 大気圧イオン化は、窒素キャリアガスの使用に容易に適合するため、持続可能性と信頼性がより高まり、低コストの日常運用が可能に
  • 以前は GC-EI-HRMS 分析法が必要であった複雑な環境抽出物について、APGC-MS/MS により再現性のある定量を実証

はじめに

環境中での分解速度が遅く、半揮発性であるという OCP の特性と、長年にわたって膨大な量が用いられてきたことから、主要都市、産業、および農業からの流入がない地域にまで、これらの化学物質が地球規模で分布するに至りました4。 この広範な分布のために、OCP は水や堆積物のサンプルだけでなく、食物網にも取り込まれているため、生物相のサンプルも試験することが重要です。また、人為的な気候変動により悪化する可能性のある氷圏の雪解けなどの環境プロセスも、これらの残留有機汚染物質(POP)が北極圏などの遠隔地域にまで移動する原因となっています。環境マトリックス中の OCP の多くは、当初の目的での使用や製造自体が長年にわたって禁止されてきたにもかかわらず、これらの複合要因により、その存在をモニターする必要性が現在高まり、重要視されています。

EI-GC-HRMS は、その卓越した性能特性により、過去には、高い特異性と高感度、並びに広いダイナミックレンジを必要とする複雑なマトリックスが見られるアプリケーションで頻繁に使用されていました5。多くの環境分析では、さまざまなニーズが組み合わさっているため、EI-GC-HRMS が必須の分析手法になっていす。そのため、この手法は広く採用されるようになりました。ただし多くのラボでは、このようなシステムの据付に必要な施設の要件を満たしていなかったり、専門知識を持つオペレーターがいないため、多くの組織ではこの手法が手に負えないという課題に直面しています。これに加え、タンデム四重極(TQ)質量分析計は、長い年月をかけて確実に改善されてきました。その結果、最終的にさまざまな性能の尺度において、磁場セクターと同等以上になっており、複雑なマトリックス中の微量分析種を定量できる新しいゴールドスタンダード(絶対的基準)になるに至りました6。 最近のトレンドとして、GC-HRMS 分析法が GC-MS/MS に移行されるようになりました。それは、従来のアプローチと一致した質の高いデータを維持できると同時に、最新のラボのニーズをさらに満たすことができるためです7

GC-APCI MS/MS への移行に成功しているアプリケーションをさらに拡張するために、この試験では、環境マトリックス中の OCP の定量に、十分に特性解析された EI-GC-HRMS 分析法を使用しました7。 抽出サンプルおよび標準レファレンス物質(SRM)をまず、分析法開発と以前の分析法との直接比較のために He キャリアガスを使用して分析し、次に N2 を使用して、このより持続可能で低コストの代替キャリアガスと性能を比較しました8

実験方法

サンプル前処理

サンプル前処理は、カナダ環境・気候変動省(ECCC)のケベック環境試験所(QLET)で実施しました。サンプルおよび標準試料には、5 点検量線、ブランク、標準レファレンス物質(SRM)、および生物相と堆積物の 4 サンプルが含まれていました。サンプルは、Na2SO4 が入ったセルロースシンブルに入れ、ソックスレー抽出を用いて抽出しました(生物相はヘキサン:アセトン(1:1)、堆積物はトルエンで 16 時間環流させる)。抽出物は、GPC を通過した後、3% H2O カラムクリーンアップを用いてシリカで不活性化しました。

GC 条件

システム:

Xevo TQ XS タンデム四重極質量分析計

イオン化:

APGC+、ドライソース電荷交換

カラム(He):

Restek Rxi 5 Sil MS 60 m × 0.25 mm ID、0.25 µm フィルム(1.50 mL/分)

カラム(N2):

Restek Rxi 5 Sil MS 40 m × 0.18 mm ID、0.18 µm フィルム(0.45 mL/分)

注入:

1 µL、スプリット/スプリットレスインジェクター(スプリットレスモード)

MS 取り込み:

MRM

MS 条件

システム:

Autospec™ Premier 磁場セクター型質量分析計

イオン化:

35 eV の EI+

カラム(He):

Agilent DB5-MS 60 m × 0.25 mm × 0.25 µm フィルム(1.0 mL/分)

注入:

1 µL、クールオンカラムインジェクター

MS 取り込み:

HR SIR

ばらつきを減らすために、すべてのキャリアガスとカラム構成で同じ 39 分間の温度プログラムを使用しました。

グラジエントテーブル

結果および考察

分析法開発の最初の段階では、APGC イオン源と He キャリアガスを用い、60 m カラムを使用して、レファレンスの EI-GC-HRMS 分析法を再現しました。レファレンス分析法ではカラムアウトレットが真空であるのに対して、APGC を使用する場合はカラムアウトレットが大気圧に近いため、2 つの分析法の間で保持時間と分離効率を一致させるために、He の流量を 1.0 mL/分から 1.5 mL/分に上げました。これにより、すべてのクリティカルペアの間で同等の分離が得られたことに加え、すべての分析種、サロゲート、内部標準にわたって RT がよく一致していました(データは示していません)。

次に、レファレンス分析法のカラムと同じ相比に維持されるようにスケーリングした 40 m カラムを使用して、この分析法を N2 キャリアガスに適用しました。これにより、N2 キャリアガスを用いる APGC 分析法で、He を用いる分析法の平均 1.1 秒以内の RT が得られ、APGC He を用いるキャリアガス分析法(図 1)およびレファレンス分析法と同等の分離が得られました。APGC およびそれぞれのキャリアガスを用いたヘキサクロロベンゼンとペンタクロロアニソールの分離の例を、図 2 に示します。2 種類のキャリアガスの間のクロマトグラフィー性能はほぼ一致しているため、まったく同じ MRM 取り込みファイルおよび定量解析メソッドを両方のデータセットで使用することができます。さらに、2 種類のキャリアガスを用いる分析法の間で、同等の感度(+/- 2 倍)が得られました(図 3)。1 ~ 200 ppb の範囲にわたって、He でのデータと N2 でのデータには、すべての OCP について直線性のレスポンスが観察されました。平均の R2 はそれぞれ 0.9960 および 0.9991 でした。最低の検量線ポイントは 1 ppb でした。これは分析種についてのこの分析法の LOD をはるかに上回っているため、上の 2 つの MRM トランジションはいずれも、合わせて一次定量トレースとして使用するのに十分な高感度です。

APGC MS/MS 分析法開発の完了後、N2 キャリアガス分析法を使用して、生物相および堆積物の抽出サンプルおよび SRM を分析しました。アリコートはすべて EI HRMS レファレンス分析法を使用して以前分析されています。SRM の結果は以前に報告されています8。サンプル A およびサンプル B と名付けた堆積物の 2 つの抽出物、およびサンプル 5 およびサンプル 6 と名付けた生物相の 2 つの抽出物を分析しました。濃度がキャリブレーションの範囲内(1 ~ 200 ppb)と報告されている分析種について、すべての分析種およびすべてのサンプルについて、2 つの分析法間の平均一致率は 20.2% 以内でした。図 6 に示されているサンプル 5 および 6 の結果では、15 ~ 65 ppb の範囲で検出されたすべての分析種にわたって平均 5.95% 以内でした。クロロタロニルは、分析種のリストに含まれてはいますが、すべてのサンプルおよび SRM にわたって大きなばらつきを示し、複雑なマトリックスからの回収率に問題があることが知られているため、比較から除外しました9。これらのサンプルは、EI HRMS による元の分析と、後続の APGC-MS/MS 分析の間 3 年間にわたって保管されており、これがばらつきに影響した可能性があります。計算濃度 1 ~ 2 ppb の範囲ではさらに大きなばらつきも観察されました。したがって、2 つの分析法の間の平均一致率を 2 ~ 200 ppb の範囲で再計算したところ、すべて平均 10.6% 以内になります。抽出サンプル中の低レベル分析種の検出の例を、図 7 および 8 に示します。堆積物サンプル A のトランス-ノナクロルの計算濃度はレファレンス分析法値の 6.6% 以内であり、生物相サンプル 6 のディルドリンの値はレファレンス分析法値の 4.2% 以内です。2 つの分析法の間の一致率の基準は 30% 以内であったため、上記の値はすべて、分析法の変換が当初から成功したことを示していますが、さらなる分析法の評価と改善が予定されています。 

図 1.N2 キャリアガス(上)および He キャリアガス(下)を使用して得られた APGC MRM TIC の重ね描き
図 2.窒素キャリアガス(上)と He キャリアガス(下)を使用して得られた、ヘキサクロロベンゼンとペンタクロロアニソールのクロマトグラフィー分離を示す APGC データ
図 3.N2 キャリアガス(上)および He キャリアガス(下)を用いる APGC での、1 ppb(1 pg/µL を 1 µL = オンカラム質量 1 pg)のアルドリンに対する感度の比較
図 4.He キャリアガスを用いた p,p DDT の検量線例、および 1 ppb でのクロマトグラム
図 5.N2 キャリアガスを用いた p,p DDT の検量線例、および 1 ppb でのクロマトグラム
図 6.N2 キャリアガスを使用した場合の、レファレンス分析法と APGC-MS/MS 分析法の濃度比較(y 軸は ppb 単位)
図 7.堆積物サンプル A 中の 2.52 ppb のトランス-ノナクロル。ベースラインを 250 倍拡大していることに注意してください。
図 8.生物相サンプル 6 中の 18.9 ppb のディルドリン。ベースラインを 250 倍拡大していることに注意してください。

結論

GC-EI-HRMS レファレンス分析法での分離および実行時間は、APGC-MS/MS システムで、He キャリアガスの流量に若干の変更を加えただけで一致しました。N2 キャリアガスで使用した場合のカラムサイズのスケーリングにより、レファレンス分析法の分離と合計実行時間が効果的に再現されたことから、いずれの構成でも同じ取り込みファイルおよび解析ファイルを使用することができます。APGC He キャリアガスと N2 キャリアガスで得られたデータの比較から、2 種類のキャリアガスで感度が 2 倍以内に維持されていることがわかります。生物相および堆積物の抽出サンプルの分析において、APGC N2 キャリアガス分析法と EI HRMS レファレンス分析法での値の間に、良好な一致が見られることがわかります。これらの結果から、大半のラボで簡単に統合でき、大半のオペレーターが利用しやすい手法で、従来のレファレンス分析法を最新化できる可能性が実証されました。

参考文献

  1. National Pesticide Information Center, DDT General Fact Sheet, accessed 14 February 2024, LINK.
  2. United Nations Environment Programme, The 12 initial POPs under the Stockholm Convention, accessed 14 February 2024, LINK.
  3. Van Bavel, Bert, et al.Atmospheric-Pressure Chemical Ionization Tandem Mass Spectrometry (APGC/MS/MS) an Alternative to High-Resolution Mass Spectrometry (HRGC/HRMS) for the Determination of Dioxins.Analytical Chemistry 87.17: 9047–9053, 2015.
  4. De Wit, Cynthia A., Katrin Vorkamp, and Derek Muir.Influence of Climate Change on Persistent Organic Pollutants and Chemicals of Emerging Concern in the Arctic: State of Knowledge and Recommendations for Future Research.Environmental Science: Processes & Impacts 24.10: 1530–1543, 2022.
  5. Karasek, F. W., and F. I. Onuska.Trace Analysis of the Dioxins.Analytical Chemistry 54.2: 309–324, 1982.
  6. Yost, Richard A. The Triple Quadrupole: Innovation, Serendipity and Persistence.Journal of Mass Spectrometry and Advances in the Clinical lab 24: 90, 2022.
  7. Commission Regulation (EU) No.589/2014 Laying Down Methods of Sampling and Analysis for the Control of Levels of Dioxins, Dioxin-Like PCBs and Non-Dioxin-Like PCBs in Certain Foodstuffs and Repealing Regulation (EU) No.252/2012, LINK.
  8. Converting Semivolatile GC-MS/MS Methods from Helium to Nitrogen Carrier Gas with APGC, an Atmospheric Pressure Ionization Source, March 2023, LINK.
  9. Smalling, Kelly L., and Kathryn M. Kuivila.Multi-Residue Method for the Analysis of 85 Current-Use and Legacy Pesticides in Bed and Suspended Sediments. Journal of Chromatography A 1210.1: 8–18, 2008.

720008300JA、2024 年 5 月

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