ソフトイオン化によるガスクロマトグラフィーおよび高分解能質量分析を用いた鼻腔内噴霧器の抽出物の分析
要約
プラスチック由来成分の安全性に対する懸念から、医薬品の包装や医療機器に含まれる可能性のある抽出物および浸出物(E&L)をスクリーニングして同定することが極めて重要になります。揮発性化合物や半揮発性化合物の場合は通常、電子衝突イオン化(EI)を用いたガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)が使用されます。化合物はサイエンスライブラリーを使用して決定しますが、化合物が記載されていない場合や EI-MS の感度が十分でない場合は、同定のプロセスが困難になります。
ここでは、ソフトイオン化のための大気圧ガスクロマトグラフィー(APGC)を備えた、ガスクロマトグラフィーと四重極飛行時間型高分解能質量分析計(QToF-HRMS)を使用した E&L スクリーニング実験について説明します。スクリーニングと解析を組み合わせたスクリーニングソフトウェアソリューションを支援するために、データ非依存的取り込み(DIA)戦略を利用しています。
アプリケーションのメリット
- LC-QToF-MS に直交する手法として APGC による GC-QToF MS を用いることで、通常の EI 手法と比較して、感度が向上し、化合物を包括的にカバーできるように
- waters_connect™ プラットフォーム内の UNIFI™ アプリケーションによってカスタマイズされたワークフローが提供され、複雑なデータセットのスクリーニングおよび構造解析が簡素化する
- Xevo™ G3 QTof 質量分析計により、透過率が最大になる新規のイオン光学系および検出システムを介して、複雑なマトリックス中の E&L 成分を確実に同定できる
- APGC™ ソースを使用したソフトイオン化により、分子イオンの検出が可能に。これにより元素組成を導出し、化合物の同定・確認を支援できる
- MSE(データ非依存的取り込み)により、ライブラリーに照らしてスクリーニングする場合の同定の信頼性が高まり、構造解析に役立つ追加の情報が得られる
はじめに
医療機器、医薬品容器栓システム、製造部品には、ポリマー、ポリマー添加剤、着色剤およびその他のさまざまな化学物質が含まれています。これらの化学物質やその不純物および分解生成物が材料から移行し、安全でない物質が生じる可能性があります。そこで、消費者の安全を確保するために、潜在的な抽出物および浸出物(E&L)をスクリーニングして同定することが重要です1-3。
不揮発性の E&L 化合物の場合、液体クロマトグラフィー-QToF-MS(LC-QToF-MS)が最も一般的な分析プラットフォームですが、揮発性化合物や半揮発性化合物の場合は通常、電子衝突イオン化(EI)を用いたガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)が使用されます。通常、この手法を使用して、NIST マススペクトルライブラリーなどのサイエンスライブラリーを用いて化合物が決定されます4。 従来の EI は非常に高エネルギーのプロセスであり、ほぼ必ずフラグメンテーションが生じます。多くの場合、分子イオンは低分子であるか、スペクトル中に存在しません。ライブラリーに含まれていない未知化合物や、EI の高エネルギーのために感度が不十分になる未知化合物が実際の課題になっています。
ソフトイオン化を使用する高分解能質量分析(HRMS)は、この分野において、真空ソース EI に見られる限界に対処できる有用なツールです。大気圧ガスクロマトグラフィー(APGC)では、コロナ放電を使用する大気圧化学イオン化と同様のイオン化手法を利用し、よりソフトなイオン化が可能になります。このイオン化は EI よりはるかにソフトであり、同定のための分子式確認に役立つ分子イオンの検出が可能になります。APGC は、MSE モードでデータを取り込むことができる四重極飛行時間型質量分析計(QToF MS)と組み合わせることができます。これはデータ非依存的取り込み(DIA)戦略であり、低コリジョンエネルギースペクトルと高コリジョンエネルギースペクトルを同時に取り込みます。この手法を用いることで、いずれも構造解析に役立つプリカーサーイオンとフラグメントイオンの精密質量が利用でき、最終的に化合物の同定に役立ちます5。
ここでは、ソフトイオン化のための APGC を備えた、ガスクロマトグラフィーと四重極飛行時間型高分解能質量分析計(GC-QToF-HRMS)を使用した E&L スクリーニング実験について説明します(図 1)。スクリーニングと解析を組み合わせたスクリーニングソフトウェアワークフローのソリューションを支援するために、データ非依存的取り込み(DIA)戦略を利用しています。
実験方法
サンプルの説明
市販の鼻腔内噴霧器を 3 点購入しました。点鼻薬容器栓システムとコントロールブランクを、イソプロパノールで 40 ℃ で 72 時間かけて抽出しました。不揮発性化合物のデータは以前に LC-QToF-MS で取り込んでいます6。 同じ MS プラットフォームを GC に切り替えました。手順ブランクサンプルおよび抽出サンプルを、E&L システム適合性(SST)混合物とともに 3 回繰り返しで注入しました。
分析条件
APGC は、イオン化の 2 つの主要なメカニズム(電荷移動とプロトン化)の反応を受ける可能性があります。装置は、ラジカル陽イオンとプロトン化分子種の両方を確認できるミックスモード条件下で実行します7。
GC 条件
GC システム: |
Agilent 8890 |
オートサンプラー: |
PAL RSI(CTC Analytics) |
インレットモード: |
スプリットレス |
インレットの温度: |
300 ℃ |
セプタムパージ流速: |
3 mL/分 |
カラム: |
Rtx-5MS、30 m × 0.25 mm × 0.25 µm(RESTEK から入手可能) |
カラム流量: |
1 mL/分(He) |
オーブングラジエント: |
40 ℃(5 分間ホールド)、10 ℃/分で 330 ℃ まで(14 分間ホールド) |
合計 GC 実行時間: |
27.75 分 |
MS 条件
MS システム: |
Xevo G3 QTof質量分析計 |
イオン化モード: |
APGC |
コロナ電流: |
2 µA |
サンプルコーン電圧: |
5 V |
イオン源温度: |
150 ℃ |
質量範囲: |
m/z 50 ~ 1200 |
スキャン時間: |
0.1 秒 |
コーンガス: |
140 L/時間 |
補助ガス: |
250 L/時間 |
MSE コリジョンエネルギー: |
低 6 V 高 15 ~ 45 V |
GC インターフェース温度: |
300 ℃ |
データは MassLynx™ ソフトウェア(バージョン:4.2)を使用して取り込み、waters_connect プラットフォーム(バージョン:3.1.0.16)の UNIFI アプリケーションで解析しました。
結果および考察
抽出サンプルは以前、LC-QToF-MS プラットフォームで取り込まれ、不揮発性化合物のデータが報告されています6。今回、APGC を備えた GC-QToF MS を直交する手法として使用し、全体的な化合物のカバレッジを高めました。LC データの場合と同様に、UNIFI アプリケーションを E&L 固有のワークフロー内の抽出物のデータ分析に使用しました(図 2A)。このワークフローは、ユーザー要件を満たすようにカスタマイズでき、複雑なデータセットの分析を合理化するのに役立ちます。ここでは、システム適合性のレビュー、ライブラリーに照らしたスクリーニング、未知試料の解析について説明します。
システム適合性のレビュー
システムのベンチマークのために E&L SST 混合物を注入しました(図 2)。この質量分析計は、以前のバージョンと比較して、イオン光学系および検出システムが更新され、透過が最大化しています8。図に示すように、この質量分析計は、SST 混合物(保持時間 0.01% RSD)について非常に高感度で再現性が高いことがわかりました。
E&L ライブラリーに対するスクリーニング
サンプルを、(通常の GC 化合物が追加された)ウォーターズの E&L サイエンスライブラリー9に照らしてスクリーニングすることによって調査しました。分析評価のしきい値(AET)レベルを分析に組み込み、AET を下回る化合物をすべてフィルタリングで除外して、データの解釈を容易にしました。AET は、それを下回るレベルでは同定および定量が不要になるレベルと定義されています10。
LC-QToF-MS と直交する手法として APGC を備えた GC-QToF MS を使用することで、鼻腔内噴霧器の抽出物に含まれるさまざまな化合物が同定され、全体的な化合物のカバレッジが高まりました6。 図 3 に、保持時間 34.95 分([-e]、質量誤差 2.6 ppm)で同定されたこのような化合物の 1 つを示します。サマリープロットを使用すると、同定された化合物が、鼻腔内噴霧器のプロファイルには存在しますが、抽出ブランクには存在しないことがわかります。
APGC のソフトイオン化を使用すると、インタクトな分子イオンが存在することが多くなり、これらを精密質量に照らしたスクリーニングに使用することができます。さらに、質量分析計を MSE モードで使用しました。このモードでは、低コリジョンエネルギーと高コリジョンエネルギーの間で交互に切り替わり、クロマトグラフィー全体を通じて、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方を同時に取り込むことができます5。UNIFI アプリケーションでは、同定の信頼性を保つために理論的フラグメントマッチを使用します。図 4 に、同定された化合物である酸化防止剤 616 の注釈付きスペクトルを示します。
未知化合物の同定
ライブラリーに照らしてスクリーニングすることによって同定できない AET を超えるピークはすべて解析する必要があります。UNIFI アプリケーション内の比較機能と解析ツールセットを一緒に使用して、未同定成分を見つけて特性解析することができます。バイナリー比較機能では、サンプルを手順ブランクと比較して、そのサンプルに固有の成分やサンプルで増加している成分を見つけます(図 5)。
次に AET より多い未知化合物を、解析ツールセットの Discovery Tool(ディスカバーツール)を使用して調査することができます11。 データはソフトイオン化および MSE モードで取り込んでいるため、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方の精密質量を、それぞれの未知化合物の解釈に使用することができました。 このサンプルに固有である m/z 284.2703(21.52 分)の化合物を、Discovery Tool(ディスカバーツール)を使用して N-(2-(1-ピペラジニル)エチル)デカンアミド([+H]、質量誤差 2.33 ppm)と暫定的に割り当てました(図 6)。
結論
E&L スクリーニング分析を実施する際は、広範な分析手法を使用してさまざまな化合物のケミストリーを考慮に入れることが重要です。LC-QToF-MS に直交する手法として APGC を使用する GC-QToF MS により、通常の EI 手法と比較して、感度が向上し、化合物を包括的にカバーできるようになりました。APGC のソフトイオン化により、インタクトな分子イオンがスペクトル中に存在することが多くなります。このこととデータ非依存的取り込みである MSE モードの組み合わせにより、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方の精密質量情報のフルスペクトル取り込みを利用することができます。
このアプローチにより、MS/MS ライブラリーに照らしてスクリーニングする際の成分同定の信頼性が高まるとともに、偽陽性を最小限に抑えることができます。例えば、LC-QToF-MS では、保持時間の一致、3 ppm 未満の質量精度、少なくとも 1 つのフラグメントイオンの存在などの要因を考慮した後では、サンプル E48 にマッチする可能性のある化合物は 40 を下回っていました。さらに、APGC を搭載した GC-QToF MS を用いて、サンプル E48 に含まれる 38 化合物のマッチが暫定的に同定されました。ここでは、質量精度が 3 ppm 未満で、少なくとも 1 つのフラグメントイオンが存在していました。
MSE データも、精密質量および対応するフラグメントイオンを利用することで、未知化合物の構造解析に役立ち、包括的特性解析が容易になります。 このデータにより、成分同定の信頼性が高まり、未知化合物の構造解析が支援されて、最終的に完全な特性解析に役立ちます。 例えば、ソフトウェアにより、プロトン化した m/z 284.2703 の未知化合物が、N-(2-(1-ピペラジニル)エチル)デカンアミド(質量誤差 2.33 ppm)と暫定的に同定されました。
waters_connect プラットフォーム内の UNIFI アプリケーションにより、鼻腔内噴霧器の抽出物の分析用に、SST のベンチマーク、ライブラリーに照らしたスクリーニング、トレンドを特定するためのサマリープロット、AET レベルのフィルタリング、重要な未知化合物を分離するためのバイナリー比較モード、未知化合物の解析のための Discovery Tool(ディスカバーツール)が提供されました。
参考文献
- USP-NF/PF, Assessment of Drug Product Leachables Associated with Pharmaceutical Packaging/Delivery Systems.1664. https://doi.usp.org/USPNF/USPNF_M7127_03_01.html
- USP-NF/PF, Assessment of Extractables Associated with Pharmaceutical Packaging/Delivery Systems.1663. https://doi.usp.org/USPNF/PNF_M7126_03_01.html
- Norwood D., Paskiet D., Ruberto M., Feinberg T., Schroeder A., Poochikian G., Wang Q., Deng T., Degrazio F., Munos M., Nagao L. Best Practices for Extractables and Leachables in Orally Inhaled and Nasal Drug Products: An Overview of the PQRI Recommendations.Pharmaceutical research.25.727–39, 2008.
- NIST/EPA/NIH Mass Spectral Library Compound Scoring: Match Factor, Reverse Match Factor, and Probability.Jordi Labs.
- Stevens D. M., Cabovska B., Bailey A. E. Detection and Identification of Extractable Compounds from Polymers.Waters Application Note 720004211.January 2012.
- Sanig R., Kirk J., Cojocariu C. Screening for Extractables and Leachables in Nasal Spray Devices Using Liquid Chromatography and High-Resolution Mass Spectrometry With a Data Independent Informatics Strategy.Waters Application Note 720008000, August 2023.
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- Reid L., Pickles D. Improved Transmission of Labile Species on the Xevo G3 QTof Mass Spectrometer with the StepWave™ XS.Waters Application Note 720007794, November 2022.
- McCullagh M., Mortishire-Smith R. J., Goshawk J., Cooper J., Obkircher M., Sprecher H., Koehling R., Nold m., Jacobsen J., Sanig R., Extractables, Leachables, and Contact Materials: The Invaluable Benefit of Ion Mobility-Enhanced Mass Spectrometry Libraries.Waters Application Note 720007655, June 2022.
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720008298JA、2024 年 5 月