• アプリケーションノート

探索的 DMPK 試験をサポートするための、ラット血漿中のゲフィチニブベースの PROTAC 3 とゲフィチニブを同時に定量するための迅速で高感度の LC-MS/MS バイオアナリシス分析法

探索的 DMPK 試験をサポートするための、ラット血漿中のゲフィチニブベースの PROTAC 3 とゲフィチニブを同時に定量するための迅速で高感度の LC-MS/MS バイオアナリシス分析法

  • Robert S. Plumb
  • Waters Corporation

要約

PROTAC 分子は、多くの低分子治療薬で発生する薬物耐性の問題を克服し、以前は創薬標的として利用できなかったタンパク質へのアクセスを向上させると同時に、タンパク質バイオ医薬品に伴う製造コスト、スケールアップの問題、有効期限、安定性、保存の問題を低減できる、候補医薬品設計への新しいアプローチです。血液由来の液体中のこれらの PROTAC 分子を正確に定量することは、DMPK パッケージの探索および開発をサポートするために重要です。ラット血漿中の PROTAC 3-ゲフィチニブおよびゲフィチニブの定量のための迅速(4 分間)LC-MS/MS バイオアナリシスアッセイが開発されました。10 µL のサンプルからのゲフィチニブ PROTAC 3 の検出限界(LOD)は 20 pg/mL、リニアダイナミックレンジは 20 pg/mL ~ 1,000 ng/mL と判定されました。このアッセイについて、LOD における CV 5% で 3 日間のバリデーションを行いました。

アプリケーションのメリット

血漿中の PROTAC の定量、LC-MS/MS、DMPK、バイオアナリシス。

はじめに

タンパク質分解誘導キメラ分子(PROTAC)は、ユビキチン-プロテアソームシステムを利用し、細胞内機構を介して標的タンパク質のプロテアソーム分解を起こさせる、新しいクラスの薬物分子です。PROTAC は、i)標的結合部分、ii)リンカー、iii)ユビキチン E3 リガーゼ結合部分、の 3 つの主な要素で構成されています(図 1)。これらのヘテロ二官能基性分子は、ターゲット部分が対象のタンパク質(POI)に結合することによって機能し、一方で E3 ユビキチンリガーゼには PROTAC 分子の他方の末端が結合します。POI とリガーゼの結合により、POI のユビキチン化が起き、次にこれが、細胞のユビキチン-プロテオソームシステムによって分解され、その間に PROTAC 分子が再生されます。このような PROTAC は「大きな低分子」と見なすことができ、したがって、合成のスケールアップ、製造コスト、保存期間、安定性、投与経路など、多くの特性において低分子と共通しています。PROTAC は、分解により標的タンパク質のすべての機能を排除するため、薬理学的性質が他と異なり、タンパク質機能を阻害する標的結合部分を必要としません。また、これによって「創薬可能な」タンパク質の数が大幅に増加し、より安全な新薬の可能性が広がります1,2

図 1.  PROTAC によるタンパク質分解

ゲフィチニブは、非小細胞肺がんの治療に用いられるチロシンキナーゼ阻害剤であり、細胞内シグナル伝達を遮断することによって作用する強力な上皮成長因子受容体(EGFR)阻害剤です3。 ラットおよびマウスにおけるゲフィチニブの薬物動態および in vivo 代謝が以前に報告されており、この化合物は吸収がよく 1 時間で最大濃度に達し、経口でのバイオアベイラビリティは 50 ~ 60% で、半減期は 3.8 時間(静脈内投与の場合は 2.6 時間)と推定されています3,4。 以前の文献において、PROTAC 分子は半減期が長く(11 ~ 15 時間)、投与後 48 時間で測定可能な濃度に達することが実証されています。ゲフィチニブベースの PROTAC 3 の薬物動態の判定を容易にするため、ラット血漿中の濃度範囲 20 pg/mL ~ 1000 ng/mL のゲフィチニブおよびゲフィチニブベースの PROTAC 3 の同時測定用の高感度バイオアナリシス分析法を開発しました。

実験方法

サンプルの説明

検量線は、コントロールのウィスターラットの血漿中に、ゲフィチニブおよびゲフィチニブベースの PROTAC 3 の真正標準試料を 10 pg/mL ~ 1,000 ng/mL の範囲に希釈することによって作成しました(図 2)。この分析法は、2018 年 5 月の FDA バイオアナリシス分析法バリデーションガイダンスに基づいて開発およびバリデーションしたものです5。 したがって、真正標準試料添加溶液の有機溶媒の量は 5%(v/v)未満に保ちました。品質管理サンプル(QC)は、真正標準試料を個別に秤量して、同様の方法で調製しました。血漿サンプルは、1.5 mL 微量遠心チューブ内で、20 µL の血漿と、内部標準試料として濃度 50 ng/mL のゲフィチニブ-d6 を含む 60 µL のアセトニトリルを混合することで調製しました。この溶液をボルテックス混合して -20 ℃ で 1 時間保管し、次にサンプルを再度ボルテックス混合してから、4 ℃、25,000 g で 5 分間遠心分離します。得られたサンプルを、オートサンプラーバイアルに移して分析しました。逆算した標準試料および QC の濃度は、1/x 重み付けの直線回帰を使用した内部標準法による定量によって推定しました。

図 2.PROTAC 3 ゲフィチニブ(点線で囲った部分がゲフィチニブの構成要素)およびゲフィチニブ

分析条件

Xevo™ TQ-XS タンデム四重極質量分析計に接続された ACQUITY™ UPLC ™ I-Class システム(Waters Corp.、英国ウィルムスロー)を使用して、血漿抽出物(2 µL)を分析しました。この試験で使用したクロマトグラフィー、質量分析の条件、インフォマティクスは、以下の表を参照してください。

LC 条件

LC システム:

ACQUITY UPLC I-Class

バイアル:

TruView LCMS 認定透明ガラス製スクリューネックトータルリカバリーバイアル(製品番号:186005669CV)

カラム:

ACQUITY HSS T3™ C18、2.1 × 50 mm 1.7 μm カラム(製品番号:186009467)

カラム温度:

60 °C

サンプル温度:

10 °C

注入量:

2 µL

流速:

600 µL/分

移動相 A:

1 mM ギ酸アンモニウム水溶液(0.1% FA(v/v)含有)

移動相 B:

1 mM ギ酸アンモニウム水溶液を含む ACN(0.1% FA(v/v)含有)

グラジエント:

以下を参照

グラジエントテーブル

MS 条件

MS システム:

Xevo TQ-XS タンデム四重極質量分析計

イオン化モード:

ポジティブエレクトロスプレーイオン化(ESI+)

MRM トランジション:

ゲフィチニブベースの PROTAC 3:

m/z=934.33 > 617.34(CV=60 V、CE=34 eV)

ゲフィチニブ:

m/z=447.25 > 128.20(CV=36 V、CE=30 eV)

ゲフィチニブ-d6:

m/z=453.16 > 134.2(CV=50 V、CE=48 eV)

キャピラリー電圧:

2 kV

データ管理

取り込みソフトウェア:

MassLynx™ V 4.2

解析ソフトウェア:

TargetLynx™ XS

結果および考察

このバイオアナリシス分析法は、ゲフィチニブ(C22H24ClFN4O3)およびゲフィチニブベースの PROTAC 3(C47H57ClFN7O8S)の同時定量用に開発したものです。ゲフィチニブおよびゲフィチニブベースの PROTAC 3 の投与化合物および代謝物を検出できるようにクロマトグラフィー分離を最適化しました。キャリブレーション範囲は、ラット血漿中 10 pg/mL ~ 1,000 ng/mL で評価しました。

質量分析法

各分析種の質量分析 MRM メソッドパラメーターは、MassLynx Intellistart™ ソフトウェアを使用して評価しました。各分析種の 100 nL/mL 溶液(50:50 アセトニトリル:水、0.1% ギ酸)を、(質量分析計のオンボード流路系を使用して)流速 10 µL/分で別々に注入しました。プリカーサーイオン、プロダクトイオン、コーン電圧、コリジョンエネルギーを、ESI+ モードと ESI- モードの両方で評価しました。3 種類の分析種すべてが ESI+ モードで最も強いレスポンスを示しました。ゲフィチニブベースの PROTAC 3 分析種の IntelliStart 最適化レポートの例を以下の図 3 に示します。その結果、分析種から m/z = 934.33 のプロトン化プリカーサーイオンが生じ、主要フラグメントイオンが m/z = 617.34 および 182.06 に検出されました。いずれの分析種のコーン電圧プロファイルも、m/z = 617.34 イオンに対して 88 V で最適化することでかなり平坦になり、最適なコリジョンエネルギーはそれぞれ 34 eV および 58 eV と決定されました。ゲフィチニブベースの PROTAC 3 の方がレスポンスが高いため、トランジション m/z = 934.17 ~ 617.34 を定量に選択し、ゲフィチニブはトランジション m/z = 447.25 ~ 128.20(CV = 36 V および CE = 30 eV)、ゲフィチニブ-d6 はトランジション m/z = 453.29 ~ 134.25(CV = 50 V および CE = 48 eV)を用いてモニターしました。Molly によって以前に報告された、タンデム四重極質量分析計を使用したゲフィチニブの質量分析取り込み条件をゲフィチニブ濃度の取り込みに使用しました。この条件は上の分析法のセクションに記載しています4

図 3.  ゲフィチニブベースの PROTAC 3 の IntelliStart ポジティブイオン ESI MRM の最適化

クロマトグラフィー

ゲフィチニブの in vivo 代謝に関する以前の研究において、いくつかの極性代謝物が同定され、これらがゲフィチニブと共溶出するのを防ぐために、低有機組成から開始する逆相グラジエントを使用する必要がありました3,4。 一方、ゲフィチニブベースの PROTAC 3 を溶出させるために高有機濃度の移動相が必要でした。このように、ゲフィチニブ、ゲフィチニブベースの PROTAC 3、およびすべての可能性のある生体内反応物が分離するようにクロマトグラフィーを最適化しました。最終条件では、ACQUITY UPLC HSS T3 カラムを温度 60 ℃ で使用し、2 分間の 5 ~ 95% アセトニトリル-水系グラジエントの後、95% アセトニトリルで 2 分間ホールドしてから 4.1 分に初期条件に戻し、流速 600 µL/分を使用しました。これらの条件下では、ゲフィチニブおよびゲフィチニブベースの PROTAC 3 は、それぞれ保持時間 tR = 1.40 および 1.86 分で溶出しました。

図 4.  2.1 × 50 mm ACQUITY HSS T3 1.7 µm C18 カラムを使用したゲフィチニブベースの PROTAC 3、ゲフィチニブ-d6、ゲフィチニブのポジティブイオン LC-MS/MS 分析。カラムを 60 ℃ に維持し、5 ~ 95% 水系-アセトニトリル(1 mM ギ酸アンモニウム、0.1% ギ酸含有)の 2 分間のグラジエントおよび2 分間のホールドで溶出しました。

サンプル前処理

上記のように、血漿サンプルは、サンプル(20 µL)と有機溶媒の比 1:3 で除タンパクして前処理しました。

キャリブレーション範囲

ゲフィチニブベースの PROTAC 3 分析法の検出下限(LLoD)および使用可能なリニアダイナミックレンジを、10 pg/mL ~ 1,000 ng/mL の範囲にわたって評価しました。ラット血漿中の検出限界は 20 pg/mL(オンカラムで 2.5 fg)と決定され、代表的なクロマトグラムを図 5 に示します。検量線は、内部標準法による定量と 1/x 重み付けを使用して、約 5 桁(20 pg/mL ~ 1,000 ng/mL)にわたって直線性を示すと判定されました。代表的な検量線を図 6 に示します。相関係数は r2 = 0.998、負の切片は -152.165 と決定されました。

図 5.  2.1 × 50 mm ACQUITY HSS T3 1.7 µm C18 カラムを使用したゲフィチニブベースの PROTAC 3 の 20 pg/mL の標準試料のポジティブイオン LC-MS/MS 分析。カラムを 60 ℃ に維持し、5 ~ 95% 水系-アセトニトリル(1 mM ギ酸アンモニウム、0.1% ギ酸含有)の 2 分間のグラジエントおよび2 分間のホールドで溶出しました。
図 6.  20 pg/mL ~ 1000 ng/mL のゲフィチニブベースの PROTAC 3 の検量線

ゲフィチニブの検出限界は 0.05 ng/mL、相関係数は 0.997 と決定されました。ラット血漿抽出物中のゲフィチニブの代表的な検量線と LOQ 標準試料を図 7 に示します。

図 7.  0.5 ~ 1000 ng/mL のゲフィチニブの検量線および LOQ 標準試料(0.5 ng/mL)

3 日間のバリデーション

以前の試験において、ゲフィチニブは経口投与(マウスおよびラット)後に十分に吸収され、1 時間の時点で血漿中濃度が最大になり、マウスへの投与量 50 mg/kg で 7 µg/mL の最大濃度値が得られたことが示されています4。 血漿中濃度は半減期 3.8 時間で急速に低下し、投与後 24 時間後には薬物はほとんど検出されなくなりました。そこで、投与量レベルを通常 1 ~ 10 mg/kg の範囲で変える通常の前臨床安全性評価試験では、分析濃度範囲 0.5 ~ 1000 ng/mL をバリデーションに選択し、ゲフィチニブとゲフィチニブベース PROTAC 3 の両方用の分析法について、3 日間のバリデーションを行いました。サンプルは、溶媒ブランク、ブランク、検量線(0、0.5、1、2、5、10、20、50、100、500、1000 ng/mL)、マトリックスブランク、QC(3、75、800 ng/mL)サンプル、ブランク、抽出血漿サンプル、QC(3、75、800 ng/mL)、ブランク、検量線(0、0.5、1、2、5、10、20、50、100、500、1000 ng/mL)、ブランクの順で 3 日間にわたって 3 バッチで分析しました。3 日間のバリデーションにおいて、いずれの化合物(表 1 および表 2)についても優れた再現性と正確性が見られました。

表 1.  3 日間のバリデーション(各標準試料と QC の計 6 回の分析)におけるゲフィチニブベースの PROTAC 3 の定量のサマリー
表 2.  3 日間のバリデーション(各標準試料と QC の計 6 回の分析)におけるゲフィチニブの定量のサマリー

ゲフィチニブおよびゲフィチニブベースの PROTAC 3 の凍結融解安定性を、QC サンプル(3、75、800 ng/mL)の分析によって判定しました。サンプルは、調製直後に分析し、続いて -20 ℃ での 3 回の凍結融解サイクルの後に分析しました。その結果、測定濃度(%)の正確性は、ゲフィチニブでは 102.9 ~ 108.1%、ゲフィチニブベースの PROTAC 3 では 69.7 ~ 109.1% の範囲であることがわかりました。

結論

700 ~ 1000 Da 範囲の分子量を持つタンパク質分解誘導キメラ分子(PROTAC)は、ユビキチン E3 リガーゼ結合部分にリンカーを介して繋がる、標的タンパク質に結合するリガンドを使用して、標的タンパク質のプロテアソーム分解を誘導します。創薬および医薬品開発の一環として、すべての低分子やバイオ医薬品と同様、プロセス PROTAC 分子の DMPK 特性を決定する必要があるため、高感度のバイオアナリシスアッセイが必要になります。ラット血漿中のゲフィチニブベースの PROTAC 3 の定量用に、ウォーターズのタンデム四重極質量分析計を用いて、迅速高感度 LC-MS/MS バイオアナリシス分析法を開発し、バリデーションしました。ダイナミックレンジ 0.02 ~ 1,000 ng/mL で検出限界が 20 pg/mL(オンカラムで 2.5 fg)と決定されました。この分析法について、1 ~ 1,000 ng/mL の範囲で 3 日間のバリデーションを行いました。

参考文献

  1. Bhole RP, Kute PR, Chikhale RV, Bonde CG, Pant A, Gurav SS.PROTACs: A Comprehensive Review of Protein Degradation Strategies in Disease Therapy. Bioorg Chem. 2023;139:106720.doi: 10.1016/j.bioorg.2023.106720.
  2. Békés M, Langley DR, Crews CM.PROTAC Targeted Protein Degraders: The Past Is Prologue. Nat Rev Drug Discov. 2022;21(3):181–200.doi: 10.1038/s41573-021-00371-6.
  3. McKillop D, Hutchison M, Partridge EA, Bushby N, Cooper CM, Clarkson-Jones JA, Herron W, Swaisland HC. Metabolic Disposition of Gefitinib, an Epidermal Growth Factor Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor, in Rat, Dog and Man.Xenobiotica.2004;34(10):917–34.doi: 10.1080/00498250400009171.
  4. Molloy B, Mullin L, King A, Gethings LA, Plumb RS, Wilson ID.The Pharmacometabodynamics of Gefitinib After Intravenous Administration to Mice: A Preliminary UPLC-IM-MS Study.Metabolites.2021 11;11(6):379.doi: 10.3390/metabo11060379.
  5. https://www.fda.gov/files/drugs/published/Bioanalytical-Method-Validation-Guidance-for-Industry.pdf

720008229JA、2024 年 1 月

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