• アプリケーションノート

RADIAN™ ASAP を用いた押収薬物スクリーニング

RADIAN™ ASAP を用いた押収薬物スクリーニング

  • Emily Lee
  • Nayan S. Mistry
  • Lisa J. Calton
  • Waters Corporation

法中毒学目的のみに使用してください。

要約

違法薬物の使用および密売は、有害性、不安定性、暴力を引き起こします。押収サンプルの分析は、違法薬物の使用、密売、流通を規制することを目的としたプログラムを大きくサポートしています1。 分析が必要な押収サンプル数の増加により、法医学薬物ラボは、信頼できる結果を迅速に提供するというプレッシャーにさらされています。

これらのラボで使用されている従来のワークフローは、推定スクリーニングおよびそれに続く確認分析で構成されています。通常使用されるスクリーニング分析は、時間がかかり、選択性に欠け、偽陽性の数が多いため、サンプルのボトルネックになったり分析待ち試料が増えたりする可能性があります。したがって、頑健で迅速、かつ効率的なスクリーニング手法が、法医学薬物ラボにとって大きな関心事になっています。

RADIAN ASAP は、押収薬物サンプルの迅速で正確なトリアージとして、すでに大いに有望視されています2。 この試験では、押収薬物サンプルのスクリーニング分析における RADIAN ASAP 使用の適合性をさらに評価します。

アプリケーションのメリット

  • 最小限のサンプル前処理で、シンプルで使いやすい
  • ダイレクト分析(クロマトグラフィーなし)
  • フラグメンテーションデータを取り入れたことによる特異性の向上
  • LiveID™ 2.0 を使用したリアルタイムのライブラリー検索による迅速分析
  • コンパクトなベンチトップ装置

はじめに

押収薬物サンプルの分析は、違法薬物の使用、密売、流通の規制を目的とする国内および国際的なプログラムの有効性に、極めて重要な役割を果たします。薬物は、夜の会場、音楽イベント、刑務所など、多くの場所から、警官隊や国境警備隊によって押収される可能性があります。分析のために押収・提出されるサンプル数の増加、薬物の多様性および潜在的な毒性により、薬物管理ラボや法医学化学ラボに、結果を迅速に得るという大きな負担がかかっています。

押収薬物分析のための米国科学ワーキンググループ(Scientific Working Group for the Analysis of Seized Drugs、SWGDRUG)によって設定されたガイドラインなどの業界のガイドラインでは、押収サンプル中の薬物について科学的に裏付けられた信頼性の高い同定を行うために必要な最小限の分析要件に関する推奨がされています3。 分析ワークフローは、少なくとも 2 つの独立した手法で構成されている必要があります。手法は選択性のレベルに基づいて分類されており、カテゴリー A では選択性のレベルが最高で、カテゴリー C では選択性のレベルが最低です(図 1)。従来のワークフローは通常、TLC、FTIR、比色試験などの推定スクリーニング分析、続いてガスクロマトグラフィーと質量分析の組み合わせ(GC-MS)など、より選択性の高い方法での確認分析で構成されています。ただし、TLC 分析には時間がかかる場合があり、FTIR の結果は混合物では選択性がなく、比色試験はすべての薬物に使用できるわけではない、または偽陽性率が高いという問題があります。そのため、GC-MS による分析が必要なサンプルが増加し、サンプルのボトルネックや分析待ち試料の増加につながる可能性があります。したがって、使いやすく、頑健で迅速、かつ効率的であり、速やかに更新できるスクリーニング手法が、法医学薬物ラボの関心を集めています

図 1.装置による試験および装置によらない試験が含まれている、押収薬物の分析に適用される分析手法の例。カテゴリー A の手法は最も高い選択性を有します。カテゴリー A の手法を使用しない場合は、最低限 3 種類の試験を実施する必要があり、そのうち 2 つはカテゴリー B のものである必要があります。

RADIAN ASAP は、大気圧固体試料分析プローブ(ASAP)のシンプルさと MS の特異性を併せもつ、設置面積の小さいウォーターズのシステムであり、押収薬物サンプルの分析における迅速なスクリーニング手法として期待されています。本試験の目的は、押収薬物のシンプルで迅速なスクリーニングツールとして、RADIAN ASAP 質量検出器を使用する可能性をさらに評価することです。音楽イベント/夜の会場で警察によって押収された 229 種の未知サンプルを分析しました。確立された法中毒学高分解能質量分析(HRMS)スクリーニングソリューションを、後続の確認分析に使用しました。このメソッドには、15 分間のクロマトグラフィー分離と Xevo™ G3 QTof 質量分析計による分析が組み込まれています4

実験方法

物質およびサンプル前処理

音楽イベント/夜の会場で押収された一連の未知/疑わしい物質(n=229)は、英国の警察から提供されました。表 1 に示すように、サンプルは、その押収状況と外観に基づいて、23 のグループに分かれました。サンプルセットには、2 つのグループの粉末と 1 つのグループのカプセルがあり、その他のすべてのサンプルはさまざまな錠剤でした。

表 1.分析したサンプルのグループ(物質の種類、サンプル数、外観など)。

押収された錠剤/物質を、5 mL のメタノールが入ったガラスバイアルに単純に入れ、10 分間超音波処理しました。分析の前に、各サンプルをメタノールでさらに 1:20 希釈しました。追加の希釈が必要な場合は、メタノールを用いてさらに希釈しました。

カプセル入りの物質の場合、内容物を空にして、5 mL のメタノールが入ったガラス製バイアルに入れ、10 分間超音波処理しました。分析の前に、各サンプルをメタノールでさらに 1:20 希釈しました。追加の希釈が必要な場合は、メタノールを用いてさらに希釈しました。

粉末/結晶性の押収物質の場合、5 mL のメタノールが入ったガラス製バイアルに入れ、10 分間超音波処理しました。分析の前に、各サンプルをメタノールで 1:20 希釈しました。追加の希釈が必要な場合は、メタノールを用いてさらに希釈しました。

RADIAN ASAP 分析

サンプリング手順 – 「浸漬法」

各サンプルについて、新しいガラス製キャピラリーを選択し、ソフトウェア内に付属の自動 RADIAN ASAP ベークアウト手順を使用して洗浄しました。各サンプルに「浸漬」法を使用しました。つまり、洗浄済みのキャピラリーを液体サンプルの表面のすぐ下、深さ約 1 cm の位置で 5 秒間保持し、続いてキャピラリーをホルダーに入れ、RADIAN ASAP のイオン源に挿入しました。データの取り込みに使用した分析法のパラメーターを、以下の表 2 に示します。この試験では、各サンプルを 3 回繰り返しで分析しました(3 サイクルの「浸漬と検出」に同じガラス製キャピラリーを使用)。

表 2.RADIAN ASAP を使用したデータ取り込みに使用した分析パラメーター。 

LiveID 2.0 を用いたデータ解析

データ解析には、LiveID 2.0 ライブラリーマッチングソフトウェアを使用しました。これによってリアルタイムのライブラリーマッチングやデータファイルの取り込み後解析が可能になります。LiveID ソフトウェアでは、リバースフィットモデルを用いて、取り込まれたスペクトルデータを、準備した押収薬物レファレンスライブラリーと比較します。LiveID は、4 種類のコーン電圧すべてを考慮して平均マッチスコアを計算します(最大スコアは 1000)。この試験では、マッチスコア 850 以上が陽性同定を示すしきい値として用いられました。

法中毒学 HRMS スクリーニングソリューションによる分析

サンプルを pH 3 の 5 mM ギ酸アンモニウムでさらに 1:1000 希釈してから、15 分間のクロマトグラフィー分離と Xevo G3 QTof 質量分析を使用する、確立された HRMS スクリーニングメソッドで分析しました。同定は、MSE を使用したデータ非依存的測定(DIA)によって得られた、レファレンス保持時間(RT)、プリカーサーの精密質量、フラグメントイオン情報に基づいて行われました。

結果および考察

ASAP-MS は、クロマトグラフィー分離なしで質量分析データを取得するダイレクト分析手法であり、ASAP イオン化プロセスを用いて行われます。このプロセスでは、ガラスキャピラリーにロードされたサンプルを、加熱した窒素ガスを用いて蒸発させ、続いてコロナ放電によってイオン化させます。

この試験で評価したすべての物質において、イオン化によって分析種からプロトン化した [M+H]+ が生じました。質量検出は、m/z 50 ~ 600 の範囲にわたるフルスキャンを用いて行いました。4 種類のコーン電圧(15、25、35、50 V)を印加して、イオン源内の衝突誘起解離(CID)によるフラグメンテーションを発生させました。プリカーサーイオンと生じたフラグメントイオンの組み合わせにより、各分析種のスペクトルフィンガープリントが得られ、薬物同定の特異性と正確さが向上します。図 2 に、MDMA の CRM のデータを示しており、この手法を使用して得られる質量分析情報を例示しています。

図 2.MDMA CRM の RADIAN ASAP 分析。スペクトルフィンガープリントを生成するために、4 種類のコーン電圧でデータを収集しています。最も低いコーン電圧(15 V)では通常、イオン化したプリカーサー分子が含まれます。この例では、ASAP イオン化により、m/z 194 の [M+H]+ 分子種が生成しています。

229 種すべての押収サンプルの分析の結果、押収薬物レファレンスライブラリーの 1 つ以上の化合物に対して陽性マッチ(850 超)が得られ、真の陽性に対する感度が 100% であることを示しています。グループのサンプルセット内には、計 252 の陽性同定があり、これには MDMA(73.9%)、カフェイン(4.3%)、エチゾラム(4.3%)、フルアルプラゾラム(4.3%)、アンフェタミン(4.3%)、パラセタモル(4.3%)、コカイン(4.3%)の 7 種の物質のみが含まれていました。MDMA は半分を超えるサンプルで検出され、ほとんどの場合、検出された唯一の化合物でした。これは、これらのサンプルが押収された場所やイベントが原因である可能性があります。

RADIAN ASAP を用いたスクリーニングで得られた結果は、法中毒学 HRMS スクリーニングソリューションと定性的に良く一致していました。結果に不一致がある場合は、分析感度およびライブラリーの内容の違いに起因する可能性があります。2 つのサンプルのグループにおいて、追加の化合物が RADIAN ASAP 分析によって陽性同定されましたが、HRMS によって同定された主要化合物も陽性検出されました。グループ 170 では、HRMS 分析によって同定された主要化合物が RADIAN ASAP 分析では同定されませんでした。図 3 に、このグループの 1 サンプルについて得られた LiveID の結果の例を示しますが、カフェインが陽性同定されています。HRMS 分析の結果、メトキセタミン、TFMPP、MDMA、4-メチルエトカチノンなどの 4 種類の化合物がさらに同定されました。MDMA と TFMPP は、RADIAN ASAP で、850 というカットオフ値より低いマッチスコアで同定されました。このことは、これらの化合物がサンプル内で低レベルであったことを示唆しています。2 つのスクリーニングメソッドのライブラリー内容の違いも、このグループに影響を与えました。その理由は、4-メチルエトカチノンおよびメトキセタミンは現在、RADIAN ASAP 押収薬物レファレンスライブラリーに含まれていないためです。以前、RADIAN ライブラリーの更新プロセスが迅速であり、これにより、ラボのレファレンスライブラリーを新規化合物に関して最新の状態に保てることについて説明しました5

図 3.押収サンプルの LiveID 分析。パネル A に、サンプルの「浸漬と検出」の 3 回繰り返しを示しており、最初の繰り返しで得られたマッチスコアは 985(最大 1,000)であることがわかります。パネル B にこのスペクトルマッチの詳細を示します。この同定プロセスでは、4 種類すべてのコーン電圧が加重平均(最も低いコーン電圧に最も大きく重み付けする)を用いて使用されています。

229 サンプルは、サンプル数が異なる 23 のグループに分かれて押収されました(表 1)。HRMS 分析により、同じ化合物同定の同じグループ内のサンプル間、あるいは異なるグループのサンプル間で、レスポンスの強度にほとんど違いがないことが示されました。RADIAN ASAP 分析では、サンプル間の 3 回繰り返し分析、グループ間のサンプル、化合物のグループ内のサンプルの間で陽性マッチスコアが大きく変わらないことから、このことと良く一致していることがわかりました(図 4)。したがって、RADIAN ASAP が、再現性のあるデータが得られる、信頼性が高く頑健なスクリーニング手法であることが実証されました。 

図 4.MDMA が陽性同定された押収薬物サンプルのグループの平均マッチスコアおよび標準偏差。

結論

RADIAN ASAP は、使いやすく迅速で正確なダイレクト質量分析スクリーニング手法であり、クロマトグラフィー分離を必要とせずにマススペクトルデータが直接得られます。この手法は、錠剤、粉末、カプセル入り物質などの押収された疑わしい物質中の一般的な違法薬物のシンプルなスクリーニング法として適していることがわかりました。

このサンプル前処理メソッドは迅速かつシンプルです。RADIAN ASAP 分析および LiveID 2.0 ライブラリー検索も非常に迅速で、各押収薬物サンプルについて 2 分未満しかかかりません。RADIAN ASAP データの再現性は良好であり、このことからも、この方法によって押収薬物サンプルを確実にスクリーニングでき、法医学薬物化学ラボにおける分析待ち試料を低減できる可能性があります。

参考文献

  1. UNODC, World Drug Report 2023 (United Nations publication, 2023) https://www.unodc.org/res/WDR-2023/WDR23_Exsum_fin_SP.pdf
  2. Wood, M. RADIAN ASAP with LiveID-Fast, Specific, and Easy Drug Screening.Waters Application Note Library Number, 720007125, 2021.
  3. Scientific Working Group for the Analysis of Seized Drugs (Recommendations)–Edition 8.1, 19 August 2022 https://www.swgdrug.org/approved.htm
  4. Mistry N, Calton LJ, Cooper J. The Ultimate Forensic Toxicology Screening Companion–Xevo™ G3 QTof The Utility of MSE for Toxicological Screening.Waters Application Brief Library Number, 720008033, 2023
  5. Lee E, Cooper J, Martin N, Wood M. Updating the RADIAN ASAP Seized Drug Reference Library.Waters White paper, 720007838, 2023.

720008231JA、2024 年 2 月

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