日本クリニック株式会社
食品栄養科学博士 松田 芳和様、工学博士 石田 達也様にお話を伺いました。
―はじめに御社について、そして御社の分析部門のお仕事内容についてお伺いします。健康食品に取り組んでいらっしゃる「日本クリニック」の事業内容からお伺いさせてください。
松田様(以下敬称略):弊社は「かき肉エキス」という健康食品を扱っていまして、カキのエキスですが、果物の柿ではなくて貝の『牡蠣』です。この牡蠣のエキスを健康食品として製造販売しています。
42年ほど前からずっと牡蠣一筋で、「かき肉エキス」を健康食品として販売しています。牡蠣というのはご存じのとおり海の生きもので、ミネラルを含め、色々な栄養素が非常に多く入っている栄養豊富な食品として知られています。
特に亜鉛の含有量は、あらゆる食品の中で一番多く含まれているということで知られており、豊富な栄養素の必要な成分だけを集めてギュッと濃縮して飲みやすい粒状やドリンクに加工した健康食品を販売しています。
―なるほど。その製品を御社の分析部門で分析をされているということでよろしいでしょうか。
松田:そうです。品質管理面としては亜鉛もそうなのですけれども、タウリンであるとかグリコーゲンであるとか成分が豊富に含まれております。特にタウリンはLC でなければ測れないので、実際、昔から品質管理という意味合いでLC を使ってタウリンの測定を行っています。
―以前からLC を用いた分析をされていたとのことで、今回もそれらの成分の分析を目的に弊社の装置を導入していただいたかと思いますが、LC-MS システムを導入されるのは今回が初めてと伺っております。このような大掛かりな装置へ投資することは非常に大きな決断だったと思いますが、導入までのハードルも含めてお聞かせいただけますか。
松田:私どもは「かき肉エキス」を販売しておりますが、どんどんと新しい製品を開発していく必要があります。実際、当社は40年前に最初の「かき肉エキス」を開発後、血流を改善する核酸関連物質を強化した新しいタイプの「かき肉エキス」を発売しております。 それが1段階目の進化のようなもので、その2段階目としましては、今度は、ミネラルをもっとたくさん効率よく抽出し、強化した製品も販売しております。
現在、これらが主力商品になっていますが、15~16年前に出た商品です。それ以降も新しい牡蠣の知られていない成分を強化した製品を開発しなければならないという課題に直面しております。 そこで、今まではタウリンを普通のHPLC で品質管理の目的として分析を行っているだけだったのですが、牡蠣にはもっといろいろな低分子化合物がたくさん含まれていますので、今後はそれらの成分を迅速に分析していく必要性を感じていました。そんな中、新商品を開発するための補助金を取得することができましたので、補助金を利用して今回、HPLC をUPLC にして、更にMS を導入したということです。
―導入していただいた装置はACQUITY UPLC H-Class にシングルMS 検出器 ACQUITY QDa、さらに分取機能を持つフラクションマネージャが加わった多機能型化システムになりますが、UPLC に決められたのは、やはり先ほどお話に挙がった「迅速さ」がメインのポイントになってきますか。
松田:タウリンのHPLC 分析では、1分析あたり30分くらいかかっていましたが、UPLC だともっと速くできますし、さらにそれ以外の化合物も同時にたくさん、迅速に測れますので、UPLC を導入しました。
―シングルMS 検出器のQDa はタウリンだけではなく、もう少し幅を拡げて低分子化合物を測定されるために導入されたということですね。
―品質管理目的で活用して行くというお話がありました。以前トクホ(特定保健用食品)の表示に関して通達があり対応を検討されていたというお話を伺ったことがあるのですが、その辺りを少し詳しく教えていただけますでしょうか。
松田:昨年(2016年)のことだったと思います。ニュースにもなりましたが、トクホの一部の製品で関与成分が表示量を満たしていないことが発覚し、満たしていない製品はすべてトクホの資格を取り消されるという処分がされる事件がありました。
消費者庁もそれではいけないということで、トクホを出している企業に対して関与成分がきっちりと含まれているのかということをもう一度さらに徹底しなさいという通達が来ました。
私どももまさかそんなことになるとは全く思っていなかったので、最低トクホの関与成分は自社でも測定できるようにしておかないと、また次にこのようなことがあったときに迅速に対応できないなという危機感を持ち、それでUPLC を導入し、併せてペプチドを測定する目的でも使用しています。
―その通達があった当初は、受託機関などに分析を依頼されていたものを、今回自社で迅速に測定できる体制を整えられたということなのですね。
松田:はい。
―なるほど。今、お話の中でペプチドという単語が出てきましたが、ペプチドは実際の商品含有量をラベル表示にお使いになっているものなのでしょうか。
松田:脂肪の吸収を抑えるペプチドで、VVYP(バリン-バリン-チロシン-プロリン)の4つのアミノ酸が結合したものです。
―4残基のペプチドですね。
松田:そのペプチドが正確に所定量入っているかどうかが問題になります。
―機能性表示の根拠になるということですね。
松田:そうです。
―これは原料ではなくて商品の測定となるのですか。
松田:はい。
―ありがとうございます。次はこれらのペプチドも含め、実際に分析をされているご担当者の石田様にお伺いさせていただきます。まずはこれまでの分析のご経験からお聞かせいただきたいと思いますがいかがでしょうか。
石田様(以下敬称略):化学的分析経験はありませんでした。今まで行ってきたのが遺伝子工学や動物実験等で、分析機器となるとDNA やタンパク濃度を測定するUV-Vis (紫外可視分光光度計)くらいで、今回UPLC を扱うとなった時は「大丈夫かな?」と心配しました。
―そうですね。全く新しい装置というだけではなく、HPLC でなくUPLC という部分も少し最初はご不安に思われたりしたのではないでしょうか。
石田:そうですね。HPLC に関しても学生実習で拝見したくらいでしたので。
―トレーニングコースも(取材日の)先週弊社にお越しいただきましたが、いかがでしたか。
石田:トレーニングはEmpower ソフトの使用方法でした。メソッドセットの作成方法もトレーニングで受講しましたので、実際に自分で解析メソッドを作成してみて解析できるようになりました。そういった意味ではトレーニングのおかげで、本質的なUPLC の使い方を学べたと思います。
―すごく短時間にご習得された印象です。
石田:まだまだ奥は深いと思います。それに「かき肉エキス」には未知の試料が多々含まれておりますので、今後もそういった未知試料を分析していく必要があると思います。
―今、検出器にはシングルMS のQDa もついていますが、MS はこれから着手されるご予定ですか。
石田:MS も並行してやっております。
―一緒にもうスタートされているのですね。
石田:そうです。
―お使いになられてみていかがですか。
石田:波形データを見るととてもきれいに描かれ、精度よく検出できている事を確認出来ています。後は、たまに出るMS のショルダーピークの解析時にどのようにピークを解析で切るかを今後習得して行く予定です。
―スペクトルの情報がよく出ているということですね。
石田:そうです。
―これからさらに慣れていただいて、より多く活用していただければと思います。
松田:私もちょっとだけいじってみたのですが、私が若い頃は、LC というのは大変気難しい機械で、機嫌のいいときと悪いときで全然挙動の違う、すごく難しい機械でした。
それがいつ分析してもちゃんと同じように反応してくれるというのは、非常に使いやすくて分かりやすい機械だと、まず思いました。
以前にタウリンを測ったと言いましたが、その時も結構面倒くさい機械で、なかなか安定した結果が出なかったということがよくありました。しかし、UPLC はそんなことはなく、非常に楽をさせていただいています。
―どなたがお使いいただいても安定した分析結果が得られるということですね。
松田:そうです。本当に初心者でも結構使えるのではないかと思います。
―分析機器を導入されても、その後使いこなせるかというのが大変重要なことだと思いますが、順調に引き継いで立ち上げていただいているということですね。
石田:そうですね。
―これからうまく活用していただけそうな印象を受けます。
石田:私が学生時代に拝見した際のHPLC は実験机いっぱいに広がる大きさで、10年後にこのUPLC を見たらすごく小型になって驚きました。逆に小型すぎて故障があるのではないかと最初、心配しておりましたが、使用していても耐久に関するトラブルも起こっておりませんし、すごく使い勝手が良いと感じました。
―UPLC をウォーターズが初めて出したのが2004年なので、実はもう10年以上経っているのです。その間にも少しずつ改良を重ねて、さらにコンパクトなだけではなくて、安定性の高い装置になってきていますので、より皆さんに安心してお使いいただけるかと思います。
今、システムをお使いいただいておりますが、トレーニング以外の面、製品開発であったり消耗品等の点に関して、ウォーターズに何かご要望はございますか。
石田:現状は前任者から引き継いだ分析種があり、その分析種に適したカラムや移動相条件を使用しております。しかし、今後新しい物質が出てきた際に適したカラムや移動相条件などの情報を教えて頂ければと思います。
―ウォーターズでは以前からかなりアプリケーション開発に力を入れていまして、ウェブサイトに掲載するとともに、メール配信でも分析例をご紹介しています。特にシングルMS のACQUITY QDa に関してはたくさんアプリケーションが出ていますので、ぜひご活用いただければと思います。
松田:タイムリーに必要な時に便利ですね。活用してみます。
―今回、導入を検討されていた途中段階で品質管理の目的が加わり、少し導入目的が変わってきたと思いますが、最初の装置導入の目的は商品開発と伺っておりますが、お話いただけることはありますでしょうか。
松田:色々な「かき肉エキス」の有効性を、過去何十年にわたって研究してきており、特に最近は抗不安作用、つまり精神的な不安を少し抑えるといった働きであるとか、肝臓を保護する働きという新しいデータや知見が得られております。
そのような現象は、動物実験を行うと出てくるのですが、なぜその現象が起こるのかという点においてはまだまだ未知の部分があります。おそらく「かき肉エキス」中の何らかの成分がその働きをしているのではないかと考えておりますので、「かき肉エキス」中に含有する成分を網羅的に調べ、どの成分が肝臓や精神面にどのような影響を与えるのかという研究に活用することで、解明していけたらと考えています。
―「かき肉エキス」が抗不安作用に、あるいは肝臓保護に作用していることは既に動物実験で分かっているので、どの成分がその作用の働きをしているかを解明されたいということですね。
松田:そうです。そのあたりの作用機序が分かっていない部分があります。
―今回、ご導入いただいたシステムにはUPLC で分取できるフラクションマネージャも備えておりますが、これはそのような目的にお使いになられるということですか。
松田:そうです。おそらく有効成分は入っているのですが、ごく微量だと思うのです。ですから、ごく微量の有効成分をフラクションマネージャでたくさん集め、有効成分の多い画分を効率よく抽出することができれば、製品を強化することができ、「精神面により良いかき肉エキス」みたいな製品も可能かと思います。
―かつてのHPLC では含まれていても分離できなかったり拡散して見えなかったりした成分を、低拡散のUPLC で分離良く可視化し、かつ、分離した成分を取り出してどのような働きをするかの研究を進めて、新製品開発につなげていくということですね。
松田:はい。
―楽しみです。
松田:動物とか細胞とか実験をするときはやはり有効成分の画分をたくさん集めておかないと駄目なのです。
―今までのフラクションコレクターでは足りないですか。
松田:やはりちょっと大雑把すぎるといいますか…その有効成分の量が非常に少ないような感じです。
―他の成分も混ざってきたり…
松田:そうです。混ざってきたりしてよく分からなくなってしまう部分もありましたので、もっと細かくきれいに分けられるものが必要だというところです。
―そこを期待してのフラクションマネージャ導入ということですね。
松田:はい。
―ぜひ、そのように展開してお使いいただきたいと思います。
―新製品を開発していただいて、われわれ消費者の元に届くのを非常に楽しみにしております。
松田:ありがとうございます。
―どうもありがとうございました。