【日本国内編】 お客様事例

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独立法人医薬基盤研究所様

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独立法人医薬基盤研究所
鎌田 春彦様にお話を伺いました。



―今日はよろしくお願いします。

 はい。よろしくお願いします。

―まず医薬基盤研究所はどのような施設かお話いただけますか?

 独立法人医薬基盤研究所は、厚生労働省初の研究開発支援を目的とした産官学連携の研究所として設立されました。その主な目的は、医薬品開発に向けた基盤技術の開発研究とその振興です。元々、国立医薬品食品衛生研究所という厚生労働省の研究機関が東京都世田谷区にありますが、そちらの機関は医薬品の審査を行う業務も兼ねていたために、実際に医薬品を開発している製薬企業等と一緒に仕事をする事が難しいという点がありました。官民がより緊密に連携でき、今後の医薬開発のもとになる技術を開発する場を提供するという観点から、厚生労働省と大阪府の協力のもと、2005年4月1日に設立されました。

―なるほど。創薬や評価など含めて産官学の連携を通じて医薬品の開発を目指した基礎研究から応用研究までを網羅した研究機関になるのですね。

そ うです。中でも医薬品を作る為の基盤技術の整備・開発を最も重視する研究所と言えます。
医薬基盤研は9つの研究分野に分かれています。細胞バンクや遺伝子バンク、実験動物開発や共通機器施設、リソースにあたる霊長類医科学研究センター(つくば)などあります。

―リソースの部分もあるんですね。

 はい。そういう意味では非常に面白い研究所で、理研と匹敵するぐらいの規模や研究レベルに将来的にはなるといいなと個人的に思っています。特に当研究所は、医薬品の開発研究をコアとして、基礎研究から応用開発の手前、前臨床試験まで対応できるという点で、非常に優れた研究所だと僕自身は思っています。

―先生がご所属している部署はどちらになりますか?

 創薬プロテオミクスプロジェクトになります。メインの研究目的は、疾患関連タンパク質の有効活用のための基盤技術の開発です。1999-2000年に世界中の研究者が共同してヒトの遺伝子(ゲノム)を解読しました。これによって、ヒトの病気や疾患の原因が判明し、全ての疾患が克服可能なのではないかという幻想に包まれた時代がありましたが、今日において期待されていた程の成果には至っていません。その原因としては、予想されていたことではありますが、遺伝子の転写産物であるタンパク質が、生体機能の制御・維持に極めて重要な役割を持っていることにあります。そのタンパク質の性質や機能をじっくり見ていく必要があるということでプロテオームという研究が進行しています。現在は質量分析計や抗体を用いた方法で医薬品シーズや創薬ターゲットとなるタンパク質を迅速に探索・研究するために必要な基盤研究の開発・検討を行っています。

―なるほど。タンパク質をターゲットに研究されているのですね。

 はい。僕は学生時代からタンパク質を医薬品化する事を研究していました。特に、生体内で産生されるサイトカインの医薬品化に関するドラッグデリバリーシステムの開発を行っていました。また、現在もこれらに関する研究は、継続して行っています。最近、話題になっているような抗体医薬もそうですが、サイトカインシグナルを抑制するようなタンパク質医薬の開発を目指した研究を行っています。

―医薬品になるような抗体も研究対象にされているのですか?

 はい。抗リウマチ薬としての抗TNF抗体やガンに対する抗体医薬が最近になって注目され、市場も急拡大しています。ただ、これらの抗体医薬の効率的な開発に関する技術開発やその医薬品化に必要なレギュレーションに関する研究はあまり進んでいない事もあり研究対象にしています。

―ここ数年で抗体医薬品も増えてきている感じはありますね。

 そうですね。医薬品といえば低分子が一般的でしたが、確実に抗体を用いた医薬品は増えています。例えば、がんやリウマチの自己免疫疾患に対して抗体医薬は使われていて、非常によく効いている報告があります。時期的にもそろそろ特許切れする薬もあり、ジェネリック医薬品が増えてくるかもしれません。

―なるほど。低分子医薬品と抗体医薬品はどう違うのですか?

 まず分子量が違います。低分子の場合、数百から大きくても数千ダルトン程度の分子量です。抗体の場合ですと15万くらいでしょうか。低分子医薬品の場合、その分子構造を見れば比較的簡単に生物学的に同等といえますが、抗体のようなタンパク質の場合、作り方の違いで、体内における安定性が変わってしまうこともあります。また、タンパク質をきれいに精製するのもそれなりに大変で別のタンパク質が入っていると、それによっても医薬品としての抗原性が変わってきてしまいます。

―かなりむずかしいのですね。

 そうですね。医薬品にする抗体は通常、細胞に作らせます。細胞は化学的に合成するのと違って生き物ですから、それ自身も予測不可能な色々なモノを作るわけです。結局、含まれる色々なモノが医薬品としての生物学的同等性に影響を与えてしまう可能性があります。それを最終的には医薬品化するわけですから、今までの低分子化合物を評価している感覚以上により詳細な評価が必要になると考えられます。

―なるほど。構造というのは、アミノ酸組成や立体構造(形)などの色々な構造ですね。

 はい。いろいろな構造です。糖鎖修飾や他の修飾も含めて全部です。

―抗体医薬の生物学的同等性を担保する評価方法が最終的には、安全で有効な創薬に結び付くだろうということでしょうか。

 はい。その通りです。そこで僕が注目したのが、ウォーターズのSYNAPT HDMSです。この質量分析計はアミノ酸配列や翻訳後修飾などの比較的小さな情報も取得できる特徴を持っている上に、分子量の大きなタンパク質製剤をそのまま測定することもできます。さらに、イオンモビリティー(IMS)という機能を質量分析(MS)と組み合わせたIMS/MSとして利用することで、タンパク質の立体構造(形)の変化までわかります。

―立体構造(形)の変化ですか?

 ええ。分子量変化が伴わない“タンパク質の立体構造(形)”の変化がわかります。

―それによってどのようなことがわかるのでしょうか?

 これは今ある大きな問題点を解決する可能性があるのです。現在、抗体医薬の問題点の一つにロット間の格差が懸念されています。同じ会社で同じ施設で製造された場合でも、完全に同じものを安定して製造・提供する事は非常に難しい技術なのです。原因は先ほど申し上げた通り、製造する際に不確定要素が大きいのです。また完全に同等である事を証明する方法も現時点では確立されていません。この状態で近い未来、さまざまな企業から、同じ効果をうたったジェネリック医薬品が数多く製造・販売された場合、本当に薬効として同じなのか、また思いもよらない副作用の発現があるのかどうかを評価することは非常に難しい状態になります。

―なるほど。

 低分子の場合、NMRや質量分析計で官能基の位置や分子量から同じであると確認できるのですが、非常に大きい抗体の場合はそうはいきません。例えば、現在、メインとなっている抗体医薬はヒト型抗体あるいはヒト化抗体ですが、ヒト由来の抗体であったとしても、その抗原性の発現は、抗体医薬の種類によってまちまちです。構成されるアミノ酸は、抗原認識部位を除いて、ほとんど変わらないにもかかわらず、抗原性の発現は変わってくるのですね。この理由については、さまざまな報告がありますが、まだ確定的な結論には至っていません。

―現在の科学が追いついていないということですね。

 そうなのです。私は、このような問題をなんとか解決したいと思っています。通常の質量分析計ではアミノ酸配列や修飾を確認することは行えますが、SYNAPT HDMSはさらに立体構造(形)の変化を知ることができる。これは画期的で非常に大きい抗体などのタンパク質製剤の生物学的同等性を考える1つの手段として利用できる可能性があります。現在はまだ研究の途中ですが、IMS/MSを使用して“立体構造の変化(形)”を調べています。具体的には、“立体構造(形)”と“活性”の関係になります。

―面白いですね。

 タンパク質の立体構造と活性の相関を研究することは、他の様々な研究にも応用できると思っています。我々の研究室では、先ほどもお話しましたが、サイトカインの医薬品化に関する研究を継続して行っています。その研究に私は、タンパク質のアミノ酸置換体(構造変異体)を用いているのですが、僅か数個のアミノ酸の違いで、受容体の結合活性や生物活性が大きく変化するという結果が得られています。これまで、このような立体構造の変化は、X線立体構造解析やNMRなどが用いられてきましたが、SYNAPT HDMSのIMS/MSならもっと違った切り口で立体構造(形)の変化をとらえることができるのではないかと思いました。

―なるほど。1つのタンパク質の立体構造が見るために、既存の方法だけではなくて、新しい視点が必要だと考えられたのですね。

 そうです。これまで、解決できていない問題を切り開くためには、新しい視点、新しい測定技術を利用する必要があるのではないかと思ったのです。

―問題点はありますか?

 まだあります。SYNAPT HDMSが持つIMS/MSのIMS分離能では、分子量15万ある抗体医薬の“立体構造(形)“の変化を完全なピーク分離で評価するところにきていません。つまり、イオンモビリティーの分離能が足りないのです。2,3万くらいのタンパク質なら対応できる可能性があると思います。

―今年、Waters社からSYNAPT G2 HDMSという後継機種が出ました。これはイオンモビリティの分離能が4倍向上しています。

 抗体医薬のような、分子量15万~16万を評価するには、分解能が高いとさらに良い結果が出ると思います。すでにWaters社からSYNAPT G2 HDMSでロイシン、イソロイシンの3Å2の立体構造の違いを分離するデータを紹介されています。非常に期待しています。

―SYNAPT G2 HDMSは質量分析計としての質量分解能が大きく改善されていますし、質量精度、定量性、感度、データ取得率も劇的に改善されています。低分子域から高分子域まで対応できるマスレンジもありますので、本当に小さなことろから大きなものまで対応できますね。

 僕自身は、この装置の開発コンセプトは、低分子だけでなく、高分子をターゲットにバイオ医薬、抗体医薬からもきていると感じています。ですので、どんどん分解能が上がっていき、僕が考えるような評価の方法が確立されるようになる可能性は高いと思います。

―今後も努めてまいります。

 やはり製剤ごとにそれぞれ生物学的なアッセイ方法を検討し、細胞のアッセイをするのはとても大変なことです。それ以前に活性を評価する最適な実験系がない場合が出てくると思います。そんな時、抗体医薬の立体構造(形)から、薬物の活性を予測できるようになれば、医薬開発のスピードを大きく加速できる可能性があります。実際、低分子の世界では、分子構造予測などのバイオインフォマティクスが創薬に応用されつつあり、今後の医薬開発に向けた一つの大きな方向性になっています。今回のような立体構造と活性の相関性に関するデータが揃ってくれば、かなり近いアプローチが出来る可能性があります。

―バイオアッセイの系を組まなくて良い時代が?

 夢のような話ですが、可能性はあると思っています。実現したら非常に面白いですね。

―今後はどのように進められる予定ですか?

 SYNAPT HDMSは、X線解析ともNMRとも違う構造変化をとらえる新しい一つの指標として使えそうだということはわかりました。僕自身は、今の変性条件では、タンパク質の細かい構造変化を解析できているとは思っていません。もっと細かい立体構造の変化が見れるように、SYNAPT HDMSの測定条件をチューニングできればもっと面白くなると思います。正直なところ、今日の時点では、医薬品の検定に即使用できるかというとまだまだ不完全だと思います。ただ、今後の検討次第では役に立つ技術になるものと思っています。さらにこの研究の詳細な測定条件を検討していく予定です。

―将来は医薬品の検定や生物学的同等性を示す指標になる可能性がありますが、現時点ではタンパク質医薬を理解する全く新しいサイエンスとしても利用価値があるというところでしょうか。

 そうですね。面白いツールだと思います。

―本日は、ありがとうございました。


担当者コメント:
非常に気さくな先生でした。最近注目が集まっているバイオ医薬品の問題点を色々知ることができました。イオンモビリティが質量分析計内部に搭載されたSYNAPT HDMSの販売開始から3年近く立ち、大きな問題点を解決するツールとしてここまで検討が進んでいる事に驚きました。

 

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