白鳥製薬株式会社
中島淑乃様 江富なつの様にお話を伺いました。
―本日はよろしくお願いします。はじめに白鳥製薬様についてご紹介をお願いします。
中島様(以後敬称略) - 弊社は1916年に創業いたしまして、国内で初めてカフェインの工業生産を始めた企業です。長年培ってきた有機合成技術を活用して、70年代には医薬品の原料や中間体などの受託製造事業を開始しました。現在では抗がん剤など医薬品原薬・中間体事業、電子材料向けの機能性有機化合物事業、および天然サプリメントなどの健康食品事業、この3部門を柱としております。
薬事法の改正に伴って、医薬品業界の分業化が非常に進んでおります。このような環境の中で、大手製薬会社は創薬に集中されており、原体や中間体の合成およびその分析手法の開発という、量産のための技術開発はアウトソーシングが主となってきております。弊社はその合成や分析業務を受託しています。大量生産に最適な製造手法を構築することで製薬業界の一翼を担っていると自負しております。
―白鳥製薬様の研究開発および生産体制についてお聞かせください。
中島 - 研究所がこちらの津田沼、工場が千葉みなとに、あとは本社が習志野市茜浜、埼玉県三郷市に草加工場があります。津田沼の研究所で試験法を開発し、合成については研究段階とラボスケールから少し大きなスケールまでを実施して、その後工場で数キロ~数トンレベルの原薬の製造を行っております。
―研究所、工場ともにウォーターズの製品を多数お使いいただいております。この機会に改めて御礼申し上げます。それでは、中島様と江富様のお仕事内容をお聞かせいただけませんでしょうか?
中島 - 主に新規化合物の規格および試験方法の設定のための検討を行っております。LCやGCを用いた純度試験や定量試験、またGCを用いた残留溶媒試験などを行なっております。日本薬局方の一般試験法の各種物性分析などもすべてこちらの研究所で行なっております。NMRやマススペクトルなどを用いた構造解析、粉末X線回折や熱分析を使った結晶形の評価など、有機化合物に関する物性評価を幅広く行っております。
―医薬品原体に限らず、白鳥製薬様の製品の分析は、すべて分析グループでのお仕事でしょうか?
中島 - 出来上がった試験法を基に実際の業務を行うのが工場であり、ここはそれをやるための試験法を開発する所となります。もちろん弊社は受託合成の会社ですので、お客様から試験法をいただいてすべてその通りに行うこともありますし、その時々でいろいろです。また、試験方法の開発やトレースだけでなく、SOP( = Standard Operating Procedures)と呼ばれている移管文書の作成が必要であり、それもこちらで実施しています。
―お客様から分析法を指定される場合はございますか。
中島 - 試験法自体お客様ですべて確立されていて、変更は一切できない段階まで開発ステージが上がっているものもありますので、その場合、いただいた通りにいかに追試できるかが大切になります。
―こちらで一回追試される訳ですか。
中島 - はい。一度試します。装置間差やその他様々な影響があると思いますので、同一の結果が出るかどうかを確認して文書化をおこない、それを移管して工場で実施するという流れになります。しかしながら実際のところ、ほとんどが大なり小なり変更が必要となります。弊社で所有している装置に合わない条件であったり、指定された分析法がまだ完全には確立されておらず、弊社にて改善が必要な場合もあります。
―お客様から指定される試験法で、UPLC をはじめとした高速LCを使ってほしいという依頼はございますか。
中島 - 今のところ具体的にはありませんが、以前千葉工場で「UPLCをお持ちですか」と聞かれたことはあるそうです。この先、そのような問合せが増えるのかなと思っています。
―分析グループ様は現在何名体制でいらっしゃいますか。
中島 - 私を含めて10人です。
―液クロだけでも相当数をお持ちと伺っておりますが。
江富様(以後敬称略) - Allianceシステム だけで13台あります。
―数年前にUPLCをご導入いただいた際の経緯や、ご使用目的についてお聞かせいただけないでしょうか。
中島 - 製薬業界だけでなく、幅広い業界でUPLCを活用される方が増えて来ているというお話を伺いまして、弊社もその流れに乗りたいと考えました。部長の吉野が非常に積極的に情報収集を行いまして、UPLCは有効な装置だと、とても強く購入の後押しをしてくれました。結果として非常に便利な装置で、購入できて本当に良かったと思っております。高速高分離の分析ができることもそうですし、分析時間の短縮や溶媒のコスト削減が実現できました。独自で合成経路を開発したり、様々な新規化合物を扱うことが多いものですから、高速高分離が業務の改善、効率の改善に効果的と考えました。
―ありがとうございます。それでは今回UPLCを使って行われた、2種類の分析についてご説明ください。
中島 - 一つ目は9種類の化合物の水溶解度を算出するために、UPLCを用いた上澄み定量の試験です。試験法の設定から定量試験の実施まで、非常に効率的に実施することができました。もう一つは、ある製造経路がありましてそこで得られる目的物の純度試験を行うことになったのですが、UPLCを用いることで迅速に分析条件を設定することが出来た事例です。残念ながらUPLCはまだ1台しかないので、汎用のHPLCで測定を行なうために分析条件の移行も必要になります。それも非常に円滑に行うことができました。
―水溶解度の分析についてですが、化審法に基づく分析法とお伺いしておりますが、そもそもどのような法律なのですか?
中島 - 私もまだまだ化審法に関しては不勉強な点もあるのですが、法律自体はPCBの問題を契機に設定されたものです。難分解性の物質や健康を害する恐れのある化学物質の環境汚染を防止することが目的です。多種類の新規化学物質を扱っていますので製造する場合や輸入する際など、状況に応じていろいろなデータ取りが必要となります。区分によっても違うのですが、例えば水の溶解度もその一つですし、また有機溶媒への溶解度、融点、吸湿性、分解性、揮発性といった化合物の物性データが必要となります。
さらに中間物の取り扱いにおいては対象とする新規化合物が環境中に放出される予想量が一定の基準を満たしていることを提示しなければなりません。製造工程では水層や有機層また変換後の化合物の中にどれぐらい新規化合物が残っているかということをすべてのプロセスで定量することが必要となりますし、廃棄物についても同様です。
このようなデータが大量製造をする場合には必須ですので、今後、このような申請データを業務とする仕事ができる受託機関という評価を高め、大手製薬企業からの分析試験を受託することができるようにしたいと考えています。
―水溶解度試験にUPLCを活用してみようと思われたのはどのような理由でしょうか。
中島 - 業務上至急データが必要になったということと、同時に9種類の開発化合物があったということです。ほとんどの化合物に対して分析条件が無い状況でしたので、とにかく短時間でやりたいということでUPLCを使おうと思いました。
―どのような結果になったでしょうか。
中島 - 細かい点は資料を見ていただきたいと思いますが、HPLCを使用した場合100時間約4日かかる分析が、UPLCですと13.5時間と約半日で終わりました。使用する溶媒量も、HPLCで6Lぐらい必要でしたが、UPLCでは400mLで済みました。時間と溶媒、すべて削減したうえで必要なデータを取ることができました。
―今後開発される新規化合物の分析についてもUPLCのご使用をお考えでしょうか。
中島 - 水溶解度の上澄み定量試験ももちろんですが、水層、有機層、いろいろなところでの定量試験にも使っていきたいと思います。また純度試験などの試験法の設定にも使えると思っています。
―それでは次に製造工程での純度試験にUPLCを使用され、併せてHPLCへの分析条件を移行された例についてご紹介ください。
江富 - UPLCを使おうと思ったのは、水溶解度を求める際に使用したのと同じく、短時間で条件検討を行いたかったというのが一番の理由です。結果として分析時間がHPLCに比べて断然早くなりました。分析条件検討の時間が大幅に短縮できることと、結果としていろいろな条件を試せるということで、条件検討には最適な装置だと感じます。弊社ではPDA検出器を付けたUPLCを使用しているので、UVの強度比が異なる場合、その波長を決めるのにもPDAで一度にデータが取れる点が便利です。資料に載せているように、測定したい原料や試薬、中間体、最終物それぞれについて、すべて良好な分離を示す条件を設定することができました。次に、UPLCが1台しか無いのでHPLCへの分析法移行も行いました。こちらもUPLCと同様の良好な結果が得られました。両方を比較した場合、UPLCでは分析時間がHPLCの4分の1になりました。
―分析法の移行作業はスムーズに行えましたか?
江富 - UPLCにはカラムカリキュレータが付いていて、HPLCからUPLCへの分析条件の変換は自動的に計算されるようになっていますが、その逆がありませんでした。そこでUPLCの条件をいつものHPLCの条件に当てはめるような形で移行したところ、さほど苦労はせずにUPLCと同じような結果を得ることが出来ました。あらかじめカラムの充填剤や移動相をUPLCの条件で設定できていたので、スムーズに移行できたのかなと思います。
―経験が生かされたという形ですね。
江富 - どうでしょうか。
―先日ご紹介した、新製品のUPLC H-Classには、双方向の移行が簡単にできるようなカリキュレータが付属しています。またそれがEmpowerの中に組み込めますので、是非この製品もご覧いただきたいと思います。分析法移行を検討された際にはカラムもいろいろお試しになられたと伺いましたが、カラムの選択についてはどのように行われたのでしょうか。
江富 - UPLCにカラムマネージャを付けて、一度で4種類のカラムについて分離やピーク形状の違いを確認できるシステムにしています。毎回カラムを交換しなくてすむという点もスピードが早くなった要因だと思います。4種類の結果を同時に見ることで最も適したカラムを選択しています。
―4種類のカラムをお選びになる基準についてお伺いしたいのですが、サンプルの性質とか属性から、大体の方向性は見出すことができるのでしょうか。
江富 - 毎回同じ組み合わせのカラムで検討して、その結果一番良いものを選択しています。
中島 - 今は普通のODSタイプと、Amide、 Shield RP18およびPhenylの4種類をカラムマネージャに付けております。全く同じ充填剤のHPLC用カラムもすべて揃えています。試したい移動相条件を組んで、4種類のカラムを全部試して、結果を見比べて、どれが一番良いか選んでいます。
―現在のカラムの組み合わせに落ち着くまでは、どのような試行錯誤がございましたか?
江富 - 最初はODSの長さの違いで分けていました。結果を見て、長くしようかなと思ったりしていました。化合物の固定相、充填剤との相性を考えるとやはり今の4種類になると思います。最近は Amideカラム を組み合わせています。
―Amideはまだ新しいラインアップですよね。
江富 - あとはHILICも試したのですけれど、HILICよりはAmideのほうが使いやすそうな感じがしたので、とりあえず今はAmideを付けています。
―ただいま2つの試験のことをご紹介いただきましたが、今後UPLCをどのようにご活用されたいとお考えですか。
江富 - カラムマネージャに常に異なる4種類のカラムを付けていますし、HPLCでも対応する同じ充填剤のカラムをそろえているので、まずUPLCで条件検討を短時間で行い、必要に応じて汎用のHPLCに分析法を移行するという方向で、条件設定の時間を短縮したいと思っています。
―UPLCのカラムは特殊と思われがちですが、充填剤は全く種類が同じものを対応させることが可能なようにラインアップされています。こうした考え方の有効性はお感じいただけますか。
中島 - はい。大変有効だと思います。UPLCでうまく行けば、HPLCでもうまく行きますし、その成功率が断然違うと思っています。
―ところで、原薬のご研究では法規制に対してはどのような対応を行なわれていらっしゃいますか。新薬の承認申請のためにデータを取る場合、UPLCですとなかなかまだ適合しないのではないかと、ご使用をためらわれているお客さまがいらっしゃいます。例えば、将来工場で使われるHPLCのメソッドをUPLCに変更される可能性はございますか。H-Classという新たな高圧タイプも発売をはじめましたが。
中島 - ここの業務としては試験法の開発というところが大きいので、UPLCで設定をした試験法をそのまま工場へというのはいまのところ難しいかと思います。弊社から外注をして医薬品原料の中間体までを合成していただくこともあるのですが、やはりまだまだHPLCの条件というのがどうしても必要になります。UPLCで条件を早く設定して、その後HPLCの分析条件に移行するというのが、中心になっています。申請データは、研究所で取ったデータだけを提出するということはありません。弊社の品質保証部などの部署で取り扱う、分析法バリデーションであったり申請用データであったり、やはりまだHPLCが主流ではないかと思います。ただ、そういうのも徐々にUPLCへ移行して行くのではないかと思います。10年前ではマニュアルが当然だったのが、今はオートサンプラーを当然のように使っていることを思うと、時間がたてばそういったことも変わっていくかなと思います。また、弊社では医薬品だけでなく、化成品、健康食品も扱っておりますが、それらの製品は医薬品ほどの厳しい規制という感じではないので使いやすいかなと思っています。
―Watersへのご要望はございますか?
中島 - UPLCでのアプリケーションデータがもう少し増えてくるとありがたいです。まだどういう条件でやったら良いのかというのがあまりわかっていないので参考にできる情報が多いと条件検討がやりやすいと思っています。
―お取り扱いの物質と似た化合物を見つけて、参考にされることなどもございますか。
中島 - そうですね。やはりまったく同じ化合物であることはないので、官能基が似ているものを参考にします。
―以前、中島様と弊社のカラムの選択性チャートのお話をさせていただいた時ですが、こちらの研究所では何年も前から独自のものを作っていらっしゃると伺いました。今も引き続き新しいカラムを使うたびに、選択性チャートに加えていらっしゃるのですか。
中島 - はい。先日もやりました。1年に1回とか2年に1回とかの間隔で実施しています。各メーカーさんの新しいカラムが何本か増えてくると、専用のHPLCを1台用意して実施します。今回は十何本かをまとめてやりました。データ数が増えてきていてエクセルシートの作成も困難になってきました。今後は見やすくしないといけないと思っているところです。
―分析のご依頼が来た時に指定されたカラムがあった場合、逆にこのカラムでどうですかといったご提案もされるのですか?
中島 - そうですね。以前はODSカラムであったらどのメーカーのものでもあまりこだわらなかった時代もありましたが、やはり今は各メーカーさんも工夫されていて、ODSといっても全然物が違いますので、お客様の了承を得ずに指定と違うカラムを使用することはありません。その代わり、このカラムでやるともっとこんなに分離がいいのでどうですか、という提案をすることはあります。相手の会社から知らないカラムや新しいカラムを教わった時に、今まで当社で使っていたのとどう違うかとかいう情報は欲しいので、2000年ぐらいですよね、御社のセミナーに参加させていただいた時にカラム選択性チャートを知りまして、それ以来、自分たちでデータを取って独自の選択性チャートを作っています。
―ありがとうございます。
中島 - 当時、とてもいい情報でしたので、これは自分たちでもやろうといって始めました。私たちは、受託した製品の製造や新しい製造経路の開発を行うことにより利益を得る会社です。しかし、私たちが所属する技術開発部では、物ではなく技術・知識を売っているという自覚を持ち日々仕事に従事しています。委託側との信頼関係を強化するには、高い専門性こそが信頼性を確保し、国際競争に勝つための白鳥製薬の経営戦略と考えています。創業以来に培った白鳥製薬の有機合成技術は、受託メーカーとしてあらゆる技術を蓄積し、どの様な反応にも柔軟・迅速に対応可能な有機合成設備・装置を保有し、医薬品、化成品、機能性有機化合物等を受託合成しています。しかし、現在では合成技術だけでなく分析法の設定をゼロから行い分析法だけでの受託の仕事ができればいいと考えています。
―本題とは外れますが、本日のお話の冒頭UPLCを導入されと思われた時に、吉野部長様がいろいろ市場調査をされて、結構浸透しているのではないかという印象をお持ちになられたとお伺いしました。お取引先からなどの情報もあると思いますが、例えば、展示会とか学会とかでの情報を集められることは多いのでしょうか。特に注目されている学会や展示会はございますか。
中島 - やはり一番は、9月の 分析展 ですね。あとは インターフェックス などでしょうか。吉野もインターフェックスなどでの情報収集だったと思います。
―最後は雑談で終わってしまいましたが、本日は私どもにとって有益なお話をたくさんお聞かせいただきました。ありがとうございました。
担当者コメント:
幅広い分野で事業展開をされている、白鳥製薬株式会社様にお伺いしました。今回はHPLCの分析法をUPLCに移管することにより、どのような業務改善をされたのかについて具体的な事例をお話しいただきました。特に「9化合物の水溶解度の算出のための定量試験」(化審法への対応)は非常に興味深いテーマです。お話をお聞かせいただいただけでなく、貴重な実験データを広く公開していただき、本当にありがとうございました。