• アプリケーションノート

HRMS と統計分析を使用したバスマティ米の真正性と食品偽装の可能性の調査

HRMS と統計分析を使用したバスマティ米の真正性と食品偽装の可能性の調査

  • Gareth E. Cleland
  • Adam Ladak
  • Steven Lai
  • Jennifer A. Burgess
  • Waters Corporation

要約

バスマティ米の真正性について、世界中で懸念が高まっています。貿易業者らは長年にわたり、低品質の米を世界最高級の長粒芳香米と偽ってきました。インドの DNA による米真正性検証サービスは、米国およびカナダの小売市場で販売されているバスマティ米の 30% 超に品質が粗悪な米粒が混入されていると結論付けました。英国では、2005 年に食品基準庁が、販売されているバスマティ米の約半分に、別の株の長粒米が混入されていることを明らかにしました。本物のバスマティ米はヒマラヤ山麓で栽培されています。イネの栽培には、どのような外的要因が関与しているでしょうか?世界の他の地域で栽培されたバスマティ株を、バスマティ米と分類できるのでしょうか?このアプリケーションノートでは、スーパーマーケットで販売されているサンプルを使用して、バスマティ米の真正性を評価する概念実証メソッドを確立しました。APGC、SYNAPT G2-Si および Progenesis QI ソフトウェアを組み合わせて使用することで、食品偽装アプリケーションや食品真正性アプリケーションに使用できる柔軟な設定が可能になります。

アプリケーションのメリット

  • 食品の真正性
  • 食品偽装の検出
  • メタボロミクス

はじめに

バスマティ米の真正性について、世界中で懸念が高まっています。米国、カナダ、EU などの主要な市場では、貿易業者らが長年にわたり、低品質の米を世界最高級の長粒芳香米と偽ってきました。インドの DNA による米真正性検証サービスは、米国およびカナダの小売市場で販売されているバスマティ米の 30% 超に品質が粗悪な米粒が混入されていると結論付けました1。 英国では、2005 年に食品基準庁が、販売されているバスマティ米の約半分に、別の株の長粒米が混入されていることを明らかにしました2

ヒマラヤ山麓で栽培された本物のバスマティ米。イネの栽培には、どのような外的要因が関与しているでしょうか?世界の他の地域で栽培されたバスマティ株を、バスマティ米と分類できるのでしょうか?

高分解能 GC-MS ハードウェアとインフォマティクスにおける最近の進歩により、スーパーマーケットで販売されているバスマティ米サンプルの真正性を評価するための概念実証メソッドが確立されました。SPME およびヘッドスペースによって、加熱した乾燥米から対象の揮発性化合物を抽出しました。一般的な GC 分離の後、Waters SYNAPT G2-Si MS を HDMSE モードで使用して検出を行いました3。GC 分離または UPLC 分離の後に、これらと直交するサイズ、形状、および電荷に基づく化合物のイオンモビリティー分離を行った結果、HDMSE データセットの収集により、高レベルの特異性が得られます。

ウォーターズの最新の OMICS インフォマティクスパッケージである Progenesis QI は、SYNAPT G2-Si HDMSE 取り込みにおいて得られる 4 次元データを利用するように設計されています。最初にすべての注入のアライメントが行われ、続いて固有のピークの共検出が行われた結果、すべてのサンプルで同数の分析種測定が実行され、欠落値はありませんでした。次に、親化合物のすべての同位体および付加イオンのデータがデコンボリューションされ、親化合物について頑健で正確な単一の測定値が得られました。さまざまな多変量解析(MVA)手法を使用することで対象化合物が浮き彫りになり、解析ツールおよびソフトウェアプラットホーム内の関連データベース検索を使用して同定を行いました。

実験方法

サンプル前処理

表 1 に示すように、異なる生産者からの数種類の品種の米を、最寄りのスーパーマーケットで購入しました。ブランドの開示を避けるために、サンプル ID が付与されています。20 mL のアンバー色のヘッドスペースバイアルに 10 g の乾燥米を秤量しました。米サンプルを、同じバイアルに戻さずに 3 回繰り返し注入ができるように、それぞれ 3 回繰り返しで調製しました。プールした複合サンプルは、各米サンプルを 100 g ずつ混ぜ合わせてから 10 g ずつバイアルに秤量することによって調製しました。すべてのサンプルをオートサンプラートレイに入れ、ランダム化したサンプルリストを使用してデータを収集しました。

表 1.  試験で使用した市販の米サンプル

結果および考察

包括的な APGC/HDMSE ノンターゲットデータセットの収集および調査を、図 1 に示す分析ワークフローに従って行いました。大気圧ガスクロマトグラフィー(APGC)は、「ソフト」なイオン化手法であり、従来の電子衝突イオン化(EI)と比較して化合物のフラグメンテーションが少ない手法です4

プリカーサーイオンの存在量が増加すると、対象化合物に対する感度が向上します。プリカーサーイオンのフラグメンテーションを高分解能 MSE(HDMSE)取り込みで制御できるようになったことも、特異性の向上につながっています。 

HDMSE では、イオンモビリティー分離と組み合わせた代替の MS 機能を使用して、(高コリジョンエネルギーで)精密質量プリカーサーイオンおよび精密質量フラグメントイオンのデータを収集し、時間およびドリフトでアライメント済みの精密質量プリカーサーおよび精密質量プロダクトイオンの情報を提供します2。イオンモビリティーにより、使用するクロマトグラフィーに別次元の分離が追加され、これによって従来の GC-MS 分析法よりも全体的なピークキャパシティが向上しています。

図 1.  この試験における米サンプルの分析ワークフロー

データ解析は、HDMSE データセットで得られる情報を十分に活用できるウォーターズの最新の OMICS ソフトウェアパッケージである Progenesis QI を用いて行いました。Progenesis QI は、データのアライメント、ピークピッキング、マイニングを行って定量し、サンプルグループ間の有意な分子の差を特定できる新規のソフトウェアプラットホームです。 

アライメント、ピーク検出およびデコンボリューションに続いて、3,885 種の化合物イオンを調査しました。まず、主成分分析(PCA)を行って、図 2 のスコアプロットを得ました。繰り返しサンプルの注入の厳格なプール作成および一元化された複合/プールサンプルにより、統計的に意味のあるデータセットであることが示されました。一部のバスマティ米サンプルは左上の象限、ジャスミン米サンプルは右下の象限、長粒米サンプルは右上の象限に、それぞれ収まっています。米の種類のグループ化に関する例外が、2 種類のバスマティ米サンプルで認められました。1 つはジャスミン米と同じ生産者からのもので、他のジャスミン米サンプルとともにグループ化されています(BAS M4)。2 つ目のバスマティ米の外れ値(BAS M3)は、長粒米と同じ生産者からのもので、この長粒米サンプル(LGM3)とともにグループ化されています。

これらの保管された購入サンプルの由来が基本的に不明であるため、サンプルの由来や純度について結論を引き出すことはできません。本研究の目的は、バスマティ米の真正性および食品偽装の可能性を調査するための概念実証メソッドを考案することでした。  真正および非真正のバスマティ米サンプルの両方を含む、十分に特性解析された多数のサンプルを使用した試験が必要です。この新しい試験で対象の独自のマーカーを見つけることで、シングル四重極またはタンデム四重極など、品質管理ラボでよりルーチンに使用される装置について、合格/不合格を判定するメソッドを確立できる可能性があります。   

教師ありの潜在構造への直交射影の判別分析(OPLS-DA)モデルを使用して、データのさらなる調査を行いました。このため、バスマティ米サンプル(BAS M1 および BAS M2)の注入に含まれるマーカー(図 2 の青色の四角)を、長粒米サンプル(LG M3)に含まれるマーカー(図 2 の赤色の四角)と比較しました。この分析で得られた S プロットを図 3 に示します。ここで、x 軸は特定の分析種の変化の大きさの目安を示し、y 軸は 2 グループ間の比較における分析種の有意性の目安を示します。図 3 で赤色の四角で示した有意なマーカー(対象イオン)は、2 つの米の種類の間で最も大きな差がある有意なマーカーに対応するイオンです。一群のマーカーを強調表示した後、これらをマウスの右クリックでタグ付けすることができます。次に、この分析種のサブセットに Progenesis QI 内で「タグ」を割り当て、さらに検討することができます。

図 2.  米サンプルについて行った PCA のスコアプロット
図 3.  バスマティ米と長粒米サンプルの差を示す OPLS-DA モデル

図 4 に、バスマティ米でタグ付けされた 6 つのマーカーの標準化された存在量プロファイルを示します。標準化された存在量プロファイル(トレンドプロットとも呼ばれる)は、その他のすべての注入と比較してバスマティの M1 サンプルおよび M2 サンプルにおいて最も多かった 6 つの対象マーカーのノーマライズした強度を示しています。M1 サンプルおよび M2 サンプルの寄与により、複合サンプル(プール)中にこれらのマーカーが存在することが予想されました。

図 4.  6 つのバスマティ米関連マーカーの標準化された存在量プロファイル 

既定のクイックタグフィルターおよび Progenesis QI 内で利用できる Correlation Analysis(相関分析)を使用して、3,885 種の化合物イオンをさらに調査しました。ANOVA の P 値(p < 0.05)にクイックタグフィルターを適用すると、元の 3,885 種から統計的に有意な 2,907 種のイオンに絞られました。図 5 に、ANOVA の P 値フィルター(A)を満たすマーカーの表を示します。図 3 の S プロットから以前に取得した、対象マーカーの標準化された存在量プロファイルも表示されています(B)。強調表示されたドロップダウンメニューから Correlation Analysis(相関分析)を選択すると(C)、マーカーの樹形図が表示されます。相関分析では、すべてのサンプルにわたる存在量プロファイルの類似性に基づいて化合物がグループ化されます。対象マーカーは、丸(D)で強調表示した赤色の線として示されています。同様の存在量プロファイルを示すマーカーは、樹形図の同じ枝にあります。

図 5.  Progenesis QI 内で相関分析にアクセスして使用すること(C)により、選択したマーカーと同様のプロファイルを示す対象イオンをさらに抽出することができます(B)

強調表示されているマーカーと同様のプロファイルを示すこれらのマーカーは、図 6 に示すように、相関分析内の樹形図を使用して、容易に分離、表示、タグ付けすることができます。現在、すべての注入にわたって同様の傾向を示すバスマティ米中の 50 を超える対象マーカーが、分離され、タグ付けされています。

図 6. (A)Progenesis QI の Correlation Analysis(相関分析)を使用して分離された、バスマティ米中のその他の対象マーカー。(B)右クリックすると、これらのマーカーに容易にタグ付けして解析することができます。(C)57 種類すべての分離済みマーカーの標準化された存在量プロファイルが、すべての注入にわたって示されています。

これと同じステップを、長粒米サンプル(LGM3)の一部の主要マーカーについても行いました。Progenesis QI 内の相関分析を使用して抽出した、長粒米中の 26 種類の対象マーカーの標準化された存在量プロファイルを図 7 に示します。図 7 から分かるように、長粒米と同じ生産者からのバスマティ米は、同じ対象マーカーについて非常に類似した存在量プロファイルを示しました。ただし、他のバスマティ米のサンプルでは、これらのマーカーはどれも認められませんでした。すなわち、この製造者のバスマティ米と長粒米のサンプル間の差が非常に小さいことを意味している可能性があります。またこのことは、梱包材がプロファイリングに影響していることを意味している可能性もあります。

前述のように、この概念実証メソッドを試験するには、真正および非真正のバスマティ米サンプルの両方を含む、十分に特性解析された多数のサンプルを使用した試験が必要です。

図 7. (A)Correlation Analysis(相関分析)によって分離された長粒米中の対象マーカー。(B)すべての注入にわたる 26 種類すべての分離済みマーカーの標準化された存在量プロファイル。

対象マーカーが分離されたら、解析および同定に関して以下の複数の選択肢があります。

1. MassLynx ソフトウェア内での構造解析。

2. Progenesis QI 内でのデータベースの一括検索。

3. Progenesis QI 外でのデータベースの一括検索。

構造解析

対象イオンの構造を決定するために、質量または化学式(元素組成の計算による)を ChemSpider などの化学構造データベースに送信します。MassFragment ツールを使用して、検索によって選択された構造を、高エネルギー精密質量フラグメントイオンと一致するかどうか確認します。  図 8 に、OPLS-DA 分析から得られた 10.79 分の 271.2644 Da のマーカー(10.79_271.2644)の構造解析に必要なステップをまとめています。提案された構造を確認するには、購入または合成した標準試料を GC-MS/MS で分析する必要があります。 

注記:2014 年末に利用可能になる Progenesis QI V2.0 では、ソフトウェア内に Elemental Composition(元素組成)検索および ChemSpider 検索の機能が組み込まれます。このプロジェクトが完了した時点では、これらの機能はまだ使用できませんでした。

図 8.  分離済みの対象マーカーに関する MassLynx ソフトウェアの構造解析ワークフロー

Progenesis QI 内でのデータベース検索

Progenesis QI の検索エンジン(Progenesis Metascope)により、社内データベースおよび一般公開されているデータベースに対してクエリーを実行することができます。検索パラメーターをカスタマイズして、検索対象のデータベースに取り込まれたデータのあらゆる側面を最大化することができます。同定の候補のリストが作成され、質量精度、同位体分布、保持時間、ドリフト時間、フラグメントマッチングなどの基準でスコア付けされます。選択したデータベースに構造が含まれている場合、分子の理論的フラグメンテーションが行われ、フラグメンテーションスコアを使用して、高エネルギー精密質量フラグメントイオンの同定候補が、分子の理論的解離に対して順位付けされます。 

図 9 に、Progenesis QI ソフトウェアのこれらのカスタマイズ可能なデータベース検索パラメーターが示されています(A)。ダウンロードした複数の一般公開されているデータベース(NIST、ChEBI、HMDB)を検索した場合の、以前に解析したマーカーの同定の例が示されます(B)。使用した検索の設定が図 9A に示されています。4 次元 HDMSE 取り込みで、スペクトルを時間でアライメントおよびドリフトでアライメントするソフトウェアの機能により、高いスペクトル特異性(スペクトルクリーンアップ)が認められます。図 9(B)の高エネルギースペクトル内のすべてのフラグメントがデータベース検索で提案された分子の理論的解離に割り当てられているため、同定の信頼性が高まります。MassLynx 内での解析と Progenesis QI 内のデータベース検索で同じ分子が同定されることによっても、同定の信頼性が高まっています。 

図 9.  Progenesis QI で使用可能なデータベースおよび検索の設定(A)。代表的な同定の例も示しています(B)。

Progenesis QI 外でのデータベース検索

METLIN(代謝物およびタンデム MS データベース)への一括送信も、クリップボードを介してコピーした Progenesis QI からの質量のリストを使用することで可能です(図 10)。タグでフィルタリングされた対象マーカーのリストをクリップボードにコピーすると、メタボロミクスのスクリプトセンターのウェブページが自動的に起動します。METLIN データベース内の MS/MS スペクトルを使用して、HDMSE 取り込みによって得られたドリフトおよび時間でアライメントされた高エネルギースペクトルと比較することができます。

図 10.  Progenesis QI の化合物同定ページの画面のキャプチャー。強調表示されているエリアは、対象マーカーを外部(METLIN)データベースに容易に一括送信できることを示しています。

結論

 

  • データに依存しない、情報が豊富な HDMSE 取り込みにより、精密質量プリカーサーイオンおよび精密質量プロダクトイオンの情報を 1 回のクロマトグラフィー分析で取り込めます。
  • APGC はソフトなイオン化手法であり、これにより分子関連イオンの存在度が増加し、感度と特異性が向上します。
  • GC 分離、HDMSE 取り込み、4 次元データの解析とレビューができるインフォマティクスの組み合わせにより、クロマトグラフィーで分析するすべての化合物について、これまでにないレベルの特異性が得られます。
  • Progenesis QI 内のアライメントアルゴリズムにより、ピークピッキングを行う前に、注入全体にわたる特性を適切にアライメントすることができます。これにより、分析のすべての注入にわたって対象イオンをトラッキングする機能が向上します。
  • Progenesis QI により、複雑なノンターゲット未知化合物スクリーニングワークフローが、効果的に合理化および簡素化され、化合物の分離および同定がより迅速、簡単かつ頑健になります。
  • PCA、OPLS-DA、Correlation Analysis(相関分析)などのソフトウェア内の統計分析モデルにより、複雑なマトリックス中の対象イオンを容易に分離することができます。
  • 使いやすいデータベース検索により、複数の一般公開されているデータベースから対象イオンを同定することができます。
  • APGC、SYNAPT G2-Si および Progenesis QI ソフトウェアを組み合わせて使用することで、食品偽装アプリケーションや食品真正性アプリケーションに使用できる柔軟な設定が可能になります。

参考文献

  1. The Economic Times, “Basmati Export Adulteration Leaves Bad Taste in Mouth”, Prabha Jagannathan, Jul 6, 2007.http://articles.economictimes.indiatimes.com/2007-07-06/ news/28467196_1_basmati-rice-india-s-basmati-basmati-export
  2. Contamination concerns force new Basmati regulations, Fletcher A, August 2005.http://www.foodnavigator.com/Legislation/ Contamination-concerns-force-new-Basmati-regulations
  3. Waters SYNAPT G2-Si product brochure, Part.No.720004681EN.
  4. Waters APGC White Paper, Part No.720004771EN.

720005218JA、2014 年 11 月

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