はちみつは詐欺的な不正表示や混入が頻繁に行われる高価値食品です。メタボロミクスワークフローは、食品偽装に対処するためのバイオマーカーを探索する上で、強力なアプローチとして注目が高まっています。Progenesis QI ワークフローは、食品メタボロミクスデータ分析のための、使いやすく拡張可能なシステムを提供します。これには、正確なピークアライメントとピークピッキング、多変量統計分析を使用したサンプルの分類、各クラスのマーカーの相対存在量の定量、およびデータベース検索に基づくマーカーの同定が含まれ、これらは構造解析ツールによってサポートされています。
食品偽装とは、すり替え、添加、混入、または食品成分または食品包装の意図的かつ故意の不当表示、または経済的利益を得るために製品について行われた、虚偽の記載や紛らわしい記載の総称です1。最近のスキャンダルは、食品偽装により、重大な食品安全性の問題が発生する可能性を浮き彫りにしています。
はちみつは高価な食品であり、誤表示や混入が頻繁に発生します。欧州委員会(EC)の 2015 年の共通管理計画で検出されたコンプライアンス違反のほとんどが、糖の混入(6%)および由来植物の表示(7%)に関連したものでした。原産地の表示に関連するコンプライアンス違反の頻度は低いものの(2%)、検出がより困難であると考えられます2。最近、はちみつの品質管理に使用される分析法のレビューが行われました3。
はちみつの栄養補助食品としての特性は、特定の化学組成によってもたされるものですが、これは由来植物によって異なります。これらの特性により、さまざまな種類の単花蜜に特有の異なる官能特性も付与されます。このような理由により、単花蜜の価格は、百花蜜よりも高くなります。価値の高い花由来のはちみつを、価値の低いはちみつで希釈する形での不純物の混入が、近年増加しています。例えばマヌカハニーは、高い抗菌作用や健康上の利点に対する宣伝が盛んに行われているとともに、入手が困難であることから、商業的価値が高く、偽装が頻繁に発生するようになっています。そこで、マヌカハニーのラベル表示要件および特性の定義に関するガイダンスが確立されました4。
はちみつの由来花の同定は、通常、花粉の特性解析に基づいた蜜源花粉学(Melissopalynology)分析に、官能分析および物理化学的分析を補足することで行われます。ただし、花粉の同定には高度なスキルが必要であり、誤った結果になることや、近縁種(マヌカ種とカヌカ種など)を検出できないことがあります。分光法および分光測定手法を使用した複数成分の同時検出と、統計解析の組み合わせは、植物を区別する上で有望なアプローチです5。 LC-HRMS は、はちみつの分析を含む食品・飲料業界の代謝プロファイリング6,7,8 に広く使用されている手法です9。
この試験では、ウォーターズの超高速高分離液体クロマトグラフィー(UPLC)と高分解能質量分析(HDMS)および多変量統計を組み合わせて、ノンターゲットメタボロミクスにより、異なる植物由来のはちみつを識別できるかどうかを調査しました。HDMS は、イオンモビリティー分析と高分解能質量分析を組み合わせたものであり、サイズ、形状、電荷、質量によってイオンを区別して分析できます。さまざまな植物由来の一部のマーカーを、タンデム四重極(TQ)質量分析を組み合わせた、UPLC に基づくターゲット分析法を使用して確認しました。
ナタネ(3)、ヘザー(9)、ソバ(5)、およびマヌカ(8)の単花蜜の真正サンプルを、疑う余地のないソースから入手しました。それぞれの花の種類について、さまざまな国(ノルウエー、デンマーク、リトアニア、ポーランド、ニュージーランド)および異なる年に収集を行った個別のサンプルが含まれていました。これにより、花の種類ごとに複数の生物学的繰り返しが得られました。はちみつサンプルに対して、最小限のサンプル前処理を次のように行いました:はちみつ(0.5 g)を希釈(メタノール/1% ギ酸水溶液 10 mL、50:50 v/v)、振とう、超音波処理(20 分間)してから、遠心分離を行いました。各サンプルはランダムな順序で分析し、QC 目的でプールされたはちみつサンプルを間に挟んで分析しました。
SYNAPT G2-Si 質量分析計でポジティブイオンモードおよびネガティブイオンモードのエレクトロスプレーを使用して、HDMSE 取り込みモードでサンプルを 3 回繰り返しで分析しました。HDMSE のデータ非依存的分析により、検出可能なすべてのイオン(プリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方)の精密質量測定が行えます。プリカーサーイオンおよびフラグメントイオンデータのクロマトグラムおよびドリフト時間のアライメントを行うと、質量または保持時間が類似した親イオンへのフラグメントイオンの割り当てに役立ちます。
UPLC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class、FTN オートサンプラー搭載 |
カラム: |
ACQUITY UPLC BEH C18、1.7 µm、2.1 × 100 mm |
移動相 A: |
10 mM 酢酸アンモニウム水溶液 |
移動相 B: |
アセトニトリル |
流速: |
0.5 mL/分 |
注入量: |
5 µL および 9 µL |
カラム温度: |
45 ℃ |
サンプル温度: |
5 ℃ |
分析時間: |
12 分 |
時間(分) |
%A |
%B |
曲線 |
---|---|---|---|
0.00 |
99 |
1 |
- |
0.75 |
99 |
1 |
6 |
2.00 |
95 |
5 |
6 |
3.00 |
95 |
5 |
6 |
6.50 |
45 |
55 |
6 |
8.50 |
10 |
90 |
6 |
9.00 |
10 |
90 |
6 |
9.10 |
99 |
1 |
6 |
MS システム: |
SYNAPT G2-Si HDMS |
取り込みモード: |
ESI+、ESI-。分解能モード。HDMSE |
取り込み質量範囲: |
m/z 50 ~ 1200 |
スキャン時間: |
0.1 秒 |
ロックマス: |
m/z 556.2766(ロイシンエンケファリン) |
コリジョンエネルギーランプ: |
15 ~ 55 eV |
キャピラリー電圧: |
3.1 kV |
脱溶媒温度: |
600 ℃ |
脱溶媒ガス流量: |
800 L/時間 |
イオン源温度: |
130 ℃ |
コーン電圧: |
30 V |
コーンガス流量: |
35 L/時間 |
ネブライザーガス圧: |
5 Bar |
ドリフトガス: |
N2 |
IMS 波速範囲: |
650 m/秒 |
IMS 波高: |
40 V+ |
IMS ガス流量: |
90 mL/分 |
取り込みソフトウェア: |
MassLynx v4.1 |
バイオインフォマティクスソフトウェア: |
Progenesis QI(2.2)と EZinfo(MKS Data Analytics Solutions、スウェーデン)を組み合わせて使用、およびさまざまなデータベース(HMDB、Metlin、MassBank)にアクセス |
UPLC 条件 |
|
---|---|
UPLC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class、FTN オートサンプラー搭載 |
カラム: |
ACQUITY UPLC CSH Phenylhexyl 1.7 µm、2.1 × 100 mm |
移動相 A: |
0.1 % ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
アセトニトリル |
流速: |
0.4 mL/分 |
注入量: |
5 µL |
カラム温度: |
40 ℃ |
サンプル温度: |
15 ℃ |
分析時間: |
9 分 |
時間(分) |
%A |
%B |
曲線 |
---|---|---|---|
0.00 |
90 |
10 |
- |
3.00 |
60 |
40 |
6 |
5.00 |
10 |
90 |
6 |
7.00 |
10 |
90 |
6 |
7.10 |
90 |
10 |
6 |
MS システム: |
Xevo TQ-S |
取り込みモード: |
ESI+ |
キャピラリー電圧: |
2.0 kV |
脱溶媒温度: |
500 ℃ |
脱溶媒ガス流量: |
1,000 L/時間 |
イオン源温度: |
150 ℃ |
コーンガス流量: |
150 L/時間 |
コリジョンガス流量: |
0.15 mL/分 |
ネブライザーガス圧: |
7 Bar |
レプトスペリンの MRM トランジション: |
581 > 211 および 581 > 323[Kato et al.(2014)] |
コーン電圧: |
34 V |
コリジョンエネルギー: |
それぞれ 16 eV および 22 eV(マヌカハニーサンプルを使用して最適化) |
デュエルタイム: |
35 ms |
取り込みソフトウェア: |
MassLynx v.4.1 |
解析ソフトウェア: |
TargetLynx XS アプリケーションマネージャー |
ネガティブイオン、低エネルギー、HDMSE モードの実験から得られた、プールされた QC はちみつサンプルのベースピーク強度(BPI)クロマトグラム(図 1)では多数のピークが示されていますが、はちみつサンプル抽出物の複雑性を示すことができませんでした。挿入図では、多数の代謝物の共溶出が見られており、同定の妨げになっています。データについてより詳細な評価が必要となります。
植物由来の固有のマーカーを検索および同定するために、ESI ポジティブモードと ESI ネガティブモードで取り込まれた 2 つのデータセットを Progenesis QI データ分析ソフトウェアにインポートしました。このソフトウェアを使用して、使いやすいワークフローアプローチを採用して、複数のサンプルを比較することで、さまざまな単花蜜の間で有意な違いが認められました。
Progenesis QI でアライメント、ピーク検出、デコンボリューションを行った後、データの外れ値の有無およびサンプルがグループ化されている程度を確認するために、主成分分析(PCA)を使用して、ESI ネガティブイオン HDMSE データから抽出した 9000 の化合物を最初に探索しました。この時点では、データの分類をさまざまな単花蜜に適用する試みは行っていません。PCA により、データセット内の分散を評価して、サンプル間のばらつきが種類間の差よりも大きいかどうかを確認できます。EZInfo にエクスポートした後、Pareto(パレート)スケーリング後に PCA が実行されました。スケーリングにより、個々の変数の分散を縮小または拡大することで、ローディングと比較して小さすぎて、プロットに表示されないスコア値がないようにします。Pareto(パレート)スケーリングは一般に、強度の強いピークの影響を低減して、重要性がより高い可能性のある弱いピークを強調するために使用されます。Pareto(パレート)スケーリングにより、強いシグナルに対応するローディングが減少し、弱いシグナルに対応するローディングが増加します。単花蜜の ESI ネガティブイオン HDMSE データから EZInfo で生成された PCA スコアプロットでは、プールされた QC、ソバ、ヘザー、ナタネ、マヌカの明確なクラスターへの分離が示されました(図 2)。すべてのプールした QC サンプルは、PCA スコアプロットの中心内に密集していることが確認されました。これは、分析法の再現性が良好で、データ解析中にバイアスが導入されていないことを示しています。
単花蜜の種類間の分離をよりよく理解し、各単花蜜の潜在的な特性マーカーを同定するために、Orthogonal Projection to Latent Structures Discriminant Analysis(潜在構造への直交射影の判別分析、OPLS-DA)を使用して、教師あり多変量分析を実行しました。OPLS-DA は、回帰法および予測法を使用して、化合物イオンを使用可能なグループに分類する教師あり手法です。OPLS-DA の利点は、どの変数が種類の区別に寄与しているかが示されるため、結果をより簡単に解釈できることです。単花蜜の ESI ネガティブイオン HDMSE データから生成された OPLS-DA スコアプロット(図 3)は、はちみつグループ(プールされた QC、ソバ、ヘザー、ナタネ、マヌカ)への化合物イオンの分類を示します。
また、図 4 に示すように、S プロットを作成して、単花蜜の対の間の違いに寄与する信頼性と影響力が最も高い特徴(図 4 に赤色の線で強調表示されている領域)を迅速に浮き彫りにすることもできます。S プロットから選択した特徴を、Progenesis QI にインポートして戻し、タグを付けることにより、これらの特徴を個別にフィルタリングして表示することができます。図 4 は、ESI ネガティブイオン HDMSE データから作成したマヌカハニーとヘザーハニーの S プロットを示しています。他のすべての単花蜜の新しいグループを作成することで、対象グループ(マヌカなど)を他のすべてのはちみつサンプルと比較することもできます。S プロットからの最も重要なマーカーにタグを付けた後、データを検証し、さらなる評価(同定など)を行うために Progenesis QI にインポートし戻しました。
タグ付けされたマーカーのデータを EZinfo から Progenesis QI にインポートして戻した後、同定する前にデータをフィルタリングして、選択したマーカーを確認しました。調査を進めるために、有意差(分散分析 p 値 < 0.0001)およびいずれかの種類の単花蜜で存在量の 5 倍以上の増加を示したマーカーを選択しました。Progenesis QI 検索エンジンである Progenesis MetaScope を使用して、公開されているデータベースで照会を行いました(図 5)。
検索パラメーターをカスタマイズし、検索対象のデータベースに取り込まれたデータのあらゆる側面を最大化しました。各マーカーの可能性のある同定は、質量誤差、同位体類似性(化合物について測定された同位体分布と、化合物の組成式に基づいた理論上の同位体分布の比較から算出)、およびフラグメンテーションスコアに基づく、全体的なスコアに基づいてランク付けされました。化合物同定の信頼性を向上させるために、化合物の候補リストの理論的フラグメンテーションを実行し、得られた in silico フラグメンテーションを、化合物の測定/観察されたフラグメントに対してマッチングしました。データ分析ソフトウェアの、4 次元 HDMSE データからのスペクトルの時間アライメントおよびドリフトアライメントの機能により、高いスペクトル特異性(スペクトルのクリーンアップ)が観察されました。
同定された代謝物の一部は、以前にマヌカのマーカーとして報告された、マヌカハニーサンプルを区別できるものとして強調されました10。 これら 3 種類のマーカー化合物の標準化された存在量プロファイルを、図 6 に示します。これにより、さまざまな種類の単花蜜ごとに化合物の存在量がどのように異なるかについての情報、および確認された相違の信頼性についての情報が得られます。同定の割り当ておよび統計値は、付随する表に示されています。
UPLC-HDMS データから同定された、マヌカハニーのマーカーの 1 つであるレプトスペリンの独立した確認は、MRM モードのターゲット UPLC-MS/MS によって行われました。図 7 には、マヌカハニーサンプル中のレプトスペリンが検出されたことを表す MRM クロマトグラムが示されています。
メタボロミクスワークフローは、食品偽装に対処するためのバイオマーカーを探索する上で、強力なアプローチとして注目が高まっています。UPLC により、効率の高い分離が得られ、包括的で偏りのない HDMSE 取り込みにより、プリカーサーイオンおよびフラグメントイオンの精密質量や同位体分布など、情報量の豊富なデータが提供されます。イオンモビリティーを追加することで、ピークキャパシティ、異性体の分離、およびスペクトルのクリーンアップが向上します。Progenesis QI ワークフローは、食品メタボロミクスデータ分析のための、使いやすく拡張可能なシステムを提供します。これには、正確なピークアライメントとピークピッキング、多変量統計分析を使用したサンプルの分類、各クラスのマーカーの相対存在量の定量、およびデータベース検索に基づくマーカーの同定が含まれ、構造解析ツールによってサポートされています。
ウォーターズは Xevo TQ-S で分析を実施頂いた Fera Science Ltd に感謝致します。
720005963JA、2017 年 4 月