このアプリケーションノートでは、商品として人気があり、外観的および遺伝的に類似している 5 種類の白身の海水魚の同定を、REIMS および LiveID ソフトウェアによるリアルタイムケモメトリックモデリングを使用して正確に行う方法を実証しています。
LiveID テクノロジーを搭載した REIMS では、サンプル前処理が不要で、正確な結果がほぼ瞬時に得られます。REIMS では、現行の PCR ベースのメソッドと比較して分析とデータ解釈に必要な時間が短く、作業効率が大幅に改善しています。LiveID を搭載した REIMS は、市販の偽装魚を検出するための補完的な手法になることが実証されています。
水産製品の経済的動機による不純物混入(EMA)は、発生率が驚くほど高く、世界的な問題となっています。市販の魚製品の平均 30% に、不正表示や誤表示が見られると推定されています1。 国際連合食糧農業機関(FAO)の推定によれば、水産業界の世界全体での売上は年間 4,000 億ドル(世界の産業アナリストによれば、この値は 2018 年までに 4,300 億ドルに増加すると予想)であることから、世界の水産業界における偽装の額は約 1,200 億ドルに相当します2。
ゲノミクス、プロテオミクス、メタボロミクス、リピドミクスの 4 つは、代替的アプローチであり、これらを補完するシステム生物学のアプローチが、食品偽装検出試験に使用される場合もあります3。 DNA はすべての細胞および生物に存在し、獲りたての魚から加熱調理済みサンプルに至るまで、あらゆる種類の組織において分析できるため、偽装魚検出試験のほとんどにおいて、ゲノムプロファイリングが利用されています4。ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を使用すると、非常に正確な定性的結果および定量的結果を得ることができますが、多くの場合、複雑で時間がかかるサンプル前処理が必要で、分析時間が 1 日以上に及ぶこともあります。移り変わりの激しいサプライチェーンにおける不正を管理するという点では、このことは大きなデメリットです。
急速蒸発イオン化質量分析法(REIMS)は、常温イオン化質量分析法の 1 形態であり、分析における他の多くのイノベーションと同様に、医療研究目的で創出されたものです。この手法では、電気メスや双極ピンセットを使用し、組織サンプルの切断の際にエアロゾル(煙)が発生します。このエアロゾルが、サンプルからトランスファーラインを通って質量分析計のイオン源に排出されます。ここに加熱された衝突表面が設置されており、イオン化プロセスが起きます。REIMS を使用した論文のほとんどでは、医療や細菌同定の用途に焦点が当てられていますが5,6、食品偽装検出にも適用される兆しがあります7。ほぼ瞬時に(2 ~ 3 秒)結果が得られ、固体サンプルでもいかなる形のサンプル前処理も要さずに結果を得ることができます。
このアプリケーションノートでは、REIMS で LiveID ソフトウェアを使用してケモメトリックモデリングをリアルタイムで行い、商品として人気があり、外観的および遺伝的に類似している 5 種類の白身の海水魚(Gadus morhua(タラ)、Pollachius virens(コリ)、Melanogrammus aeglefinus(ハドック)、Pollachius pollachius(ポロック)、Merlangius merlangus(ホワイティング))の種レベルでの同定を正確に行う方法を実証します。食品中での種レベルの同定に現在使用されている他のほとんどの分析システムとは異なり、iKnife サンプリングデバイスおよび LiveID を搭載したウォーターズの REIMS 研究システムには、結果をリアルタイムで判定する機能があります。質量分析データとケモメトリックモデリングのこの組み合わせは、種レベルの同定、捕獲方法、原産地、および管理点テストの可能性などを含み、食品業界にとって、偽装魚の迅速な同定において極めて有益です。
サンプリングデバイス: |
iKnife(単極電気メス) |
高周波発生装置: |
Erbe VIO 50 C |
高周波モード: |
オートカット |
電源設定: |
30 W |
REIMS イオン源が、長さ 3 m、直径 1 cm の超柔軟チューブ(真空引き/ベントライン)を介して単極電気メス(モデル PS01-63H、Hangzhou Medstar Technology Co, Ltd、中国嘉興市)に接続されています。
MS システム: |
Xevo G2-XS QTof、感度モード |
イオン源: |
REIMS |
測定モード: |
TOF MS |
イオン化モード: |
ESI- |
質量範囲: |
m/z 200 ~ 1200 コンティナム |
スキャン速度: |
0.5 秒/スキャン |
コーン電圧: |
30 V |
ヒーターバイアス: |
40 V |
分析の前に、Xevo G2-XS QTof 質量分析計を、5 mM ギ酸ナトリウム溶液(90% IPA 中)を使用して流速 0.2 mL/分で 2 分間キャリブレーションしました。ロイシンエンケファリン(Lu Enk)(m/z 554.2615)(2 ng/μL)のイソプロパノール(IPA)溶液を連続流速 0.1 mL/分で注入して、精密質量補正用のロックマスとして使用しました。
このモデルは、商品として人気のある 5 種類の白身魚を使用してトレーニングしています。タラ、コリ、ハドック、ポロック、ホワイティングの組織サンプル(切り身、尾、および不明の部位)はすべて、信頼できる供給元から入手し、-80 ℃ で保管しました。REIMS 分析を行う前に、REIMS サンプリングを行う排気フード内でサンプルを室温で 2 時間かけて解凍しました。
すべての実験における電気外科的解体は、Erbe VIO 50C ジェネレーター(Erbe Medical UK Ltd、英国、リーズ)を使用して行いました。ジェネレーターは、電力設定 30 W で、オートカットモードで動作させました。サンプルはすべて電気メスの対極板上で切断し、窒素(1 bar)で駆動するベンチュリガスジェットポンプにより、サンプルの位置で生じたエアロゾルを、6.4 W(2.3 V で 2.8 A)で動作させている加熱カンタルコイルに向かって排出しました。
サイズによっては、各組織サンプルを繰り返し測定のために 8 ~ 12 回、切断時間約 3 ~ 5 秒ずつでサンプリングしました。これにより、各組織サンプルの複数の位置を分析することができました。サンプリングしてからシグナルが出現するまでの遅延は約 2 秒で、それぞれの焼灼および/またはサンプルの間でキャリーオーバーの影響は見られませんでした。
多変量統計ソフトウェアパッケージ LiveID(v.1.1)を、モデルビルダーおよび認識ツールとして使用しました。MassLynx MS ソフトウェア(v.4.1)で取り込まれたノンターゲットプロファイリング REIMS ToF MS データからモデルを作成するために、次のデータ前処理ステップを行いました:m/z 554.2615 で Leu Enk イオンを使用してロックマス補正を適用する。対象領域(ROI)と呼ばれるそれぞれの「焼灼イベント」内のすべてのスペクトルをコンバインし、単一のコンティナムスペクトルを生成する。適応バックグラウンド減算(ABS)アルゴリズムを適用して、コンバイン済みスペクトルのケミカルバックグラウンドを低減させる。データの再サンプリング(0.5 Da へのビニング)を行ってデータの次元数を減らす。得られたスペクトルを、トータルイオンクロマトグラム(TIC)を使用してノーマライズする。ケモメトリックモデルはすべて、質量領域 m/z 600 ~ 950 を使用して計算しました。ピーク検出のしきい値は、最小スペクトル強度値に最大強度と最小強度の差の 10% を加えた値に基づいて、LiveID 内でファイル間に自動的に設定されました。
T = 最小強度 + 0.1*(最大強度 - 最小強度)
データの前処理ステップに従って、主成分分析(PCA)/線形判別分析(LDA)モデルを作成しました。まず教師なしの PCA(特異値分解アルゴリズム)変換をスペクトルデータに適用して、スコアとローディングプロットを計算し、次に、教師ありの LDA 変換を、PCA 変換によって算出されたスコアに適用しました。LDA 変換では、クラス間の分散を最大化する一方で、クラス内の分散を最小化します。その結果、同じクラスからの例は、互いに近くであると同時にクラスの中心(平均)から可能な限り離れた位置に投影されます。PCA-LDA は、真の規則化手法ではありませんが、純粋な LDA モデルで発生することがある過剰適合が起きる可能性が低減することがわかっています。
認識ステップの間、モデルによって、未知化合物と分類されている被験サンプルから取り込まれたスペクトルが、関連するモデル空間中に変換されます。その後、分類子によってスペクトルがどのクラスに属するかが決定されます(属するクラスがある場合)。このモデル分類子では、各モデルクラスに対して多変量正規分布(MVN)が使用されます。モデル構築段階では、トレーニングスペクトルの変換によってこれらの分布が構築され、このモデル用に選択した n 個の主成分/線形判別子のスコアが得られます。MVN の次元数も n になります。MVN によって各クラスの確率の目安が生成され、ベイズの規則が適用されて事後確率が導出されました。
In silico 5 倍層化バリデーションを行って、魚のスペシエーションモデルの予測精度を判定しました。モデル構築用のデータセットを、その中に含まれる各クラスの比率に応じてそれぞれが含まれる(層化されている) 5 つの区画(5 倍)に分割しました。データセットの 4 つの区画(80%)を使用して、元のモデルと同じ条件下でモデルを構築しました。このモデルを使用して、トレーニングセットで使用しなかった 1 つの区画(20%)の分類を予測しました。このサイクルを 5 回繰り返し、他の 4 つによってトレーニング済みのモデルによって各区画を 1 度予測しました。バリデーションの結果には、正しい分類と正しくない分類の合計数や外れ値の数が詳細に示されます。外れ値は、最も近いクラスの中心までのマハラノビス距離 8 によって計算しました。この距離が外れ値のしきい値より大きい場合、そのサンプルを外れ値と見なしました。
Progenesis QI(NonLinear Dynamics、英国ニューキャッスル)、EZInfo、および SIMCA-P(Umetrics Sartorius Stedim Biotech、スウェーデン)を使用して、追加の統計解析および補完的な統計解析を行い、バイオマーカー候補の化学的同定および別々の生化学的経路への関与の可能性について判定しました。
タラ(n= 194)、コリ(n=51)、ハドック(n=133)、ポロック(n=50)、ホワイティング(n=50)の真正サンプル(計 478 サンプル)から得られた生スペクトルデータ(図 1)を前処理し、LiveID を用いて、PCA に続いて教師ありの LDA を適用して多変量解析を行いました。
80 種の PCA 成分および 4 種の LDA 成分を使用して、ケモメトリックモデルを作成しました。成分 1、2、3 を使用した 3 次元(3-D)PCA スコアプロットでは、クラスタリングが明らかであり、これにより分散の約 78% が説明されました(図 2a)。一方、成分 1、2、3 を使用した 3D PCA/LDA スコアプロットにおいて、5 種類の魚の間で明確な分離が得られました(図 2b)。
複数種の魚を分類する PCA/LDA モデルについて、「20% 除外」メソッドを用いる in silico クロスバリデーションを行いました(図 3)。バリデーションの結果、99.9% が正しく分類されていて誤分類はなく、外れ値として分類されたのは、タラのサンプル 1 つとコリのサンプル 2 つのみでした。PCA/LDA モデルを、「ファイルを 1 つ除外する」メソッドによってもバリデーションしました。これにより、トレーニングデータファイルのそれぞれがモデルから系統的に除外され、独立したサンプルとして分類されましたが、この場合、誤分類なしで正しい分類 98.9% が達成できました。より多くの外れ値が認められました(データは示していません)。
in silico バリデーションの結果の妥当性を確認するために、独立のバリデーションを行いました。バリデーションサンプルのセットから取り込んだ生データについて、「20% 除外」の in silico バリデーションと同様のクロスバリデーションを行いました。このモデルは、バリデーションセットとして割り当てた 99 サンプルを除いた、サンプルの縮小トレーニングセット(n=379)を用いて作成したものです。次に、それぞれのバリデーションサンプルに魚種の分類を割り当てました。全体として正しい分類率 98.9% が得られ、LiveID クロスバリデーションツールを使用して得られた分類率と完全に一致しました。
ビルドとバリデーションを正常に行ったのに続いて、PCA/LDA 白身魚モデルを使用して、魚サンプルのリアルタイム同定を行いました。生データファイルを取り込み、ソフトウェアによってライブ実行したところ、ほぼ瞬時に同定されました(図 4)。ただし、サンプリングとシグナルの出現の間に約 2 秒の遅延がありました。クラス割り当てには標準偏差 5σ を用いました。スペクトルの強度限界は 1e8 カウントに設定して、切り身のみに種分類が割り当てられ、バックグラウンドノイズには割り当てられないようにしました。すべてのケースにおいて、サンプルは正しく同定されました。
ラボ間でのモデルの再現性の試験として、トレーニングサンプルのうち 68 サンプルが含まれるサブセット(母集団全体の約 14% に相当)を 2 番目のラボ施設に送付し、別の REIMS 装置を使用して分析しました。2 番目の施設のデータを、1 番目の施設で得られたトレーニングセットのデータを使用して分類したところ、正しい分類率 95.6% という結果になりました。これは、3 つのハドックのサンプルがタラとして誤分類されたためです。
分類の忠実度を判定するため、モデルに対応していない魚種[シーバス(Dicentrarchus labrax(n=6))およびタイ(Sparas aurata(n=8))]の真正サンプルで得られた生の分光データを LiveID 再生認識装置機能で実行して、分類結果を得ました。分析した 14 サンプルのうち、13 サンプル(92.8%)が「外れ値」として正しく認識され、1 サンプルは複数の焼灼領域内で外れ値(予測の確実性 66%)およびコリ(予測の確実性 34%)の両方として分類されました。
MS データファイルを、Progenesis Bridge アプリケーションを使用して MassLynx ソフトウェアのサンプルリストで解析し、複数のサンプリングイベント(焼灼領域)が含まれるファイルを、ガウスピーク形式の焼灼領域ごとの個別のファイルに変換しました。ロックマス補正と ABS もこのステップで行いました。その後、前処理されたデータファイルを Progenesis QI ソフトウェア(v.2.4)にインポートし、続いて直接分析ワークフローを実施して、多変量統計モデルおよび特性存在量プロットを作成しました(図 5A)。
EZInfo(v.3.0.0.0)を使用して一連の OPLS-DA S プロットを作成し、PCA/LDA モデルにおける種レベルでの分離の原因となった重要なイオンを特定しました。S プロットの最上部および最下部に存在するイオン(図 5C の赤色のボックスで強調表示)は、種の分類に関与する重要なイオンと考えられたので、これらを選んで ChemSpider および LipidMaps データベースを使用した Progenesis QI 内でのデータベース検索に用いました(図 5B)。続く REIMS MS/MS 実験では、Xevo G2-XS QTof の四重極領域でプリカーサーイオンを分離し、コリジョンエネルギー 25 eV を適用してフラグメンテーションスペクトルを生成して、化学的解析と仮同定プロセスに役立てました(図 5D)。スペクトルの解釈により、ジアシルグリセロホスホエタノールアミン(PE)、ホスファチジルイノシトール(PI)、スフィンゴミエリン(SM)、および遊離脂肪酸のクラスが、魚種の区分に大きく関与していることが明らかになりました。
LiveID テクノロジーを搭載した REIMS では、サンプル前処理が不要で、正確な結果がほぼ瞬時に得られます。REIMS では、現行の PCR ベースのメソッドと比較して分析とデータ解釈に必要な時間が短く、作業効率が大幅に改善しています。LiveID を搭載した REIMS は、市販の偽装魚を検出するための補完的な手法になることが実証されています。
REIMS により、スペシエーションに加えて、釣りで捕獲したハドックとトロール網で捕獲したハドックのサンプルの分離など、偽装魚の複数の特徴を検出することができます。この手法を使用することで、原産地や天然魚と養殖魚の区別など、他の特徴を区別できる可能性があります。これらはゲノムプロファイリングのみでは成し得ない領域です。
この試験の詳細については、次の学術論文を参照してください:Connor Black, Olivier P, Chevallier, Simon A. Haughey, Julia Balog, Sara Stead, Steven D. Pringle, Maria V. Riina, Francesca Martucci, Pier L. Acutis, Mike Morris, Dimitrios S. Nikolopoulos, Zoltan Takats, Christopher T. Elliott.A real time metabolomic profiling approach to detecting fish fraud using rapid evaporative ionisation mass spectrometry.Metabolomics 2017, DOI 10.1007/s11306-017-1291-y.
720006205JA、2018 年 2 月