本アプリケーションノートでは、ACQUITY UPLC I-Class と Xevo TQ-XS を用いて果物類、野菜類、穀類、紅茶中の 552 種の農薬と関連代謝物を測定するために開発した UPLC-MS/MS 残留農薬一斉分析法を紹介します。
人口増加につれて、食料消費および食品産業における国際取引に対する需要も増加しています。作物保護のために世界中で数百種の農薬が日常的に使用されており、処理した農産物に残る微量の農薬は「残留農薬」と呼ばれています。最大残留レベル(MRL)に関しては、規制が設けられており、適正農業規範(GAP)に従って適切に散布された食品および飼料の内部または表面上のこのレベルの農薬は法的に許容されます。複雑なマトリックス中に含まれる農薬のターゲットのリストは長くなっており、またより低い検出下限に対するニーズがあるため、残留物の一斉分析法に様々な課題が生じています。
様々な食品農産物向けに 552 種の農薬と関連代謝物を対象に残留農薬一斉分析法を開発しました。水分含量が高い(ホウレンソウ)、酸と水分の含量が高い(イチゴ)、油分含量が高く水分含量が非常に低い(大豆)、タンパク質含量が高く低水分・低脂肪(小麦粉)の性質の代表的な農産物由来の抽出物、そして難しいまたは他と大きく異なる農産物(紅茶)由来の抽出物を UPLC-MS /MS 分析法の性能評価の対象として選びました。
水分含量が高い(ホウレンソウ)、酸と水分の含量が高い(イチゴ)、油分含量が高く水分含量が非常に低い(大豆)、タンパク質含量が高く低水分・低脂肪(小麦粉)など様々な農産物、そして難しいまたは他と大きく異なる農産物(紅茶)由来の代表的なサンプルを選びました。これらのサンプルは現地の小売業者で購入しました。サンプルは直ちにフードプロセッサーで均一化し、抽出を行うまで凍結しました。サンプル抽出は QuEChERS CEN 分析法を用いて行いました。ホウレンソウやいちごなどの水分含量が高いサンプルは、欧州連合参考検査所(European Union Reference Laboratory、EURL)の青果物分析法に従って前処理しました1。大豆や小麦粉など、水分含量が中等度または低い場合は、穀類および飼料用の EURL 分析法を使用しました2。 茶など、水分含量が低く高糖質の場合は、QuEChERS 法による抽出の後、サンプルのクリーンアップを行いました3。
ホウレンソウ、いちご、大豆、小麦粉、紅茶の抽出物中に 256 種の農薬(詳細については付録を参照)の混合物を 8 つの濃度(0.0001~0.1 mg/kg)でスパイクすることにより、UPLC-MS/MS 分析法の性能を評価しました。マトリックス添加標準検量線用標準試料は、サンプルバッチの分析をシミュレーションした方法で注入しました。検量線用標準試料は、3 種類のマトリックス添加の濃度における一連の繰り返し注入(n = 6)をブラケッティングしました。
UPLC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class(FL サンプルマネージャー搭載) |
カラム: |
ACQUITY UPLC HSS T3 カラム、1.8 µm、2.1 × 100 mm (186003539) |
ポストインジェクターミキシングキット: |
50 µL 拡張ループ(430002012) |
移動相 A: |
5 mM ギ酸アンモニウム水溶液 + 0.1% ギ酸 |
移動相 B: |
5 mM ギ酸アンモニウム含有 50:50 MeCN:MeOH + 0.1% ギ酸 |
注入量: |
5 μL(PLNO モード) |
カラム温度: |
40 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
分析時間: |
19 分 |
データの取得と解析: |
MassLynx 4.2 および TargetLynx XS |
MS 装置: |
Xevo TQ-XS |
イオン化: |
エレクトロスプレー |
極性: |
ポジティブイオンおよびネガティブイオンモード |
キャピラリー電圧: |
+2.0/-2.0 kV |
脱溶媒温度: |
300 ℃ |
脱溶媒ガス流量: |
1000 L/時間 |
イオン源温度: |
150 ℃ |
コーンガス流量: |
150 L/時間 |
強ニードル洗浄溶媒(SNW): |
0.1% ギ酸アセトニトリル溶液 |
弱ニードル洗浄溶媒(WNW): |
移動相 A |
シール洗浄溶媒: |
10% メタノール水溶液 |
552 種の農薬に対する LC-MS/MS 分析法を、Quanpedia データベースを使用して作成しました。Quanpedia データベースは、トランジション、コーン電圧、コリジョンエネルギーなどの化合物固有の MS パラメーターの公定書から、LC 取り込みメソッドおよび MS 取り込みメソッドならびに解析メソッドを自動的に作成します。この実験に使用した MS 分析法には、1 つの農薬あたり少なくとも 2 つの MRM トランジションが含まれており、1,000 を超える MRM が含まれる分析法になりました。MS 分析法のオートデュエル機能により、各トランジションのデュエルタイムが管理でき、各ピークにわたって必要な数のデータポイント(10~14)が利用できることが保証されました。図 2 は、残留農薬の一斉分析のための Quanpedia を用いた分析法作成の一例を示しています。
この残留農薬一斉分析法は、さまざまな化学特性を持つ広範囲の農薬のために開発しました。メタミドホスやアセフェートなど、これらの農薬のいくつかは非常に極性が高く、クロマトグラムで早期に溶出します。有機物含有量が中等度(25%)のサンプルを注入すると、早期溶出する化合物ピークの前方向へのずれやピーク割れがしばしば発生します。カラムに注入する前のサンプル希釈液の有機物含有量を低減することで、早期に溶出する分析種のピーク形状が改善することがあります。インジェクターポートとカラムの間にポストインジェクターミキシングキットを取り付けることで、通常の QuEChERS 抽出物を水系移動相に注入してもピーク形状を損ねることがなくなります。注入を行う前に、拡張ループに高水系移動相を充塡しました。これにより体積を増やすことで、カラムに移動する前にサンプルが水系溶媒に分散しやすくなります。このように、中等度(25%)の有機溶媒もサンプル前処理に使用することができます。この場合、ほとんどの農薬が溶解性のままでありながら、非常に極性の強い分析種について良好なピーク形状が得られます。図 3 は、ポストインジェクターミキシングキットを使用した場合と使用しない場合のメタミドホスのピーク形状を示しています。拡張ループを装着した場合は良好なピーク形状が得られ、それにより、より信頼性の高い定量結果と高感度が得られ、より低い検出下限(LOD)を達成しました。
図 4 に示すように、試験した全てのマトリックスにおいて、メタミドホスの保持時間は約 1.9 分で、ベースラインでのピーク幅は約 7 秒でした。メタミドホスの保持時間は、カラムのボイドボリューム(ボイド時間 0.46 分)に相当する保持時間の 2 倍より長いです。
すべてのマトリックス中の 256 種の化合物の大多数についての検量線において、決定係数(R2)の値が 0.99 より大きく、逆算濃度(残差)がすべて SANTE 基準値の±20%の範囲内でした4 。図 5 に、5 種類の試験したマトリックスでの、代表的な分析種であるメトクスロンのマトリックス添加検量線を示します。
3 種類の濃度(0.005、0.01、0.05 mg/kg)においてマトリックス添加標準試料について繰り返し(n = 6)測定を行い、256 種の代表的な農薬について LC-MS/MS の測定精度を算出しました。測定の精度は良好で、検出された農薬の 85% 以上において、ピーク面積の RSD が 10%未満でした(図 6 を参照)。
様々なマトリックス中の 256 種の化合物のマトリックス効果を、各農産物のマトリックス添加検量線の傾きと溶媒検量線の傾きの比を比較することによって計算しました。図 7 に各農産物で認められたマトリックス効果の範囲をまとめました。すべての農産物においてある程度のマトリックス抑制(レスポンスが 20%以上抑制)および増大(分析種のレスポンスが 20% 以上増大)を示していることから、マトリックス添加のキャリブレーションを行うことを推奨します。マトリックス効果と回収率低下を補正する別のアプローチとして、手順のキャリブレーションや標準試料の追加があります。
マトリックス効果をさらに調べるために、大豆サンプルを QuEChERS を用いて前処理し、その抽出物を 5 倍および 10 倍に希釈しました。粗抽出液と希釈抽出液の両方において、マトリックス添加キャリブラントを 0.02 mg/kg となるように調製し、分析を行いました。共抽出物の影響を検討するため、対象の 552 種の化合物の MRM トランジションとともにフルスキャンの RADAR 取得を使用しました。図 8 は、さまざまな大豆抽出液についての RADAR のトータルイオン電流(TIC)クロマトグラムの重ね描きを示しています。粗抽出液のトレース(青)には 3.9 分に顕著なピークが見られます。対象化合物の 1 つである 3-ヒドロキシカルボフランも、この LC グラジエントに基づくクロマトグラムで 3.9 分に溶出しています。
共溶出するマトリックスからの共抽出物が存在すると、イオン化促進/抑制または同重体干渉を引き起こすことがあります。挿入図 8a に見られるように、大豆の QuEChERS 法抽出物を 10 倍希釈すると(黄)、QuEChERS 法による粗抽出物(青)と比べて、3-ヒドロキシカルボフランのピーク面積が 2 倍近くになります。これらの QuEChERS 法による粗抽出物を希釈することにより(図 8 参照)、マトリックス効果を低減し、サンプルのクリーンアップを行わずに必要な LOD を得ることができます。さらに希釈により、システムへの共抽出物のロードが低減し、UPLC カラムの寿命が延び、定期的な装置メンテナンスの頻度が減少し、分析の生産性が向上します。
TargetLynx XS を用いて同定基準、保持時間、イオン比を算出し、フラグを付けました。サンプルで検出される各分析種の保持時間とイオン比は、レファレンスであるキャリブレーション標準試料の保持時間とイオン比と一致している必要があります4。試験したマトリックスすべてにおける 256 種の代表的な農薬すべての保持時間が、許容誤差である ±0.1 分以内であることが判明しました。マトリックス添加キャリブラントの分析におけるイオン比は、256 種全ての化合物について、レファレンス値の ±30% 以内でした。
720006886JA、2021 年 2 月 改訂