SCiLS Lab ソフトウェアプラットホームでの Waters 質量分析イメージングに対するネイティブデータサポートの提供による、マルチサンプルイメージング実験の探求の支援
研究目的のみに使用してください。診断用には使用できません。
要約
質量分析イメージング(MSI)使用の応用範囲は拡張し続けており、このテクノロジーを適用した試験はより緻密に設計されるようになっています。複数の繰り返し、タイムポイント、コントロールを組み込むことが一般的です。同一の分析環境で複数の MSI データベースを扱うことが、困難な課題となっています。
大腸腫瘍の治療における放射線治療に対する耐性の原因としての低酸素症の役割に関する試験の一環として、マウス由来の HCT116 細胞株の異種移植片に対して、脱離エレクトロスプレーイオン化(DESI)質量分析イメージング実験を実施しました。様々な照射法を実施し、治療に対する反応としての組織のリピドームプロファイルを比較しました。
この試験のデータを最も効率的に視覚化するため、Waters データ向けに新たに導入されたネイティブデータサポートを使用して、SCiLSTM Lab ソフトウェアにデータを直接ロードしました。このプラットホーム内で多変量解析を実施し、治療後の異種移植片と未治療の異種移植片の間で異なる分子種を同定しました。
アプリケーションのメリット
- Waters *.raw データに対するネイティブデータサポートにより、SCiLS Lab にデータをロードする前に *.imzML ファイル形式に変換する必要がなくなることで、ワークフローが最適化
- SCiLS Lab ソフトウェアは、複数のデータセットのプロジェクトを構築および保存することができ、内蔵している幅広い統計ツールにより、Waters High DefinitionTM ソフトウェア(1.6)を補完
- SCiLS Lab ソフトウェアは、MSI データの 3D 再構成をサポートしている現在のところ唯一の市販ソフトウェア(データは示しません)
はじめに
治療に対する耐性に関連して腫瘍の不均一性の役割を理解することが、患者の治療結果を改善するために重要です。放射線治療への耐性が生じる主な理由として、がんにおける低酸素症、すなわち酸素消費量の低下が挙げられます1。腫瘍の様々な領域への酸素供給は、主に血管に近接しているかどうかに左右されますが、他にも幅広い要因の影響を受け、耐性になるリスクが高い一定量の腫瘍が存在する可能性があります。
そのため、これらの組織のメタボロミクス試験およびリピドミクス試験では、この不均一性を考慮に入れる必要があります。最も適切な分析法は、MSI 実験を行って分子の分布をマッピングしてから、サンプルのヘマトキシリン・エオジン(H&E)染色で得られた組織構造情報に化学マップを同時登録し、光学顕微鏡像を得ることです。このような試験で一般的に使用される研究ツールの完全なワークフローに MSI が含まれる場合、MSI は、免疫組織化学的アプローチおよび in situハイブリッド形成法アプローチによって強力に補完され、システム全体を理解することが可能になります。
様々な治療条件下の腫瘍組織を採取し、瞬間凍結してからクライオミクロトームで切片にしました。次に、これらの切片を Q-Tof 質量分析計での DESI MS イメージングで分析し、組織のノンターゲット分子マップを得ました。Waters High Definition ImagingTM(HDITM)などのソフトウェアを使用して、質量分析と光学イメージを同時登録し、サンプル全体にわたる分子種の分布の差を視覚化することができます。対象領域を描出し、データを外部統計パッケージにエクスポートして分析することができます。
ただし、単一サンプルに留まらないイメージング MS 実験の場合、データを比較する方法が問題となってきます。ピークピッキングを使用して軽量のデータを示すソフトウェアでは、上述したように、適切な統計パッケージにインポートできる型式でデータをエクスポートすることが必要となります。大規模試験では、エクスポートする前にすべてのデータが等しく処理されるように注意して各サンプルを解析する必要があります。
本実験では、SCiLS Lab ソフトウェアを用いて、複数のデータセットを、共通の連続した一連の m/z を含む単一の MS イメージングプロジェクトとコンバインでき、データについての事前の知識が必要ないことを実証します。ソフトウェアに組み込まれている統計解析により、試験対象のサンプルから生物学的結論を導くことができ、また、治療の種類により異なる様々なリン脂質がここに示されます。
結果および考察
DESI 条件
DESI 溶媒: |
メタノール 95%:水 5% |
DESI 溶媒流速: |
2 µL/分 |
DESI ネブライザーガス圧: |
4 bar |
DESI スプレー電圧: |
2.5 kV |
イメージングのピクセルサイズ: |
70 μm |
ステージ速度: |
350 μm/秒 |
MS 条件
MS システム: |
XevoTM G2-XS QTof 四重極飛行時間型質量分析計 |
イオン化モード: |
DESI ネガティブイオン化モード |
取り込みモード: |
Tof MS |
取り込み範囲: |
50 ~ 1200 Da |
MS スキャンレート: |
5 Hz |
コーン電圧: |
40 V |
データ管理
MS ソフトウェア: |
MassLynxTM v4.2 |
イメージングおよびインフォマティクス: |
Waters High Definition Imaging v1.6、SCiLS Lab 2021c(v9.02) |
解析用 PC の仕様: |
プロセッサー:IntelTM Xeon CPU E5-2690 v4 インストール済み RAM:128 GB OS:WindowsTM 10 Pro GPU:NVIDIA QuadroTM K620 |
データサイズ: |
計 18 GB の生データ |
インポート時間: |
1 時間 18 分 |
サンプル情報
この試験では、HCT-116 細胞株移植片から増殖した大腸がんの腫瘍モデルについて、3 種類の治療条件について検討しました。これらの条件とは、未治療サンプル、治療中のサンプル(2Gy の照射を 2 回行い、8 日目に採取)、治療後のサンプル(1Gy の照射を 2 回行い、最終治療日から 5 日目に採取)です。
i)DESI MS イメージングシステムおよび ii)ピモニダゾールによる低酸素症の免疫蛍光染色(切片はいずれも厚さ 12 µm)のための、瞬間凍結した異種移植片サンプルおよびクライオミクロトームで作製した切片。DESI MS 分析後、切片をヘマトキシリン・エオシン染色し、3D HISTECH PANNORAMIC™-250 顕微鏡スライドスキャナーでイメージを収集しました。
異種移植片の生化学に対する様々な治療の効果を理解するため、3 種のサンプルすべてから得られた DESI MS、光学データ、および免疫蛍光データを、単一の SCiLS Lab プロジェクトにコンバインして統計解析しました。
SCiLS Lab プロジェクトの作成
図 1 に概説したワークフローにしたがって、3 つの MS イメージングファイル(データの合計 18 GB)を SCiLS Lab ソフトウェアにインポートしました。まず(図 1A)、[New](新規)オプションを選択すると、サポートされるファイルの種類のメニューで Waters MSI 装置が選択できるようになります(図 1B)。次の画面で 1 つ以上の生データファイルを選択し(図 1C 左)、表示画面内に配置できます(図 1C 右)。すべてのファイルを選択し、正しく配置したら、光学解析ステップ、一連の m/z の再サンプリング(既定で選択済み)、ベースライン減算(なし)の後、データをインポートすることができます。インポート後、レポート画面が表示されます(図 1D)。今回の 3 種のサンプルの場合、インポートにかかった合計時間は、示されているように 1 時間 18 分でした。
SCiLS プラットホームの特別の強みは、データセットに対して実行するすべての解析、同時登録、分析がプロジェクト内に保管されるという点です。そのため、すでに行った進捗を失うことなく、プロジェクト間で切り替えることが可能になります。
H&E および MS イメージの同時登録
MS および光学イメージを重ね描きするため、サンプルごとに[File](ファイル) > [Import](インポート) > [Optical Image](光学イメージ)を選択します。
光学イメージを選択すると、図 2 に示すようにアライメント画面が開きます。ドロップダウンリストで正しい MS データを選択すると、2 点アライメント法が実施され、MS イメージ(左上)と光学イメージ(右上)の同じ点が特定されます。得られた同時登録は、左下のペインで評価し、分かりやすいように 3 つのオプション[乗算、差、重ね描き]の 1 つとして表示できます。
イオン分布の比較
データと光学イメージを同時登録することで、スペクトルビューでイオンを選択すると、イオンを光学イメージに重ね合わせて見ることができます。図 3 ではまず光学イメージを示します。次に、この場合ピーク(m/z 700.5)を選択することにより、イオンマップが光学イメージに投影されます。このイオンの分布から、これが免疫蛍光染色と良く一致していることが分かり、このリン脂質分子種が腫瘍の低酸素領域に多く存在することが示唆されます。
SCiLS Lab ソフトウェアでは、一斉分析で得られたすべてのデータが単一のプロジェクトにインポートされるため、同一のイオンマップ選択アプローチを 1 つのイオン分子種に対して行い、プロジェクトのサンプル全体にわたって視覚化することができます。図 4 に示した 3 種の脂質分子種の赤、緑、青の重ね描き(m/z 885.6、700.5、687.6)では、異なる異種移植片切片内の同じ種類の組織が同じイオンで特徴付けられています。
多変量解析の実施
図 4 で選択したイオンにより、3 つのサンプル全体にわたって共通の種類の組織がマッピングされている(生存 - 赤、低酸素 - 緑、壊死 - 青)ことは興味深いですが、この試験の目的は、異なる治療法の間でのばらつきを見出すことにあります。この場合、対象の組織は生存領域であるため、これをユーザーが選択する必要があります。図 5 に、3 つの対象領域が、異なるサンプルの生存腫瘍領域に描出されています。次に、右側の[Region](領域)タブで、これらに治療条件がラベル付けされます。
次のステップでは、解析時間を短縮するため、分析作業用のピークリストを作成します。
領域の定義、ピークリストの作成およびデータ解析の設定(イメージのノイズ低減(ここではノイズ低減は選択されていない)およびノーマライズ(ここでは TIC を選択))を行ったら、データ分析を実施できます。SCiLS では、セグメント化および統計解析用の幅広いツールが提供されています。ここでは主成分分析(PCA)を使用して、ネガティブイオン DESI データにより、3 種類の治療法が区別できるかどうかを判定します。
図 6 からわかるように、3 種の異種移植片のクラスがはっきりと分かれており、主成分 1(PC1)により治療ありが治療なしから区別され、PC2 により治療中と治療後が区別されています。ここに示すスコアプロットに伴うローディングプロットから、データのばらつきを最も良く特徴づける m/z 種が選択できます。また、SCiLS Lab ソフトウェア内で強度ボックスプロットを作成し、異なる種類のサンプルの間でこれらの分子種がいかに異なるかを実証できます。
結論
SCiLSTM Lab は、ネイティブな Waters データ型式を直接読み取り、複数の生データセットをコンバインしてプロジェクトを作成することができるため、Waters MS イメージングデータの探索において強力なツールとなっています。プロジェクト内のすべてのサンプルについて、選択したイオンが迅速に表示されます。データについての理解を深めるため、すべて同じインターフェースから多変量解析を手軽に実施することができます。データに適用した解析がすべてプロジェクト内に保管されているため、後日、すでに行った進捗を失うことなく、データ分析を再度開くことができます。
謝辞
Waters、High Definition、High Definition Imaging、HDI、Xevo および MassLynx は Waters Technologies Corporation の商標です。
SCiLS™ Lab は Bruker Daltonics GmbH & Co. KG の商標です。
Intel は Intel Corporation あるいはその子会社の商標です。
Windows は Microsoft Corporation あるいはその子会社の商標です。
NVIDIA Quadro は Nvidia Corporation の商標です。
PANNORAMIC は 3DHISTECH の商標です。
720007400JA、2021 年 10 月