このアプリケーションノートでは、動物の筋組織中の多様なクラスに属する 150 種以上の動物用医薬品の検出のための、UPLC-MS/MS に基づいた総合的なスクリーニング法の開発およびバリデーションについて説明します。多くの化合物のスクリーニング法を 1 つに統合することで、業務効率が改善し、コストが削減できます。筋組織の抽出には、シュウ酸のアセトニトリル溶液を用いた一般的な液体抽出法を使用し、次に、分散型固相抽出(dSPE)を用いた迅速でコスト効率の高いクリーンアップを行い、エレクトロスプレーおよび極性切り替えを使用した UPLC-MS/MS で測定しました。UPLC システムでは、一般的な条件を使用しても、分析時間の短縮によりサンプルスループットが向上するとともに広範な化合物において優れたピーク形状が保たれ、確実に極性化合物が十分保持されてクリティカルペアが分離されます。この分析法は、欧州委員会決定 2002/657/EC を補足するスクリーニング法についてのガイドライン文書を用いて、筋組織において正常にバリデーションができました。すべての場合において、CCβ の値は MRL を下回る濃度に設定され、ほとんどの場合 0.1(1.0 µg/kg)でした。バリデーション基準が満たされたため、この分析法は感度、頑健性、特異性が十分であり、動物用医薬品残留物のスクリーニング用途に適していると考えられました。
多くの国には、食品の安全性について統合されたアプローチがあり、それらは、農家から食卓に至るまでの一貫した対策や適切なモニタリングを通じて、高レベルの食品安全性、動物の健康、福祉、植物の健康を保証すると同時に、取引が有効に機能することを確保することを目的としています。ほとんどの国では規制承認システムが整備されており、治療での使用が許可されている動物用医薬品の種類や最大残留限度(MRL)が設定されています。MRL は残留物の最大濃度で、法的に許可されている、あるいは食品中または食品上での存在が許容されると認められている、動物用医薬品の使用の結果として定められた値です。未承認薬の使用は禁止されています。禁止されている動物用医薬品には MRL がありません。最小要求性能限界(MRPL)は、欧州委員会決定 2002/657/EC により設定されましたが1、限られた数の禁止物質が設定されるに留まっています。欧州連合残留農薬基準研究所は、MRL が設定されていない物質について、使用する分析法の性能を改善および調和させるため、推奨濃度(RC)の値を設定しました2。
MRL およびその他の処置限界への適合をチェックして規制の枠組みに対応するだけでなく、業界がカスタマーおよび業界/ブランドを保護するために、動物用医薬品のモニタリングが必要とされています。ヨーロッパ内では非適合率が非常に低いため(サンプルの 0.3% が「陽性」)3、2 段階のアプローチが必要になっています。当初は、対象となるレベルの物質または物質群の存在を検出するためのスクリーニング法が用いられていました。非適合の結果になる可能性のあるサンプルを、大量のサンプルからコスト効率良く選別するために、微生物の増殖抑制に基づいた手法などが使用されています。このようなテストキットでは、分析種の対象範囲やサンプルの種類において、キット固有の適用範囲外で使用した場合、偽陽性の結果が生じる場合があります。スクリーニングテストの結果、「偽陽性の疑い」がある場合は必ず、2 段階目として確認のための分析を繰り返します。サンプルを再分析し、残留物を定量して、同定の許容規準を満たす必要があります。
LC-MS/MS により、様々なクラスに属する多くの分析種に分析法の範囲を広げ、複数のマトリックスに適用することができます。スクリーニング目的のこのアプローチは、優れた特異性と感度が得られ、偽陽性サンプル率が低いため、一般的になりつつあります。スクリーニングワークフローの大半はターゲットを絞ったアプローチに焦点を合わせており、事前に定義されたカットオフレベルで既知物質を探し、サンプルにスクリーニングのターゲット濃度(STC)を上回る動物用医薬品残留物が含まれているかどうかを評価します。STC は、少なくともサンプルの 95% で化合物が検出されることが実証された最小濃度と定義されています(偽の適合結果は 5% 未満)4。STC が規制/有効成分の限界を大きく下回っているほど、この限界の医薬品を含むサンプルで、偽の適合結果が生じる可能性が低くなります。この目的に関してバリデーションされている場合は、同じ手法を後で確認のために用いることができますが(繰り返し分析)、その手法が関連する分析上の品質管理許容規準を満たしている必要があります。
このアプリケーションノートでは、ACQUITY UPLC I-Class PLUS と Xevo TQ-XS を併用した、様々な動物の筋組織中の 13 種の異なるクラスに属する動物用医薬品の残留物の測定における、多成分残留物分析法のバリデーションについて説明します。
様々な動物種由来の刻んだ筋組織のサンプルは、最寄りのスーパーマーケットで購入しました。
筋組織の抽出には、シュウ酸のアセトニトリル溶液を用いた一般的な溶液抽出法を使用し、分散型固相抽出(dSPE)を用いたクリーンアップを行いました(詳細は図 1 を参照)。抽出物は -20 ℃ で保管し、一部の分析種の安定性について懸念があったため、抽出から 2 日以内に LC-MS/MS で分析しました。
マトリックス添加標準試料を、以前にブランク試料であることが示されているウシ組織抽出物中に、0.05 ~ 20.0 µg/kg の濃度になるように調製しました。
LC 条件 |
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LC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class PLUS(FL サンプルマネージャー搭載) |
カラム: |
HSS T3、1.8 µm、2.1 × 100 mm(186003539)、ACQUITY カラムインラインフィルター(205000343) |
カラム温度: |
40 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
注入量: |
1 µL(フルループ) |
強洗浄溶媒: |
0.1% ギ酸アセトニトリル/メタノール溶液(1:1、v/v) |
弱洗浄溶媒: |
0.1 mM ギ酸アンモニウム含有 0.1% ギ酸水溶液 |
移動相 A: |
0.1 mM ギ酸アンモニウム含有 0.1% ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1% ギ酸含有アセトニトリル/メタノール溶液(1:1、v/v) |
MS システム: |
Xevo TQ-XS |
イオン化モード: |
極性切り替えを使用するエレクトロスプレー |
キャピラリー電圧(kV): |
ESI+ 1.0、ESI- 2.5 |
ソース温度(℃): |
150 |
脱溶媒温度(℃): |
600 |
脱溶媒ガス流量(L/時間): |
1000 |
コーンガス流量(L/時間): |
150 |
MS ソフトウェア: |
MassLynx v4.2 |
インフォマティクス: |
TargetLynx XSアプリケーションマネージャー |
化合物ごとに複数の MRM トランジションを取り込みました。最適なデュエルタイムは、各ピークにわたって最低 10 データポイントになるように、AutoDwell 機能を使用して自動的に設定されました。このアプリケーションで使用するトランジションは、ウォーターズマーケットプレイスの Quanpedia、MassLynx セクションからダウンロードできます。
欧州委員会決定 2002/657/EC を補足するスクリーニング法のバリデーションに関するガイドライン文書のプロトコル4 を、分析法の性能を評価するために使用しました。このバリデーションの原則は、スパイクしていないサンプルとスパイク済みのサンプルを比較した場合の分析上のレスポンスの範囲を評価し、カットオフレベルを設定して、スパイク済みのサンプルの最小のレスポンスが、スパイクを行っていないサンプルの最大のレスポンスと重ならないようにすることでした。このカットオフレベルはスクリーニングテストのレスポンスであり、サンプルに STC 以上の分析種が含まれることを示します。スクリーニング法は、併行精度、再現性、真度については、欧州委員会決定 2002/657/EC の要件を満たす必要はありません。21 種のブランクの筋肉サンプル(ウシ、ブタ、家禽)および同一のサンプルを様々な濃度(0.1、1.0、10 µg/kg)に希釈した反復サンプルを分析することでバリデーションを行い、STC を確立しました。複雑な MRL の定義がある医薬品の場合は、親化合物および/または代謝物がマーカーとなる残留物として求められていましたが、単一マーカーの残留物に化学変換の段階(加水分解や酸化など)を含めることは、その他の化合物の性能に悪影響を与える可能性があるため、その試みは行いませんでした。
以前はクラス別や化合物別の分析法でカバーしていた多くの化合物をまとめることにより、操作効率が改善し、コストが削減できました。そのため、このアプローチは多様な化学特性を持つ多くの化合物に適合している必要があり、汎用的な抽出条件を用い、限定的なクリーンアップを行って、十分な分析種の回収を確保しています。アミノグリコシド類などの一部のクラスは、この多成分残留物分析法の範囲に含めるには極性が高すぎるため、個別のクラスごとの分析法を使用しました5。
アセトニトリルと水の混合液により、マトリックスから広範な分析種が抽出できます。それは、極性の高い分析種についても非極性化合物についても十分な抽出効率が得られるためです。テトラサイクリンはサンプル中の多価陽イオンやタンパク質とキレート化し、その結果、抽出効率が低下します。抽出溶媒に 1% シュウ酸を添加することで、食品マトリックス中に存在する金属イオンと分析種のキレート化が最小限に抑えられ、テトラサイクリンの回収が向上しました。分析種の化学特性が広範であることから、クリーンアップは汎用的で非選択的である必要があります。その目的は、分析種をあまり失わずに、性能に影響を及ぼす共抽出物を除去することです。リン脂質、その他の脂質、色素により、マトリックス効果(イオン化抑制など)が発生し、カラムおよび LC-MS/MS ハードウェアが汚染され、カラムの交換頻度やシステムメンテナンスの頻度が高くなります。チェックを行わずに放置すると、性能が急速かつ大幅に低下し、不合格バッチが生じたり、LC-MS/MS システムの頑健性への信頼が失われたりすることがよくあります。単純で費用効果の高い dSPE クリーンアップを使用することで、分析種をそれほど失うことなく、モニタリング対象である 40% のリン脂質などの共抽出物の大半が除去できました。
HSS T3 カラムにより、すべての分析種について優れた保持とピーク形状が得られ、同重体化合物が分離されました(図 2)。すべてのピークが 1.65 ~ 11 分の間に溶出し、合計分析時間は 15 分でした。
検出能力(CCβ)とは、偽陰性率 5% でサンプル中に検出される可能性のある物質の最小量です。承認された薬理活性物質については、CCβ は MRL よりも小さい値とされていますが、禁止物質あるいは未承認物質の場合、CCβ は分析可能な最低量とされています。CCβ はスレッシュホールド値(T)とカットオフ係数(Fm)の比較により評価しました。
スレッシュホールド値(T)は、この値を上回った場合にサンプルが真に陽性であるとみなされる最小分析レスポンスに対応する値です。このパラメーターは、由来が様々な 21 種のブランクサンプルの分析により決定したもので、以下の式を用いて計算したものです。
T = B+(1.64×SDb)
この式では、ブランク/ノイズの平均値「B」およびブランク/ノイズの標準偏差「SDb」を考慮しています。係数 1.64 は、有意水準(β = 0.05)での自由度無限のスチューデントの片側検定による t 値です。カットオフ係数(Fm)は、各分析種を目的のレベルでスパイクした 21 種のブランクサンプルの分析により決定しました。各分析種についてレスポンスを測定し、以下の式で Fm を計算しました。
Fm = M–(1.64×SD)
この式では、各分析種の平均レスポンス「M」および標準偏差「SD」を考慮しています。
欧州委員会決定 2002/657/EC によると、CCβ は Fm>B のときにバリデーションされます。Fm>T の場合に、偽陽性率が許容可能なレベル(5%)となります。したがって、B<T<Fm の場合に、CCβ がスパイク濃度より真に低くなり、STC が検定されて、偽陰性率が 5%、偽陽性率が 5% 未満であることが示されます。T>Fm の場合、5% を超えるスパイクしたサンプルが陰性とみなされ、このスパイク濃度では CCβ が設定できないため、より高濃度で評価を繰り返します。
図 3 に、混合した筋肉サンプル中の使用禁止物質であるダプソンについてのブランク(B)、スレッシュホールド値(T)、およびカットオフ係数(Fm)を示します。0.1 µg/kg でスパイクする場合、B<T<Fm になるため、STC は 0.1 µg/kg と確立され、筋肉についての RC 5 µg/kg よりもはるかに低くなります。
図 4 に、混合した筋肉サンプル中のアルベンダゾールスルホキシドについてのブランク(B)、スレッシュホールド値(T)、およびカットオフ係数(Fm)を示します。0.1 µg/kg でスパイクする場合、B<T<Fm になるため、STC は 0.1 µg/kg と設定され、ウシ筋肉についての 100 µg/kg の MRL(アルベンダゾール SOX、アルベンダゾール SON、アルベンダゾール 2‐アミノスルホンの合計)よりもはるかに低くなります。
3 つ目の例では、図 5 に、混合した筋肉サンプル中のシプロフロキサシンのブランク(B)、スレッシュホールド値(T)、カットオフ係数(Fm)を示しています。0.1 µg/kg でスパイクする場合、T<Fm になるため、STC 0.1 µg/kg を確立できませんでした。対照的に、図 6 は 1.0 µg/kg のスパイク(B<T<Fm)を用いたデータを示しており、CCβ は、ウシ筋肉の 100 µg/kg の MRL よりもはるかに低い 1.0 µg/kg 以下(エンロフロキサシンとシプロフロキサシンの合計)と確立されました。
全体として、試験した分析種 158 種のうち 152 種のスクリーニングで、動物の筋組織中でのバリデーションデータを実証でき、CCβ は化合物のほぼ 70% で 0.1 または 1.0 µg/kg と確立されました(図 7)。付録に、各分析種から得た CCβ 値のサマリーと関連する MRL を示しています。MRL はマトリックスおよび動物種により異なるため、比較には動物組織で最も低い MRL を選択しました。MRL が設定されている化合物では、CCβ 値は MRL 以下であることが求められます。規制限度値が設けられていない分析種の場合、CCβ 値はできるだけ低い値、あるいは MRPL 値や RC 値よりも低い必要があります。
動物組織および関連食品中の動物用医薬品残留物のスクリーニングにおいて、LC-MS/MS は強力な手法となっています。ここでは、動物組織および関連食品の分析に使用できる多成分残留物の分析法を紹介しました。この分析法では迅速な抽出とクリーンアップができる上に、UPLC および MS/MS による感度と選択性が得られます。一般に MRL よりはるかに低濃度の広範な医薬品残留物についての動物筋組織のスクリーニングサンプルについて、この分析法をバリデーションが正常に行われました。ほとんどの場合、CCβ の値は 0.1(1.0 µg/kg)に設定されています。バリデーション基準が満たされたため、この分析法は感度、頑健性、特異性が十分であり、動物用医薬品残留物のスクリーニング用途に適していると考えられました。
科学者は各自のラボの分析法をバリデーションし、その性能が目的に適合しており、また関連する分析コントロール保証システムのニーズを満たしていることを証明しなければなりません。
720007116JA、2021 年 1 月