インフリキシマブ医薬品中のポリソルベートの定量における ELSD と CAD の性能比較
要約
このアプリケーションノートでは、エバポレイト光散乱検出器(ELSD)によるポリソルベートの分析において 0.01 mg/mL の検出限界(LOD)を達成できる Empower 3 でのベースライン減算解析メソッドについて報告します。以前報告した溶出グラジエントを変更して、4 種類のインフリキシマブ製剤(イノベーターおよび 3 種類のバイオシミラー)中のポリソルベート濃度を正常に定量しました。荷電化粒子検出器(CAD)を同じ分析法を用いて評価したところ、検出限界とダイナミックレンジが ELSD と同等であることが実証されました。
アプリケーションのメリット
- ベースライン減算により、ELSD ベースの手法におけるインタクトポリソルベート分析の検出限界が改善
- ELSD により、バイオ医薬品の製剤レベルのインタクトポリソルベートを定量可能に
- Empower を使用して ELSD をコントロールすることにより、強力なデータ解析ソリューションを備えたシームレスに統合された使いやすいプラットホームが実現
- ELSD は、ポリソルベート分析において CAD と同等の性能を発揮
はじめに
ポリソルベート(PS)は毒性が低く生体適合性があるため、医薬品の一般的な賦形剤として幅広く応用されています。その用途には、低分子用の乳化剤および可溶化剤、薬物送達用ナノ粒子のコーティング、またバイオ医薬品中のタンパク質の変性、凝集、吸着による損失を防ぐための安定剤が含まれています。PS は、賦形剤として配合された医薬品中で、酸化、加水分解、酵素経路を介した分解にさらされることがあります1-3。 PS 含有医薬品が、有効期間中に設計通りに安全に投与でき、有効性を保てるように、PS を正確に定量することが望まれます。
モノオレイン酸ポリオキシメチレンソルビタン(PS80)とモノラウリン酸ポリオキシメチレンソルビタン(PS20)は、バイオ医薬品で一般的に使用されるポリソルベートです(図 1)。いずれのタイプにも、極性のヘッドグループとして作用し、それぞれに提示されている疎水性エステルテール(PS80 = オレイン酸エステルテール、PS20 = ラウリン酸エステルテール)が異なる共通のエトキシ化ソルビタンベース構造が含まれます。PS は分子構造上、紫外可視吸光検出に効率的に応答する発色団を持たず、それがインタクト分析の課題となっています。加水分解ベースのアプローチを採用した代替法は、質量分析(MS)を介して遊離脂肪酸を正常に検出できることが証明されています。この方法では高い特異性と感度が得られますが、MS が利用しにくく、生産性を維持するためにハイスループットが求められる製造環境には必ずしも適しません4。 この点を鑑みて、PS80 の分析にすぐに導入できてバイオ医薬品の製造プロセスをサポートできる、代替の検出テクノロジーを備えた分析法が必要になります。
ELSD は、UV 吸収発色団のない分析種(糖、アルコールなど)によく使用されるオプションです。ELSD はエアロゾルベースの検出テクノロジーで、溶離液が窒素によってエアロゾル化され、その後生じた液滴が加熱されて移動相が蒸発します。残った乾いた分析種の粒子で、散乱する光の量をモニターします5。 CAD は、代替のエアロゾルベースの検出テクノロジーです。CAD は、ELSD と同様に、まず移動相がネブライザーに入り、窒素ガスの流れによってエアロゾルの液滴が生じます。この液滴は次に蒸発チャンバーに入り、溶媒が除去され、乾いた分析種の粒子のみが残ります。正に荷電した窒素イオンが、乾いた粒子に電荷をトランスファーし、その後、電位計によって測定され、分析種の量に比例したシグナルが生成されます。
このような検出器の産業環境への導入を促進するには、治療薬として用いるレベルの分析種をアッセイで一貫して正確に検出でき、報告できることが重要です。この試験では、Waters Empower 3 クロマトグラフィーデータシステムによってコントロールされる ELSD と CAD の両方を最適化した条件下で評価し、また、同じクロマトグラフィー分析法を、治療薬として用いるレベルで調製した 4 種類の治療薬のパネル中のポリソルベートを検出し、その濃度を正確に報告する能力について評価します。
実験方法
サンプル前処理
PS80 は Sigma Aldrich から購入しました。PS80 ストック溶液は、1 mg/mL 水溶液になるように調製しました。PS80 標準溶液は、ストック溶液を水で 0.01、0.03、0.05、0.07、0.1、0.3、0.5、0.7、1 mg/mL に希釈して調製しました。インフリキシマブ医薬品のイノベーターである Remicade、および 3 種のバイオシミラーである Avsola、Inflectra、Renflexis は、Amerisource Bergen 社から購入し、製造者の手順に従って投与濃度(10 mg/mL)で調製しました。ELSD と CAD を実験開始前に点検し、両方の検出器とも製造者の仕様の範囲内で動作していることを確認しました。CAD は、製造者が提供する SII ソフトウェアを介して、Empower 3 に接続しました。
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY UPLC H-Class PLUS Bio システム |
バイアル: |
Waters TruView(製品番号:186005662CV) |
カラム: |
Oasis Max、30 μm、2.1 × 20 mm(製品番号:186002052) |
カラム温度: |
30 ℃ |
サンプル温度: |
5 ℃ |
注入量: |
10 μL |
流速: |
1 mL/分 |
移動相 A: |
2% ギ酸(v/v)水(MS グレード)溶液 |
移動相 B: |
2% ギ酸(v/v)イソプロパノール(MS グレード)溶液 |
グラジエントテーブル
CM-A イベント
ELSD 設定
ゲイン: |
100 |
データレート: |
2 Hz |
タイムコンスタント: |
低速 |
モード: |
加熱 |
電力レベル: |
75% |
ドリフトチューブ温度: |
80 ℃ |
ガス圧力: |
20 psi |
CAD(Corona Veo)の設定
電源機能: |
1.2 |
蒸発温度: |
低 |
データレート: |
2 Hz |
結果および考察
ELSD を用いることで、タンパク質をスパイクした PS 溶液中のポリソルベートをインタクトの状態でモニターできることが以前に示されていました6。 6 ポート、2 ポジションバルブで構成された Waters カラムマネージャー(CM-A)を使用して、トラップ溶出メソッド(図 2)を開発しました。この構成では、PS は低 pH で Oasis Max カラムの固定相(陰イオン交換および逆相充塡剤)に吸着され、保持されないタンパク質と残りの賦形剤は廃液に送られます(図 2A)。吸着ステップに続いて、バルブ位置を切り替え、有機溶媒を用いて PS を ELSD に溶出します(図 2B)。この概念実証作業により、この分析法では、ピーク面積と PS 濃度を対数-対数軸にプロットすると、両者の間に直線的な関係があることが示されました。ここでの評価では、この頑健で迅速な分析法を使用します。
A)ポジション 1 では、ポリソルベートがカラムに吸着され、保持されないタンパク質と残りの賦形剤が廃液に送られます。
B)バルブがポジション 2 に切り替わり、溶出した PS が ELSD に送られて定量されます。
PS 濃度が 0.003 % w/v(0.03 mg/mL)と低いバイオ医薬品製剤へのこの分析法の適用を容易にするためには、分析法および検出器のレスポンスに関して考慮する必要のある検討事項がいくつかあります。安定したベースラインは、低濃度レベルで正確かつ一貫した検出を確保する上で重要な役割を果たします。このような検出は、「ステップ」溶出グラジエント(図 3A、オレンジ色のトレース)に関連する急速な移動相組成の変化によるベースラインの上昇によって、分析種の正確な検出と波形解析が妨げられる可能性があるトラップ溶出設定では、特に困難になります(図 3A、青色のトレース)。ベースラインの影響を更に明らかにするために、10 μg の PS80(10 μL、1 mg/mL)を Oasis Max カラムに注入し、ステップグラジエントを用いて溶出しました(「実験方法」を参照)。10 μg という高ロード量で、検出器のレスポンスは正確な波形解析に十分であることが確認され(図 3B)、3 回の繰り返し注入でピーク面積 RSD は 0.08% と算出されました。ただし、ロード量を 1 μg PS80(10 μL、0.1 mg/mL)未満の濃度に減らすと、ベースライン上昇による干渉により、手作業でのデータのキュレーションが必要になりました。一例を図 3C に示します。ここでは、ベースラインの上昇が 0.1 μg のロード量(10 μL、0.01 mg/mL)での主なレスポンスであり、ポリソルベートピークの一部として検出されています。低濃度での波形解析の精度と検出器のレスポンスの直線性を改善するため、ベースライン減算を適用して、溶出ステップに伴うベースライン上昇の影響を軽減しました。図 3D に示すように、ベースライン減算を使用すると、同じ解析メソッドを使用して手作業でデータをキュレーションすることなく、溶液中濃度 0.01 mg/mL まで面積の RSD 1.02% で、ポリソルベートピークを確実に検出できます。このベースライン減算メソッドを使用することで、ELSD のリニアレンジが、表 1 に示すように 1 桁改善しました(0.01 ~ 1 mg/mL)。
A)トラップ溶出設定のベースラインレスポンス(青色のトレース)と有機移動相のグラジエント(オレンジ色のトレース)。
B)高ロード量(10 μg)での ELSD レスポンス。ベースラインの上昇は波形解析メソッドに影響を及ぼしていません。
C)低ロード量(0.1 μg)での ELSD レスポンス。ベースラインの上昇により、手作業でのデータキュレーションが必要。
D)ベースライン減算後の低ロード量(0.1 μg)での ELSD レスポンス。ポリソルベートのピークはベースラインに影響されておらず、高い信頼性で検出でき、解析メソッドを用いて波形解析できる可能性があります。
最適化した分析法の適用性を評価するため、インタクトポリソルベート分析を、イノベーター(Remicade)と 3 種のバイオシミラー(Avsola、Inflectra、Renflexis)を含む 4 種の PS 含有インフリキシマブ製剤に対して行いました。最適化した分析法を使用して 9 点検量線を作成しました。図 4A に示すように、ELSD は選択した濃度範囲(0.01 ~ 1 mg/mL)内で良好な直線性(R2=0.993)を示すことが確認されました。これらのサンプルでは、すべてのサンプルで PS80 濃度が 0.05 mg/mL と記載されています。この濃度は ELSD 分析法のダイナミックレンジ内に十分入っています。再溶解した溶液を 3 回繰り返し注入し、PS80 濃度をキャリブレーションプロット(図 4A、オレンジ色のデータポイント)を使用して測定しました。図 4B に示すように、ELSD 分析法ではアッセイの一貫性が良好で RSD は 1% ~ 2.5% と算出されています。算出された PS80 濃度は、Remicade、Avsola、Inflectra、Renflexis についてそれぞれ 0.045、0.045、0.044、0.042 mg/mL となりました。PS80 の検出値と予測値の間に見られるわずかな差異は部分的に、治療用サンプルに使用される PS80 原材料とキャリブレーション標準の差異に起因する可能性があります。これらのデータは、最適化した条件下で ELSD を使用することで、治療用サンプル中の投与レベルのインタクトポリソルベートを、確実に一貫して検出できることを示しています。
A)ELSD では 0.01 ~ 1 mg/mL の範囲で直線的なレスポンスが示されました。
B)ELSD および CAD で測定した 4 種類のインフリキシマブ製剤中の PS80 濃度。
治療薬中の PS の検出および定量への ELSD の適用について更に評価するため、代替の検出器として同一のシステムおよび分析法を使用して荷電化粒子検出器を評価しました。比較しやすいように、CAD レスポンスは蒸発温度および電源機能について最適化しています。蒸発温度設定を「低」にすることで、PS に対する検出器のレスポンスが高くなりました。この設定を使用して、CAD の電源機能を、製造者の指示に従って 1、1.2、1.4、1.6 で評価しました7。 PS の 5 点検量線を使用して、電源機能 1.2 でリニアレスポンスが最も高いことが分かったので、これを最適化済みの設定として使用しました7。 分析法の最適化の一環として、最適化済みの設定を使用して LOD を評価し、ダイナミックレンジを決定しました。興味深いことに、この試験では CAD は ELSD と異なり、ポリソルベートについて追加データポイントを 1 つ(0.005 mg/mL)しか生成できませんでした。一方、この濃度レベルでの CAD に関連するベースラインノイズの上昇が波形解析の精度に悪影響を及ぼし(RSD が最大で 29%)、このアッセイは製造環境に導入するのに適さないと判断されました。これにより、図 5 に示すように、提案されている PS アッセイに関して CAD は ELSD と同じ有効範囲を有するようになり、濃度 0.01 mg/mL が定量下限になりました。
以前と同じ方法を使用し、面積対濃度の 9 点キャリブレーションプロットを用いて、最適化した CAD 設定でインフリキシマブ臨床サンプルの PS80 含有量を定量しました。線形回帰を使用し、トレンドライン(y = 18.285x + 0.2144、R2 = 0.9991)を生成して定量に使用しました。ELSD 分析法との比較がしやすいように、CAD データにもベースライン減算を取り入れました。ここで注意すべきなのは、Empower 3 によってコントロールされる CAD から得られるデータ出力には、ベースライン減算を実施するための生成チャンネルを割り当てることができないことでした。このため、ベースライン減算とピークの波形解析を行うために外部のスプレッドシートを使用して CAD データを手作業でキュレーションすることが必要になりました。その結果、図 4B に示すように、臨床サンプルの RSD 値が 4% ~ 11% と高くなり、アッセイ正確性が低下しました。この試験でバイアスを除外するために、ELSD データを同様に解析したところ、正確性(RSD 値)はほとんど影響を受けないと判断されました。
ELSD と CAD の結果を比較すると、このデータにより、最適化した条件下で ELSD を使用することで、治療薬サンプル中のインタクトポリソルベートを確実に検出することができ、CAD と同等の結果が得られました。興味深いことに、最適化した条件では、ポリソルベート 80 について、両方の検出器で同一の有効動作範囲と LOD が示されました。Waters ELSD モジュールでは、Empower 3 CDS に組み込まれた自動ピーク解析メソッドとベースライン減算機能を使用することにより、インタクトポリソルベートの分析において高い正確性と一貫性が得られました。これは、CAD モジュールでは十分に実現できなかった機能です。Waters ELS 検出器は、Empower 3 によってコントロールされる統合ソリューションとして、バイオ医薬品の開発と製造に容易に導入できる、ポリソルベートの分析を効率的に行えるソリューションであることが分かりました。
結論
Waters ELSD は、エアロゾルベースの検出法として、治療薬中のインタクトポリソルベートの分析に最適です。この試験では、ELSD ベースの方法により、0.01 ~ 1.0 mg/mL の濃度範囲のインタクトポリソルベートを確実かつ一貫して検出できることが実証されました。更に、Waters ELSD と Empower 3 の統合機能により、これは、使いやすさ、自動化機能、ハイスループットが求められる製造環境に導入し、生産性を維持するのに最適なソリューションとなっています。
参考文献
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- Labrenz, S. Ester Hydrolysis of Polysorbate 80 in mAb Drug Product: Evidence in Support of the Hypothesized Risk After the Observation of Visible Particulate in mAb Formulations.Journal of Pharmaceutical Sciences 2014 May.103:2268–2277.
- Birdsall, R. et al. Quantitative Analysis of Polysorbate 20/80 in Protein-Based Biopharmaceuticals Using A One-Pot RPLC-MS Based Platform Method.Waters Application Note, 2021.720007249EN.
- Magnussona, L. et al.Aerosol-based detectors for liquid chromatography Journal of Chromatography A1421 (2015) 68–81.
- McCarthy, S. Quantification of Polysorbate Using the ACQUITY UPLC H-Class Bio System with ELS Detection.Waters Application Note, 2015.720005323EN.
- Gamache, P. et al. Charged Aerosol Detection-Use of the Power Function and Robust Calibration Practices to Achieve the Best Quantitative Results.Thermo Scientific Technical Note, 2019.73299.
ソリューション提供製品
- SKU: 186002052Oasis MAX Online Column, 80Å, 30 µm, 2.1 mm X 20 mm, 1/pkオンライン注文は特定のディストリビューターに限定されています。サインインするか、あるいは営業担当者までお問い合わせください。
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720007501JA、2022 年 1 月