長く緩いグラジエントを用いたペプチドマッピング分析における Arc™ Premier ポンプの性能評価
要約
アプリケーションのメリット
- Arc Premier バイナリーシステムによりデータの質および再現性が改善
- Arc Premier システムでは、混合特性および HPS テクノロジーによるクロマトグラフィーのベースラインの改善により、感度が向上
はじめに
開発した液体クロマトグラフィー分析法の目標は、正確かつ再現性の高い結果を確実に生成できることにあります。Arc Premier などの超高性能液体クロマトグラフィー(UHPLC)システムは、幅広いサンプルを分析できるように設計されています。そのため、分析法条件はさまざまな形で異なり、したがって、LC システムは、いかなる分析法でも高性能を示すことが重要です。ペプチドマッピング分析は、LC ポンプの性能を評価するのに最適の分析法条件です。質量検出と組み合わせられることが多いこれらの分析法では、低流量で長く緩やかなグラジエントを使用します。このような条件は、ポンプが確実に高い再現性を示すのが最も難しい条件です1-3。タンパク質消化物のペプチドマッピングに用いるサンプルは複雑であり、多数の消化産物の分離を達成するには、これらの厳しい条件が必要です。さらに、ペプチドサンプルには酸性ペプチドまたはリン酸化ペプチドが含まれる場合があり、これらが金属表面と相互作用して、従来の LC システムでは分析が困難になる場合があります4。
Arc Premier システムは、ペプチド混合物およびタンパク質消化物の HPLC 逆相分離に最適です。このシステムは MaxPeak™ High Performance Surfaces(HPS)テクノロジーを採用しており、これによって、システムと金属に吸着しやすい分析種の相互作用が低減します。Arc Premier システムは、クオータナリーソルベントマネージャー(QSM-R)またはバイナリーソルベントマネージャー(BSM-R)のいずれかと構成することができます。バイナリーポンプは、低組成比で高い正確性が得られるため、ペプチドマッピングアッセイに必要なグラジエントの正確さを得るのにより有効です。このシステムは、より大きな 50 µL ミキサーを搭載しています。このことは、光学検出において、ベースラインが変動しない再現性の高い溶媒送液を行うために重要です。変動する、または「波」のようなベースラインにより、複数の注入および分析の間の一貫性が損なわれます。これは特に、保持時間のシフトおよびピーク面積や感度のばらつきとして表れます。ベースラインの変動は、移動相の添加剤としてトリフルオロ酢酸(TFA)を使用した場合にも影響を受けます1。 TFA の UV カットオフは 210 nm と低く、溶媒組成のわずかな差が、ベースライン性能の妨げになります。また、ベースラインの変動により、ピークの一部がベースラインの上昇した部分に隠されてしまう場合があるため、波形解析の一貫性の低下につながります。
この試験では、バイナリーソルベントマネージャーで構成した Arc Premier システムと、他社製クオータナリー Bio LC システムで、保持時間およびシグナル対ノイズ比を調べました。Arc Premier システムおよび他社製システムのいずれにも、システムと分析種の相互作用を最小限に抑えるために、不活性またはバイオイナートな流路が含まれています。ただし、他社製システムの既定の流路にはミキサーが含まれていません。
実験方法
サンプルの説明
Waters MassPREP エノラーゼ消化スタンダード(製品番号:186002325)を、取扱説明書にしたがって、100 µL の 0.1% トリフルオロ酢酸水溶液(移動相 A)に再溶解しました。すべてのシステムに十分なサンプルを得るため、バイアルをプールしてから、必要に応じて再分注しました。ばらつきを避けるため、移動相もバッチとして調製し、システム間で分注しました。サンプルおよび移動相は毎日調製しました。
LC 条件
LC システム: |
Arc Premier システム(CH-A および BSM-R 搭載) |
検出: |
Arc Premier 2998 PDA 検出器、10 mm Arc Premier 分析フローセル搭載 |
サンプル: |
MassPREP エノラーゼ消化スタンダード(製品番号:186002325) |
カラム: |
XSelect™ CSH™ C18 2.5 µm、4.6 × 150 mm(製品番号:186006729) |
カラム温度: |
60 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
注入量: |
25 µL |
流速: |
0.500 mL/分 |
移動相 A: |
0.1% トリフルオロ酢酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1% トリフルオロ酢酸アセトニトリル溶液 |
ニードル洗浄溶媒: |
50:50 移動相 A:移動相 B |
シール洗浄溶媒: |
90/10 水/メタノール |
波長: |
214 nm |
収集速度: |
10 Hz |
グラジエント
データ管理
ソフトウェア: |
Empower™ 3.6.1 |
結果および考察
ペプチドマッピング法では、サンプル中の多くの消化済みペプチドを十分に分離するために、一般的に長く緩いグラジエントおよび低流量が用いられます。この試験で使用したメソッドでは、有機移動相の比率を流速 0.500 mL/分で、0.5 %B/分で 96 分間にわたって増加させました。各サンプルセットにはプールしたエノラーゼ消化物サンプルの 6 回の注入が含まれ、各システムで 4 日間にわたり、サンプルセットを 4 回繰り返し分析しました。図 1 に、BSM-R で構成した Arc Premier システムで、単一のサンプルセットから取り込まれた 6 回繰り返し注入の重ね描きを示します。繰り返し注入により、システムの再現性が視覚的によくわかります。また、システム性能のモニタリングに使用する 11 のラベル付けしたピークが見られます。
上記のクロマトグラムでは、ピーク間の分離が不完全なケースが複数見られます。シグナル対ノイズ比などの性能特性をモニターするには、正確な比較を行うために、すべてのシステムにおいてピークが十分に分離されていることが必要です。ピークが十分に分離されていないと、サンプルセット中でも複数日にまたがる試験でも結果の再現性が低下します。この理由から、モニタリングに選択したピークは、すべてのシステムにおいて、システム間でクロマトグラフィーの差があるにも関わらず、十分な分離を示していました。さらに、選択したピークは、幅広いグラジエント条件にわたって溶出しており、グラジエントプロファイル全体にわたって性能の差をモニターすることができました。このようなクロマトグラフィーの差の一例を図 2 に示します。図 2 に、両方のシステムで同じ日にサンプル注入して得られたクロマトグラフィーの結果から取った 15 分間のウィンドウを示します。ディレイボリュームなどの要因により、実際の時間ウィンドウはさまざまですが、両方のクロマトグラムでわかるように、同じピークの全体的なセットについて、システム間で選択性の差が見られました。Arc Premier システムでは、22.5 ~ 25 分の範囲に 4 本の明確なピークが見られます。一方、他社製 LC システムでは、26.5 ~ 29 分の範囲で明確なピークはわずか 2 本のみです。この理由から、Arc Premier クロマトグラムで見られる 4 本のピークのいずれも、定量的測定に用いて、他社製システムで得られたクロマトグラムと同じ範囲のピークを比較することはできません。
最も重要な点として、図 2 に見られるように、他社製システムのクロマトグラムでは大きなベースライン変動が見られました。一方、Arc Premier のクロマトグラムでは、このスケールでは変動が見られませんでした。この挙動についての 1 つの可能な説明として、他社製システムの流路内にはミキサーがないことが挙げられます。Arc Premier システムは、ポンプ内に 50 µL ミキサーが含まれており、これがノイズを最小限に抑え、ベースラインをフラットにするのに役立っています。このベースラインの変動は、他社製システムにおいて、移動相 A に対する移動相 B の比率が最も小さい各クロマトグラムのはじめの部分で最も顕著でした。ポンプでの溶媒の送液の比率における要求の厳しさが低減すると、他社製システムのクオータナリーポンプで認められるノイズが Arc Premier BSM-R と場合と同等のレベルになりました。その結果、グラジエントの早い部分では平均ピーク間ノイズ測定値において、Arc Premier システムの方が低くなりましたが、残りのグラジエントでは、両方のシステムで同程度のノイズレベルが見られました(図 3)。図 3 では、モニターしている 11 本のピークの周辺のノイズ範囲を両方のシステムで選択しています。ノイズ範囲は合計時間およびセグメント幅において同等でしたが、上で説明したファクターによって絶対保持時間が変化したことにより、開始時間と終了時間がわずかに異なっていました。ピーク 1 の前に測定されたノイズ値は、Arc Premier システムでは他社製システムの 5 分の 1 となり、グラジエントの中央部分を通して低いレベルが保たれていました。30% B が送液され、ベースラインに目視できる変動がないピーク 8 までは、ピーク間ノイズ値が両方のシステムで同等でした。
ピーク間ノイズのデータが示すように、2 つのクロマトグラフィーベースラインは、Arc Premier システムでは同等から有意に低いレベルの範囲です。このことは、平均シグナル対ノイズ比にも反映されています。両方のシステムでの絶対シグナルレスポンスは同等であり、Arc Premier システムではベースラインがよりフラットであるため、他社製システムより大きなシグナル対ノイズ比の値になりました。この感度の改善は下の図 4 で実証されており、Arc Premier システムでは、測定したシグナル対ノイズ比がすべてのピークでより大きいという結果になりました。
ベースラインの検討に加えて、ピーク間ノイズ、シグナル対ノイズ比のデータ、保持時間の再現性も、ポンプに注目したシステム性能の定量的目安となります。図 5 でわかるように、モニターしたすべてのピークについて、平均保持時間の標準偏差が、他社製品よりも Arc Premier BSM-R を使用した場合の方が低くなっています。保持時間の再現性の悪さは、他社製システムでベースラインが最も不安定な、最も早く溶出するピークで特に顕著です。他社製システムでは、最初の 5 本のピークの平均偏差が、ピーク 6 ~ 11(0.031 分 ~ 0.016 分)の平均偏差のほぼ 2 倍でした。Arc Premier システムの全ピークのうち、ピーク 1 で全体的なエラーが最も大きくなりましたが、Arc Premier システムでの最初の 5 本のピークの平均偏差はピーク 6 ~ 11(0.014 分 ~ 0.012 分)の平均偏差と同等でした。このことから、Arc Premier システムでは、最も要求の厳しい条件下でも優れた性能が保たれることが示されました。
結論
ペプチドマッピング分析には要求の厳しい分析法が必要で、システム性能のわずかな変化がクロマトグラフィーの結果に大きな影響を及ぼします。この試験の分析法条件では、バイナリーポンプを搭載したシステムの方で性能が優れていることが予測されました。別の Bio LC システムと比較した場合、Arc Premier BSM-R システムの方が、保持時間の再現性が高く、フラットでノイズが少ないベースラインが得られました。このようなベースラインの改善により優れたシグナル対ノイズ比が得られ、ピーク間ノイズが小さくなり、一貫性の高い波形解析ができました。これらはすべて、システムの性能にとって重要です。このため、バイナリーソルベントマネージャーを搭載した Arc Premier システムは、その高い信頼性および柔軟性により、この種の分析に最適のシステムになっています。
参考文献
- Simeone J, Hong P. Peptide Mapping using Binary Biocompatible LC Systems: Evaluation of Retention Time Precision and Mixing Effects on Waters and Competitive LCs.Waters Application Note, 720007078, Revised 2021.
- Delaney K, Birdsall RE, Yu YQ.Improving Peptide Mapping Studies and Reducing Assay Failures Through Reproducible Performance Using the ACQUITY Premier UPLC System (BSM).Waters Application Note, 720007593, 2022.
- Simeone J, Hong P, McConville PR.Performance of the ACQUITY UPLC I-Class PLUS System for Methods which Employ Long, Shallow Gradients.Waters Application Note, 720006290, 2018.
- Martin W, Shah D, Grzonka C, Dovell A, Li Z, Hong P, Turyan I, Dyke J. Recovery of Metal-Sensitive Analytes on the Arc Premier Solution: System-to-System Reproducibility and a Multi-System Comparison to Conventional LC.Waters Application Note, 720007330, 2021.
720007709JA、2022 年 9 月