ACQUITY RDa 検出器および UNIFI ソフトウェアワークフローを使用した、グリピジドの強制分解生成物のターゲット同定およびノンターゲット同定と特性解析
要約
このアプリケーションノートでは、ACQUITY RDa 検出器を使用して得られた高分解能質量分析(HRMS)データが、グリピジドの強制分解生成物の特性解析においてルーチンで利用できることを実証しています。
グリピジドのサンプルに、酸性、塩基性、酸化の条件下で化学的苛酷処理を行いました。薬物とその分解産物の分離は、ACQUITY UPLC I-Class PLUS バイナリーシステムで行いました。分解したサンプルを、ACQUITY PDA(フォトダイオードアレイ)検出器と結合した ACQUITY RDa 検出器(ベンチトップ型 TOF 質量分析計)を使用して分析しました。
このワークフローは、ターゲットアプローチとノンターゲットアプローチの 2 つの段階に分かれています(図 1)。1 段階目では、文献1 に記載されている既知の分解物(不純物 I~Vとラベル)のスクリーニングを実証します。2 段階目では、医薬品有効成分(API)の構造から妥当な分解を生成します。
ターゲットワークフローの段階で、酸性条件および酸化条件において、グリピジドから不純物 II および III が生成されることが確認されました。また後者からは、UNIFI が [M + O2]+ と仮に割り当てた、m/z 478.1746 で検出される酸化生成物も生成されました。不純物 V は塩基性条件下でのみ生成されました。主要化合物、既知の不純物、および生成した関連フラグメントの同定および特性解析は、解析メソッド内でライブラリーを使用して自動的に実行されました。
ノンターゲットワークフローでは、未知の酸化生成物の同定の確認をフラグメンテーションによって行いました。分解産物と疑われる物質の構造情報は、構造ファイル(.mol)と酸化苛酷処理をしたサンプル中で同定された不純物によって生じた高エネルギーフラグメントイオンを基に、グリピジドの高エネルギーフラグメントを比較することにより得られました。API の高エネルギーデータを使用してフラグメントライブラリーを作成し、解析メソッドにインポートしました。親化合物と分解反応を経た化合物を含む分析法に対して、取り込んだデータをスクリーニングし、関連構造を特定して視覚化しました。このアプローチを使用することで、ソフトウェアでは m/z 478.1746 の未知の不純物を [M+ O2]+ として確実に割り当てることができました。
ここでは、強制分解試験のターゲット特性解析とノンターゲット特性解析の両方について、ルーチンで行える合理化されたワークフローを実証します。この精密質量データのルーチン利用により、HRMS の専門知識のないユーザーでも化合物の特性解析を行うことができます。また、専門の HRMS ラボにサンプル試験を依頼せずに、未知ピークを同定できます。
アプリケーションのメリット
- MS 専門知識の有無を問わず、ターゲット強制分解試験およびノンターゲット強制分解試験のための精密質量測定のルーチン利用が可能に
- 分解産物イオンとフラグメントイオンを、手動で判定する必要なく、自動的に同定して視覚化
- 可能性のある構造フラグメントイオンの検出を可視化して、経路プロファイリング試験を支援
- UNIFI 内での合理化されたワークフローで段階的にデータを調査できるため、生成した分解産物について迅速に評価でき、詳細な経時的プロファイリングを実現
- waters_connect プラットホームにより、強制分解のルーチン分析のための 21 CFR Part 11 に完全に準拠したエンドツーエンドのワークフロー作成を実現
はじめに
強制分解試験は、医薬品のための薬物開発プログラムの重要な分析的側面と考えられています。
例えば、HRMS を用いた特性解析により、薬物の分解経路を知り、分解産物に関する情報を得ることは、分子の本質的な安定性を理解する上で非常に重要です。
医薬品規制調和国際会議(ICH)のガイドライン(Q1A)により、新しい原薬や医薬品の有効期間を提案するためには、安定性試験を実施する必要があります。有効期間試験は、米国食品医薬品局(FDA)へのさまざまな規制申請の一部になっています2,3。
分子の安定性に関する情報は、適切な剤形と包材の選択、および適切な保管条件と有効期間の決定に役立ちます。また、この点は規制文書に不可欠です。強制分解とは、加速条件よりも厳しい条件での医薬品や原薬の分解を行うプロセスであり、生成する分解産物を試験して分子の安定性を判定します4。
苛酷試験の効果を評価するために使用される分析法の性能は、医薬品が保存期限の間に同一性、強度、品質、純度の適用可能な基準を満たすことを保証するための能力の基礎です。このアプリケーションノートでは、酸性、塩基性、酸化の条件下での、第 2 世代の抗糖尿病スルホニル尿素薬であるグリピジドの強制分解について詳しく説明し、ターゲットおよびノンターゲットワークフローアプローチで得られた知見を紹介します。
実験方法
サンプルの説明
グリピジド標準試料(Sigma、Poole、Dorset)を、メタノール 80:20 中に 1 mg/mL の濃度で調製しました。次に、この溶液の 900 μL アリコートを褐色バイアルに加え、100 μL の 99% ギ酸、50% NaOH、30% 過酸化水素で化学的苛酷処理しました(各苛酷条件下で 6 回調製)。各バイアルを、80 ℃ でタイムポイント t = 0、30、60、120、180、240 分にわたってインキュベートしました。 これらのタイムポイントが経過した後、サンプル 1 つを加熱条件から取り出し、冷却しました。苛酷処理した各サンプルの 100 μL アリコートを取り、80:20 メタノール:水で 1:10 に希釈してから、分析を開始しました。
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class PLUS |
検出: |
ACQUITY PDA(フォトダイオードアレイ)、254 nm |
バイアル: |
TruView マキシマムリカバリーバイアル(製品番号: 186005668CV) |
カラム: |
ACQUITY UPLC BEH C18 100 × 2.1mm、1.7 µm(製品番号:186002352) |
カラム温度: |
45 ℃ |
サンプル温度: |
8 ℃ |
注入量: |
1 μL |
流速: |
0.4 mL/分 |
グラジエントテーブル
MS 条件
MS システム: |
ACQUITY RDa 検出器 |
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イオン化モード: |
ポジティブ |
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取り込み範囲: |
m/z 50 ~ 2000 |
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キャピラリー電圧: |
1.5 kV(既定値) |
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フラグメンテーションコーン電圧: |
60 V ~ 150 V |
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コーン電圧: |
30 V |
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データ管理
MS ソフトウェア: |
UNIFI 1.9.13.9 |
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インフォマティクス: |
waters_connect |
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結果および考察
ACQUITY RDa 検出器は、検出器、自動チューニング、質量キャリブレーションを含めて、自動的にセットアップされました。このルーチンセットアップの後、MS フルスキャン精密質量データを、キャピラリー電圧 1.5 kV およびコーン電圧 30 V で取り込みました。 フラグメンテーションによるフルスキャン機能を使用することで、コーン電圧ランプが可能になり、高エネルギースペクトルと低エネルギースペクトルを同時に取り込むことができます。フラグメントイオン情報を含む高エネルギーデータ機能が自動的に割り当てられ、親薬物の化合物同定および分解経路のプロファイリングに対する信頼性が更に高められました。
ターゲット相では、グリピジドから酸性および酸化条件下で不純物 II および III が生成されることが分かりました。また後者からは、以前のグリピジド分解試験の文献では引用されていない m/z 478.1746 の酸化生成物と疑われる物質が生成された可能性もあります。不純物 V は塩基性条件でのみ生成されました。
ノンターゲット分析の構造は、親薬物の構造に基づいて生成し、予測される/潜在的な分解反応を解析メソッドに含めました。[クリベージツール]オプションを選択すると、UNIFI では、結合の切断によって生成したフラグメントイオンを自動的に同定できます。この機能は、in silico 切断を行う化学的にインテリジェントなアルゴリズムを使用して得た親分子の構造情報を活用しています。親薬物と生成した分解産物の間の構造上の関係を更に確認するため、API から生成したフラグメントを解析メソッドに追加し、「予測フラグメント」としてスクリーニングしました。
ターゲット分析
UNIFI アプリケーションでは、既知の分解産物の構造に基づくライブラリーを使用して、ターゲットワークフローを作成し、その構造情報を使用して、インキュベーション中に生成した分解産物について収集したデータをスクリーニングしました。このスクリーニングライブラリーは、5 つの既知の不純物で構成されています(図 2) 。 UNIFI では、このライブラリーを検出成分表で直接使用して、既知の分解産物を検索します。
バイナリー比較
バイナリー比較機能を使用して、インキュベーションしたサンプルの初期評価を行いました。これにはレファレンスサンプルが必要になります。ここでは、塩基性分解 t = 0 分と、塩基性分解 t = 60 分の未知化合物を選択しています(図 3)。2.41 分のピークは、分解したサンプルでのみ見られます。このピークを選択すると、m/z 326.1534 のスペクトルピークが得られ、UNIFI ではこのピークをグリピジド不純物 V と同定しています。構造ファイル(.mol)に含まれる情報から、構造が可視化されます。
不純物プロファイル
フラグメンテーションによるフルスキャン機能を使用して得られた高エネルギーチャンネルと低エネルギーチャンネルを比較することにより、すべての条件下でのデータの更なる調査を行いました。
例えば、不純物 II および III(いずれも以前の文献で引用)で生成された t = 120 分の酸分解サンプルでは、構造ファイル(.mol)情報に基づいてソフトウェアによって自動的に同定が行われました。
図 4(低エネルギーチャンネル)に示すように、選択したプロダクトイオン(不純物 III)が自動的に割り当てられ、表示されています。高エネルギーチャンネルは不純物の断片化プロファイルを示しています。m/z 167.0151 および m/z 286.0629 に複数のフラグメントイオンが検出され、電荷保持部分を強調表示しています。
トレンドプロット
酸化インキュベーションを例として使用した場合(図 5)、線グラフにはグリピジドのレスポンスの低下とそれに伴う不純物 II および III の増加、ならびに m/z 478.1751 の酸化生成物の増加が見られます。240 分のスキャンでグリピジドのレスポンスがわずかに増加しているのは、有機溶媒の比率が高いために、高温で蒸発することが原因と考えられます。
すべての苛酷条件にわたるトレンドプロット
トレンドプロットのワークフローステップは、試験したすべてのタイムポイントにおける不純物生成の分布を示すように変更されており、使用したすべての苛酷条件下におけるグリピジド相対的安定性を示しています(図 6)。これらのグラフから明らかに分かるように、不純物 II および III は主に酸性条件下および酸化条件下で生成され、不純物 V は塩基性条件下でのみ生成されています。ノンターゲット分析セクションで説明される m/z 478.1746 の酸化生成物は、酸化条件下でのみ生成されます。
ノンターゲット分析
バイナリー比較
未知ピークの初期評価では、バイナリー比較機能を再び使用しました。図 7 において、酸化分解物の参照値として t = 0 分、酸化分解物の未知化合物は t = 180 分を使用しています(図 7)。作業の「ターゲット」段階で強調表示したピークは、分解したサンプルにのみ、保存時間 3.14 分に存在します。m/z 478.1746 のピークは、暫定的にグリピジド + O2 として割り当てられました
薬物関連不純物
この分解物と疑われる物質について更に調査し、構造的に API に関連しているかどうか評価しました。そのため、親薬物のプロダクトイオンを検出結果として API のライブラリーエントリーに追加し、解析メソッドにインポートしました。
取り込んだデータを、親化合物と苛酷条件に基づく潜在的な分解反応を含む分析メソッドに対してスクリーニングし、関連する構造を特定して視覚化しました(図 8)。
API の構造から UNIFI によって自動的に割り当てられた 6 つのフラグメントイオンも、分解物の疑いがある物質の高エネルギーデータ中に検出され、表示されています。電荷保持部分を強調表示しています。
API と分解産物と疑われる物質に共通する 6 つのフラグメントイオンが存在することは、ピークがグリピジドに構造的に関連していることを強く示しています。
結論
ACQUITY UPLC I- Class PLUS システムおよび PDA 検出器と結合した ACQUITY RDa 検出器により、強制分解試験において、ターゲットを絞ったソリューションとターゲットを絞らないソリューションを提供できることが実証されました。
waters_connect ソフトウェアプラットホームと UNIFI アプリケーションを使用して、グリピジドの強制分解の特性解析に成功しました。UNIFI のワークフローにより、グリピジドとそれに対応する分解生成物を、高い信頼性で自動的に同定することができました。フラグメントイオンを生成する高エネルギーデータの同時取り込みにより、経路プロファイリング試験に役立つ追加の構造情報が得られました。すべての化合物イオンおよびフラグメントイオンにおいて、5 ppm 未満の優れた質量精度が示されました。このレベルの化合物特性解析では通常、HRMS に精通したユーザーが装置を操作し、生成された結果を解釈する必要があります。未知物質の同定には通常、外部委託が必要であり、毒性の可能性や薬効に及ぼす悪影響を評価するのにコストと時間がかかる場合があります。
専用のエンドツーエンドワークフローと ACQUITY RDa 検出器の自動セットアップを組み合わせて取り入れた waters_connect ソフトウェアプラットホームにより、ルーチンワークフローで精密質量測定データを利用することができます。
参考文献
- Bansal, G, Singh, M, Jindal, KC, Singh, S. LC and LC-MS Study on Establishment of Degradation Pathway of Glipizide under Forced Decomposition Conditions.Journal of Chromatographic Science.46:510–517; 2008.
- ICH guidelines, Q1A (R2): Stability Testing of New Drug Substances and Products (revision 2), International Conference on Harmonization.Available from: 〈http://www.fda.gov/downloads/RegulatoryInformation/Guidances/ucm128204.pdf〉, 2003.
- FDA Guidance for Industry, INDs for PhaseII and III Studies — Chemistry, Manufacturing, and Controls Information, Food and Drug Administration.Available from: 〈http://www.fda.gov/downloads/ Drugs/Guidance Compliance Regulatory Information/Guidances/ucm070567.pdf〉, 2003.
- Blessy, M, Ruchi D. Patel, Prajesh N Prajapati, Y.K. Agrawal.Development of Forced Degradation and Stability Indicating Studies of Drugs — A Review.Journal of Pharmaceutical Analysis 2014;4(3):159–165.
720007510JA、2022 年 2 月