Waters ACQUITY RDa 検出器を多変量解析(MVA)と組み合わせて用いた食品プロファイリングのための化学物質フィンガープリントの探索 - 大麦粉中のオート麦の検出法
要約
このアプリケーションノートでは、様々な植物種の穀物粉のサンプル(n = 49)を例として用い、加工食品の化学物質プロファイルの調査における小型のルーチン分析用の精密質量測定ツールとして RDa 検出器を評価しています。単一のプラットホームで、データの取り込みおよび解析を行った後、多変量解析を実施しました。主成分分析(PCA)の結果、植物種ごとのグループ並びに加工および生育条件ごとのサブグループに教師なしで分離しました。品質管理(QC)サンプルを綿密にグループ分けすることで、システムの技術的ばらつきが小さくなり、これが包括的メタボロミクスアプローチの基礎となります。
このシステムは、製造プロセスや保管条件の差、バッチ間のばらつきの把握を必要とする食品・飲料製造セクターでの、オミックスに重点を置いた調査をサポートします。
アプリケーションのメリット
ACQUITY RDa 検出器システムにより、食品の完全性について、液体クロマトグラフィー(LC)-高分解能質量分析(HRMS)飛行時間型(Tof)分析およびデータの解釈がより手軽に行えます。目的に適合した高分解能プラットホームでの合理化したデータ取り込みおよび解析により、ユーザーによる修正が可能なデータレビューに対応します。
はじめに
消費者が望む一貫した標準を満たす最終製品を製造するには、食品製造者は、品質が均一で本物の安全な原料を提供してくれる供給業者を必要とします。粉状の穀物、粉末状のハーブやスパイスなど、原料が一部加工された状態で供給される場合があります。これらに十分な目視検査を行うことは困難であり、不可能である場合さえあります。そのため、一貫したバッチの品質を保つために、しばしばテクノロジーを活用します。
食品偽装は、意図せず生じる場合もあれば、利益目的の偽装など故意に行われる場合もありますが、消費者にとって潜在的な安全性リスクとなります。消費者が特定の原料に対して不耐性であったり、アレルギーがあったりする場合もあります。食品業界では、申告したアレルゲンを含む製品にラベル表示することが求められています。現在欧州連合では、食品法により、グルテンを含む穀物(大麦、ライ麦など)を含め 14 種の食品物質をアレルゲンとして申告することが求められています1。 米国食品医薬品局により、粉末クミンスパイスにピーナッツの殻が増量剤として添加された結果、ピーナッツタンパク質アレルゲンが検出されるという食品安全性事故が 2015 年に報告されました。ピーナッツタンパク質にアレルギーのある人がこれらのアレルゲンタンパク質を含む食品に触れたり摂取したりすることで、重度または命を脅かすアレルギー反応が生じる場合があります。
ハーブ、スパイス、茶葉、穀物紛などの乾燥食品はしばしば「食品偽装」のターゲットとなり、様々な形の食品偽装が行われています。利益率を高めるために、おがくずなどの増量剤が添加されたり、高価な原料が安価な代替品にすり替えられたりしています。
食品の真正性検査には、フードミクスや多変量解析と合わせて LC-HRMS アプローチが幅広く適用されています。例として、オレガノの偽装2、キャベツに含まれるポリフェノールの調査3、緑茶の成分分析4,5、赤ワインの産地調査が挙げられます6。
このアプリケーションノートでは、UNIFI に統合されたデータ解析を用いる使いやすい小型 LC 飛行時間型質量分析計 ACQUITY UPLC I-CLASS バイナリー LC と結合した ACQUITY RDa 検出器を使用して生成した化学物質のフィンガープリントの調査による、穀物紛のスペシエーションに焦点を当てています。食品製造のルーチンなサプライチェーン管理のための食品スクリーニングにおいて、合理化した UNIFI ワークフローにより精密質量測定が可能になります。
実験方法
レファレンスサンプルは共同研究者から入手したもので、小麦、デュラム小麦、オーツ麦、大麦、ライ麦など、様々な種類の穀物紛で構成されています。穀物紛サンプル(n = 49)を汎用的なサンプル抽出メソッドに従って調製し、ACQUITY RDa 検出器を用いて 3 回繰り返して分析しました。すべてのサンプル抽出物の QC プールを作成し、アッセイの技術的再現性を評価しました。システムの制御は UNIFI ソフトウェアで行い、セットアップおよびキャリブレーションルーチンの自動化により操作が容易になっています。注入数はブランクを含めて約 300 回で、約 3 日間続けてデータ取り込みを実行しました。
抽出メソッド
天然毒素の多成分一斉分析用に適応させたプロトコルに従って、サンプル抽出物を調製しました7。 10 mL のアセトニトリル/水(84/16、v/v)を 2.5 g のサンプルに添加し、振とうして混合しました。サンプル混合物を室温で 1 時間放置しました。抽出チューブを遠心分離機にかけ(2,000 rcf、10 分)、得られた上清の 0.5 mL アリコートを取って、もう一度遠心分離しました(15,000 rcf、5 分)。上清の 0.25 mL アリコートを等量の 1% 酢酸水溶液で希釈しました。再び混合液を遠心分離してから(15,000 rcf、5 分)オートサンプラーバイアルに移し、ACQUITY RDa 検出器で分析しました。
装置設定
最適化した装置条件を表 1 ~ 3 に示します。
表 1.穀物サンプルの分析のための超高速高分離液体クロマトグラフィー分離メソッド。
LC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class PLUS |
カラム: |
ACQUITY UPLC HSS T3 2.1 × 100 mm、1.8 μm(製品番号:186003539) |
移動相 A: |
10 mM ギ酸アンモニウム水溶液 + 0.3% ギ酸 |
移動相 B: |
10 mM ギ酸アンモニウムメタノール溶液 + 0.3% ギ酸 |
カラム温度: |
45 ℃ |
注入量: |
5 μL |
表 2.専用のエレクトロスプレーイオン源を搭載した ACQUITY RDa 検出器の質量分析設定。
MS 検出器: |
ACQUITY RDa 検出器 |
モード: |
フルスキャン(フラグメンテーションあり) |
質量範囲: |
低(m/z 50 ~ 2000) |
極性: |
正イオン |
スキャンレート: |
10 Hz |
コーン電圧: |
30 V |
フラグメンテーションコーン電圧のランプ: |
60 ~ 120 V |
キャピラリー電圧: |
1.5 kV |
脱溶媒温度: |
550 ℃ |
データの取り込みおよび解析は、UNIFI を使用して waters_connect(バージョン 1.2.0)と EZinfo(バージョン 3.0.3、Umetrics)で行いました。ピークピッキングを UNIFI、多変量解析を EZinfo で行っています。
RDa 装置では、準備不要な溶液ボトルが、質量分析計の正面にある装置の流路ユニットの適切な位置に配置され、組み込まれた SmartMS テクノロジーはこれらの溶液ボトルを使用して、ルーチンの検出器のセットアップ、自動調整および質量キャリブレーションを自動的に完了します。自動セットアップおよび正常性チェックのルーチンの後、RDa システムは、操作準備が整った場合やメンテナンスが必要な場合に分析者に通知します(図 1)。
ターゲットスクリーニングおよびノンターゲットスクリーニング、マーカー選択、多変量解析に使用できる、あらかじめ設定された UNIFI ワークフローを使用することで、データの取り込みおよび解析が簡素化します。
実験デザイン
ワークフローを図 2 に示します。サンプルをまず、実験で得られたデータで構築された特注の UNIFI スクリーニングライブラリーを使用して、EU 規制限界以上の天然毒素の存在についてスクリーニングします。このライブラリーで定義された天然毒素は有意な濃度で検出されなかったため、穀物やその他の植物種の潜在的なマーカー、あるいは収穫時期や生育条件などの差の特性解析に調査の重点を置きました。この目的のため、UNIFI 多変量解析(MVA)ワークフローを活用しました。UNIFI 解析のルーチンの一環として、プロファイルデータをトータルイオンクロマトグラム(TIC)に対して正規化し、分析の間にわたる強度のばらつきに対処しました。この UNIFI データを EZinfo にエクスポートし、パレート分布にしたがってスケーリングしてから、次の統計分析または多変量解析を行いました。
結果および考察
1. RDa を使用して生成した穀物の化学物質のフィンガープリント
図 3 に、注入 15 および注入 167 の QC サンプルのクロマトグラムの重ね描きを示します。穀物サンプルを分析した 3 日間にわたる技術的ばらつきが小さいことが分かります。オミックス試験では、グループ分けの鍵となるマーカーの同定が可能になるように、技術的ばらつきが小さく、測定の再現性が高いことが重要です。実験結果から、一貫性の高い結果が得られるようにシステムを平衡化するには、約 5 回の注入が必要であることが分かりました。後の注入(赤)では、前の実験で見られたよりもクロマトグラフィーの後期段階でマトリックス溶出が減りました。これは、サンプルの分析回数が増えるにつれて、バックグラウンドが低くなった結果であり、珍しいことではありません。
マーカー作成用に選択した対象領域(青の四角、図 3)は、初期のカラム平衡化と後期の洗浄ステップを含みません。カラムとグラジエントの選択により、芳香環などの親油性成分を含む植物の一次・二次代謝物などの穀物の代謝物は、選択した保持時間領域に溶出することが予測されます。穀物中の極性成分は、保持されにくくなりますが、それらは HILIC 分析法など、別のクロマトグラフィーで分析することができます。
特徴的なマーカーを失わないために行う追加の精製ステップ以外は、この分析のサンプル前処理は汎用的な方法を用いたため、結果として得られるマトリックスは複雑であり、LC-MS のような分析では問題が生じる場合があります。一方、UPLC 分離の利用により、HPLC に HRMS を組み合わせた場合と比較して、システムの全体的な分離能は向上しました。ACQUITY RDa 検出器は、ユーザーが一般的なマトリックスの課題を克服するのに役立ち、クロマトグラフィーのピーク分離が改善して精密質量の情報が得られることで、分析ごとのピークキャパシティと再現性が高くなり、オミックスベースのデータ調査に対する信頼性が得られます。
2. マーカー選択のプロセス
UNIFI でのピーク検出およびマーカー作成の後、データは自動的に EZinfo に転送され、主成分分析(PCA)モデルの作成が行われます。選択したマーカーの数は、平衡化/洗浄ステップでの非特異的化合物や、シグナル強度が低い化合物(保持時間 2 ~ 10 分、強度カウント 5,000 ~ 500,000で、質量範囲は全範囲で m/z 50 ~ 2000)を排除するために制限しました。存在量が少ない化合物や、早く溶出する化合物および遅く溶出する化合物を排除したマーカー設定の調整により、サンプル中のすべての溶出化合物を PCA で考慮した場合と比べて、グループの分離がはっきりしました。このようなターゲットオミックスアプローチには、食品サンプル中の化学物質のプロファイルについて、一定量の前提となる情報が必要であり、モデルに故意にバイアスが掛かりますが、差のある領域や類似した領域をより効率良く特定することが可能になります。全体的に、このワークフローにより、経験の少ないユーザーでもオミックスのアプローチへの一歩を踏み出せるようになり、ガイドに従って有意な結果を生成できます。
3. 植物種レベルの同定のための教師なし PCA モデル [EZinfo]
PCA により、教師なしで植物種によるグループ間の分離が得られました。明確な植物種レベルのサンプルの区別に加えて、図 4 の小麦とオーツ麦のサンプルで見られるように、解析メソッド、収穫時期、農法によってはグループ内の分離も認められました。今回の小規模のサンプルでは、有機オーツ麦と従来のオーツ麦の区別や飼料用オーツ麦との区別などが見られました。例えば有機農法など、更にマーカーを調査して同定するには、サンプルの規模を大きくしてこれらの結果をバリデーションすることが必要になります。QC プールのサンプルの繰り返し注入を取り込みの過程全体にわたって一定間隔で行い、分析の技術的ばらつきを特性解析しました。QC プールの注入は、非常に緊密なクラスターになることがわかり、システム全体の技術的ばらつきが小さく、システムが頑健であることを示しています。
同じデータの更なる調査を図 5 に示します。高質量という特性は、タンパク質含量の高低などに関して異なるグループについて得られたサンプル情報と相関しているように思われます。パート C のユニークな特性が抽出されました。このワークフローでは、ユーザーは関心のあるマーカーに集中することができます。マーカーを A から B、C へと追跡できます。また、選択したマーカーを UNIFI に戻し、サンプルセットをスクリーニングしたり、類似のサンプルセットをスクリーニングしたりするための候補マーカーとして使用することができます。
食品完全性試験では、LC-MS プロファイルデータ分析により、強力なパターン認識が可能になり、パターンの変化を特定できます。化合物名の割り当てに関し、化学構造によって化学マーカーを同定する必要は必ずしもありません。パターンに再現性があり、装置のばらつきの対象にならない場合、バッチ間で差があるという結果は、食品製造者が製造プロセスや原料バッチを評価する上で十分な情報となります。区別に用いるマーカーの分離および精密質量の割り当てを用いて、季節変動や栽培品種、植物種、気候条件などによる生物学的ばらつきについての情報を得ることも可能です。
精密質量とコーン電圧フラグメンテーションによるフラグメント情報により、共通のニュートラルロスまたは共通のフラグメントを UNIFI で解析してマーカーの調査をさらに進め、グルコシドなど、グループ分離の要因である化合物クラスについての情報を得ることができます。図 6 にこのような高度な解析オプションの結果の一例を示します。この場合、穀物紛サンプルの炭水化物含量が高いこと、および適用したサンプル抽出手順の組み合わせから予測される、単糖の損失という結果になっています。
4. 候補マーカーの選択および再現性
ノンターゲット取り込みモードと多変量統計解析の組み合わせにより、この例における穀物の植物種および種類を示す候補マーカー群の選択が可能になりました。候補マーカーのアイデンティティーの化学的解明は、食品の QC 分析では必ずしも重要な要件ではありませんが、装置プラットホームで、長期にわたる分析期間の注入全体にわたって許容レベルの精度(%RSD)が保たれ、マーカー化合物が確実に検出できることが重要です。図 7 に、(a)標準レファレンス化合物イマザリルのレスポンスをモニターする装置の技術的再現性(4 日間にわたるばらつき)、(b)同じ期間にわたって測定したイマザリルの質量精度を示します。
再現性調査の結果を、図 7 および表 4 に示します。農薬やマイコトキシンなど、食品関連化合物の同一の凍結混合物から毎回新たに調製した標準試料を、9 日間にわたり間隔をあけて全 4 日間で 20 回注入し、レスポンスおよび質量誤差を評価しました。質量誤差およびレスポンスを絶対値に変換してから、標準偏差および平均値を計算しました。平均質量誤差は 3.1 ppm、RMS は 3.6 ppm であり、結果の大半は +/-5 ppm の範囲でした。これにより、多変量解析でマーカーの変化について調査する上で十分な精度が得られました。
結論
- ACQUITY RDa 検出器および waters_connect での UNIFI アプリケーションは、データ取り込みおよび解析の統合プラットホームであり、初心者ユーザーでもメタボロミクスワークフローの一歩を踏み出せるようになります。
- 原理証明として穀物のデータを分析し、植物種レベルの同定、および異なる収穫時期および生育条件のサブグループ分離が達成できました。
- コーン電圧フラグメンテーションにより、他のフラグメントで既知の共通の損失の調査が可能になり、固有のマーカー化合物クラスに関する情報をより多く収集できます。
- UNIFI/EZinfo の多変量統計解析機能を使用して、穀物の植物種および種類の候補マーカーを同定しました。UNIFI の機能により、候補マーカー選択に伴う生物学的および技術的なばらつきをモニタリングできます。
- システムの頑健性は、包括的メタボロミクスアプローチの基礎となります。
- 食品・飲料製造セクターでは、多変量解析も導入して製造体制や保管条件の差、バッチのばらつきを調査しています。ACQUITY RDa 検出器と内蔵ソフトウェアパッケージは、オミックスに重点を置く調査を完全にサポートします。
謝辞
著者らは、デンマーク獣医・食品管理局の Nicolai Zederkopff Ballin 氏および Søren Johannesen 氏に、プロジェクトの全期間にわたって共同研究および議論などでご支援頂いたことに感謝いたします。
参考文献
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720007454JA、2022 年 1 月