• アプリケーションノート

LC-MS/MS によるダイレクト分析を用いた飲料水中のグリホサート、アミノメチルホスホン酸(AMPA)、グルホシネートの測定

LC-MS/MS によるダイレクト分析を用いた飲料水中のグリホサート、アミノメチルホスホン酸(AMPA)、グルホシネートの測定

  • Stuart Adams
  • Benjamin Wuyts
  • Simon Hird
  • Waters Corporation

要約

飲料水中のグリホサート、アミノメチルホスホン酸(AMPA)、グルホシネートの検出、定量、同定には、信頼性の高い分析法が必要です。このアプリケーションノートでは、タンデム質量分析(LC–MS/MS)に接続した液体クロマトグラフィーに基づく、シンプルなダイレクト分析法について説明します。これによって、時間と労力を要する誘導体化や固相抽出(SPE)が不要になります。水のサンプルを、陰イオン性極性農薬カラムを使用して、LC-MS/MS システム(Xevo™ TQ Absolute タンデム質量分析計を搭載した ACQUITY™ Premier UPLC™ システム)に直接注入しました。分析法の性能を、3 種類の飲料水において正常に評価することができました。3 種類の分析種すべてが 10 ng/L(0.01 µg/L)という低濃度で確実に検出できたことで、Xevo TQ Absolute システムの感度が極めて高いことが実証されました。分析法の性能を、社内で、およびスパイク済み水サンプルを使用したラボ間試験によって評価しました。いずれの試験の結果からも、この分析法の真度が 82 ~ 110% であることが示されました。併行精度、室内再現性、室間再現性において良好な一致が見られ、RSD はすべて 16% 未満でした。この分析法は、高感度で特異的、かつ正確であり、さまざまな種類の飲料水中のこれらの困難な分析種の、規制限度への準拠についての確認、および人への曝露に焦点を当てた試験の支援のための測定に適しています。

アプリケーションのメリット

  • 直接注入を使用することで、誘導体化が不要になり、分析ワークフローが大幅に簡素化して、分析時間が短縮し、サンプルスループットが向上する可能性がある
  • 単一試験およびラボ間試験により、分析法の性能が実証され、実施しやすさに対する信頼をユーザーが持てる
  • この分析法は、飲料水中のこれらの高極性陰イオン性農薬を試験して、規制限度への準拠を確認するのに適している

はじめに

グリホサートおよびグルホシネートは、活性物質であり、農業および農業以外における雑草防除や収穫前の乾燥処理に用いる農薬製剤として広く使用されています1,2。グリホサートが広範に使用されていることから、グリホサートが環境や人の健康に対して有害である可能性があるかどうかを判定するための複数の試験が行われています。グリホサートは一般に動物や人において急性毒性を引き起こす可能性は低いと考えられていますが、水生環境に対しては有毒であると考えられています。グリホサートの発がん性に関する文献では、議論が分かれています。2015 年、国際がん研究機関は、グリホサートがヒトに対する発がん性を有する可能性のある物質に分類しましたが、欧州食品安全機関、欧州化学機関、米国環境保護庁はいずれも、この分類には根拠がないと結論付けています3–6

農薬が農業および農業以外の目的で広く使用されたことにより、その残留物が地表水源や地下水源に存在するに至りました。農薬は、川や小川の近くでの直接噴霧、雨水、土壌の浸食による水路への混入、散布ドリフトを介して、表面水に混入する可能性があります。農薬は、土壌を通って、地下水に浸透することもあります。グリホサートとその主要な代謝物であるアミノメチルホスホン酸(AMPA)は、頻繁に地表水および地下水中に低濃度で検出されています7,8。 これらの残留農薬は、集約農業地域に限りません。グルホシネートは土壌の中で非常に移動しやすく、地下水に混入する可能性があります。多くの国では、公共飲料水が、地表水(例:川、湖、小川)や地下水から取水されているため、これらの農薬で汚染され、長期的な食事暴露の原因になる可能性があります。

地表水、地下水および飲料水中の農薬の存在は世界のほとんどの地域で規制されていますが、その上限値は地域により大きく異なります。EU は、飲料水に関して、農薬全体および関連する代謝物に対するパラメーター値を 500 ng/L(0.5 µg/L)に、個々の農薬およびその代謝物に対するパラメーター値を 100 ng/L(0.1 µg/L)と定めています9。 その他の地域では、飲料水中のグリホサートの基準値ははるかに高い値です。例えば、カナダ、米国、オーストラリアでは、最大許容濃度がそれぞれ 280、700、1000 µg/L です10

水サンプルが規制限度に準拠しているかどうか、および環境中および飲料水中にこれらの化合物の存在するかどうかについてより完全に理解するために、正確で信頼性の高い分析法が求められています。グリホサート、AMPA、グルホシネートの残留物の測定は、これらの物質がもともと非常に極性が高くイオン性であるという物理化学的性質により、困難であると考えられています。通常、その分析法では、クロロギ酸 9-フルオレニルメチル(FMOC-Cl)を用いて誘導体化してから、固相抽出(SPE)および液体クロマトグラフィー(LC)測定(多くの場合 MS/MS と組み合わせて)が行われます11。 FMOC 誘導体化により化合物の極性が低下し、逆相吸着剤を使用した効果的な抽出と濃縮、および同じ分離モードの LC による測定が可能になります。ただし、誘導体化ステップには時間と手間がかかり、LC 分析の前に過剰な誘導体化試薬やホウ酸バッファー、反応副生成物を除去する必要があります。ダイレクト分析では誘導体化を行わず、ステップ数が少なくはるかに迅速に行えます。直接注入アプローチが成功するかどうかは、クロマトグラフィー性能(保持、ピーク形状、安定性)、および水に含まれる成分に由来するマトリックス効果が分析種のレスポンスに及ぼす影響に大きく左右されます。安定同位体アナログを内部標準として使用すると、マトリックス効果を軽減するのに役立ちます。

バリデーションは、分析法の性能特性を評価するための分析化学において重要な役割を果たします。分析法が目的に適合しているというエビデンスを得るには、室内分析法バリデーションを行う必要があります。室間試験では、経験豊富な複数のラボが、均質で安定した被験サンプルからの同一の部分を受け取り、厳密に定義されたプロトコルに従って測定して、分析法が一貫した性能を発揮することを確認します。

このアプリケーションノートでは、さまざまな水サンプル中のグリホサート、AMPA、グルホシネートを測定するための分析法の性能に関する徹底した評価について説明します。この分析法では、陰イオン性極性農薬分析カラムを装備し、Xevo TQ Absolute タンデム質量分析計に接続した ACQUITY Premier UPLC システムで構成される LC-MS/MS への直接注入を使用し、定量のための waters_connect™ ソフトウェアを用います。

実験方法

サンプル前処理

3 種類の飲料水(硬水および軟水の飲料水、ミネラルウォーター)のサンプルは、英国内の複数の場所から収集しました。サンプルは分析するまで冷蔵保管しました。分析する被験部分(15 mL)を 50 mLのプラスチック製遠心分離チューブに移しました。グリホサート、アミノメチルホスホン酸(AMPA)、グルホシネートアンモニウムの分析標準試料を使用して、キャリブレーション標準試料の作成およびさまざまな水サンプルへのスパイクのための作業溶液を調製しました。キャリブレーション標準試料は、10 ~ 200 ng/L(0.01 ~ 0.2 µg/L)の範囲で調製しました。グリホサート-13C2,15N、AMPA-13C,15N,D2、グルホシネート-D3 を内部標準として使用しました。EDTA(2 g/L を 200 µL)を添加し、サンプルの内容物を混合してから、アリコートを LC-MS/MS で使用できるポリプロピレン製バイアルに移しました。移動相には、すべて LCMS グレードまたは同等の添加剤および溶媒を使用しました。

LC 条件

LC システム:

BSM およびFTN SM を搭載した ACQUITY Premier UPLC システム

バイアル:

ポリプロピレン 12 × 32 mm スナップバイアル(キャップ付きおよびスリット入り PTFE/シリコンセプタム付き)、700 µL(製品番号 186005222)

カラム:

陰イオン性極性農薬カラム(5 µm、2.1 × 100 mm、製品番号:186009287)

カラム温度:

50 ℃

サンプル温度:

10 ℃

注入量:

50 µL

移動相 A:

0.9% ギ酸水溶液

移動相 B:

0.9% ギ酸アセトニトリル溶液

ダイバートバルブ:

0 ~ 1.5 分に廃液へ

グラジエントテーブル

MS 条件

MS システム:

Xevo TQ Absolute

イオン化モード:

エレクトロスプレー(ネガティブイオンモード)

キャピラリー電圧:

2.3 kV

イオン源温度:

150 ℃

脱溶媒温度:

600 ℃

脱溶媒ガス流量:

800 L/時間

コーンガス流量:

150 L/時間

コーン電圧:

15 V

MRM メソッド(定量的トランジションは太字で示す)

データ管理

MS 取り込みソフトウェア:

定量のための waters_connect

定量ソフトウェア:

定量のための waters_connect

分析法のバリデーション

単一ラボバリデーションを、スパイク済み飲料水サンプルの繰り返し分析によって行いました。評価した因子は、選択性、感度、検量線グラフの特性、真度、室内併行精度(プールサンプルの RSDr)、室内再現性(RSDR)(室内再現精度とも呼ばれる)でした。単一ラボバリデーションでは、真度、プールサンプルの RSDr、RSDWLR を、3 種類の水(硬水および軟水の飲料水、ミネラルウォーター)中に 20、60、100 ng/L になるように調製したスパイク済みサンプルの、別々の 3 日に行った繰り返し分析(n=11)よって決定しました。複数ラボバリデーションは、スパイクしたミネラルウォーターのサンプルを 9 か所のラボで分析することにより行いました。真度、プールサンプルの RSDr、室間再現性(RSDWLR)は、20 および 60 ng/L になるように調製したスパイク済みサンプルの繰り返し分析(n=7)によって決定しました。

結果および考察

クロマトグラフィー

この分析法により、これらの高極性陰イオン性化合物について、優れたクロマトグラフィー保持およびピーク形状が得られました。この分析法では、分析した飲料水の種類に関わらず、ISO 21253-2:2019 水質(多化合物分析法)基準の要件に適合した保持が得られることが実証され、試験全体(9 日間、500 回の注入)にわたってガウス分布したクロマトグラフィーピーク形状と良好な保持時間の安定性が得られました12

図 1.   20 ng/L になるようにスパイクしたヨークの飲料水の分析で得られた陰イオン性極性農薬を示す代表的なクロマトグラム

感度

図 1 に、20 ng/L になるようにスパイクしたヨークの飲料水の分析で得られた 3 種類の高極性陰イオン性化合物の代表的なクロマトグラムを示します。これにより、この分析法が一般に、飲料水中に含まれる低濃度のこれらの分析種を検出することができ、EU 飲料水指令(DWD)に定められている 100 ng/L というパラメーター限度への準拠を確認するのに適していることがわかります。

図 2.  Buxton ミネラルウォーター中の 10 ~ 200 ng/L の範囲にわたる、陰イオン性極性農薬の代表的なキャリブレーショングラフ

選択性、同定、キャリブレーションの基準

分析するさまざまな種類の水に対応するサンプルをブランクとして用意しました。ブランクには、不適合サンプルの偽陽性の報告や分析法の感度に対する影響につながるシグナルは検出されませんでした。各分析種の 2 つのトランジションにより、標準試料と比較して、ISO 21253-1:2019 基準(パート 1)に記載されている許容範囲内のイオン比および保持時間のピークが得られました13。 安定同位体アナログを内部標準として使用して、ブラケット化 6 点検量線をミネラルウォーター中の各分析種について作成し、各日に取り込みを行いました。1/x 重み付けした直線近似を適用したところ、検量線グラフ(10 ~ 200 ng/L)からの決定係数(R2)値の相関係数はすべて 0.98 を超え、個々の残差はすべて 20% 以内でした。これにより、定量の信頼性が高く、EU DWD に定められているパラメーター限度への準拠の確認に使用できることが実証されました。代表的な検量線の例を図 2 に示します。

図 3.  それぞれの水サンプルにおける 3 種類のスパイクレベルすべてについての平均回収率測定値のサマリー、およびエラーバーで示された関連する併行精度

単一ラボバリデーション

結果から、飲料水中の 3 種類の化合物すべての定量が、良好な正確性で行えることが実証されました(表 1)。正確性は、3 種類の飲料水すべてにおける、該当する内部標準を使用して調整した後の 20、60、100 ng/L のスパイク済みサンプル中の実測濃度から決定しました。3 種類の水サンプルの結果をプールすると、回収率の測定値として決定した真度は 96 ~ 102%、室内併行精度(プールサンプルの RSDr)は 7.9 ~ 11%、3 日間にわたる室内再現性(RSDWLR)は 7.6 ~ 15% でした。内部標準を使用した場合、これらの値は ISO 21253-1:2019 基準(パート 2)で定められた合否基準(「収率」(回収率の測定値)70 ~ 120% および室内再現精度(RSDr)≤20%)内に収まっています13。 図 3 に、各水サンプルの平均回収率測定値および関連する併行精度のサマリーを示します。 

表 1.  単一ラボバリデーション試験の結果のサマリー
図 4.  それぞれの水サンプルにおける 3 種類のスパイクレベルすべてについての平均回収率測定値のサマリー、およびエラーバーで示された関連する併行精度

複数ラボバリデーション

分析法の正確性は、単一ラボバリデーションで使用したものと同じプロトコルを用いて決定しましたが、9 か所のラボによる分析では、単一のミネラルウォーターサンプルに 2 レベルでスパイクしました。統計解析の前にデータから除外した外れ値はありませんでした。この結果により、1 種類のミネラルウォーターの分析に適用した分析法の正確性が確認されました(表 2)。図 4 に、各ラボで得られた平均回収率測定値および関連する室内併行精度のサマリーを示します。各ラボは、真度 82 ~ 110%、併行精度(RSDr)2.6 ~ 22% と報告しました。全体的な室内併行精度(プールサンプルの RSDr)および室間再現性(RSDBLR)の値は、それぞれ 11 ~ 14% および 10 ~ 16% の範囲内でした。これらの値はすべて、前のセクションで参照した、ISO 21253-1:2019 基準(パート 2)に定められている合否基準の範囲内に収まっています。

表 2.  複数ラボバリデーション試験の結果のサマリー
図 5.  3 種類の分析種すべてについて、20 ng/L の低レベルスパイクサンプル(A)および 60 ng/L の高レベルスパイクサンプル(B)の分析によって、各ラボで得られた z スコアを示す棒グラフ

データのさらなる評価が容易になるように、報告されたそれぞれのラボの結果について z スコアを計算しました。z スコアとは、ラボによって報告された値と割り当て値の間の差であり、ばらつきが補正されています。結果は、図 5 の 2 つのグラフとして示しています。ほとんどすべてのラボから、z スコアが 2 未満という許容可能な結果が報告されました。3 か所のラボから低レベルのスパイクについて問題のある結果が報告され、1 か所のラボから高レベルのスパイクについて問題のある結果が報告されました。20 ng/L でのグリホサートの z スコアが 3.07 という不十分な結果が 1 つのみありました。

結論

このアプリケーションノートでは、飲料水中のグリホサート、AMPA、グルホシネートを測定するための、シンプルなダイレクト分析法の性能に関する徹底した評価について説明しています。水のサンプルを、陰イオン性極性農薬分析カラムを装備した ACQUITY Premier LC システムに接続された Xevo TQ Absolute タンデム四重極質量分析計に直接注入しました。これにより、時間と労力のかかるサンプル前処理が不要になり、誘導体化ベースの分析法に関連するミスが低減します。この分析法により、DWD パラメーター値 0.1 µg/L を十分に下回る濃度までの、信頼性の高い測定が可能になりました。一連のさまざまな種類の飲料水において、この分析法の性能を正常に評価することができました。この分析法は、飲料水中に含まれる非常に低濃度のこれらの残留農薬の存在をモニターするのに適していることが実証されたため、規制限度への準拠の確認や、人への曝露に焦点を当てた試験の支援に使用することができます。

参考文献

  1. Richmond M. Glyphosate: A review of its global use, environmental impact, and potential health effects on humans and other species.J Environ.Stud.Sci. (2018) 8:416–434.
  2. Takano HK and Dayan FE.Glufosinate-ammonium: a review of the current state of knowledge.Pest.Manag.Sci.(2020) 76:3911–3925.
  3. IARC.IARC monographs on the evaluation of carcinogenic risks to humans, volume 112.Glyphosate.2016.
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  9. Directive (EU) 2020/2184 of the European Parliament and of the Council of 16 December 2020 on the quality of water intended for human consumption.OJ L 435, 23.12.2020, p. 1-62.
  10. Wen-Tien T. Trends in the Use of Glyphosate Herbicide and Its Relevant Regulations in Taiwan: A Water Contaminant of Increasing Concern.Toxics (2019) 7(1):4.
  11. Analysis of Glyphosate, AMPA, and Glufosinate in Water Using UPLC-MS/MS.Waters Application Note.720006246.2018.
  12. ISO 21253-2:2019.Water quality.Multi-compound class methods – Part 2: Criteria for the quantitative determination of organic substances using a multi-compound class analytical method.2019.
  13. ISO 21253-2:2019.Water quality.Multi-compound class methods – Part 1: Criteria for the quantitative determination of organic substances using a multi-compound class analytical method.2019.

720008052JA、2023 年 9 月

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