• アプリケーションノート

UHPLC と高分解能質量分析を用いたキナーゼ阻害剤イマチニブに含まれる未知不純物の構造解析

UHPLC と高分解能質量分析を用いたキナーゼ阻害剤イマチニブに含まれる未知不純物の構造解析

  • Peng Chen
  • Matthew A. Lauber
  • Waters Corporation

要約

UHPLC-HRMS 分析法により、キナーゼ阻害剤であるイマチニブの合成における、未同定の不純物の存在が明らかになりました。インフォマティクスツールと専門家による解析により、4 種類の特定の不純物が構造解析されました。1 つのケースでは、未知化合物がライブラリーデータシステム内の化合物とマッチせず、追加の調査を実施しました。ケーススタディとしてのプロセスをここに報告します。予想構造を割り当てた後、化合物の候補を合成して構造確認に使用しました。合成した標準品は、分光スペクトルおよび質量スペクトルの特徴が、未知不純物と一致しました。

アプリケーションのメリット

  • HR-MS/MS およびイオンモビリティーでアライメントした MSE により、構造解析のためのきれいなフラグメントイオンスペクトルが得られる
  • 荷電表面フェニルヘキシル RPLC カラムを使用する UPLC™ 分離により、高感度で高分離能のクロマトグラフィーが行える
  • UNIFI™ 解析ツールにより、化学式の生成、フラグメントの割り当て、in silico ライブラリー検索、カスタム構造のインポートがサポートされる
  • 本研究で説明するワークフローは、他の医薬品の不純物および分解生成物の分析に適用できる

はじめに

医薬品の不純物や分解生成物などの望ましくない化学物質は、患者に悪い薬理学的または毒性学的な結果をもたらす可能性があるため、これらの物質の構造解析は治療薬開発においてきわめて重要な要素です1-2。 医薬品有効成分に含まれる化学的不純物および分解生成物の構造の研究では、UHPLC と高分解能質量分析計を使用することが標準的になりました3。 不純物や分解物の存在量は微量であることが多く、さらなるハイブリッド NMR 分析のためにクロマトグラフィー画分を収集して濃縮することは、時間のかかる困難な作業です。したがって、構造解析のための別のアプローチを用意しておくことが不可欠です。そのような代替手段の 1 つとして、クロマトグラフィー(UHPLC など)、高分解能質量分析による化学式の生成、(ライブラリースペクトルまたは in silico フラグメンテーションを使用する)MS/MS または MSE でのフラグメントイオンマッチング、構造の精査による候補リストのフィルタリング、真正標準品を使用する最終的な構造確認を組み合わせて使用して、新規に発見されたターゲット化学物質を調査することが挙げられます。信頼性スコアが高い推定構造割り当ては、不純物の評価に特に有用ですが、正確な構造確認が必要な場合は、構造確認のための最上位の候補を取得または合成するのに、この後者のステップが不可欠です。

現在、市販の質量分析計のほとんどに、MS/MS または MSE フラグメントマッチングアルゴリズムを適用できるデータシステムが付属しています。これらには通常、in silico フラグメンテーションプログラムも付属しています4。標準の MS/MS スペクトルライブラリーの検索も使用できますが、このアプローチは現在使用可能なライブラリーの大きさおよび取り込みメソッドやパラメーターの違いに伴うばらつきによる制約を受けることを理解しておく必要があります。それでもなお、これらの検索により、類似している可能性のある化合物のリストが得られ、別のアルゴリズムや手動解析の出発点として役立ちます5-6

医薬品の合成、製造、保管の間に生成する薬物の不純物および分解生成物は、最終製品中にさまざまなレベルで存在することがしばしばあります。混入物質や分解生成物の構造の一部は、これまでに認識や記録が行われていなかった可能性があります。これらの物質は、検討中の医薬品に関連付けられていないがよく知られた化合物である「既知の未知」と、まだ同定されていない新規化合物である「未知の未知」または「真の未知」の 2 つのカテゴリーに分類できます。いずれの場合も、化学式の候補の生成、フラグメンテーション経路の特定、最も可能性のある構造の提案、真正標準品の入手には、専門家の支援が必要です。

UHPLC によるイマチニブ分析に関する以前のアプリケーションノートでは、荷電表面ハイブリッドフェニルカラムおよび MS 適合移動相を適用して7、効率および選択性の高い分離を得ました。この場合、イマチニブと 9 種類の関連不純物を LC-MS 適合の分析で迅速に分離することができました。この最新の分析法により、すでに文献で報告されている量と同程度の量で存在していた、それまで未同定であったかなりの数の不純物を可視化することができました。本レポートでは、ウォーターズの解析ツールと専門家による解釈を組み合わせて、4 種類の特定の不純物の構造解析を行いました。これら 4 種類の新規不純物には推定構造が割り当てられており、そのうちの 1 つを使用して不純物同定(ID)の詳細なケーススタディを行いました。導出された構造は、フォローアップの構造確認のために委託ラボで特別に合成しました。この真正合成標準品のクロマトグラフィー保持時間、ならびに UV、MS、MSE、および MS/MS の各スペクトルは、調査したイマチニブバッチ中の未同定不純物のスペクトルとほぼ一致していました。

実験方法

イマチニブは Sigma の製品(カタログ番号CDS022173)です。4-[[4-[[4-[[4-メチル-3-[(4-ピリジン-3-イルピリミジン-2-イル)アミノ]フェニル]カルバモイル]フェニル]メチル]ピペラジン-1-イル]メチル]安息香酸(短縮名:イマチニブ安息香酸)は、Toronto Research ケミカルで特別に合成しました。本レポートで調査したイマチニブのバッチは医薬品メーカーではなくケミカルのベンダーによって合成されたものですが、その合成および精製の手順は、依然として医薬品業界全体にとって重要である可能性が高いと考えられます。

サンプル前処理

イマチニブは、濃度 1 mg/mL になるようにメタノール中に調製しました。

UPLC 分析法条件

UPLC システム:

ACQUITY™ UPLC I-Class

検出:

267 nm での UV 検出

バイアル:

トータルリカバリー 12 × 32 mm ガラススクリューネックバイアル(製品番号:186000384C)

カラム:

ACQUITY Premier UPLC CSH Phenyl-Hexyl 1.7 μm カラム、130 Å、2.1 mm × 100 mm(製品番号:186009475)

カラム温度:

35 ℃

サンプル温度:

10 ℃

注入量:

1.0 µL

流速:

0.40 mL/分

移動相 A:

0.1%(v/v)ギ酸および 10 mM ギ酸アンモニウム水溶液

移動相 B:

0.1%(v/v)ギ酸含有アセトニトリル溶液。

MS 条件

MS システム:

Vion IMS QTof

イオン化モード:

ESI ポジティブおよびネガティブ、分解能

取り込み範囲:

m/z 50 ~ 1000

キャピラリー電圧:

2.5 kV

サンプリングコーン電圧:

40 V

HDMSE コリジョンエネルギー:

6 eV(低エネルギー)、および 20 ~ 50 eV のランプ(高エネルギー)

イオン源温度:

150 ℃

脱溶媒温度:

600 ℃

脱溶媒ガス:

1000 L/時間

データ管理

UPLC および MS ソフトウェア

データ取り込みおよび分析用の UNIFI 1.9.4

結果および考察

以前のアプリケーションノートでは、イマチニブ不純物の N 含有複素環構造に対する選択性を改善するため、ACQUITY Premier CSH 130 Å、1.7 µm Phenyl-Hexyl カラムを使用しました。これにより、イマチニブと 9 種類の関連不純物をベースライン分離しました。図 1 に、これらの改善した UPLC 条件で見つかったいくつかの新規未知混入物質を示します。1-オキシド(標準品と比較して)および EP 不純物 F、C、J、および D8 に対応する複数の既知ピークに加えて、4 つのかなり大きな未知ピーク(未知化合物 1 ~ 4)も見つかりました。HDMSE(イオンモビリティーでアライメントを行う High Definition MSE)を使用して、これらのピークのフラグメンテーションスペクトルを取り込みました。Waters™ UNIFI 解析ツールにより、未知化合物 1 および 2 はスコアの高い候補でしたが、未知化合物 3 および 4 は低スコアでした。このことは、未知化合物 3 および 4 の構造がライブラリーのデータベースに含まれていない可能性を示しています。専門家主導のフラグメンテーション分析により、推定構造が提案され、データベースのカスタムサイエンスライブラリーにインポートされました。続いて、化合物 3 および 4 の実際の High Definition MSE フラグメントをサイエンスライブラリーに対して検索したところ、信頼性の高いマッチスコア(i-Fit 信頼性 > 95%)が得られ、解明された構造が強く裏付けられました。4 種類の未知化合物すべての提案構造を表に示します。

MS 適合動相を用いた、イマチニブおよび関連不純物の分離 図 1.  MS 適合移動相および ACQUITY Premier CSH Phenyl-Hexyl カラム(2.1 mm × 100 mm、C18、1.7 μm、130 Å)による、イマチニブおよび関連不純物の分離。検出:267 nm。流速:0.4 mL/分。グラジエント:10 分間のリニアグラジエントで 0.5% B ~ 100% B。上のチャート:イマチニブおよびメタノールブランクの TIC トレース。下のチャート:イマチニブおよびメタノールブランクの UV 267 nm のトレース。
未知化合物 1 ~ 4 の提案構造のリスト 表 1.  未知化合物 1 ~ 4 の提案構造のリスト

マッチスコアベースの方法とフラグメンテーション経路の論理試験により、非常に正確で信頼性の高い構造割り当てが得られますが、MS ベースの分析法単独では、構造が類似した異性体を明確に区別することができません。したがって、他の(少なくともクロマトグラフィーでの保持時間と UV スペクトルを含む)補足的な情報源が必要です。さらに、スペクトルとクロマトグラフィーの直接比較のために、真正標準品を購入するか合成する必要があります。本レポートでは、未知化合物 3 をケーススタディとして用い、インフォマティクスおよび専門家主導の方法を併用して、UHPLC-HRMS と化学的検証を用いて未同定の構造を解析する方法を示します。操作には以下が含まれますが、これらに限定されません。

1. 付加イオンのパターン、同位体のパターン、および分子イオンの特定。ポジティブモードで一般的に見られる付加イオンには、(M+H)+、(M+NH4+、(M+Na)+、(M+K)+、(M-H2O+H)+が含まれる可能性がある

2.高分解能 MS データに基づく化学式の生成

3. 不飽和度(二重結合当量)の計算

4. 主要フラグメントの分析と論理的フラグメンテーション経路の推測

5. 分子構造の提案

6. スコアのマッチングとフラグメント分析のための推定分子構造の UNIFI 解析ツールへのインポート。スコアが高いほど、推定構造割り当ての信頼性が高くなる

7. 対応する標準品(入手可能な場合)の購入またはカスタム合成

8. クロマトグラフィーの保持時間と UV/MS/MSE/MS/MS スペクトルの比較

9. スパイク実験の実施

ポジティブモードでの対象イオン(m/z 614.28)の HDMSE 図 2.  ポジティブモードでの対象イオン(m/z 614.28)の HDMSE フラグメンテーションスペクトル

図 2 に、ポジティブモードでの対象イオン(m/z 614.28)の MSE フラグメンテーションスペクトルを示します。付加パターン (M+H)+ および (M+Na)+ の存在により、M がこの未知分子の正確な分子量である可能性があることが示唆されました。この観察結果は、図 4 に示すように、(M-H)- が検出されたネガティブモードでの MSE 実験によってさらに裏付けられました。

ポジティブモードとネガティブモードの両方でのフラグメントの m/z 値は、化学式の生成および DBE(二重結合当量)計算の解析ツールでも利用されました。図 3 の 394.165 のフラグメントイオンシグナルも、イマチニブと同一のフラグメントイオンの m/z 値が得られたため、イマチニブと関係があることが示されました。強い (M-H)-シグナルが存在することは、分子にカルボン酸基が存在することを示唆しています。入手可能な情報に基づいて、仮定上の構造が提案されました。対応するフラグメンテーション経路を図 4(ポジティブモード)および図 5(ネガティブモード)に示します。

対象イオン(m/z 612.27)のネガティブモードでの HD-MSE フラグメンテーションスペクトル 図 3.  対象イオン(m/z 612.27)のネガティブモードでの HDMSE フラグメンテーションスペクトル
未知化合物 3 に提案された分子のフラグメンテーション経路 図 4.  未知化合物 3 に提案された分子のフラグメンテーション経路(ポジティブモード)
未知化合物 3 に提案された分子のフラグメンテーション経路 図 5.  未知化合物 3 に提案された分子のフラグメンテーション経路(ネガティブモード)

提案構造を UNIFI 解析ツールのサイエンスライブラリーにインポートし、未知化合物 3 の MSE スペクトルに対する検索に使用しました。その結果、優れた i-FiT 信頼性スコアが得られました(ポジティブイオンモードで 99.70%、ネガティブイオンモードで 100.00%)。候補分子は、提案構造に対して確立された高い信頼度で、委託ラボでカスタム合成しました。合成した候補化合物の UV、MSE、MS/MS の各スペクトルは、図 6~10 に示すように、両方のイオン化モードで未知化合物 3 のスペクトルとよく一致しました。さらに、スパイク実験により、RPLC での保持時間が一致することが確認されました(図 11)。

イマチニブ安息香酸の UV スペクトルの比較 図 6.  イマチニブ安息香酸(カスタム合成した標準品)と未知化合物 3 の UV スペクトルの比較
ポジティブイオン化モードで得られたイマチニブ安息香酸と未知化合物 3 の HD-MSE スペクトルの比較 図 7.  ポジティブイオン化モードで得られたイマチニブ安息香酸と未知化合物 3 の HDMSE スペクトルの比較
ポジティブイオン化モードで得られたイマチニブ安息香酸と未知化合物 3 の MS/MS スペクトルの比較 図 8.  ポジティブイオン化モードで得られたイマチニブ安息香酸と未知化合物 3 の MS/MS スペクトルの比較
ネガティブイオン化モードで得られたイマチニブ安息香酸と未知化合物 3 の HD-MSE スペクトルの比較 図 9.  ネガティブイオン化モードで得られたイマチニブ安息香酸と未知化合物 3 の HDMSE スペクトルの比較
ネガティブイオン化モードで得られたイマチニブ安息香酸と未知化合物 3 の MS/MS スペクトルの比較 図 10.  ネガティブイオン化モードで得られたイマチニブ安息香酸と未知化合物 3 の MS/MS スペクトルの比較
イマチニブおよびカスタム合成したイマチニブ-4-安息香酸標準品をスパイクしたイマチニブの UV クロマトグラムの重ね描き 図 11.  イマチニブおよびカスタム合成したイマチニブ-4-安息香酸標準品をスパイクしたイマチニブの UV クロマトグラムの重ね描き

結論

質量分析のみで未知の化学物質を同定することは、依然として困難な作業です。高分解能 High Definition MSE(イオンモビリティードリフト時間のアライメントを伴う)が開発され、ウォーターズが開発して利用可能になった解析ツールセットがあるおかげで、既知化合物および未知化合物のクロマトグラフィーピークの構造解析がより容易になりました。この試験では、高分解能の LC 分離を HDMSE データ取り込みと組み合わせて、情報が豊富な特性解析データが得られました。解析ツールをこれらのデータに適用することで、イマチニブの調製におけるそれまで未同定であった 4 種類の不純物の化学構造が明らかになりました。解析ツールで得られた結果は、迅速手動解析に拡張されて、推定同定が確定しました。イマチニブ安息香酸についてのケーススタディの例では、付加イオンのパターン認識、分子イオンの決定、フラグメントの調査、構造割り当てを実施する方法を示しています。このケーススタディでは、確認スコアマッチングのために提案構造をカスタムライブラリーにインポートする方法も示しています。ここで説明する分析法は、医薬品業界で不純物同定に応用されている LC-MS の最新の例として紹介することを目的としています。

参考文献

  1. Liu, Y. et al. Mass spectrometry-based structure elucidation of small molecule impurities and degradation products in pharmaceutical development. Trends in Analytical Chemistry 121, 115686 (2019).
  2. Pan, C. et al. Identification of Pharmaceutical Impurities in Formulated
  3. Dosage Forms.J Pharm Sci 100, 1228–1259 (2011).
  4. Li, M. et al. Application of LC–MSn in conjunction with mechanism-based stress studies in the elucidation of drug impurity structure: Rapid identification of a process impurity in betamethasone 17-valerate drug substance.Journal of Pharmaceutical and Biomedical Analysis 48, 1451–1456 (2008).
  5. Tian, Z. et al. Strategies for structure elucidation of small molecules based on LC–MS/MS data from complex biological samples.Computational and Structural Biotechnology Journal 20, 5085–5097 (2022).
  6. Kind, T. et al. Advances in structure elucidation of small molecules using mass spectrometry.Bioanal Rev 2, 23–60 (2010).
  7. Stein, S. Chemical Substructure Identification by Mass Spectral Library Searching.J Am Soc Mass Spectrum 6, 644–655 (1995).
  8. Chen, P. et al. Modernized Impurity Analysis of the Kinase Inhibitor Imatinib by High-Resolution LC with MS-Compatible Mobile Phases.Waters Application Note. 720007340 (2021).
  9. European Pharmacopoeia 10.0, 2926–2928.

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